幕間 愚者
(……寒い)
冷たい石の床の感触で、俺は意識を取り戻した。
股間が、じっとりと濡れているのを感じて、あの女から受けた屈辱の記憶が蘇る。
だが、それ以上に、俺の心を支配していたのは、骨の髄まで凍えるような寒さだった。
(なぜだ……? なぜ、俺様だけが、いつも理不尽な目に遭うんだ……?)
思い出されるのは、兄のこと。
剣の才能は、明らかに俺の方が上だった。それなのに、無能な兄は、ただ「先に生まれた」というだけで、全てを手に入れる。
家督、親からの信頼、周囲からの評価。いつもあのナヨナヨした頼りない男が、その全てを掻っ攫って行った。
弟に生まれてたというだけで、俺はあの男に勝てない。その理不尽が許せなかった。
誰にも認められない俺様は、いつも心のどこかに寒さを感じていた。
しかし、この学園に来れば、そんな俺も少し変わることができた。
ダンジョンの攻略階層で評価が決まる実力至上主義。爵位だろうがなんだろうが無視して、この場所では腕の立つ俺様が特別になれた。
爵位が高いだけの腰抜けどもを、実力で黙らせる。その快感。ようやく、俺の居場所を見つけたと、思った。
俺の胸の内には、心地よい熱が宿っていた。
そのはずだったのに、次第にその高揚は失われていった。
無能どもが、俺の足を引っ張り始めたからだ。才能のない連中が、徒党を組んで、俺様の才能を、妬み、引きずり下ろそうとする。
才能のない連中は、いつだって、俺から光を奪う。
パーティーの連中もそうだ。俺の指示についてこれない、無能な駒ども。お前たちのせいで、俺の輝きが、鈍っていく。
(寒い……寒い寒い寒い寒い!)
そして、あの女。リゼット・ベルナール。
生まれた時から、全てを持っている女。
俺が、どれだけ足掻いても手に入らない『公爵家』という威光で偉そうにしている。
『血狂い』なんて呼ばれて調子に乗っているいけ好かない女だ。
(許せない……許せない許せない許せない!)
今度はあいつが、俺の光を、奪った。
だから、邪魔をしてやった。あいつの顔が、苛立ちに歪むのが、たまらなく愉快だった。
あいつが、俺と同じ、「寒い場所」に堕ちてくればいい、と。
(なのに、どうして俺がこんなことになっている?)
「ひふほー……!」
俺は、上手く回らない自分の舌にまで苛立ち、ただその場に蹲った。
そんなとき――。
「随分と、良い魂の色をしているじゃないか」
その声はまるで、俺の魂の全て見透かしているかのように、怪しげで、そしてどこまでも冷徹に響いた。
「君、力が欲しくはないか?」
顔を上げると、そこに、黒いマントを羽織った男が、立っていた。
その瞳の奥には、底なしの「闇」が、広がっていた――。




