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俺の幼馴染は甲子園を目指す  作者: かのさん
高校一年生編
51/297

甲子園へ


 西東京大会、決勝戦。明王大附属VS早田実業の試合。

 俺とみづほは、明王大附属の大応援団に紛れ込んで、声を涸らしていた。


「カイ兄ちゃーん、がんばれーっ」


 みづほはノースリーヴのニットに、デニムの半ズボン。紫外線対策に、ちいさな麦わら帽子。

 野球日焼けは隠せないが、驚くほど筋肉が表に現れないので、傍目からはスポーツをやってる女の子くらいにしか見えない。


 ともに強力打線のチームだったが、試合は一進一退。投手がよく抑えている。

 この展開だと、兄貴みたいな選手は、大仕事するんだよな。

 ガッキーン!!

 3対3で同点の八回裏、とんでもない金属音と同時に、兄貴の打球がライトスタンドに突き刺さった。

 試合をほぼ決定づける値千金の3ラン。

 相手投手がマウンドでがっくり膝をついたまま、動けない。


「キャア、きゃあ、キャーーーッ!!」

 みづほがぴょんぴょん飛び跳ねて抱きついてくる。

 それに気を取られて、こっちが喜ぶタイミングを逸してしまった。


「さすがカイ兄ちゃんねっ、ねっ、ねっ」

 落ち着けみづほ。

 それにしても、兄貴が凄いのには同意するしかない。まあそもそも同点になったのは、兄貴のエラーが原因なんだが。

 ランナー二塁、ライト前ヒットのバックホーム、レーザービームの手元が狂って、ボールをグラウンドにめり込ませてしまった。

 口あんぐりのタイムリーエラー。

 お蔭で、普通のヒットが三塁打になって、2点失う羽目になったんだよな――兄貴はエラーまで規格外だった。


 九回表2アウト。

 リリーフの河原さんは、緑陵戦で見送られ続けたフォークを短期間で修正した――と、これはみづほの受け売り。

 今日は河原さんのフォークが冴え渡り、三振の山を築いている。最後の打者もフォークで仕留めて、ゲームセット。

「やったぁーーーっ!!!」

 我が事のように喜ぶみづほ。誰かれ構わずハイタッチしている。


 優勝、明王大附属高校。夏は10年振りの甲子園になる。


 帰り道でも、みづほは弾け飛んでいた。

「すごいなーっ。甲子園だよ? あたし応援に行きたいなーっ。ああー嬉しい」

 俺も嬉しいよ……ずっと一緒に野球やってきた兄貴が、甲子園の晴れ舞台。嬉しくないわけがない。

「ちーちゃん、カイ兄ちゃんてプロ行けると思う?」

「さあ、な……でも明王クラスになったら、プロのスカウトは絶対来てチェックはしてると思うよ」

 野球選手としては相当不器用だが、パワーだけなら超高校級だろう。


 プロになるには、足が速くて肩が強いのが絶対条件と聞いたことがある。

 それだけの素地があれば、プロで活躍できる伸び代がある、ということらしい。

 肩とパワーを考えると、プロは兄貴を放って置かないんじゃないかな。

 それより。

 明王を見に来たプロのスカウトは、きっと緑陵戦も観ていただろう――俺は思う。プロの眼には、みづほはどう映っていたのだろう?

 周囲を遥かに凌駕する、野球センスと頭脳を持った女の子。みづほが高校レベルで充分通用するレベルの選手であることは、今大会で既に証明した。

 男子なら間違いなくドラフト候補だろう。

 では、みづほは? プロの眼では、みづほをプロで通用すると評価するだろうか?




 ピンポーン。我が家の呼び鈴が鳴った。みづほだ。

「カイ兄ちゃん、戻って来てる!?」

 ドアを開けるなり、瞳をランランと輝かせて言った第一声が、それだった。


 今日は久しぶりに、兄貴が自宅に居る。

 夏の甲子園、全国高校野球大会を目前に控え、兄貴は準備のために半日だけ休みを貰い、今夜だけ自宅に寝泊まりすることになった。

「夏休みに半日だけ休みって、どんなブラック部活だよ」

「久しぶりの甲子園だからなあ。周りが張り切ってんだ、なんとなく分かるだろ」

 予選の時にチーム状態はピークになってる筈だから、それを維持していくってのは、大変なんだろうな。

 明王はチームとしての完成度は高いから、調整しながら大会に向けて、選手個人個人の状態を高めていく感じだと思う。


「カイ兄ちゃん……これ」

 みづほが兄貴に、ちいさな紙包みを渡す。お守りだ。

「祈願成就――願い事が叶います、てヤツ。明王が甲子園で優勝できますように」

「おお、サンキュ。試合に持ってくよ」

 実はお袋からもお守りを貰っているが、そこは言わぬが花だろう。


 親父もお袋も、上機嫌だ。

「甲子園には家族で応援に行こう。な、千尋」

「父ちゃん、会社は大丈夫?」

「ああ、クビにならん程度に有給取るわ。息子が甲子園行くんだ、て言ったら会社も都合つけてくれた」

 つくづく高校野球って注目度がハンパない。

「――あの、あたしも一緒に行って、いい?」

 みづほが上目遣いに、おずおずと切り出す。

「みづほちゃんは家族も同然。一緒に行きましょ」

「実は、な。お父さんにはもう許可とってあるんだ。よろしく、ってさ。四人で行こう、甲子園」

 それを聞いたみづほの瞳が輝いた。

「ほんとっ?! よろしくお願いしますっ!!」


 夏休み中も、野球部の練習はある。

「この大会を通じて感じたことはたくさんあるだろうね。緑陵がもっと強くなるためには、どうすればいいと思う?」

 大屋監督の問いに、部員たちからガンガン意見が飛んだ。


 いちばんの敗因は、安田の息切れと負傷だった。複数の投手は絶対に必要だろう。

 明王戦でまともなバッティングが出来たのは、みづほ、松元、俺くらい。他の選手はパワーでもバッティング技術でも敵わなかった。個々の選手の地力アップも重要課題。

 さらに細かい技術的な課題があるにはあるが――

「投手育成と、個々の体づくりだろうね。あとは基本に立ち返った技術の確認。夏休みはそれを重点的に練習します」

 大屋監督の結論に、全員が肯いた。


「体づくりなら、私の出番ね」

 水谷先生が真ん中に立った。

「やみくもに長時間練習しても、効果は上がらないの。個々のメニューを組んでおいたから、それに沿って練習してね」

「はい」

 水谷先生は大学でトレーニング理論を専攻していた。

 形式上は野球部顧問だが、最近では他の運動部にも精力的に顔を出して、体づくりのアドバイスをしているそうだ。


 というわけで、緑陵は夏休み中も野球漬けというわけにはいかなかった。

 「野球の」練習は週五回、午前午後合わせて四時間くらいと、シニアの時と大差ない。

 他の時間はトレーニングと雑用に費やされた。

 ただ部員数が少ないせいだろう、短めの練習時間でも、きっちりやると立てないくらいヘトヘトになる。

「体力つけて、今の練習が物足りないくらいになって欲しいわね」

 それが水谷先生の口癖になった。


 十月に行われる秋季大会。それまでに緑陵は、チーム力アップを図る。




 甲子園の組み合わせ抽選会が行われた。

 明王大附属は一回戦からの登場。

 二日目の第三試合、相手は徳島代表、阿波商業。昼過ぎからの試合になる。

 学校側からは大量の寄付金依頼の通知とともに、応援の案内が届いた。

 夜20時集合、チャーターバスでバス内宿泊。朝昼と弁当が出て、甲子園で観戦。

 その後トンボ返りで、多分夜遅くに東京到着――ゼロ泊二日の強行軍だ。


 試合前日、みづほは薄紫色の袖なしワンピースで現れた。

「おや、どこのお嬢さんかと思ったよ」

「みづほちゃん。このワンピース、もしかして――」

 お袋が何か思い出したようだ。

「お母さんが生前に着てたワンピースです。あたしには小さかったから、仕立て直してもらったの」

 眩しく微笑むみづほ。

「そうでしょそうでしょ。みづほちゃん、よく似合ってるわよ」

「ああ……雅美さんを思い出すなあ……」

「えへへ、何だか恥ずかしいな」

 確かにいつものみづほより、大人っぽく感じる。

「どう? ちーちゃん」

「ああ……肩は冷やすなよ」

 そう言うのが、俺には精いっぱい。

「大丈夫よ、上着も持って来たから」


 バスの乗り場は、応援に行く人たちでごった返していた。選手の家族やOBOG、後援会の人たち、学校近所の人たち、などなど。

 親父とお袋の様子が、少しおかしい。

 みづほのワンピースを見て若い頃を思い出したらしく、何だかラブラブモードに入ってるような気がする。

ベタベタくっ付いては、何か囁き合ったり、クスクス笑ったりしている。

息子としては、親のそういう姿を見るのは、かなり複雑な気分だ。夫婦仲が良いってのは、歓迎すべきなんだけど――

「お母さんたち、ステキ……年をとってもあんな感じでいたいなぁ」

 みづほは、そんなふたりを憧れの眼差しで見つめている。そんなもんかなあ。


 バスは、二人乗りの座席。

「ふたりの邪魔しちゃ悪いわ。ちーちゃん、一緒に座ろ」

 みづほはツカツカと窓際の席に座り、その隣に俺が座った。


 ツアーの準備やら説明やらで、バスが発車したのは、夜もずいぶん遅い時間だった。すぐに室内灯が落とされ、ちいさなタオルケットが配られる。

 「失礼します」の言葉が飛び交い、俺たちも座席のリクライニングをいっぱいに倒した。

 もう、寝る時間だ。


 お休みを言おうとして、みづほの方を振り向いた。

 暗がりの中で、みづほが眼を見開いて、こっちをじっと見つめている。

 やがて配布されたタオルケットを両手で上にずらし、顔に被って眼だけ出した状態で、悪戯っぽくクスクス笑った。


「――どしたの?」

「ん。あのね、ちーちゃんの顔が、こんな近くにあるのが面白いの」

 なんじゃ、そりゃ。

 何か気の利いたツッコミを考えてる間に、みづほが座席の中央にあった肘掛けに、手を伸ばす。

「これ、ない方がいいよね?」

 そう囁くと、肘掛けを外して、倒してある背もたれまで持っていった。

 まあ俺は体が大きいから、この座席だと多少窮屈だったんで、助かるといえば助かる。


「ちー、ちゃん」

「――ん」

「おやすみ」

 みづほは眼を閉じると、自然な感じで――ほんと自然な感じで――俺の体にぴったりと寄り添ってきた。


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