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12、悪魔退治の専門家


 妹とひと悶着あった数日後、その男は突然やってきた。


 銀色の短髪に、意志の強そうな青い目。黒いカソック姿に、胸元には銀の十字架がかけられており、歳は私とそう変わらない……ような気もしたが、むっつりとした表情のせいでいくらか上にも見えた。 


「私はクロードと申します。ある方から依頼を受け、今日はやってまいりました。なんでもよからぬ男が張り付いて、大変ご迷惑しているそうで」


 よからぬ男。たぶん、というか間違いなくレドのことだろう。


 先日の出来事をきっかけに、妹が両親に話したのだろう。私が悪魔を召喚したこと、そして私の屋敷にいること。教会の人間を呼んで、追い払うべきだと。


 そうでなければ、離れへ人を、しかも聖職者を寄こすはずがない。


「恐らくその男は、悪魔に取り憑かれているのです」


 にこりともしない生真面目な表情で、神父はそう言った。有名な教会のご子息だそうで、本人に言わせると、悪魔退治の専門家、らしい。


 そんな相手に、その男は悪魔に取り憑かれた人間ではなく、人間の振りをした悪魔そのものです。なんて言えるわけがない。面倒な事になったな、と私は内心思った。


「安心して下さい。私が来たからには、もう大丈夫です」


 神父は私の不安をよそに力強く頷いた。その自信満々な表情に、私は嫌な予感がした。


「あの、少々お待ちいただいてもよろしいでしょうか」

「いえ、事態は一刻を争うのです。こうしている間にも悪魔が無垢な魂を狙おうとしています」


 失礼、と神父は半ば強引に中へ入ると、ずんずんと奥へ進んでいく。


「あっ、クロード神父。待って下さい!」


 ああ、やはり非常に嫌な予感がする。


 神父は勝手知った様子で、真っ直ぐと部屋の中を突き進んでいく。目的は一つ。扉に手をかけると、躊躇いなく開け放った。


「お前が悪魔だな」


 神父はレドを見ると、目をぎらりと光らせた。


 ソファで怠惰を貪っていたレドは、鬱陶しそうに神父を一瞥したが、再び新聞へと視線を落とした。敵、とも判断しなかったようだ。


「芝居の練習なら、別の場所でやってくれ」


 ひくりと神父の頬がひきつったかと思うと、にやりと彼は口元に笑みを浮かべた。


 おもむろに懐から小瓶、いや、まあまあな大きさの瓶を取り出した。中には水のような透明な液体が入っている。いったい何だろうかと思っていると、神父はそれを手にしたままゆっくりと悪魔へ近づいてゆく。


 まさか――


「ああ、いいとも。お前をあの世へ送り返してからなっ!」


 私が止めようとするよりも早く、神父は瓶の中身を悪魔に浴びせたのだった。それはもう豪快に。ばしゃりと、清々しいほどに。


「……おい、いきなり何するんだ」


 ぽたぽたと水滴を滴らせながら、レドはゆっくりと立ち上がった。かと思うと、乱暴に神父の胸倉をひっ掴んだ。


「人にいきなりこんなもんぶちまけるとは、おかげで目が覚めたぜ」

「それはよかった。神の名において、今すぐその体から出て行け! 地獄へ帰れ!」


 どこまでも真っ直ぐな目をして神父は悪魔を追い払おうとした。だがその熱意は、かえってレドを焚きつけてしまったようだ。


「上等だ。喧嘩なら買ってやるよ!」

「ああ、いいとも。私たちは、決して悪魔なんかには負けやしない!」

「ちょ、ちょっと二人とも落ち着いて下さい!」


 一触即発の状況である二人の間に慌てて割って入る。


「クロード神父、落ち着いて下さい。いきなりどうしたんですか」

「どうしたもこうしたもない。きみも離れろ。目の前にいるのは悪魔だ! 体を近づけるな。不潔だ。呪われるぞ」

「人を病原菌みたいに言うんじゃねえ! 俺はお前なんかより、よっぽど清潔だ!」


 レドも落ち着いて下さい、と距離を離そうとするがびくともしない。いつもならもう少し冷静なはずだが、瓶の中身をいきなりかけられたことで、完全に頭にきたようだった。


「だいたい、俺が悪魔だなんて証拠、どこにあるんだよ? ああ?」


 街の危ないごろつきのような口調で、レドは神父を鋭く睨みつける。


「いいや、悪魔だ。そのずる賢そうな目。いかにも何かを企んでいそうな目だ」


 悪魔の指摘にも、神父は曇りなき目をして答えた。ひくりとレドの頬が引き攣る。


「はあ? 人を見た目で判断するんじゃねえ。てめえ、それでも聖職者か! お前の方が悪魔だろ!」

「はっ、悪魔が私に説教とは、言い度胸じゃないか」


 バチバチと火花を散らせるように睨み合っていた二人は、その言葉を合図にとうとう取っ組み合いの喧嘩を始めた。やめて下さいという私の声も、まったく耳に入っていない様子だ。


 ……こうなったら仕方がない。私は喧嘩する二人を残して部屋を出ていった。そうしてあるものを抱えて部屋へ戻ってきても、悪魔と神父は一向にこちらに気づかないまま、ものすごい勢いで上下入れ替わり、互いの繰り出すパンチを巧みに躱している。


 ふう、とため息をついて、バケツいっぱいの水を二人に向かって浴びせた。


「な……」

「お、お嬢さん……?」


 信じられない顔をしてこちらを見る二人に、私はようやく終わったなと安心する。


「ごめんなさい。お二人とも怒りでこちらの言葉が聞こえていないようでしたので、最終手段をとらせて頂きました」

「だからってバケツの水ぶっかけることはないだろ!」


 怒りのためか、あるいは身体が冷えたのか、レドは肩を震わせながら言った。隣の神父も批判がましい目で私を見ている。


「私も同感だ。いくらなんでもこれはあんまりだ」

「ですが、私一人の腕力では限界がありますし、使用人たちも今日はおりません。考えた末の解決法です」

「だからってなあ……」


 文句を言おうとしたレドは、はっくしょーんという豪快なくしゃみをした。


「そのままでは風邪をひいてしまいますね。すぐに着替えと温かい飲み物を用意します」

「きみがそれを言うのか……」

「はあ……なんだかもうどうでもよくなったぜ」


 ぐったりと疲れた二人はそのまま大人しく着替え、用意した熱いお茶を飲み干した。

 ついでにそのまま夕食もどうかと神父を誘ったが、レドの猛反対と、神父の精神的疲労により、行われることはなかった。


「いいか。今日のところは見逃してやるが、次は必ずお前を地獄へ送り返してやる。覚悟しておけ!」


 帰り際、神父はビシッとレドを指差して高らかに宣言した。挑発的な態度に、落ち着いたはずのレドの神経がまたもや苛立つ。


「それはこっちの台詞だっつうの」


 ふんっ、と神父は背を向け、レドもべーっと舌を出して追い返していた。……まるで子どものようなやり取りに、内心呆れてしまう。


「ったく、何だったんだよ」

「おそらく、あなたを追い出そうと、両親が寄こしたんだと思います」


 両親に頼んだのは、妹だろうけど。


 妹とはあの一件以来会っていない。一度本館の方へ出向いたのだが、具合が悪いからと会ってもらえなかった。今度こそ本当に妹に嫌われてしまったみたいだ。


「おい。何、辛気臭い顔してやがる」

「ごめんなさい。でも……」


 気持ちが落ち込む理由は、妹のことだけではなかった。あの神父のことも、また気がかりだった。今日のところは大人しく帰ってもらったが、あの様子では懲りずにまたやって来るだろう。


 そうしたらレドは――


「言っておくが、俺はあんなクソみたいなやつと何百年、何百人とやりあってきたんだ。今日来たやつなんて、丸焼きにされて出された肉みたいなもんだ」


「……つまり相手にもならない、ということでしょうか」


 そうだ、とレドは満足そうに頷いた。


「そのわりにはずいぶんと本気で言い返しているように見えましたが?」


 うっ、と言葉につまるレド。


「あ、あれはただの準備運動だ! というか、人間相手に本気になっちゃ可哀そうだから、手加減してやったんだよ」

「はあ……」


 まあ、そういうことにしておこう。


「とにかく! おまえも、これくらいで俺様が出て行くと思ったら大間違いだからな!」


 ビシッとレドは私を指指して言ったのだった。あの神父もだけど、人を指差すのはあまりよろしくないと思う。でも……


 レドがあの神父に負けないということ。レドがここから出て行くつもりはないということ。


 その事実に、私はなんだかひどく安心してしまった。



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