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俺の幼馴染は甲子園を目指す  作者: かのさん
高校一年生編
48/297

西東京大会五回戦 (VS明王大附属5)


 球場がざわめいている。

 七回終了、残りわずか二回で、得点は1対0。

 リードしているのは、優勝候補筆頭の明王大附属ではなく、創部したての緑陵の方だ。


 あとアウトむっつ。

 どんな不格好でも、ラッキーでも、アウトを取ってしまえば、ジャイアントキリングが完成する。

 しかし、その道程がとてつもなく厳しいのは、チームの誰もが予感していた。


 安田の投球数は、すでに140球。

 明王の強力打線に対し、丁寧に低めを突き続けてきた結果だが、やはり疲れてきている。

 完投能力がないわけではないのだが、技巧派の哀しさで後半に息切れすることが、今までも多々見られた。

 七回裏の攻撃が数分で終わってしまったのも、地味に痛かった。

 安田はほとんど休む間もなく、投球を始めることになる。


 さらに、明王の打線も4巡目に突入。安田の変幻自在の投球にも、いい加減目が慣れてきただろう。

 現に、さっきの七回表の攻撃で、1番の間宮さんはヒット、2番の坂本さんもアウトになったがヒット性の当たりだった。

 この回は、明王の誇るクリーンアップトリオと、いきなりの対決だ。

 今までみづほの守備に痛い目に遭ってきた明王打線だが、緑陵の守備の強い所もわずかな綻びも、見えてはいるだろう。レベルの高い打者なら、ヒットゾーンも分かっている筈だ。

 こちらとしては、可能な限りヒットゾーンに打球を飛ばさないよう、配球や守備位置に細心の注意を払うことになる。


 3番の吉見さんは、不運な当たりもあったが、今日はノーヒット。

 今まではアウトロー一辺倒の配球だったが、今回はインローに球を集めてきた。

 吉見さんは、インローもあまり得意ではないから、いい攻めだと思う――球が上ずらなければ。

 ただ、前半ほどのボールのキレがないのか、ファウルで粘られた。

 そして七球め、わずかに高めに浮いたインコースのカーブを打たれる。

 打球は内野のわずかなヒットゾーン――三遊間を真っぷたつに破っていった。


 続く4番の真田さん。正直、投げるべき球が思いつかない。

 再度マウンドに内野手が集合し、少し遅れて伝令の竹本もやって来た。

「配球のイメージ、ある?」

 みづほの問いに根来が応える。

「相手に焦りがないわけじゃないと思うんだ。打ち気を誘ってボール球を打たせようと思う」

「そうね。フォアボールも覚悟しとく、てことでOK?」

「ああ、OKだ」

 全員が竹本を見つめた。

「監督からは何かある?」

「ん……まだこっちが有利なのを忘れずに。追い詰められてるのは明王の方なんだ、ってさ」

「そうか」

 そうだよな。実力は明らかにあっちが上なんだから、気持ちで優位に立たないと、全部負けてしまう。

「あと、真田は5割打者だけど、二回に一回は凡退してるんだから、そういうつもりで投げろって」

うん――そういう事にしておこう。


「安田」

「ん?」

「頑張れよ。お前、凄いピッチャーだよ」

 竹本が一言、言い添えた。

「ああ、ありがとう」


 試合再開。

 真田さんに対して、明王バッテリーは難しそうな低めのコース――当然ボール球――を突いてきた。

 真田さんはピクリとも動かない。この人に焦りとか、プレッシャーとかはないのだろうか。

 ボール、ボールと来て、三球め。

 インコースの厳しいとこを、速いボールで攻める。これにも反応しない。

 3ボールナッシング。


 四球め。外角いっぱいにツーシームを投げたその時、真田さんのバットが反応した。

 ファーストストライクを振り抜く、とあらかじめ決めていたかのようだった。

 カキーン。


 右中間にボールは高く舞い上がった。

 その瞬間、音も時間も、止まったような気がした。


 打球はおおきな弧を描いて、スタンドに消えていった。

 逆転の2ラン。

「おおおおおっ!!」

 真田さんが眼を見開き、両手で握り拳を作って、雄叫びを上げながらダイヤモンドを一周する。

 ――この人も、心の中に熱いもんを隠してたんだ。


 安田がこの試合初めて打たれた長打が、痛恨の逆転弾となった。


 兄貴は初球だった。

 鼻を今までになくピクピクさせて打席に立った兄貴は、アウトローに逃げていくスライダーをもの凄いスイングで捉えたかと思うと、次の瞬間には蒼空に溶けていった。

 ボールを目で追うことしか出来なかった。

 ピンポン玉のように軽々と飛ばされた打球は、ライトスタンドのいちばん奥に突き刺さった。

 真田さんとは対照的に、兄貴は打った後は、淡々とゆっくりとグラウンドを回った。


 1対3。これで2点のビハインド。安田、頑張れ。


 その後も安田は、ビシッと後続を断つ、というわけには行かなかった。

 球数は150球を越えて、相手は全国レベルの実力。コントロールが甘くなった球を執拗に狙ってきた。

 1アウト一二塁から強い当たりがサードに飛ぶ。

 幸い度会の真正面。確実にキャッチし、二塁のみづほに送球。

 みづほは無駄のない動きで一塁に投げ、ダブルプレー完成。なんとかチェンジに漕ぎ着けた。




「安田、指見せろ」

 ベンチに戻るなり、打席の準備をしようとしている安田の腕を、根来が掴んだ。

「やっぱり……監督、見てください」

「――安田くん、この指で投げてたのか? いったい、いつから?」

 見ると、安田の左中指のマメが潰れて、皮膚がごっそり削げ落ちていた。


 野球の投手が作るマメはどっちかと言うと胼胝べんち、つまりタコに近く、それが大きくなるとボールに指が引っ掛かり、安田の場合はボールがよく変化するようになる。

 その指の硬い部分が、丸ごと取れてしまった状態になっていた。これだと、投げたボールは血だらけになっていただろう。


「ホームランの時は大丈夫でした。最後の三球くらいでやられました――監督、あと1イニングです。人差し指と薬指で投げてみせます」

「……」

「監督っ! 投げさせてくださいっ!!」

 いつも温厚かつ冷静な、安田の大声は珍しかった。

 やり取りが長くなったせいで、審判の人がベンチを覗きに来る。

「どうしましたか?」

「投手の負傷です。治療時間をお願いします――それと、代打をお願いします」

「かんとくーっ!!」

 安田が慟哭の叫び声を上げた。


「竹本、行って来い」

「ああ、やってやんよ。なんたって俺は秘密兵器だかんな」

 ニコリともせずに竹本がヘルメットを被る。

 折角のデビューだが、エースの負傷という状況が状況だけに、歓べる雰囲気ではない。

 実は、竹本のバッティングは悪くない。

 ただ今回は、もっと大事な仕事――最終回のマウンドが、竹本を待っている。

 だからネクストのみづほも、アドバイスを送ることはしなかった。


 安田の事があって円陣を組む、つまりみづほの分析を聴くことが出来なかったのは、痛い。

 しかし、みづほが打席で、何らかのヒントをくれる可能性はあった。

 まだ試合が終わったわけじゃない。

「集中していこう」

「ああ」

 思わず口を衝いて出た言葉に、松元が反応した。


 竹本はあっさり三振、1アウト。交代後からの四者連続三振に、明王スタンドは湧いた。

 ベンチに戻る竹本を、根来が待ち構えている。

「竹本、肩を作ろう」

「ああ」

 準備をしながら竹本がずっと呟いてた。

「俺は天才だ、俺は凄い、あんなん抑えて当たり前……」

 稚拙なイメトレだが、今の竹本には必要だろう。


 みづほが打席に立つ。

 河原さんは外いっぱいのストレートから入っていった。見送り、ストライク。

 テンポよく第二球、またストレートだ。

 みづほは多分意図的に、タイミングを早めて打った。三塁線にファウル。


 三球め、フォークが来た。見送り、先日の分析どおり、ボール。

 四球めも同じような球が来たが、みづほはカットした。

「今の、フォークじゃないな。多分ツーシーム系」

 フォークと違わないように見えたが、みづほは見破っている。

 ならば、変化のタイミングが違うのか、それともボールの回転か。


 五球め、再び外いっぱいにストレート。

 みづほのバットが捉える。綺麗に流し打った打球はライト前に落ちた。

「球種は、今んとこ三種類――行けそうかな」

 松元と顔を見合わせる。

「行ってみるさ! カーブはあまり使ってなかったよな、こないだも」

 そう言うと松元は、ヘルメットを被りバットを取ってネクストに向かった。


 俺たちの導き出した結論としては、河原さんはストレートのキレと縦の変化で勝負をする投手。

 変化球はフォークが主だが、もうひとつ変化量の異なるツーシーム系のボールがある。

 ストレートに振り負けないことと、変化球の見極めが必要だろう、と考えた。


 志田はフォークを見ようとして、ツーシームに引っ掛かった。

 ストライク、見逃し三振。

 2アウト一塁、3番の松元が左打席に立つ。俺はネクストに控えて、松元の打席を観察した。


 初球、インコースにストレート、見送りストライク。

 右打者のアウトコース、左打者のインコース。

 河原さんは、そこのコースのコントロールが得意のようだ。


 となると、勝負球はアウトコースのストレート、またはフォーク。

 俺は直球が得意と思われてるだろうし、事実その通り。

 となると、フォークで空振りを狙いに来る公算が高い。そしてそれを逆算した配球――よし、イメージがだんだん出来てきた。


 カキーン。

「松元、行けえっ!」

 フォークの見送りに業を煮やした河原さんの投げた、インコースのストレートを、松元が弾き返した。

ライト前ヒット、スタートを切っていたみづほは三塁へ。

 2アウト一三塁、まだ行けるぞ。

「いいか、アウトコースにストレートが来るから、それを狙い打て」

 ネクストにやって来た野口にそれだけ言い残すと、気合いを入れて打席に臨んだ。


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