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俺の幼馴染は甲子園を目指す  作者: かのさん
高校一年生編
50/297

西東京大会五回戦 (VS明王大附属7)


 真田さんは冷静、かつ容赦なかった。ボール球にはまったく手を出してくれない。

 三球めの、またしてもファーストストライクを狙い澄ましたように、鋭く振り抜いた。

 ほとんどライナーとなって打球が伸びていく。

 フェンス直撃、センターオーバーの二塁打。走者生還、2対4と突き放された。


「ドンマーイ、竹本くん! 気持ち切り替えよう!!」

 天を仰いで嘆息する竹本に、みづほが声を掛ける。

 精いっぱい低めにコントロールしたストレートだった。これが現時点での、実力の差だ。


 続く打者は、5番の兄貴――あれ? 鼻のピクピクが消えてる。

 『手が付けらんない』モードってのは閉店終了かな、と一瞬思ったが、そんな簡単なものじゃないだろう。

 怖いバッターであることには変わりない。


 一球め。根来のミットは徹底して、アウトローの構えを崩さない。

 そこにやや外に外れたボール球のストレート。

 ブンッッ。

 相変わらずもの凄いスイング。少し振り遅れて兄貴が空振りする――えっ? 振り遅れて?


 竹本のストレートは遅くはないが、兄貴レベルの打者が振り遅れるような球ではない。

 ……それ、安田のストレートのタイミングじゃないか?

 兄貴って、相当融通の利かない選手なのか?

 おーおー、明王ベンチではチームメイトたちが悶絶しとる。

「お前なあ……この期に及んで何ちゅーもん、見せてくれとんじゃ!」

 味方の野次も、次第にヒートアップし始めた。

「お前、よく見ろよっ。ピッチャー代わってるからな? さっきと違うんだぞ? 右で投げてるだろっ」

 まさかそこまで馬鹿じゃないだろ……まさか、な?


 兄貴が上を向いて、何か考えているようだ。

 もしかすると、マジで投手交代に気づいてなかったかもしれない。そう思わせるような仕草だった。

 再び威圧感いっぱいの、ガッチガチ無駄な力が入ったフォームで構える。

 アウトローに、一球めと似たようなストレート。さすがの兄貴も今度は見送った。ボール。


 三球め、若干内に入った低めのストレートを、兄貴が踏み込んでくる。

 ガツン。

 当たった!もの凄いライナーが、竹本目がけて襲いかかってきた。殺人クラスのピッチャー返しだ。

 その打球に、竹本がたまたま出したグラブが当たった。

 バシィーン!!

 ボールは、竹本のグラブごと弾き飛ばし、軌道を変えて舞い上がった。


 若干勢いを殺されてハーフフライとなった打球はまだ伸びて、なんとみづほの頭を越していく――なんつー打球だ。

 ボールに向かってみづほが背走し、最後はヘッドスライディングするように飛びついて行った。

「アウト!」

 グラブの先に収まったボールを、みづほが腹這いになったまま、高々と挙げる。

 ――これはツイていた。明王の攻撃は1点止まり、3アウトチェンジ。


「竹本くん、ナイスピー!」

「よく頑張ったぞ、竹本!!」

 勝利投手にでもなったような手荒い祝福を受けながら、竹本がマウンドを降りていく。

 ベンチでは、安田が抱きつかんばかりにして出迎えた。


 結果論では、敬遠してから兄貴を打ち捕れば、無失点だったのでは……と思うかもしれないが、それは正解ではない。

 兄貴の打席では、一塁が空いていたので、巧くボール球を活用することが出来た。

 ランナーが一二塁と二塁では、守備体系も捕手のリードも違う。

 敬遠していたら、兄貴とはストライクで勝負しなくちゃならず、そうなると結果は全然変わっていただろう。




 最終回、九回裏、緑陵の攻撃。

 2点差を追いつかないと、俺たちの夏はここで終わる。円陣を組み、みづほの言葉を聴く。

 懸念だったフォークとツーシームの違いだが、みづほの解答はやはり、リリースポイントでのボールの握りだった。


「上位打線にはツーシームを絡めると思うけど、下位にはストレートとフォークだけで押してくるんじゃないかな。フォークが来ると思ったら見送って、ストレートに出来るだけ目を馴らして。安定したスライダー回転してるから」

「了解」

「まだ終わっちゃいねーぞっ!」

「逆転だっ! 勝つぞっ!!」

「おうっ!!」

「りょくりょーお」

「ファイトッ!!」


 追加点を取られ、打順は下位。7番の根来から。厳しいが、まだまだ諦めるような状況ではない。

 ひとり出ればみづほに回る。みづほならなんとかしてくれるだろう。

 俺たちには、そんな信頼にも似た希望があった。


 根来には考えがあったらしい。

 ストレートは徹底してカットで逃げて、決め球のフォークを打ちに行った。

 自分の打力では、河原さんのストレートよりフォークの方がまだヒットになる確率が高い、という判断だろう。

 結果は、ファウル。河原さんのフォークはボール球になるから、結局難しいんだよな――


 明王バッテリーは慎重だった。狙われてるフォークは、もう投げて来ない。

 代わりにインコースにストレートをズバッと投げてきた。

 長打力のない根来には、これでも充分キツい。辛うじて当てるも平凡なショートゴロ、1アウト。


「くそーっ。すまん」

「ドンマイだ、ゴロちゃん」

 悔しそうにダグアウトに戻って来た根来に、声を掛ける。

「みづほちゃん、俺が何とかしてやんよ」

 竹本がニカッと笑いながら、ネクストへ向かった。


 無言でちいさく手を振り、送り出すみづほ。

 笑顔はすぐに消えて、グラウンドの河原さんをじっと見据えた。


 8番、有沢。

 思いっ切りベース寄りに立ち、何とか投げにくくさせようと、精いっぱいの抵抗を試みる。

 だが、そんな小手先の技が効くような相手ではなかった。

 バットを短く持つが、外角のストレートに完全に振り遅れている。

 最後はインコースにストレート。思わず腰を引くが、審判のコールはストライク。

 見逃し三振で2アウト、後が無くなった。


 みづほがヘルメットを被り、愛用のバットを取り出す。

「行って、くるね」

「ん」

 背番号4が、ゆっくりとグラウンドに向かって行った。


 2アウトランナー無し、バッターは竹本。

 負けたくない、という本能的な感情の裏に潜んでる、どこか醒めている自分に気づいている。

 ここから例えば、何か偶然や奇跡が積み重なって、サヨナラ勝ちをしたとしよう。

 それで明後日の準々決勝、安田の指は間に合うのか?

 あれだけゴッソリ皮膚が剥げ落ちた状態で、もし投げられたとしても、三回しないうちにボールは投げるたびに血だらけになっているだろう。

 安田の投手生命にも関わることだと思う。安田に無理はさせられない。

 全力で戦えないことは、試合前から火を見るより明らかだった。


 自分の気持ちに、はっきり決着をつけるべきなんだろうか……

 安田が潰れた時点で、俺たちの今年の夏は、終わったんだ。これが部員10人、投手実質ひとりのチーム、緑陵の現状。

 チームのためにも、安田のためにも――いや。試合はまだ終わっていない。これ以上考えるのは、よそう。


 竹本の一球めは、まるで素人の空振りだった。

「竹本くんっ、落ち着いてっ! 練習どおりのスイングよっ!」

 こっちが野次るより早く、みづほの檄が飛ぶ。

「お、おうっ! さあ、来いっ!!」

 威勢だけは、凄くいい。二球めも空振りながら、かなりマシになった。

 ――あいつ、みづほの言うことなら1秒で聞くのな。


 一球外して、四球め。

 やはりストレート。アウトローの難しいところだ。懸命に腕を伸ばし、振り抜く竹本。

 カキーン。

 おお、当たった。

 打球はセカンド真正面へのハーフライナーとなった。坂本さんが難なくキャッチし、ゲームセット。


 ネクストサークルでみづほが立ち上がり、無表情のままグラウンドを見つめていた。




「ありがとうございましたっ!!」

 4対2、明王大附属の勝利。

 俺たちの夏は終わりを告げた――とここは感傷的になるべきところかもしれないが、一年生ばかり、ほぼ最少人数のチームがベスト16まで来れて、優勝候補とここまで接戦を演じられたのだから、出来過ぎといって過言でない結果である。

 それに、この試合の終盤、はっきりと、うちの息切れだった。

 それで勝てるほど高校野球は甘くはなかった。これが現時点での緑陵の実力。事実として受け入れなくちゃ。


「お前ら、強かったぞ。正直冷や汗モンだった――安田は大丈夫か?」

 兄貴が俺に握手を求めてきた。

「ああ、マメが潰れただけ。ピンピンしてるよ」

「そうか、よかった」

 兄弟の会話は、こんなとこじゃ弾まないな。

 代わりにみづほがやって来て、抱きつかんばかりに兄貴の両手を握った。

「カイ兄ちゃん、甲子園行ってねっ! あたし、応援してるから」

「おお、行く。お前らも頑張れよ」

「うんっ」


 整列して、勝った明王の校歌を聞く。

 俺たちは負けたんだ。その事実をまざまざと見せつけられる行為。

 負けたら即終了のトーナメント戦で、これを免れるのは全国でただ一校。甲子園の優勝チームだ。

 そういう世界に俺は足を踏み入れたんだな――改めて実感しながら、緑陵スタンドへと、応援に来てくれた人たちに礼をするため、走って行った。




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