第29話 呼び出し
私とリゼットがバルタザール教官に指導を受けている間に、学内には不穏な空気が流れていた。
「知ってるか? ダンジョンでまた行方不明者だってよ」
「ガービンのとこが全滅してから、たて続けだな」
ダンジョンの中にはモンスターがいて、生身の人間が戦いを挑めば命を落とすこともある。
場合によっては、誰も帰ってこれないことだってあるだろう。
――パーティーの全滅。
まだ現実味のない言葉に聞こえてしまう自分がいる。
(この世界には、きっとコンティニュー画面なんてない)
ダンジョンは人を殺す。
首筋をひんやりとした風が撫で、背筋がゾクリとする。
どうにも悪寒が止まらず、胸のうちから冷たい空気を抜くように息を吐く。
(あのとき、他人を助ける余裕なんてなかった。でも私が見捨てなければ、あの男は死なずに済んだのかもしれない)
命からがら十五層から抜け出したあの日、私の脚にすがりつこうとしたガービンの絶望に染まった顔を思い出す。
「平民、あまり気に病むんじゃないわよ」
すると、隣を歩いていたリゼットが、静かな目で私を見ていた。
「な、なんのことです?」
「あの時、あの男のことを置いて来てしまったことを、気に病んで、そんな顔をしているのではなくて?」
図星すぎて心臓が跳ねた。
「あのときは、ああするしかなかった。下手をすれば、わたくしたちも帰ってこられなかったのよ」
「はい、頭ではわかっています」
「心でも、理解しなさい」
子供に言い聞かせるようなリゼットの言葉に、私は苦笑いを浮かべる他なかった。
◇
書棚に囲まれた広い部屋。
壁際には古い地図と魔法陣の図面が飾られ、窓からは午後の日差しが斜めに差し込んでいる。
「学園長、参りました」
訓練をするでもなく、ダンジョンに行くわけでもなく。
今日の私たちは、珍しく学園の中で、これまた珍しい場所に足を運んでいた。
エリシア中央学園の学園長室だ。
「来たか。リゼット君、リーナ君」
その場所に私たちを呼んだ張本人が、私たちの入室を歓迎した。
白く染まった髪と長い髭が特徴的な老人、オーディール学園長だ。
「突然こんな所へ呼び出してしまって、すまない。君たちに、どうしても聞いてもらわなければならない話があってね」
「十五層の異変について、ですわね?」
「さすがに話が早くて助かる。だが、その話をするには、まだ少しだけ待ってくれたまえ。あと、もう1パーティー、ここに呼んでいる」
その言葉に、私は嫌な予感がした。
そして、その予感は正しかったと、すぐにわかる。
「待たせたナッ、学園長殿!」
大きな音をたてて扉を開けた金髪野郎は、久しく顔を見ていなかった、いけ好かない王子様だった。
シャルルの後ろから、ぞろぞろと五人の男女がやって来る。
その中で一番背が高く、鬱陶しい男が声を張り上げた。
「久しぶりだなテメェら! 遂に追いついてやったぞ!」
無駄に大きな声がガンガン鼓膜を刺激する。
思わず私は耳を塞いでしまった。
リゼットも迷惑そうな顔で声の主、アルフレッドを眺めている。
アルフレッドの隣には、おなじみのクロードも控えていた。
ところで、アルフレッドとクロードの他に、三人の女生徒が並んでいる。
(本来、私が入るはずだった枠に別の学生が収まったのかな?)
見るからに育ちの良さそうなお嬢さんたちが、私とリゼットを明らかに敵視した目で睨んでいた。
(私はともかく、よくもリゼットを相手にそんな目ができるもんだ)
もしかすると、私が知らないだけで結構強い可能性もある。
ただ、少なくとも立ち姿からは、強そうな気配を微塵も感じられない。
「君たちが手こずっている間に、俺たちもついに十五層に到達したんだ。これで、俺たちはともに一年生の中でトップ。これからは対等なライバルとして、よろしくナッ!」
シャルルから、やたらカッコつけたポーズで謎のライバル宣言をされてしまった。
大変申し訳ないけれど、今の今まで彼らの事は存在自体を忘れていたくらいだ。
ライバルとかそんなことを言われても困る。
リゼットの方はどんな顔をしているだろうかと横目に伺ってみると、なんとも眠たそうな半眼になっていた。
「さて、シャルル殿下のパーティーも揃っているようだし、こちらの話を進めても良いかな?」
遠慮がちな声によって、私たちの視線が学園長の方へ向く。
穏やかな口調とは裏腹に、その表情は険しい。
彼が何を言おうとしているのかは、大方想像がつく。
「ここ暫く、十五層に挑む学生たちが立て続けに消息を絶っている。ダンジョンで死傷者が出てしまうことは例年のことであるが、今月だけで四パーティー、人数にすれば十九名だ。我々は、十五層で何かイレギュラーが発生しているのではないかと危ぶんでいる」
ゲームでは二十層で出現するサーペントフォックスが、十五層にいた時点でおかしいとは思っていた。
しかし、それがこの世界においてもイレギュラーなのか、ゲームの知識をこの世界に当てはめられないだけなのか、その判断には苦しんでいた。
(どうやら、こっちでも異常事態だったらしい)
「学園から生徒に対し、ダンジョン内部での行動を指示することは本来禁止されている。だが、現状を鑑みた厳正なる協議の結果、学園は現在十五層に挑む君たちへ、限定的なレイドミッションを発令することを決定した」




