第37話 禁術
私たちはようやくダンジョンの外へと帰還していた。
白骨遺体については、大変申し訳ないが、あの場に置いてきた。
骨を抱えて戻る負担が大きいし、魔法陣を再起動すれば、ボスフロアに安置しておくほうが後々きれいな形で運び出せるはずだ。
ボスフロアから開始地点までは、かなりの距離がある。遺灰をまき散らしながら駆け回るのも、どう考えても絵面が悪い。
「――というわけで、私たちは一旦帰還し、学園長へご報告に参りました」
「死者の操作、か……。ありえん話ではないが、厄介極まりない問題だな」
学園長は腕を組み、ゆっくりと天を仰いだ。
その沈思黙考の姿に、私たちは言葉を失う。
どうやら、本当に簡単には片付かない案件らしい。
「学園長は、そのような魔法に心当たりがあるのですか?」
リゼットの純粋な問いに、学園長は眉を顰めた。
それから、ちらりと私のほうへ視線を流す。
その仕草に、私は内心で舌打ちしたくなる。
(……私が邪魔なら、出ていきますけどね)
貴族の面倒ごとに巻き込まれるのは御免だ。
平民の私に聞かせたくない話があるなら、今すぐ退室させてほしい。
「リーナ君は無詠唱の回復魔法師だ。むしろ、知っておいてもらった方がいいだろうな」
重く響く声に、私の逃げ道は断たれた。
「二人とも、これから話すことは他言無用だ。約束できるかね?」
「もちろんですわ、学園長」
リゼットは即答。
私は、天を仰ぎたい気持ちをぐっとこらえて、ただ静かに頷く。
学園長は一度息を整え、重々しい声で語りはじめた。
「――死霊魔法」
死者の魂を肉体に縛り、操る魔法だ。精神操作系の魔法の派生とされているが、その詳細はもはや誰にもわからん」
「そんな魔法……初めて聞きましたわ。発現した者が少ないせいでしょうか?」
「それもある。だが何より――この魔法は禁術に指定されている。二百年前を最後に、使い手の存在は確認されていない。直接見たお前たちにはわかるだろう。死霊魔法が、いかに悍ましいものか」
脳裏に、あの腐臭と、濁った死者の眼がよぎる。
あれほどまでに“死の冒涜”を目の当たりにしたのは初めてだった。
「死霊魔法は、その非人道性ゆえに研究も使用も禁じられた。だからこそ――今なお、誰もその全貌を知らない。……その“はず”なのだがな」学園長の目が、一瞬だけ揺れた。おそらく彼も、確信に近い疑念を抱いているのだろう。私たちが見たものは、十中八九、その“禁術”に他ならない。
「ともかく、この件は厳重に秘匿してもらう。十五層の探索については、シャルル殿下らが戻り次第、改めて協議の場を設けよう」
眉間を押さえる学園長の姿には、既に疲労が滲んでいた。
責任者も大変なものだ。
「承知しました。本日はこれで失礼いたします」
「ああ……二人とも、くれぐれも慎重に動くのだ」
扉を閉める直前、背中越しに重く響いたその声を、私は忘れられなかった。
――そして、その日から二日が過ぎても、シャルルたちは、まだダンジョンから戻らなかった。




