西東京大会五回戦 (VS明王大附属6)
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今現在、俺が打席に立っている状況をおさらいしよう。
八回裏、得点は1対3の2点ビハインド。2アウトながら一三塁、得点のチャンス。
しかし、ここまで頑張ってきたエースの安田が負傷し、無念の降板。
九回表は、野球を始めて4ヵ月、投手の練習はわずか3ヵ月の竹本が、公式戦初登板の予定である。
結論としては――余計なことは要らない、出塁とランナーを進めることだけを考えよう。
幸い、みづほや松元の打席を通して、河原さん攻略のヒントをいくつか貰っている。
そしてイメージも出来ている。
イメージ通りに行けばそのまま思い切り、そうじゃなくても思い切って対応するだけだ。
河原さんが投球モーションに入る。外にストレート。
ただし、少しゾーンを外してきた。ボール。
松元の盗塁も警戒しているようだ――確かにランナー二三塁になれば、一打同点の局面になる。
多分、2ストライクまではストレート主体だろう……と思ってたら、二球めはフォークだった。
フォークはボール球になるので、手を出さない。2ボールナッシング。
よし、次の球は狙えるぞ。その決意も新たに構える。
次の球だが、フォークはまずない。見送られてるのは、向こうも分かっている。
ボールになってカウントを悪くするだけだ。
となれば、比較的安全にストライクを取れる球を選択する筈。
河原さんの場合、アウトコースいっぱいのストレートか、フォークと同じ球速でのツーシーム。
投球フォームが比較的大きいので、ボールの握りも確認できるだろう。
三球め。握りは――多分ストレート。それならアウトコースだろう。
ストレートのタイミングで、一歩内側に踏み込む。コースは外角やや低め。よしっ! 読みがドンピシャだ。
カキーン。
快音を響かせ、打球がライト方向へ伸びる。
越えろっ!
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ワーッという歓声とともに、ボールはライトを守る兄貴の頭上を越えた。
長打コースだ。みづほは悠々とホームイン、1点差。
一塁ランナーの松元も、長駆ホームを狙おうとする。
行けっ! 生還すれば同点だっ!!
「ストップッ!!」
三塁ベースコーチの志田が、慌てて松元を制止する。
その答えはすぐに分かった。
ギュイーーン。
ライトからホームに向かって、凄まじい勢いのレーザービームが、俺の眼の前を通り過ぎていった。
打球を処理した兄貴が、右翼の奥の奥から、本塁に向かってストライクの返球をかましたのだ。
うわぁ……無理してたらアウトだった。
それにしても凄えや。兄貴、凄え選手だ。規格外なのはバッティングだけじゃなかった。
あんな返球、初めて見た。高校の全国レベルって、いったいどれだけ高いんだろう。
だが、2アウト二三塁。今度は一打逆転だ。打席には、長打力のある野口。
明王は、ここで無理をせず満塁策を採った。
相手が野口じゃなく度会なら、長打力が違うので、外野が迷わずバックホーム態勢を敷ける。
守備のやり易さからも当然の策ではあった。敬遠のフォアボール、2アウト満塁。
勝負の行方は、まだ揺蕩っているような気がする。流れをこっちに引き寄せられるか、重要な局面。
しかし、度会と河原さんでは、思ったより実力に開きがあった。
ストレートとツーシームで、あっという間に2ストライク。最後は渾身のストレートに振り負けた、どん詰まりのピッチャーゴロ。
河原さんのガッツポーズを見せつけられた。
2対3。1点差で最終回に向かう。
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ベンチに戻ると、治療を終えた安田が、根来と話し込んでいた。
「安田、もう大丈夫か?」
「ああ。指だけだもん、ピンピンしてるよ」
俺たちが心配してたのは、むしろ精神的なダメージだったが、既に立ち直っているようだ。
早い立ち直り。野球選手にとっては大事だ。
自分の事ばかり引き摺っても仕方ない。時間は戻せないんだから、今自分がやれる事をやるだけ。
安田は根来と明王対策に頭を捻ってたようで、それを実践していた。
「その――すまんな。後は頼む」
安田が俺にグラブを渡す。
「なに言ってんだよ」
「俺たちがここまで来れたのは、安田のお陰だぞ」
実質ひとりしかいないピッチャー。安田の好投がなければ、とっくの昔に敗退していた。
「よせよ……」
安田が俯いて、帽子を目深に被り直す。
「竹本。お前は根来のミット目がけて、お前のいちばんいい球を投げてこい。それだけだ」
安田の言葉に、竹本がグラブをパンパン叩く。気合い充分。
「ああ、言うまでもねえ。死んでも抑えて来てやんよ」
「そう考えると余分な力が入る。いちばんいい球を投げる事だけに集中しろ」
「――ああ」
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九回表、明王の攻撃。マウンドに上がるのは、いつもの安田ではなく竹本だ。
みづほ風に竹本を解説すると、ストレートは最速135㎞/hくらい、あとはあまり曲がらないカーブ。
チェンジアップは少し使えるかな、というレベル。
コントロールはお世辞にも良いとは言えず、ストレートの軌道も一定しない。
その分、ストレートが適当な荒れ球になり、的を絞りにくい。
時々ある、失投レベルの甘いコースを狙い打たれると、かなりヤバい。
1イニングなら、根来のリードとハッタリ込みで、なんとか通用してほしい。
正直、野球歴4ヵ月ということを考えると、驚異的な成長だと思う。
元々筋力もガタイもあったし、本人の素質もあったのだろう。
打順は、1番の間宮さんから。
キャッチャーの根来は、左打者のアウトローにミットを構えている。
ワインドアップから、竹本の第一球。根来のミット目がけてストレートを投げる。
間宮さんは、初球からセーフティバントを試みた。
うわぁ、やらしい揺さぶり。竹本を慌てさせる気だ。
幸か不幸か、バントはファウル。ちなみに竹本はマウンドから一歩も反応できなかった。
「竹本くん、オッケーよ! 今のでいいのよ、ピッチングに専念して!」
みづほから声が飛び、竹本は肯く。
いや、今のでいいわけないだろ――度会と顔を見合わせて苦笑する。
みづほのハッタリ、竹本をリラックスさせるための大嘘だ。竹本もそこは分かってるだろう。
或いはコロッと騙されたフリして、気持ちを切り替えたのかもしれない。
二球め。アウトローのいいとこに、ビシッとストレートが決まった。
おー。いいじゃねえか。
「竹本くーん、ナイスピッチ! ステキよー!」
ニカッと笑って、親指を立てる竹本。大分、肩の力が抜けたらしい。みづほの急造応援団は、結構効果がありそうだ。
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間宮さんは三遊間に緩めのゴロ、続く坂本さんはレフトへの強い当たり。さすが、嫌なところに打ってくる。
ともにヒットになってもおかしくない当たりだったが、守備陣が頑張った。
まさかの2アウトランナー無し。願ってもない好結果だ。あとひとり!
これは、竹本の実力も少しは入っている。
ふたりとも、竹本の球威に押されて、打球が少し詰まっていた。
――こいつ、登板する毎に、少しずつ球が速くなってるよな。
ブーブ―言いながらも安田と一緒に毎日走り込み、練習後も根来を掴まえて、投げ込みやら変化球の練習やら、文句が出るまでやり続けた。
今年の秋に間に合うかな――今の成長曲線を考えると、絵空事ではなさそうだ。
さて。
ここからが問題、これからの三人は、間違いなく東京最強クラスのクリーンアップだ。
3番の吉見さん。根来は迷うことなく、アウトローにミットを構える。
ここは吉見さんの苦手コースとも一致する。そこにボールを集められたら、打ち捕ることも夢ではないが――
あいにく、竹本にそこまでのコントロールはなかった。
五球め、わずかに甘いコースに入ったボールを、吉見さんは見逃さない。
ジャストミートした打球は左中間を破り、二塁打となった。
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この試合、三回めのタイムを貰う。マウンドに内野陣が集まり、安田が伝令にやって来た。
「竹本お前、凄いじゃないか。打たれたボールもそんな悪くなかったぞ」
安田の第一声が、それだった。
「ボール1個分――いや、それ以下だった。少し中に入ったんだ」
竹本の言葉に一同が肯く。確かにそのくらいの誤差だった。
「安田、お前のコントロールって凄えんだなあ」
「俺のことはいい。今はお前の話だ」
まあ、そうだよな。後でゆっくり、安田がどれだけ高いレベルで野球やってるかを噛みしめるといい。
「監督からだ。真田さんとカイさんを打ち捕る球を、お前は持ってない。でも勝負していいってさ」
「敬遠なし、だな?」
「ああ、逃げなくていい。打たれても、けして自分を見失うな。その場面場面で、自分が出来る事をやりなさい、って」
根来が口を開いた。
「打ち損じの確率が高くなる球を投げてもらうさ――俺の出来る事を俺はやるよ」
「そうそう、ゴロちゃんに任せちゃいな」
「打たれたら根来くんの責任、ということで」
「えーっ、マジかよー。キッツいなぁー」
みんなでクスクス笑う。
「まだ終わってねえ。みんなで勝とうぜっ!」
「おうっ!!」
各々が守備位置に散り、4番の真田さんを迎えた。




