第15話 急襲
◆ side. リゼット
フォルティスとプルス・アクセル。前衛からすれば贅沢な大盤振る舞いであることに間違いはないのだが、これは彼女からわたくしへ「即行で片を付けろ」という言外の指令に他ならない。
(こんなことは初めてね)
これまで何度となく戦闘を繰り返してきたが、彼女が露骨にわたくしの指示を無視して魔法を行使したのもこれが初めてだ。
ここ最近では、緊急時の回復魔法に必要な二人分の魔力には手を付けないルールを設けていた。だが、そのルールも破った強攻策。
そこまでしなければ太刀打ちできない敵だと判断した彼女は、どうやら間違っていなかった。
(身体強化がなければ切り傷ひとつ付けられなかったかもしれないわ)
体毛と言うにはあまりにも硬い。光を反射する銀の毛並みは、その一本一本が鎧をまとっているかのように強固だ。もう何度も切りつけているのに、致命的な一撃を叩き込めていない。
目の前のモンスターが、十五層で遭遇してきた他のものとは明らかに格が違うと、嫌というほどよくわかった。
「キュゥゥ」
今はプルス・アクセルの恩恵を受けたわたくしの速さについてこられず、苛立たしげに尻尾を揺らしては忙しなく視線を彷徨わせている。
足を止めることなく、四方八方へ駆け巡ることで敵を惑わせ、絶え間ない攻撃で相手の行動を阻害し続ける。
「下っ腹から切り上げてください! 体毛が薄くて有効打が入りやすい!」
そこへ、あの子から新たな指示が届く。
「簡単に言ってくれるものだわ!」
悪態をつきながら、わたくしの身体は本能的に彼女の指示に従った。
あの平民は、ここぞというときに勘が働く。
(――信じるわよ!)
構えをさらに低く、地を這うように駆ける。あまりにも姿勢が低いことで、剣が地を滑り、小さく火花を散らした。
「〘トリプレットエッジ〙」
ダンジョンに潜る中で遂に授かった剣術スキル〘トリプレットエッジ〙は、剣閃を加速させ、目にも留まらぬ速さで同じ部位に猛烈な三連撃をお見舞いする。
(入った!)
確かな手応えを感じると敵は「ギュッ」と短く鳴き、身体を仰け反らせる。
わたくしは剣技を放った勢いのまま斬りつけた腹へ回し蹴りを叩き込み、その反動で距離を取った。
(このまま畳み掛ける!)
しかし、再度足を踏み出そうとしたところで、ガクンと自分の脚が重くなる。
戦いに夢中になって、身体強化魔法の効果時間を考慮できていなかったのだ。
(しまった――)
気づいた時にはもう遅い。踏み出した脚を急には止められない。
わたくしの身体は先ほどまでとは比べものにならないノロノロとした動きのまま、敵の間合いに入り込んでいく。
禍々しい牙が、ゆっくりとわたくしの喉笛を噛み砕きにくる様を目で捉えていた。
◆ side. リーナ
魔力無し、身体強化無し。
(それでも、今動けなきゃ私がこの場に居る意味はない!)
自分の倍は身の丈があるバケモノに向かって身を投げるような真似だ。怖くないわけがない。足がすくんでフワフワとした感覚のまま、それでも必死に地面を蹴った。
ダンジョンを踏破する中で、レベルと共に上昇したAGIが、私を人並み外れた速度で敵前まで導く。
大盾を前に構え、勢いのままリゼットとサーペントフォックスの間に飛び込んだ。
――ガン‼
人を丸呑みにできそうな大きな口が、盾に噛みついて止まる。
(やるじゃん私……)
リゼットを襲うギリギリのところで、私の防御が間に合った。
「平民⁉」
背後から聞こえてくるリゼットの驚愕の声に応える余裕はない。
捕食を邪魔された化け狐は、鬱陶しそうに盾ごと私を宙へ放り投げる。
空中で勢いを殺すことが出来ず、錐揉みしながら私の身体が自由落下を始めた。
咄嗟に考えられたのは、頭を守って肩から落ちることだけ。
バギッと肩から聞こえてはいけない音が鳴ったが、戦場の真っ只中で意識を失うことだけは回避できた。
(立て! 立て立て立て立て立て‼)
這いつくばりながら、必死に身体を起こそうとするが、身体がいうことを聞かない。
特に落ちたとき激しく強打した左肩から先の腕は、ピクリとも動かせなかった。
それでも、寝転がっているわけにはいかない。
まだアドレナリンが出ているおかげか、脳が痛みを認識していない今が立ち上がるチャンス。
(チンタラしてたら本当に動けなくなるぞ! だから立て!)
必死に起き上がる。
左肩の状態はあえて見ないようにした。
その惨状を目にしたら、意識を保てない気がしたからだ。
視界がまだグラグラ揺れているのも気にしない。
何かぬめりのある液体が頬を伝い落ちている気がするが、それも気にしない。
荒い呼吸を繰り返しながら、私は全力で痩せ我慢した。
リゼットの致命傷だけはどうにか防げたが、状況は依然として不利。
今にもこちらへ迫っているだろう他のモンスターの襲撃を考えれば、むしろ刻一刻と状況は悪くなっているとも言える。
「ギュゥゥゥゥゥ!」
「――ッ! ハァッ‼︎」
リゼットの猛攻が止まったことで、サーペントフォックスは自由を取り戻す。
幸いなのは、奴に与えたダメージがしっかりと蓄積され、動きがだいぶ鈍くなっていることだろうか。
素の状態になってしまったリゼットでもまだ辛うじて太刀打ちできている。
(こんな時、結局最後はリゼット任せになるのか……私は!)
何か後ひとつ、決定打が足りない。
本来は、私がリゼットにもう一度同じように身体強化魔法を付与するだけで勝てるはずだ。
(でも、魔力がない……魔力がないだけで、今の私は何もできない!)
手のひらに魔力を込めようとしても、身体の奥から湧き上がる温かさはなく、指先は空虚な感覚に支配される。
頭ではもうわかっている。
私に今できることといえば、リゼットを信じて待つことくらいだ。
けれど、その事実が私にはあまりにも耐え難かった。
(これじゃあ姫プしてもらう相手が、シャルルたちからリゼットに入れ替わっただけだ……)
転生に気づいた時、逆ハーレムパーティーでチヤホヤされる自分なんて、クソくらえと思った。
でも、今はそれよりもタチが悪い。
リゼット一人に負担を押し付けて、私は呑気に後方で手をこまねいているだけ。
彼女は私のような混ざり物ではなく、まだ十六歳の少女なのにだ。
(男に頼るだけの人生が嫌で、ゲームのシナリオを放棄したんじゃないのか! 自分の力でダンジョンを攻略して、真の自由を手に入れるんじゃなかったのか! これじゃあ何も変わってない‼︎)
今のままの私では、どの道どこかでリゼットの実力についていけなくなる。
その不安は、実のところしばらく前から漠然と感じてはいた。
私はそれを受け入れたくなかった。それは、今もだ。
(たとえ使える腕が一本でも、盾を構えて攻撃を一度だけ受けるくらいはできるはずだ)
あとは、その隙を今度こそリゼットに突いてもらえばいい。
冷静さを欠いている自覚はある。とんでもない捨て身の計画だ。
でも、私も体を張って動くことができるようにならないと、この先リゼットと対等な関係になんて一生なれない気がした。
――ところで、正直なところ、この絶望的な状況を打破する方法を、私は1つだけ知っている。
しかし、私はその答えを望まない。
「平民、下がりなさい!」
飛ばされた時に落ちた大盾を拾い上げ、引きずるように前に出ると、リゼットは私の援護を拒絶した。
いや、本当はわかっているのだ。これは援護などではなく、自分のわがままだと。
私が盾を引きずって前に出たところで、邪魔にしかならない。
「巻き込まれたくなければ、わたくしから離れなさい。――魔法を、使うわ」
それこそが、私が最も恐れていた解決策だ。
リゼットの言葉には、有無を言わせない圧力があった。これまでとは違う、絶対的な壁。
瞬間、目の前にいるはずの彼女の背中が、遥か遠くに感じた。
そして、リゼットは遂に奥の手を解放する。
(待ってリゼット……)
「《イグニス》!」
この日、私はこの世界に来て初めてリゼットの魔法を目の当たりにした――。
美しい紅蓮が、私の視界を埋め尽くす。




