36.グッドコミュニケーション
深い闇を抜け、勝手知ったる我が拠点へと帰還する。
相変わらず求めていた情報は得られなかったが、代わりに剣のリジェクターがクオリアを得たという情報を手に入れることが出来た。
いずれ明らかになっていたであろう事だが、ごく小規模の作戦で知ることが出来たという点ではジェイルはお手柄だった。
「ありがとうね、ドルテさん。また頼むよ」
送迎を引き受けてくれたドルテに感謝を述べる。
嫌な顔をしつつも勝手な行動に付き合ってくれたこの子はきっと心優しい子なのだろう。
「……"また頼む"? 今後は控えるようにって言いましたよね? 勝手な行動を続けるようであればもう私は手伝いませんから。やりたい事があるならちゃんとした形で行ってください。そうすればまた手伝いますので」
「……はい」
「今回は死者が出てますから。これで懲りて下さい。では」
彼女にしては強い語気で言い放ち、影の中へと消えて行った。
棘のある言葉も優しさ故だと思っておこう。
「んー、怒らせちゃった」
普段弱気な彼女がここまで怒りを露わにするのは珍しい。それほどグレゴに負担がかかるのが嫌なのだろう。
明確に『手伝わない』と言われた以上、今後は別の移動手段を用意しなければならない。
誰か手を貸してくれそうな者は居ただろうか。
「おや、お疲れ様です。ギルベッタさん」
立ち尽くしたまま考え事をしていると、華奢な青年が近くを通りかかった。
「……ザハリオちゃん、もしかしてお出迎えに来てくれたのかな?」
「私が貴女にそんな事する訳無いじゃないですか」
「あはは辛辣!! もう少し仲良しごっこしてくれても良いじゃん!」
「はあ…… 友好関係という物は強要する物ではありませんよ」
お互い相手に用は無かったが、行き先が同じだったためそのまま横並びになって歩く構図が生まれた。
冷たい廊下には足音のみが響き、息の詰まるような沈黙が流れている。
「……嫌味ではなく単に気になったのですが、貴女は何故勝手な行動を繰り返すのですか?」
重々しい空気の中、ちょっとした疑問を打ち明けられた。
「んー、独自に調べたい事があるから」
質問に答えるとザハリオは一瞬意外そうな顔をした。遊びでやっているとでも思っていたのだろうか。
「調べたい事、ですか。そういった目的があるのなら上に話せば少しは人員を割いてくれると思うのですが」
「『現段階ではそこまで重要な事じゃない』って取り敢ってもらえなかったんだ。 ……この情報の価値を証明する圧倒的な根拠を得られれば、改めて話してみるつもりだよ」
「"知る価値がある"と確信しているのですか?」
「もちろん。そうでもなきゃこんな事してないよ」
ザハリオの表情が変わった。この話を真面目に聞くつもりになったらしい。
「……何を調べているのか聞いても?」
「うん。"マーチ"っていうリジェクターの女の子の事。今となっては生きているかどうかすらも分からないけど、もし彼女が生きていたら…… きっと今の私達では敵わない。早急に対策をしないと大変な事が起こってしまう」
「"マーチ"、聞いたことの無い名前です。貴女はどのようにして知ったのですか?」
ザハリオがメモ帳を取り出しページをめくる。見聞きした情報は全て書き留めてあるらしい。
「スタンから聞いた」
「スタン? スタンですか…… ふむ」
ページをめくる手が止まり、なんとも言えない表情で再び沈黙してしまった。
スタン=D・ミレッジという男は少し前に我々への協力を申し出てきたよく分からない人物である。正直なところ、周りからは煙たがられている。
「……でもまあ、私としても聞き流せるような話ではないと感じました。話していただきありがとうございます」
ザハリオがメモに情報を書き加えてゆく。この人はスイッチが入れば話し手が誰かという先入観に捕らわれず真面目に聞いてくれるのでこちらとしても話しやすい。
「これはあくまでも雑談としての話題なのですが、"早急な対策"について何か想定している物はあるんですか?」
「今考えているのは私たちもクオリアを覚醒させる事、かな」
「……どうやって?」
「それは…… ごめん、まだそこまで考えられてない。でも不可能じゃないと思うんだ」
スタンの話によれば、クオリアとは本来"神族のみが使役できる守護霊"という存在だ。
しかしそれを使役できるリジェクター、もといニンゲンたちは神族でも何でもない、"地球に偶然誕生した生命体の進化の果て"だ。
我々もそう。"途方もない時間の中で偶然生まれた生命体"に過ぎない。
我々とニンゲンは明確に『全く違う生き物だ』と言えよう。だが両者ともに"神族ではない"という所は一致している。
故に"我々は神族ではないのでクオリアの使役など不可能"という言い分は成立しない。何かしらの可能性は存在しているはずだ。
「確かに不可能だと決定付ける根拠は無いですね。しかしあまりにも望みが薄い…… ううむ」
希望的観測にも満たないただの願望を聞き、それでも真剣な表情のままザハリオが思考を巡らせる。
「――いっそのことリジェクターになってみる、とかですかね?」
「はっ?」
聞き間違いかと耳を疑うような発言が飛び出す。ザハリオが出した結論とは思えない話だ。
「ああいや、今はまだ本気で言ってませんよ。最終手段として選べなくもない手かなと思いまして。クオリアの覚醒にリジェクターの能力が影響している事は確実ですから」
「……そうだね。私たちにもリジェクターに似た能力が必要なのかも」
リジェクターの力を解明し身に付ける事が出来れば、クオリアだけでなく新たな力だって創り出せるだろう。
だがそんな回りくどい研究をする余裕など今の我々には無い。
「リジェクターになるという方法で行くとしたら、やはり敵にスパイを送り込むのが一番手っ取り早いでしょうね。それが務まる程優秀な人材が居ればの話ですが」
「私は?」
「やめておきなさい」
ため息を吐いたザハリオが予想通りの反応を見せる。
本気で選ぶとしたら我々の隊の者は候補にすら上がらないだろう。
「……一応言っておきますけど、今はまだこの案を本気にするような段階ではありませんからね?」
盛り上がってきたところでザハリオが釘を刺す。
今まで好き勝手に行動していた分こういう所で少し警戒されてしまうのだろう。
「分かってる。"あくまでも雑談"、でしょ?」
「失礼、流石に分かっていますよね。貴女なら明日にでも今言った事を実行しそうな気がしたので」
「ふふ、勝手には動くけど無計画に動いたりはしないよ」
「……そのようですね。私は貴女の事を少し誤解していたのかもしれません」
ザハリオが初めて微笑みを見せた。いつの間にか気まずい空気は消え去っており、幾分か柔らかい声色で会話をしてくれるようになっていた。
「さて、私はグレゴ様に用事があるので。ここでお別れですね」
「あ、うん。じゃあね」
気まずさは無くなったが、かといって友好的な関係になったかと言うとそういう訳でもなかった。
十字の道を右に曲がったザハリオは一切こちらを振り向こうとしない。
「そうだ、ザハリオちゃん!」
「なんです?」
それでも呼び止めれば顔を向けてくれた。
意味も無く呼び止めた訳ではない。さほど重要な事ではないが、一応伝えるべきことがあったのだ。
「この前グレゴくんの所を追い出された女の子、覚えてる?」
「ベイゼ=ルセア様ですよね。彼女がどうかしましたか?」
「あの子、私の方で拾っておいたから」
「はあ、そうですか…… ん? まさか……!」
「じゃあね!」
ザハリオの追及から逃げるように左の道を走り出した。
「ギルベッタ! お待ちなさい!!」
グレゴとの約束の時間が迫っているのか、呼び止めはするものの追って来る様子は無い。
「"スパイを送り込む"、か…… ふふふ!」
ザハリオのおかげで良い計画が思い浮かんだ。
トータルで見れば結構な長期戦になりそうだが、成功すればリジェクターの力に関する情報とマーチの手掛かりの両方が手に入る可能性だってある。
「ぷ…… くっ、ふふふふ!! あっははははっ!!」
やることが決まれば次は細かい部分の調整といった準備に取り掛からなければならない。
しばらく眠れない夜が続きそうだ。




