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乙女ゲーの主人公にTS転生した私、シナリオを放棄して推しの悪役令嬢と2人で学園ダンジョンに挑む!  作者: 真嶋 青
第一部

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第50話 エピローグ

 あれから、色々な事があった。

 まず、目を覚ました私は、改めてシャルルたちの一件の顛末をリゼットから聞かされた。

 

「殿下たちは現在、精神的な傷が深く、学園を一旦離れて王宮で療養することになったわ」

「休学ですか」

「ええ。まあ、無理もないわね……」

 

 リゼットの視線が宙を彷徨い、唇が小刻みに震える。

 彼女の手が、無意識に自分の喉元を押さえた。

 彼らを助け出した時の惨状が、彼女の脳裏に蘇っているのだろう。

 特にアルフレッドに関しては、精神が酷く摩耗されていたから、復帰にどれだけ時間を要するかわかったものではないだろう。

 

「立ち直れると良いですね……」

「彼らには立場があるもの。本人の意識に関係なく、否応なく、それほど時間を置かずに学園へ戻されるでしょうね」

「お貴族様の(しがらみ)ですか」

「そういうことよ」

 

 リゼットの声が、そこで途切れた。

 私の胸に、シャルルたちへの同情が湧き上がる。

 けれど、リゼットの瞳に映る冷たい光が、それ以上の言葉を私の喉に押し留めた。

 クロードが遺した傷痕は、あまりにも大きなものだった。

 

「ところで……平民。わたくしたちは、約束をしていたわね?」

 

 リゼットの視線が、私の目を捉えて離さない。

 その黄金の瞳は、一切の言い逃れを拒絶していた。

 

 胸の奥で、何かが重く沈む。

 

 忘れていたわけではない。

 ただ、少しだけ、先延ばしにしていたかった。

 

「はい。……覚えています」

 

 あの、二十五層で交わした、約束。

 私が、何者なのか。

 その真実を、彼女に話すと。

 この数日間、シャルルたちの処遇や、学園への報告などで、慌ただしい日々が続いていた。

 けれど、もう逃げることはできない。

 

「わたくしの部屋へ、来なさい。誰にも邪魔されない場所で、ゆっくりと聞かせてもらうわ」

 

 私の喉が、ごくりと鳴った。

 

「……承知、いたしました」

 

 

 豪奢な装飾が施された調度品が並ぶ部屋。

 けれど、私物はほとんど見当たらない。

 ベルナール公爵家の令嬢の私室としては、意外なほどに、物が少ない。

 

「それで? どこから、話してくれるのかしら」

 

 ソファに深く腰掛け、足を組むリゼット。

 その視線の鋭さは、まるで罪人を尋問する裁判官のようだ。

 私は、その正面に座り、手の中のカップが小刻みに震える。

 紅茶の表面に、細かな波紋が広がった。

 

 口を開こうとするたび、言葉が喉の奥で固まる。

 

 この世界が、本当は私の知るゲームに酷似していること?

 クロードと同じ、転生者であること?

 どこから話しても、彼女を混乱させるだけだろう。

 何よりも、信じてもらえるという確信が、ない。

 

 時計の秒針が、やけに大きな音を立てている。

 沈黙が、部屋を満たしていく。

 その沈黙を破ったのは、意外にもリゼットの方だった。

 

「……あなたが、言いにくいのであれば、無理強いはしないわ」

 

 リゼットの声から、いつもの棘が消えていた。

 代わりに、わずかに掠れた響きが混じる。

 

「ただ、わたくしは、知りたかっただけよ。わたくしの背中を預ける人間が、いったい何者なのか」

 

 その言葉に、私の胸の中で何かが弾けた。

 

「……ご主人様」

 

 私はカップをテーブルに置き、リゼットを見据えた。

 

「もし私が、この世界の人間ではない、と言ったら。……信じますか?」

 

 リゼットの睫毛が、一瞬、大きく揺れた。

 そして、私は話せる限りのことをリゼットに伝えた。

 あまりにも荒唐無稽な私の話を、彼女がどう受け止めるか。

 拒絶されるか、頭がおかしいと罵倒されるか。

 

 あるいは――。

 

 私が日高一二三として生きた人生について語り終えても、リゼットは何も言わなかった。

 彼女はただ、窓の外を見つめている。

 暫くの沈黙の後、彼女の唇がゆっくりと動いた。

 

「わたくしには、かつて世話になっていたメイドがいたわ。エマという、年配の女性でね。今は……どこで何をしているのかも知らないけれど」

「えっと、なんの話です?」

「わたくしの話よ。あなたにだけ秘密を打ち明けさせるのは、フェアじゃないでしょう」

 

 私の目が、思わず見開かれた。

 私の前世を知って、何を言われるのかと思ってみれば……。

 

「はっはっは!」

 

 笑いが、喉の奥から込み上げてくる。

 それは、久しく忘れていた、心の底からの笑いだった。

 リゼットの眉間に、深い皺が刻まれる。

 

「どうして笑うのかしら?」

「いいえ。バカにしたわけじゃないですよ。ただ、ご主人様があんまり予想外のことをするから。はぁ……参りましたよ、本当に」

「人の話は黙って聞きなさい、平民」

 

 リゼットの頬が、ほんのりと赤く染まっている。

 そして、彼女はわざとらしい咳ばらいをして、語り始めた。

 制御できなかったイグニスによってもたらされた悲劇を。

 傷つけてしまった、一人の使用人の話を――。

 

 私は、ただ、黙って聞いていた。

 相槌も、何もなく、ただ静かに彼女の話を受け止める。

 そして、いつしか長い、長い告白が終わった。

 

 リゼットの視線が、冷めきった紅茶のカップに落ちる。

 彼女の唇が、震えながら、言葉を紡いだ。

 

「……これで、わかったでしょう? わたくしが、自分の力に怯え続ける、愚かで弱い人間だってことが」

 

 私は、静かに首を横に振った。

 

「違いますよ」

 

 リゼットの瞳が、大きく見開かれる。

 

「本当に弱い人間は、自分の弱さを、他人に語ることすらできない。ましてや、あなたみたいにそれを背負って、それでも気高くあろうなんて絶対に思えない」

 

 私の脳裏に、前世の記憶が蘇る。

 自分の弱さを認めず、それを他人のせいにして、理不尽を押し付けるだけの卑怯な人間たち。

 私の上司のような、裸の王様たちを。

 

「あなたは、私が知る弱い人間とは違う。自分の弱さも、過去の罪も、全部背負って。その上で、強くあろうとしている。そんな強い人間を、私は、他に知りません」

 

 私はそこで言葉を切った。

 そして、今、心の底から伝えたいと願う、ただ一つの想いを彼女に告げた。

 

「でも――もう、一人で背負うのは、おしまいです」

「……え?」

「私も、一緒に背負いますよ。その重たい過去も、呪いも、全部。あなたが私の秘密を、笑わずに聞いてくれたみたいに」

 

 私は、すっと右手の小指を、彼女に差し出した。

 あの日、彼女が、私に教えた、貴族の誓い。

 

「私は、あなたの盾だ。……そうでしょう?」

「……ええ」

 

 リゼットの唇が、柔らかく弧を描いた。

 頬が緩み、瞳に温かな光が宿る、心からの笑顔だった。

 彼女は、私の小指に自らの人差し指を、そっと絡めた。

 

「そうだったわね。()()

 

 その言葉を聞いて、私の胸に、ある記憶が浮かび上がった。

 

「ところでご主人様?」

「なにかしら?」

「まだ、もう一つの約束を、果たしていただいておりません」

 

 リゼットの首が、小さく傾く。

 

「十五層を無事に出たら、私にご褒美をいただけるはずでしたよね?」

「なっ……今なの?」

「ええ。今だからこそですよ。ご主人様」

「はぁ……まったく、お前には情緒というものがないわね。……それで、何が望みかしら?」

 

 溜息をつくリゼットの肩が、小さく上下する。

 その顔には、呆れと諦めが入り混じっていた。

 

 私は、静かに願いを伝える。

 

「あなたを名前で呼ぶことを、許してくれませんか?」

 

 リゼットの瞳が、見開かれた。

 次第に、その黄金の瞳に、透明な雫が溜まっていく。

 それからゆっくりと頷いて、震える唇で言葉を紡ぐ。

 

「ええ。いいわよ、()()()

 

 その声が、胸の奥深くまで染み渡っていく。

 

 絡めた指先から伝わってくる、彼女の温もり。

 窓の外では、夕陽が静かに沈み始めている。

 

 部屋を満たす茜色の光の中で、私たちは、ただ静かに微笑み合った――。

第一部、これにて完!


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