33.逆行聖女の人生は
来た時と同じだけの時間をかけて帰る。
土埃を上げながら、景色はどんどん見慣れた緑の生い茂る景色へと。
その道中が随分と長く感じた。
故郷を離れることが惜しかったのか、それともシャルレーゼが恋しく帰ることが待ち遠しかったのか。
おそらくはどちらも同じだけの重みで、心を行き来していたのだろう。
「戻ったか。ご苦労だったな、クレイド」
「はい、ただいま戻りました陛下」
「フィオナも」
「ありがとうございます、陛下」
数十日ぶりのシャルレーゼは相変わらずのどかで平穏に満ちていた。
陛下の安堵したような表情に、自然と笑みが浮かぶ。
体の奥がじんわり広がり解けるような、安心感だ。
帰って来たのだなと実感して、涙がこぼれそうになる。
慌てて目元を拭った。
「そなた達がいない間、随分と働いたからな。これで少しは休めるというものだ、明日から忙しいぞ2人とも」
「いきなり激務詰め込む気ですか、陛下。少し労わるとかは」
「はは、我がすると思うか?」
「……しませんね、貴方は。“父”に似て容赦がないですから」
「おう、そうだ。スオウ伯爵がそなたに頼みたい仕事を山ほど抱えて待っているぞ」
「…………げ」
「我が子に立派な君主となってもらうべく心を鬼にするとは、親としても臣下としても鑑のような男だな」
「心を鬼にしているのではなく心が鬼なのですよ、スオウ伯爵は」
「ははは、頼もしい限りだ」
そうこうしている間に目の前で交わされていたのは、何とも気安く軽快なやり取り。
心底面倒そうな顔をするクレイの、気を許した人にだけ見せる表情も久しぶりだ。
たまらなく愛しくなって、笑い声がこぼれてしまう。
「フィー、笑ってないで助けてよ」
「はっ、す、すみません、思わず」
「ははは、仲睦まじくて何よりだ」
報告のつもりで訪れた王城の応接間。
数少ない護衛の1人がブッと盛大に吹き出す。
つられるように宰相様までもが笑っていた。
クレイと2人顔を見合わせ、やれやれと苦笑する。
「さて。戻ろうか、私達の日常に」
「はい。共にこの国を守れるよう頑張りましょう」
私達を見守るその目は温かい。
自分の生きる道として定めたこの場所で、決意を新たにする。
そうして私達は、また忙しい日々の中に身を投じた。
季節は瞬く間に過ぎ去り、花が咲き乱れる頃。
「時が経つのは早いものだな」
「はい、お父様」
「……父上、何度目ですかそれ」
「ふふふ、いい加減しつこいわよランド」
「仕方がないではないか……! 今日ぐらいは良いだろう」
部屋を包むのは弱々しいお父様の声と、呆れた様子のお兄様、楽し気に微笑むお母様の声。
私は椅子から家族を見上げ笑っていた。
純白の、裾が長い衣装。
本番前に汚してしまったら大変だ、私のことだからどこかに躓いて引き裂くかもしれないと、助言をもらいながらこうしてジッとその時を待っている。
「お父様」
「なんだい、フィオナ」
「ありがとうございました、私をここまで育てて下さって。厳しく、優しく、多くの愛情をいただいたおかげで私は家族というものを知ることができました」
「フィオナ……やめてくれ、涙が」
「ふふ、思う存分泣いて下さい。私はお父様の様々な表情を見るのが好きなのです」
堂々としていて、駄目なことをすればきちんと諫めてくれて、いつだって私を実の娘と同じように愛し守って下さったお父様。
すでに真っ赤に染まる目をごしごしと拭いながら、笑んでくれる。
「しっかりな、フィオナ。これからも近くで見守っているからな」
「はい」
最後はしっかり公爵として諭してくれた。
はっきりと頷いて、今度は視線をお母様へ。
「お母様。女性としての生き方を、強さを教えて下さってありがとうございました。お母様のおかげで私たくさん友人ができたのですよ」
「ふふ、それは貴女の努力の成果よ。フィオナ、これからも笑顔で楽しみなさいな。貴女の武器を忘れずにね」
「はい!」
そっと頬に当ててくれた手に自らのを重ね笑う。
最後に見つめた先はお兄様だ。
「お兄様。これからも甘えさせていただきますが、よろしくお願いします」
「……おい、俺には感謝なしか」
「ふふ、冗談ですよ。お兄様がいて下さったから私達は家族になれました。人に甘えるということを教えて下さったのはお兄様です。本当にありがとうございます」
「おう」
「これからもよろしくお願いしますね。頑張りますから」
「まあ、乗りかかった船だしな。最後までお前達に付いて行くよ、俺は」
「ありがとうございます。そして出来るならばご自分の幸せも」
「……そうだな、そろそろ考えるか」
「はい、是非!」
互いに手を差し出して固く握手する。
流石に今日は頭をかき混ぜられはしなかった。
何時間もかけて完成したこの髪を触ることは、お兄様も遠慮したのだろう。
この国で出会った私の家族。
愛する人達。
きちんと挨拶をして想いを告げられる尊さを噛み締める。
この方々に笑顔で送り出されることがどれほど嬉しいのか、言わずともきっと知ってくれているだろう。
1人1人見つめて笑い合う。
決意と共に、頷く。
こんこんと控えめな音が響いて私は立ち上がった。
「フィオナ、準備は」
「うわっ、馬鹿フィオナ、急に立ち上がんな! お前さっきも転びかけただろうがっ」
「フィオナ、だ、大丈夫か!? 高いヒールで足を挫いたりはしていないか?」
「あら、まあ、ふふふ。相変わらずうちの殿方は過保護ね」
「……本当、相変わらずだね君達」
慌てた様子のお父様とお兄様。
愉快に笑うお母様。
それを呆れた様子で眺めるのは、私の婚約者……いや、今日からは夫となるクレイだ。
「殿下、何卒、何卒娘をよろしくお願い申し上げます。御覧の通り、危なっかしいので」
「クレイド、気抜くなよ。しっかり躾け続けろよ、こいつの天然っぷり変わってねえぞ」
「ふふふ、フィル、貴方もそろそろ気を引き締めなさい。そろそろ本番だというのに、臣下として気安すぎるわよ。ねえ、クレイド殿下?」
「……貴女こそその好戦的な目はどうなのですか、公爵夫人」
賑やかに、騒がしく、その時は近づいていく。
一通りの会話を交わした後、家族が部屋を後にした。
気を遣い私達を2人にしてくれたのだろう。
「まだ式も始まっていないというのに公爵大丈夫かな……」
「大丈夫ですよ、お父様はしっかりされていますから」
「娘のこととなるとどこの親も例外らしいよ? 宰相殿談だけど」
「ふふ、近頃孫がお生まれになったとか。吉報が続きますね」
「ああ、そうだね」
クレイが私の肩に手を置きこぼれるように笑う。
「綺麗だよ、フィー」
「クレイも、ものすごく恰好良いです。クレイは白い衣装がとても似合いますね、眩しいです」
「うん、それは私の台詞かな」
見つめ合えば、もうそれ以上の言葉はいらなかった。
自然と近づく顔、小さな音と共に離れていく。
この距離感にはまだ中々慣れない。
けれどその後に決まってフッと笑うその柔らかな笑みが大好きで、ついまじまじと見つめてしまうのだ。
そうしてクレイは名残惜しそうに私から離れると、正面に回って膝を付いた。
「……クレイ?」
「きちんと、言っておきたくてね」
「え?」
そっと手を取られそこに口付けを受ける。
大事そうに手を掲げ見上げられれば、私はもう彼以外目に入らなくなってしまう。
身動きひとつ取れなくなった私にクレイは笑った。
「貴女を愛しています、フィオナ。過去も今も、これからも。どうか私と生涯を共に生きて下さいますか」
勿論、私の返事などひとつだけだ。
「はい、勿論。私も貴方を愛しています、クレイド殿下。どのような貴方でも、愛している。これからも共に生きて下さい」
握り返し、もう片方の手で包み込む。
2人で同じように笑って、今日も私達は一つ一つ確かめ合う。
「さあ、そろそろ行こうか」
「はい」
クレイの手を支えに立ち上がれば、開いていた窓から風が入り込みほのかに香りが届いた。
窓際に置かれた花瓶の水が、花に合わせてゆらゆらと揺れている。
花瓶の存在に気付いたクレイが見た先は私だ。
返事をするように頷いて、私の視線はその花へ。
「どこから聞いたのか、今朝届いたのです」
それだけで説明は十分だった。
クレイは仕方がないなあと笑って、私と同じく花へと視線を向ける。良かったねと、クレイに言われ私の顔も綻んだ。
そうして今度こそ私達は歩き出す。
手を取り合い、共にその扉を開いた。
フィオナとして生きる私の、新たな一歩。
私が選んだ、ただ一つの道。
迷うことなく進んでいく。
その傍らには、小さな小さな藍の花。
幸せを願うリラの花が、今日も咲いている。
最後までお読みくださりありがとうございました!




