第20話 試練①
十五層から生還してから、数日が過ぎた。
ダンジョンで負った肩の傷はヒールで完治し、身体は万全の状態に戻っていた。
とはいえ、想定を遥かに上回るモンスターの出現を受けて、私とリゼットは一時的にダンジョン探索を休止している。
リゼットならば、あのまま強行しても十五層の踏破は可能だったかもしれない。だが、今の調子では結局その先で足が止まることは目に見えていた。
故に、私たちは、ダンジョン攻略のための準備期間に入ることを決めた。
何より私は、彼女の隣に立つと宣言した以上、彼女を守る術を身につけなければならない。
そして、決意を新たに、私はエリシア中央学園の広大な第三訓練場に足を運んでいた。
目的はただ一つ。この学園の教官に盾術の指導を受けるためだ。
「――アホんだらぁ‼ 身体の使いがなっとらん! 剣は身体の一部だと思え! そんな構えでは、敵に押し返されるわ!」
訓練場の一角から、地響きのような怒声が飛んできた。
声の主は、白髪混じりの短髪を逆立て、日に焼けた肌と深く刻まれた皺が歴戦の証となっている老教官。その分厚い胸板と丸太のような腕は、とても老齢とは思えないほどの威圧感を放っている。
彼はバルタザール教官。ゲームにも登場する学園の鬼教官キャラだ。
ゲームでは戦闘スキルを習得するイベントで何度となくお世話になったが、こうして現実に教えを乞う日が来ようとは思っていなかった。
彼の周りだけ、空気がピリピリと張り詰めているのが肌で分かる。
私はごくりと唾を飲み込み、覚悟を決めてその巨体へと歩み寄った。
指導を受けていた生徒がふらふらになって下がっていく、まさにそのタイミングで。
「バルタザール教官。突然申し訳ありません。お話があります」
バルタザール教官は、ギロリと鋭い眼光で私を射抜いた。その視線だけで、蛇に睨まれた蛙のように足がすくみ、思わず息を呑んだ。
ダンジョンで出会うモンスターよりもよっぽど威圧感のある目をしている。
「……なんだ、貴様は。見たことのない顔だな。小娘がワシに何の用だ?」
これまで講義も受けずダンジョンに潜りっぱなしな生活をしていたことで、バルタザールと顔を合わせる機会もなかった。
ゲームと変わらぬその口調に少しばかりの懐かしさを覚えたが、そんな思いを振り払い、私は彼に向けて大きな声で用件を伝える。
「はい。私は、一年生のリーナ・フローライトと申します! 単刀直入に申し上げます。私に、盾術を教えてください!」
私は深く、深く頭を下げた。
しばしの沈黙の後、教官の呆れかえったような声が頭上から降ってきた。
「……盾術だァ? 聞き間違いか? 貴様、どう見ても前に出るタイプではなかろう」
「ヒーラーですが、盾術が必要です」
「ヒーラー……? ふざけるのも大概にせんか!」
教官は吐き捨てるように言った。
「お前の仕事は後方で仲間を癒すことだ。前線に出て盾を構えるなど自殺行為も甚だしい! 騎士ごっこがしたいなら、他を当たれ。ワシは暇じゃない‼」
周囲の学生たちも、遠目に「なんか変なこと言ってる奴がいるぞ」なんて言いながらこちらを見ていた。
何を言われても、ここで引き下がるわけにはいかない。
私はゆっくりと顔を上げた。
「お遊びではありません!」
「本気で言ってるなら、自分の頭にヒールを掛けてから出直してこい、バカ垂れ!」
恫喝するように睨まれたが、それでも私は目をそらさない。
私が引かないと見るや、バルタザール教官は小さく唸った。
「……何故、命を縮めるような真似をする?」
「守りたい人がいます」
私が一切の迷いなく彼の問いに答えた瞬間、バルタザール教官の眉がピクリと動く。
「貴様がやらんでも、他に任せればいい。ヒーラーになれるのは稀有な才能だ。それを自ら腐らせるような真似をする意味がわからん」
「後方で守られるだけの戦いなんて、もうウンザリなんですよ」
「……ほう」
彼の声には、先ほどまでの侮蔑の色が薄れていた。代わりに、値踏みするような、鋭い光がその瞳に宿っている。
「では、貴様の覚悟が本物か、試してやる」
彼は顎をしゃくり、訓練場の隅で起動準備をしている一体のゴーレムを指差した。土と魔力で構成された、身長2メートルはあろうかという巨体だ。
「あの訓練用ゴーレムの攻撃を、日が暮れるまで受け続けてみろ」
「……え?」
周囲の生徒たちが「無茶だ」「死ぬぞ」とざわめき始めた。
しかし、バルタザール教官はそんな声を気にした様子もない。
ただ淡々と、私に試練を突き付ける。
「それと、条件がある。避けることは許さん。ただひたすら、その身体と盾一枚で攻撃を受け続けろ」
それは、ただのしごきだった。技術を教える以前の、根性を試すだけの、理不尽な試練。
「魔法の使用は許可してやる。それで、日が暮れるまでその足で立っていられたのなら……話の続きくらいは、聞いてやらんこともない」
それは、常人には決して不可能な課題だった。
だが、私にとっては。
(……これ以上ない)
回復魔法と身体強化魔法を持つ私ならば、ギリギリ達成する可能性がある試練。
教官は、私の本質を見抜いた上で、私だけのための課題を出してくれたのかもしれない。
周囲のざわめきが大きくなる中、私は一分の迷いもなく即答した。
「やらせていただきます!」




