アクションは次の段階へ
次のアクションとして考えているのはこうだ。
1 収穫祭でリニューアルした店舗を通じて、「歴史と伝統あるお店」のブランド認知を強化する
2 新製品の発売を通じて、新しいブランドイメージを発信する
収穫祭の期間は、広場に簡易劇場が作られ、一日中様々な催し物がされるそうだ。また街中に生花が飾られ、たくさんの露天が出るらしい。収穫祭が実施される期間は一週間。その間は街の人はもちろん、観光客も街中にあふれるそうだ。その日にリニューアルオープンを当てれば、必然と人目をひく。またとないPR機会なのだ。しかもその日に、二つの新製品の発売を当てられれば――。
ここを最大限に盛り上げるためには、人手が必要だ。テルメトス一家は当日店舗のほうに専念してほしいし、混雑時のことを考えると、交通整理のために、雑用係の私も店舗から離れないほうがいい。
(ここで自分の人見知りが悔やまれるなあ。もうちょっと社交的だったら、こういうときに気軽に頼める友人のひとりやふたりいるだろうに……)
店舗改装の最終仕上げをしながら、収穫祭中の業務割り振りを考えて悩みに悩んだ。どう考えても人が足りない。友人が多そうなテトラにもつてがないか聞いたが、ビトレスク育ちのテトラの友人は、商家の人間が多く、収穫祭の時期に手伝ってくれるような人がいなかった。
「できれば……美男美女とかがビラまきしてくれるといいんだけどなあ……」
思わず考えていたことが漏れ出て、口をおさえた。私のつぶやきを近くでたまたま聞いていたテトラが反応した。
「イケメンのビラ配り、いいわねー! 私だったら何枚ももらいにいっちゃう! っていうか、ちえ、いるじゃないの、イケメンの知り合い。ふ・た・り・も! 美女の私は、店舗から離れなれないから、美女は諦めるとして」
テトラのそのセリフを聞いて、ハッとした。正直、ふたりとも連絡するのはあまり気が進まない相手ではあるが。
「うーん、しかたないか……」
「何が仕方ない、よ。この贅沢者!」と、キーキー文句をいうテトラをスルーし、自分の部屋に戻った。
「たしかここにしまったはず……」
シンが私を広場にひっぱっていった日以降も、懲りずにエドワードは何度もテルメトスに足を運んできていた。何度か目にパンを買いに来たとき、「デートできる日が決まったら、連絡してくださいね」と、連絡先をもらっていたのだ。
この世界にはスマホもガラケーも存在しない。だが、オーラを使用してやり取りをする、似たような通信機器があるのだ。「タクト」というらしい。
「ないと不便だから」と、テトラが使わなくなった旧機種を一台私に貸してくれている。いろいろなデザインがあるが、私が使っているのは桜色の大きな二枚貝のようなものだ。テキストも打って送れるのだが、まだこの国の文字をマスターしていないので、しぶしぶ電話をすることにした。
「……あ、もしもし、黒瀬です。いま少しお時間よろしいでしょうか」
電話口に出たエドワードは、私だと気づいて、声を和らげた。
「はじめて電話をいただけましたね。うれしいです。そんなに形式張らなくても大丈夫ですよ。一度ランチをご一緒した仲じゃないですか。番号、登録しておきますね」
むしろ、一度ランチを一緒にしただけの仲なのですが、と思いつつ、用件を伝える。
「ああ、収穫祭の日は交代でお休みをいただけることになっていまして。運良く初日が俺は休業日なんです。いいですよ。喜んでお仕事引き受けましょう」
了承をもらえて、ほっと胸をなでおろした。これで一人確保だ。
「お給料はいりませんが――何かご褒美がほしいですね。お手伝いが終わったら、キスしてくれますか」
急に飛び込んできた「キス」というワードにびっくりし、「検討の上ご回答申し上げます!」と叫んで通話を切ってしまった。毎度思うが、この人はグイグイ来るので、本当に心臓に悪い。しかも、本気で言っているのか、冗談なのかが、いまいちわからないのも問題だ。
「えー、このあとシンに連絡するの……。HPがもたない……」
ノックアウト寸前のボクサーのようなフラフラ感で、ベッドに倒れ込んだ。シンへの連絡は、テトラに頼むことにした。
「フフッ…本当に面白いなあ、あの子は」
電話を切ったあと、エドワードは思わず吹き出した。
(でも、彼女が俺にとって有益な人間か否かを判断する、非常にいい機会になりそうだ)
執務室の書類棚に行き、一つのファイルを机の上に出した。ファイルの中には、様々な人物の記録がある。青山カナミ、アンドリュー・ジョンソン、飯島博……それぞれの人物の欄には年齢や出身地、保有している技術、性格など、詳細な情報がネトピリカの言葉で記録されていた。
――そこには真新しい紙で「黒瀬ちえ」のページができている。彼女に関しては、全く情報がない。人見知りな性格もあってか、ランチを一緒にとったときもほぼ自分の話はしなかった。接触しても一対一で話す機会をなかなか与えてもらえないし、周囲の人物も調べてみたが、誰もちえの素性を知らなかった。
意図的に隠されているような感じもする。誰かがちえに、異世界のことをしゃべるなとアドバイスでもしたのだろうか。でも、一体誰が、なんのために……?
(彼女を口説いて、男女の仲にでもなりさえすれば、もうちょっと腹を割って話してくれるかとも思ったが……ガードが堅すぎる)
そう思って、ふただびフッと笑いがこみ上げた。彼女にアプローチを仕掛けていると、まるで小動物を脅しているような感覚になることがある。
「まあ、じっくり行くとしよう。時間はまだあるのだから」
ファイルを閉じ、書類棚に戻した。――エドワードが戻したファイルの背表紙には「異世界転移者一覧」と書かれていた。




