第16話 冒険の始まりとトラブル 後編
「君、大丈夫?」
ドラが、できるだけやさしい声で子猫の女の子に話しかける。
「もしよかったら、仲間と一緒に家まで送るよ?」
でも、女の子は警戒したままだった。
ぼくらを見上げながら、ぎゅっと体を小さくしている。
すると、こうたがゆっくりしゃがみこんだ。
「夜の森は危ないよ?」
できるだけ安心させるように話しかける。
「ぼくらの仲間には女の子もいるから、大丈夫」
女の子は少し迷っていたけど――
「……ありがとうございます」
小さな声で答えた。
ぼくらは、その子と一緒にみんなのところへ戻ることにした。
歩きながら、女の子も少しずつ話してくれるようになった。
名前はモカ。
近くで研究者をしている叔父さんと二人で暮らしているらしい。
「こうたさんは……人間なんですね」
モカが不思議そうにぼくを見る。
「私、人間って初めて見ました」
嫌そうな感じじゃない。
ぼくは少しほっとした。
その横では、ドラがずっとモカに話しかけている。
「へー! 研究者ってかっこいいな!」
「あの猿、いつも出るのか?」
きっと、怖い思いをしたモカを元気づけようとしてるんだろう。
(ドラ、優しいよな……)
ぼくも何か話しかけようと思った。
でも――
頭がぼんやりする。
体も重い。
もう、限界が近かった。
しばらく歩いて、ようやくみんなのところへ戻る。
すると。
「ほらやっぱり! 賭けは俺の勝ちだな!」
レオが胸を張っていた。
「嘘だろ!?」
むねゆきが本気で悔しがっている。
「なんの賭けだよ……」
ぼくはツッコむ元気もない。
その後ろでは、まおとセバスチャン、らいがとらいねが何やらこそこそ話していた。
そして話が終わると、らいがとらいねが森の奥へ走っていく。
(……?)
何かあったのか聞こうとした瞬間。
ひかりが、少しあきれた顔でぼくらの前に立った。
「こうたさん、ドラさん」
じーっと見てくる。
「何があったのか、詳しく教えてください」
ドラが、森で起きたことを説明した。
果物を見つけたこと。
悲鳴を聞いたこと。
そして、猿に襲われていたモカを助けたこと。
ぼくは、その話を聞きながらその場に座り込む。
(……あれ)
急に寒気がした。
頭もガンガンする。
立っているのがつらい。
すると。
「こうちゃん?」
せいかが近づいてきた。
何も言わず、おでこに手を当てる。
次の瞬間。
「すごい熱だよ!?」
せいかが叫んだ。
ひかりも慌ててぼくのおでこを触る。
「これはひどいですね……」
真剣な顔になる。
「ひとまず、台車で休んでください」
ぼくはせいかに支えられながら、台車へ移動した。
中は、服や布が敷かれていて、ちょっとした部屋みたいになっている。
横になると、少しだけ楽になった。
「いつから具合悪かったの?」
せいかが悲しそうな顔で聞く。
「なんで、もっと早く言わなかったの?」
ぼくは黙る。
すると、せいかが小さく笑った。
「……そうだよね」
その声は、少し震えていた。
「みんな頑張ってるもんね。言えるわけないよね……」
ぼくの手をぎゅっと握る。
「気付いてあげられなくて、ごめんね……」
(また、心配かけちゃったな……)
ぼくはぼんやりそう思った。
そのとき。
「は!? どういうことだよ!」
「急ぎましょう!」
外が急に騒がしくなる。
「どうしたのかな……見てくるね」
せいかが立ち上がろうとした瞬間。
ガサッ!
まおが、台車をのぞき込んできた。
「緊急事態です!」
「どうしたの?」
せいかが聞く。
まおは、真剣な顔で答えた。
「こうたさんたちが戻ってきた時、森に違和感があったんです」
だから、らいがとらいねに周囲を調べてもらっていたらしい。
「先ほど、らいねだけ戻ってきました」
その一言で、空気が変わる。
「猿たちが仲間を集めています」
まおが静かに言った。
「数は……三十以上」
ぼくの背筋が冷たくなった。
「近くにモカさんの家があります」
「ひとまず、そこへ移動します!」
ガタガタと荷車が揺れる。
「あずき、頼むね!」
ひかりの声に、あずきが「ブルルッ」と鳴いて走り出した。
荷車には、ぼくとせいか、それにまおたち女性陣が乗っている。
体が熱い。
頭もぼんやりする。
「こ、ここをまっすぐです!」
前の方でモカが必死に道を案内していた。
ひかりがその横についている。
ドラとレオは荷車の左右を走り、後ろにはセバスチャンとむねゆきが周囲を警戒しながらついてきていた。
(なんで……こんなときに)
ぼくはぎゅっと拳を握る。
大事なときなのに。
自分だけ動けない。
みんなの足を引っ張ってる。
悔しくてたまらなかった。
すると。
「こうた」
まおが静かに話しかけてきた。
「最初から全部うまくやるなんて無理だよ」
やさしい声だった。
「今は、私たちに任せてね」
せいかも、ぼくの手をぎゅっと握る。
「うん。今は休んで」
その言葉が、逆につらかった。
でも――
「おーい!!」
森の奥から声が響いた。
らいがだ。
ものすごい速さで走ってくる。
しかも、顔が険しい。
荷車が止まる。
みんなが集まった。
「猿たちは仲間を集め終わりました!」
らいがが息を切らしながら叫ぶ。
「数は四十近く! すでにこちらへ移動を始めています!」
空気が凍った。
(四十……?)
そんなの。
勝てるわけない。
「逃げ切れるか?」
レオが真剣な顔で聞く。
らいがは、悔しそうに首を振った。
「無理です……向こうの移動が予想以上に早い。このままでは追いつかれます」
誰も何も言えなかった。
そのとき。
「らいが」
セバスチャンが静かに口を開く。
「お前は、離れていてもらいねの場所が分かるのか?」
「え?」
らいがが目を丸くする。
「そ、それは……なんとなくなら」
「そうか」
セバスチャンは、今度はまおを見た。
まっすぐに。
「まお様。ご命令を」
その声を聞いた瞬間。
ぼくの背中に冷たいものが走った。
まおは少しだけ目を閉じる。
そして。
「……仕方ありません」
静かに言った。
「セバスチャン。荷車が逃げ切るまで時間を稼ぎなさい」
「かしこまりました」
即答だった。
「だ、だめだよ!」
せいかが叫ぶ。
「死んじゃうよ!」
ドラも声を上げる。
でも。
「出発します!」
まおが大声で言った。
「セバスチャンが時間を稼いでいる間に、私たちは移動を続けます!」
その拳は、ぎゅっと震えていた。
平気なわけがない。
でも、それでも決断したんだ。
その覚悟に、誰も言葉を失う。
「おい、むねゆき」
セバスチャンがニヤッと笑った。
「お前も残って手伝えよ」
「わかった」
むねゆきも笑う。
「ちょうど暴れ足りなかったところだ」
その瞬間。
みんな少しだけ安心した。
この二人なら。
この二人なら、きっと――
「私も残ります!」
らいがが前に出た。
「後で合流するための道案内役が必要です!」
セバスチャンが笑う。
「当たり前だ」
ガタッ。
再び荷車が動き出す。
あずきが走る。
森の景色が流れていく。
ぼくは後ろを振り返った。
そこには。
木刀を握るセバスチャンとむねゆき。
そして、二人の横に立つらいがの姿があった。
どんどん遠ざかっていく。
(お願いだ……)
熱でぼやける目をこすりながら。
ぼくは、三人の無事を必死に祈った。
ガタガタと荷車が揺れる。
「ドラ! そっち行ったぞ!」
「わかった!」
レオの声に、ドラが飛び出した。
キキッ!!
猿が木の上から飛びかかってくる。
ドラは木刀を振り上げ――バシッ!と猿を吹き飛ばした。
その横で、レオも次々に猿を追い払っていく。
でも。
数が多い。
後ろから、横から、何匹も飛び出してくる。
「こうちゃん! 休んでて!」
せいかが叫ぶ。
「そうです! 今は無理しないでください!」
ひかりも必死だ。
でも――
「できるわけ……ないだろ!」
ぼくはふらつきながら木刀を握った。
体は重い。
寒気もする。
頭もぐらぐらする。
それでも。
みんなが戦ってるのに、自分だけ何もしないなんて嫌だった。
バシッ!
飛びかかってきた猿を木刀ではじき返す。
その瞬間、視界がゆれる。
(くそっ……)
息が苦しい。
なのに頭の中には、別れ際のセバスチャンとむねゆきの姿がずっと残っていた。
木刀を構えて。
笑いながら残っていった二人。
(ああいうのを……)
ぼくは必死に木刀を振る。
(誰かを守るって言うんだよな……)
今のぼくはどうだ?
熱を出して、みんなに守られて。
全然かっこよくない。
もし元気だったとしても。
きっとセバスチャンは、ぼくじゃなくてむねゆきを選んだ。
(ぼくは……弱い)
もっと強くならないと。
せいかを守れるくらい。
みんなと並んで戦えるくらい。
もっと――
「こうた! 危ない!」
ドラの声でハッとする。
飛び込んできた猿を、ギリギリで木刀で受け止めた。
「ボーッとするな!」
「ご、ごめん!」
それからも。
ぼくたちは必死に走って、戦って、逃げ続けた。
そして――
いつの間にか空が少し白くなり始めていた。
「……来ないな」
レオが後ろを見る。
猿たちの姿は、もうなかった。
みんな大きく息をつく。
「今まで遠回りしてましたけど……これからもかさんの家に向かいます」
まおの言葉にモカが前もうなずく。
猿に場所を知られないよう、ずっと回り道をしていたらしい。
荷車が再び走り出す。
ぼくは力が抜けて、荷車の端にもたれた。
「こうちゃん、大丈夫?」
せいかが隣に座る。
「……なんとか」
声も、うまく出ない。
すると。
モカが小さな水筒を持って近づいてきた。
「これ……飲んで?」
「え?」
「元気出るから」
黄色い液体だった。
正直、何も飲みたくない。
でも、心配そうに見つめるモカを見て。
「……ありがとう」
ぼくは受け取って、一気に飲んだ。
甘い。
リンゴジュースみたいな味だった。
その瞬間。
じわっと体があたたかくなる。
「……あれ?」
急に眠気が押し寄せてきた。
まぶたが重い。
「こうちゃん?」
せいかの声が遠くなる。
ガタガタ揺れる荷車。
あずきの足音。
仲間たちの声。
全部がぼんやりしていく。
そしてぼくは――
モカの家に着くころには、久しぶりに深く眠っていた。
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