準備の成果を試す時
いよいよ――収穫祭前日。当日は朝から準備があるため、前日の夜に全員で打ち合わせをすることにし、改装した店舗に、全員集まってもらった。
「……おい」
そこには険しい顔をしたシンもいた。
「なんでこの男もいるんだよ」
親指でエドワードを指差しながら、舌打ちをした。なぜだか臨戦体制だ。私にはよくわからないが、どうやらこの二人は相性が悪いらしい。
「俺はちえにお願いされてきただけですよ。とても困った様子だったので。男としては、女の子のお願いは断れませんから」
エドワードは笑顔で答えた、が、二人の間には火花が見える。
「はあああ? おい、ちえ、ちょっとまて、オレへの電話はテトラからだったぞ! なんでお前オレには直接連絡してこねーんだよ!」
ぼんやり二人の様子を眺めていたら、なぜだか火の粉が飛んできた。シンもあの広場での事件後、よくわからない理由をつけて度々テルメトスに来てはいたのだが、気まずくてほぼ会話をしていなかった。
(どうやって答えたものか……)
うなだれていると。すかさずテトラが言った。
「なんでよー! なんで私じゃだめなのよー、シン! 最近なんか冷たいんだけど!」
なんだか打ち合わせをするムードではなくなりつつあり、間でオタオタとする私を見かね、アルフレドが口を挟んだ。
「まあまあ皆さん、いまコーヒーを淹れましたから、とりあえずそれでも飲んで落ち着いて……。じゃあ、ちえ、みなさんにあれも食べてもらおうか」
私は頷いて、キッチンから二種類のパンがのったお皿をもってきて、全員の前に配った。焼けたパンの芳しい香りがリビングに広がる。するとどこからともなく、大音量の腹の虫の音が聞こえた。シンが赤くなっているところを見ると、どうやら彼の腹の虫だったらしい。
気を取り直して、オホン、と咳払いをしたあと、私は説明を始めた。
「みなさん、本日はお集まりいただきありがとうございます。明日の収穫祭を通じて達成したい、私達の目的は『ブランド力の強化』です」
私は続けて、テルメトスにはどういう強みがあるか、そしてアンジュの弱み、どのようにしてブランド力強化を成し遂げるかを説明した。
「それで……いまあるパンの陳列方法を改善する、見せ方を変えるだけでなく……収穫祭で大きな注目を集められるよう、アルフレドさんが新製品を開発されました。それがこの『究極のクロワッサン』と『伝統のラスク』です」
全員が手元に置かれた真っ白な皿の上に並べられた、二つのパンに目をやった。
「えーでは製品についてはワタクシ、アルフレドから」
オホン、とアルフレドも咳払いをして、解説を始めた。
「もともと、うちの看板メニューはクロワッサンなんだけどね。向こうが色物で勝負するなら、こちらは正統派のクロワッサンを、よりレベルの高いものに昇華させた形にしようというという、ちえからのアイデアがありまして。それで完成したのが、これです。では、冷めないうちに、食べてみて!」
まずシンが、サクリ、とひとくちクロワッサンをかじった。
「えっ、今までのとぜんぜん違うじゃねーか! なんつーか、バターの風味が……すげえ」
どうやら彼は食レポに向いていないらしい。パンの特徴は何ひとつ伝わらなかったが、がっつくようにクロワッサンを食べ、あっという間になくなってしまった。
「なんというか、使っているバターが濃厚ですが、生地が軽くて、口の中でとろけるようですね。最近はやりのリーズナブルなそのへんのパン屋で売っている、ベチャッとして油っぽい感じのクロワッサンとは違って、バターの風味も高級感があります。全然重さを感じませんね」
フフン、と自慢気にアルフレドが鼻をならす。エドワードの褒め言葉が相当嬉しかったようだ。
「さすが書記官さん、お目が高い。今回のバターはね、いつもの仕入先じゃなくて、高級ホテルとかにおろしている農場から取り寄せたんだ。原価は上がって、ちょっと値段は高めにはなってしまうんだけど、この味なら売れると踏んで、年間契約をしたんだ。それですこし、安くしてもらえたよ」
ちょっと賭けだけどね、とアルフレドは苦笑いをした。
「これが目玉商品その一です。百年続くパン店の技術が感じられる一品、ということで『究極のクロワッサン』です。プレミア感を出すために、一日限定百個で売ります」
限定という言葉に女性は弱いはず。価格も高めにひとつ五〇〇ピリカ(=日本円でも大体五〇〇円くらい)とした。
「この、長細いカリカリのやつはなんだ?」
シンが皿に残っていたラスクを手に取りかじった。
「なんだこれ、めちゃくちゃうめえ! これラスクだよな?なんでスティック型してんだ?」
私はニヤッと笑った。
「これもアルフレドさんが腕によりをかけて、究極のサクサク感を追求してくださったラスクですが……。クロワッサンとはまた違う使い方をします。使い方は……」
――この日の会議は、夜遅くまでかかり、エドワードとシンは、泊まっていくことになった。人前で話すことがあれだけ苦手だったのに。目の前の大イベントを前に私は、自分があがらずに話せるようになっていることに、収穫祭が終わるまで気がつかなかった。




