歴史と伝統ある、ブランドパン店へ
私がプランを説明している間、三人は眉間にシワを寄せながら、真剣に話を聞いていた。やっぱり注目されると、手は震えるし、頭が真っ白になりそうになる。でも、目の前にいる人達のために――私に新しい「働く場所」を提供してくれた人たちのために、彼らが抱える課題に集中しようとすることで、緊張感より使命感が上回る感覚があった。
なんとか説明が終わる頃には、三人はすっかり私の意図を理解してくれ、私の提案をベースにお互いにアイデアを出し合っていた。なんとか納得してもらえたようだ。
「しかしすごいな、ちえは。そんなアイデア、全然思いつかなかったよ」
アルフレドはうんうん、と頷いた。
「面白いけど、うまくいくかどうかは私達の頑張りにもよるわね。張り切らないと!」
テトラの鼻息が荒くなっている。渾身のプランだったか、うまくいくかどうかを考えると、ちょっと胃が痛い。でも、ここまで来たらやるしかないのだ。
私が考えたプランは――テルメトスの「リブランディング」。つまり、テルメトスを歴史ある伝統店として強く印象づけ、その品質の高さを唯一無二の「ブランド」として認知させることだ。
新しいお客さんにも、離れてしまった既存のお客さんにも「ここが一番!」と思わせるためには、さまざまな準備が必要になる。
まずは店構えだ。はじめに来たときも思ったが、外から店の中が見えないのは痛い。美味しいパンの姿が見えれば、通行人の食欲を掻き立てられるし、中にそれなりにお客さんが入っているのが見えれば、それが新たなお客さんを惹きつけるきっかけにもなる。
プレゼンをした翌日、まずは窓際にかかっていたロールカーテンを撤去した。飾り棚と、その上に乗っていた粘土細工のパンは廃棄。その代わり、パンをのせている棚を一台、窓際に移動することで、外からパンが見えるようにする。棚を移動して以降は、当日のおすすめパンを窓際に配置してもらった。
次に、店の内装。店舗自体は何度かリフォームをされてはいるが、今のデザインは古めかしくておしゃれさにかける。壁もなんとなく黄ばんでいた。ただの古い店、ではなく、歴史と伝統あるブランドパン店にしたいのであれば、小綺麗さと高級感は必要だ。
テトラの同級生にペンキ屋の息子がおり、壁の塗装を彼に格安で請け負ってもらった。シミのない、美しいクリーム色に壁を染め上げ、会計カウンター側の壁のみアクセントカラーでエメラルドブルーにした。
「壁の色が変わるだけでだいぶお店が新しくなった感じがするわ。なんだか新婚の頃を思い出すわねえ。あの頃はあなたのお腹、こんなに出てなかったのにねえ……」
残念そうに言うアドラに、アルフレドは「お前だって下腹が……」と言いかけて鉄拳を食らっていた。どうしても余計なひと言を発してしまうタチ、というのが、最近把握したアルフレドの特性だ。
店内のクロス類も新調し、だいぶお店が垢抜けてきた感じがする。カウンターや柱の木材などは、古いがいいものを使っているということだったので、修繕をしたり、きれいに掃除してワックスをかけたりして、風合いを生かした。
次は統一感だ。テルメトスパン店の店内のタグ類や張り紙などは、すべてフォントがバラバラだった。これでは統一感のあるブランドを表現することができない。
ある程度の会社の規模になれば、会社のイメージカラーやフォント、ロゴの使い方や製品広告を作成するルールなどをまとめた「ブランドガイドライン」なる分厚い資料をだいたい持っている。
日本でもよく知られている有名なブランドは、このブランドガイドラインに沿い、ひと目見てそのブランド、とわかるようにデザインやフォントには統一感を持たせている。
テルメトスの規模でブランドガイドラインまで作る必要はないが、デザインの一貫性に取り組む必要はあると思っていた。店名の看板を取り替える予算はなかったので、看板のフォントにすべて合わせることにする。
また、オシャレ感を出すために、商品表示や店内のメニュー表記などの紙は、すべて黒字に白抜き文字にした。
「統一感を出すだけで、こんなにスッキリした感じになって、おしゃれな感じになるのね!脱・ダサいパン屋に一歩近づいたわ!」
テトラが「ダサい」を連呼するたびに、アルフレドがしぼんでいくのがわかる。アドラの鉄拳制裁といい、テルメトス一家は、女性が強いようだった。
窓際のレイアウト変更以外は、まとまった時間が必要な作業になるため、二週間ほど「店舗改装中」という張り紙をして営業を休んだ。
改装中、私はアルフレドに、テルメトスパン店で出しているメニューの中で特に歴史の長いもの――百年歴史のあるクロワッサンはもちろん、バゲットやフランスパンなど、それに継ぐ長さの歴史のパンについて、開発秘話や工夫されている点を聞き、ノートにまとめた。
これは後々の取り組みのためもあるが――それぞれのパンに込められた思いや歴史をお客さんに知ってもらうため、製品POPにそれぞれのパンのストーリーをまとめて記載することにしたのだ。ご婦人方がお店をおすすめするときの、話の種にもなる仕組みだ。
このPOPは、より多くの人に見てもらえるタイミングを狙い、収穫祭付近に設置することを決めた。
そしてこうした外面的な取組みの裏で、アルフレドと私は、工場に毎晩こもって試行錯誤を重ねていた。この状況をひっくり返す鍵となる――「究極のクロワッサン」そして「伝統のラスク」の開発だ。




