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俺と隣の席の魔女シリーズ  作者: 冬木ゆあ
第二章 オオカミ少女の恋物語

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第五話 悩みごと

 文化祭を五日後に控え、より慌ただしくなってきた校内。

 二年B組も例外ではなかった。

 学級委員長の道井奈々の指揮の下、着々と準備を進めていく。


 そんな中、ひとり重いため息をついている生徒がいた。児島直だ。

 横にいた健臣が不思議そうに直を見た。


「どうした? ため息なんて、珍しいじゃん」

「ちょっと悩みごと」

「へぇ。……直が悩みごと?」


 健臣の驚いた声で拓也が顔を上げた。

 いつもの爽やか笑顔ではなく、驚いた顔をしている。


「なんだって? 直が悩みごと?」

「なんだよ。そんなに驚くことかよ?」


 直がむっとしたように言った。


「まぁまぁ。怒るなって。それでどうしたんだよ?」


 健臣がそう聞くと、直は少し考えてからふいっと視線を逸らした。

 その先にいたのは豊川悠里だ。

 悠里はここしばらく機嫌がいい。

 一緒の班になった綾とかおるとも打ち解けたようだ。

 真子も一緒に四人で並んでダンボールにペンキを塗っている。

 健臣は答えない直に尋ねる。


「直、どうした?」

「いや、別に……」


 直が健臣に視線を戻した。


「豊川さん」


 女の子の声が聞こえた。教室の入口の方からだった。

 悠里が振り返る。そこにはクラスメイトの女の子と教室の外には長身の男子が立っていた。

 その男子は呆れた笑みを悠里に向けている。

 悠里は「あ……」となにかを思い出したように顔を歪めた。


「あ、水島先輩だ」


 それを見ていた圭一がぼそっと呟いた。

 水島賢祐はひとつ上の学年で、もう引退をしているが圭一と同じバスケ部だった。

 少し癖のある髪、奥二重だけど大きな瞳、なにより印象的なのは身長だ。一八〇センチほどある。直は教室の入口にいる賢祐の様子を伺った。

 悠里が賢祐の元に行くとしかめっ面で彼は言った。


「昼休みに美化委員はポスターを取りにこいって校内放送が流れただろ? お前だけだぞ。来なかったの」

「忘れてた……」


 悠里がへらっと笑う。

 賢祐が手に持った筒で悠里の頭をぽこっと音をさせて叩いた。


「はい。これ、ポスター。いいか。これから言うことは絶対に忘れるなよ? 文化祭当日はこのポスターを教室か教室の周りのどこかに必ず貼ること。それから今日の放課後、四時半から文化祭の見周り当番の割当て会議あるから。こなくてクラス当番の時間と被っても知らないからな」

「わかった」

「『わかりました、水島先輩』だろうが」


 悠里は受け取ったポスターで口元を隠してうなずく。

 賢祐は教室を眺めた。黒く塗られたたくさんのダンボールに気がついて悠里に尋ねる。


「豊川のクラスはなにやるんだっけ?」

「お化け屋敷」

「へぇ。豊川もお化けやるの?」


 悠里がうなずく。賢祐がおもしろそうに笑った。そして続けて尋ねる。


「当番いつ?」

「えっと、一日目の午前中だったかな」

「曖昧だな。放課後までにちゃんと確認しとけよ。ちなみに俺のクラスは喫茶やるから遊びにこいよ」

「え?」

「『え?』 じゃない。来るの。俺のクラス、客がこないと赤字になるんだから。貢献して」


 悠里が不満げな顔をする。賢祐が悠里の手の中にあるポスターを指差した。


「誰のおかげ?」

「わかったわよ。行けたらね」

「『行かせて頂きます、水島先輩』」

「……行きます」

「まぁ、いいか。放課後の会議は忘れるなよ。あ、場所は理科室だからな。いつもの教室は文化祭準備で使ってるから。気をつけろよ」


 賢祐はそう言って去って行く。悠里はめんどくさそうにため息をつきながら教室に戻って行った。


 引き続き放課後も文化祭の準備に追われている。

 悠里は制服に着替えた。真子たちに「また明日ね」と挨拶をして、教室をあとにする。

 言われたとおりに理科室に向かった。


 理科室につくとすでに美化委員の数人が集まっていた。

 他にも二年生がきていたが、傍に近寄りがたくて少し離れたところに座る。机に肘をついてぼーっとしながら委員会がはじまるのを待った。

 少しして賢祐も教室に入ってきた。

 ひとりでいる悠里に気がついて声をかける。


「お、ちゃんときてるな」


 賢祐は満足そうに言ってから悠里の隣に座った。それから二人は特に話すこともなく、悠里はあいかわらずぼーっとしていたし、賢祐は教室にきた三年生と話していた。

 しばらくすると委員会がはじまった。

 進行は委員長の若林ゆかり。長い髪をポニーテールにしている。はきはきとした明るい人だ。


「今年も二人一組で見周りしてもらいます」


 ゆかりの言葉に悠里は心の中でため息をつく。

 二年は七クラスある。二人一組だとひとり余るのだ。

 離れた席で固まって座っている二年を見ると、さっそくどうするか話合っている。一緒にあそこに座ればいいのだろうけど、いつも離れて座ってしまう。なんとなくあの輪に入りづらいのだ。

 去年も美化委員だったが、その時は一つ上の学年の先輩と組んだ。今年もきっと他の学年の生徒と組むのだろう。

 悠里は関係ないと言わんばかりに窓の外を眺めた。


「豊川」


 悠里はつまらなそうな顔を隣にいる賢祐に向ける。賢祐は笑みを浮かべて言葉を続けた。


「今年も一緒に組むか?」


 悠里は目を見張ってから小さくうなずく。少しだけ嬉しそうに口元が緩んでいた。


 委員会は一時間半ほどで終わった。

 悠里は理科室をあとにして下駄箱に向かう。

 最近はなんだかいいこと続きだ。

 クラスの出し物の班も楽しい。そして今日は組み合わせであまらずに済んだ。直のことを好きだと認めてから毎日が楽しかった。悠里は思わず笑みを浮かべる。

 下駄箱に着くと人影があった。横顔が見えた。

 ――児島直だ。悠里は思わず駆け寄る。


「どうしたの? 健臣たちは?」

「悠里か。――それが聞いてよ。帰ろうとしたら松岡先生に掴まってさ。

 仕事を手伝ってくれって。それで健臣と拓也とじゃんけんして負けた。

 おかげで今までずっとホチキス留め。夏休みの昼飯代だってさ。

 健臣がやればいいのに。毎日真子ちゃんのごはん食べてるんだからさ」


 直は不機嫌そうに言った。悠里は口元に笑みを浮かべる。

 直には悪いが、わたしにとってはラッキーだ。

 こうして帰りが一緒になったのだから。松岡先生に感謝だ。

 直は悠里に尋ねる。


「委員会終わったの?」

「うん。今から帰るところ」

「お疲れ。じゃ、さっさと帰ろうぜ」


 悠里は嬉しそうにうなずいた。

 直とともに下駄箱を出る。空が茜色に染まりはじめていた。少しずつ日の傾きが早くなり、夕方になると風が冷たく感じる。

 そこにちょうど賢祐も友達と一緒に下駄箱から出てきた。先を歩く悠里に声をかける。


「豊川! 見周りの時間、忘れるなよ。俺ひとりで見周るのは嫌だからな」

「気をつけまーす。さようなら」


 悠里は振り返って言った。

 すると賢祐が笑顔で手を軽く上げる。悠里も軽く手を振った。

 それを見ていた直が尋ねる。


「あの人……たしか水島先輩だっけ?」

「うん。同じ美化委員なの」


 直は「へぇ」と軽く言った。いつもの直と様子が違う。

 悠里は不思議に思って直を見る。


「まだ手伝わされたことで不機嫌なの?」

「そんなんじゃねぇよ」


 直はふいっと顔を逸らした。悠里は不思議そうに首をかしげる。

 少し間をおいて直が聞いた。


「仲いいの?」

「水島先輩は面倒見がいいからひとりでいると声をかけてくれる。去年も同じ美化委員だったし」

「ああ、美化委員はクラスからひとりだもんな」

「それもあるけど、他のクラスの美化委員と仲よくないから」


 悠里は素っ気なく言った。直がやっと笑った。


「美化委員って文化祭の時、見周るんだよな? 大変だよなぁ」

「うん。うちの学年って七クラスで奇数じゃない? 去年は余って、水島先輩と一緒に組んだの。でも今年は水島先輩が誘ってくれたから余らないで済んだんだ」


 悠里はそう嬉しそうに言った。


「水島先輩、悠里のことが好きなんじゃないの? 文化祭で告られたりして。つきあっちゃえば?」


 直が笑いながら言った。悠里が立ち止る。直は冗談のつもりで言ったのかもしれない。それでも怒りがこみ上げてくる。その次に襲った感情は悲しみだった。涙が溢れる。


「なんでよ。なんであんたがそんなこと言うのよ」


 直は顔をこわばらせた。悠里はそんな直を涙で濡れた瞳で睨みながら言葉を続ける。


「わたしだってひとりだけ余ったら平然となんてしてられないわよ。だから今年はそうじゃなくてよかったって。それのなにがいけないの? なんでそんな風に言うの? ひどいよ!」


 悠里は直の横を通り過ぎ、駅に向かって走り出した。

 直が慌てて追いかける。


「悠里、ごめん!」


 その声に悠里が振り返った。


「追いかけてこないで!」


 直はゆっくりと失速して立ち止る。


「俺、なんで……」


 直は頭を乱暴に掻いた。顔を上げた先にはもう悠里はいなかった。



 翌日から悠里は直を避けた。

 いつものように健臣の机でお昼を食べながら、直はため息をつく。


「またため息? しかもより深刻になってない?」


 拓也が心配そうに直を見た。直はぼーっとした顔で拓也を見る。


「そうかな?」

「なにがあったんだよ」


 直は健臣の質問にうなずいて答えた。健臣は首をかしげる。


「重症だな。なにをして悠里を怒らせたんだよ。悠里はよく怒るけど、人を避けたり、あとを引くようなタイプじゃないのに」


 いつもなら隣の席で昼ごはんを食べているはずの悠里と真子の姿はない。

 直はその席を眺める。


「怒らせた」

「それは分かるよ。直が近づくと悠里がすごく威嚇してるから。なにしたの?」


 健臣が聞いた。直はまたため息をつく。長いため息だった。


「俺、すごく無神経なこと言った。最悪だ。どうやって謝ったらいいのか分からない」

「まだ謝ってないんだろ? あとで悠里と話してみろよ。な?」


 直は健臣の言葉に小さくうなずいた。


 その頃、悠里と真子は中庭のベンチでお弁当を食べていた。

「今日は外で食べよう」と言うと、真子はなにも言わずについてきてくれた。

 中庭で食べるにはまだ少し日差しが強い。

 それでもぽつぽつと生徒たちが昼食を食べていた。


「直くんとなにかあった?」


 真子が聞いた。悠里はお弁当を食べる手を止める。

 小さくため息をついてから話した。


「実はわたしね、直のことが好きなの」


 真子は珍しく驚いた表情を浮かべて悠里を見る。

 悠里はうなだれた様子でうつむいていた。そして言葉を続ける。


「夏休みが終わる頃に好きだって伝えて、まだ返事はもらってない」

「そうなの?」

「うん。『わたしのこと好きになったら返事をちょうだい』って言ったから」

「悠里ちゃんらしい」


 真子はくすりと笑った。悠里は話を続ける。


「昨日、帰りに下駄箱で直に会って一緒に帰ったの。そしたら水島先輩――委員会の先輩なんだけど」

「昨日、教室にきてた人?」

「そう。その先輩の話になって。美化委員って文化祭の時に見回りがあるじゃない? 

 その見回りを先輩と一緒にすることになったの。

 二年と三年はクラス数が奇数でひとりずつあまるのよ。

 去年もわたしと先輩は美化委員で、あまったわたしと組んでくれたの。

 だから一緒に組もうって誘ってくれて今年は嫌な思いをしないで済んだの。

 その話をしたら直が『悠里のこと好きなんじゃないの? つきあっちゃえば?』って。

 わたしが直を好きなこと知ってるくせに。

 あいつの口からそんなこと聞きたくなかった!」


 悠里の瞳から涙が溢れた。それを拭って言葉を続ける。


「だからわたし、怒ったの。追いかけてくるなって言ったの」

「悠里ちゃんが怒るのも無理ないと思う」


 悠里はこぼれた涙を拭いた。


「わたしのこと友達としか思ってないって言われたような気がして」

「そう? 私には直くんが嫉妬したように聞こえた」


 悠里が首をかしげて真子を見る。真子は言葉を続けた。


「悠里ちゃんが先輩の話をしたらそう言われたんでしょ?」

「そう、だけど」

「まゆみちゃんのこと覚えてる? 健臣くんと直くんの中学時代の友達」


 突然東まゆみの名が出てきてどきっとする。

 彼女がどうしたというのだろうか。そう思いながらうなずく。

 真子は言葉を続けた。


「まゆみちゃん、夏祭りの日に直くんに告白したみたい。

 告白した日と、返事をした日は別だったみたいだけど。

 結局、まゆみちゃんはふられてしまったみたい」


 それを聞いて、あの公園でのことだと思った。

 あの日、まゆみが告白の返事を聞きにきたのなら二人の様子がぎこちなかったことも納得がいく。

 悠里は真子の話に耳を傾ける。


「私がそのことを健臣くんから聞いたのは夏休みが終わったあとだった。

 悠里ちゃんが直くんに告白したあとのはず。

 その時に健臣くんが言ってた。『直はまゆみちゃんとつきあってみるべきだった』って。

 だけど健臣くんの性格上、悠里ちゃんが直くんを好きだと知っていたら、そういうことを思っていても私には言わないと思う。

 だから直くんは悠里ちゃんのことを健臣くんに言ってないと思う。

 それは直くんがまだ悠里ちゃんとのことを考えてるからじゃない?

 健臣くんと直くんって仲いいけど、相談すると言うよりも結果報告をしあってるって感じがするから」


 悠里はそれを聞いてわずかに瞳を輝かせた。真子の分析能力は高い。淡々と話す口調も説得力がある。

 なによりも口ベタな真子が励ましてくれたのが嬉しかった。


「ありがと、真子」


 悠里は切れ長な瞳を細めて笑った。


 午後の授業は文化祭の準備に当てられた。

 ダンボールのペンキ塗りも残りわずかとなり、みんなの顔にも余裕がある。

 直はダンボールに色を塗っている悠里におそるおそる声をかけた。


「悠里、ちょっといい?」


 悠里は顔を上げた。

 その顔は今にも唸り声を上げそうで、直は少しばかり怯んだように一歩下がる。しかしぐっと押し留まった。


「ちょっとでいいから」


 悠里は少し間をおいてからうなずいた。


 直が数歩先を歩き、悠里が着いて行く。

 着いた先は特別棟の中でも人気のない場所だった。

 直は振り返り、勢いよく頭を下げる。


「ごめん。俺、無神経だった」


 悠里は真剣な顔でそんな直を見ていたが、ふいっと視線を背けた。


「……キスしてくれたら許してあげる」


 直が顔を上げる。その顔はひどく困惑していた。

 真子と話して直に対する怒りはだいぶ落ち着いたが、ただ許すのは悔しかったので意地悪をしたくなったのだ。だが、少し可哀想かなと思って撤回の言葉を口にしようとする。

 それより先に直が一度目を閉じて覚悟を決めた。


「……わかった」


 直はそう言って、悠里の肩に手を置いた。

 そしてゆっくりと近づいて軽くキスをする。

 悠里はわずかに頬を赤く染めて嬉しそうな笑みを浮かべる。


「わたしもごめんね」

「悠里は悪くないよ。俺が無神経だった」


 直はうつむきがちに悠里の様子を伺った。悠里が笑みを浮かべている。

 それでやっと直も顔を上げた。


「戻ろう。早く戻らないと委員長に叱られるよ。直が」

「……それは困る。委員長も怖い」

「『も』? 他に怖い人いたっけ?」


 直は勢いよく首を横に振る。悠里は首をかしげた。

 笑顔で話しかけてくる悠里に、直も笑みを浮かべる。


 教室に着くまでに、いつもの二人に戻っていた。

 事情を知っていた真子はほっとした表情を浮かべている。

 対して、なにも知らない健臣と拓也は、仲直りした様子の二人を見ながら一体なんだったんだろうかと首をかしげていた。

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