第一話 オオカミ少女の憂鬱
※注意
第一章とは主人公が変わります。
第二章は豊川悠里のお話です。
豊川悠里は自室のベッドの上で仰向けになり、気の強そうな瞳で天井を見つめている。
彼女はひどく苛立っていた。きっかけは今日の夕方に遡る。
今日、悠里は高校のクラスメイトである森野真子の家に遊びに行った。
正確には真子の家ではなく、真子の叔父であり、悠里たちの通うF高校の教師である松岡和弘の家である。
真子は小学生の時に母親を亡くし、父親は仕事の都合でアメリカにいる。
真子は日本に残ることを決めて、松岡の家に身を寄せているのだ。
松岡の家には他にも常盤健臣と篠原拓也、児島直がいた。
彼らもクラスメイトで、最近ではいつものメンバーとなりつつある。
「実は、真子とつきあうことになりました」
そう報告したのは常盤健臣。照れたように顔を赤くしていた。
「やっと? もうじれったくて、じれったくて爆発しそうだったんだから」
そう悠里なりの祝福の言葉を贈った。
悠里には二人は随分と前から両想いのように見えていた。
鈍いのか奥手なのか分からないが、なかなか進展しなくてもどかしかった。
そんな二人がやっとつきあったと聞いて、悠里は心から嬉しく思った。
そんな時、ふと気になったのは児島直のこと。
彼は真子に好意を抱いているようだった。
悠里がそのことに気づいたのはほんの少し前。
直をちらっと見てみると、むすっとした表情で肘をついて真子と健臣を見つめている。
そしてうつむいたかと思うと、その口元に小さく笑みが浮かんでいた。
どうしてそんな顔ができるのかと、そう不思議に思った。
児島直はお調子者で、ガキっぽくて、デリカシーがない。
まっすぐな性格で思ったことをすぐに口にする性格だ。
そのせいかよく悠里の癇に障り、苛立たせる。けれど気が合うと感じることも少なくはなかった。
夕方の帰り道。悠里は直と拓也とともに松岡の家があるマンションから駅への抜け道である公園を歩いていた時だった。
東まゆみという女の子に出会った。
東まゆみは直の中学時代の同級生らしい。
直とまゆみが仲良さそうに話している。
それを少し離れて拓也とともに見ていた。
「もしかして……直の彼女さん?」
まゆみは不安そうに大きな瞳を揺らしてそう聞いた。
悠里は拓也も一緒にいるのにと不思議に思った。
篠原拓也は爽やかな笑顔が印象的だ。
そして他の男子と比べて頭ひとつ分くらい大人びている。
さらに友達も多い。女子からの人気は絶大だ。
それなのにまゆみは直だけを限定して聞いたのだ。悠里は首をかしげる。
「まさか。違うけど」
悠里の言葉を聞いて、まゆみはほっと安心したように微笑んだ。
その時に悠里はピンときた。
まゆみが直のことを好きだということに気がついたのだ。
まゆみの身長は低くめで、一五〇センチくらいだろうか。
綺麗な長い黒髪、ぱっちりとした瞳、色白の肌。そして笑顔が可愛らしい。『女の子』という言葉がよく似合う子だ。
まっすぐな直と純粋そうなまゆみが並んでいる様子はとてもお似合いのカップルに見える。
その時はたしかにそう思ったのだ。
それから悠里は、電車に揺られて帰宅し、夕食を食べた。
そのあと部屋でゆっくりしている内にだんだんとイライラとした感情が強くなる。
どうして自分が苛立っているのかと原因を考えた。
するとひとつの考えに辿り着く。
『もしかしてわたしは直のことが好き……』
「……いや、それはない」
悠里はその考えを自ら一蹴した。
けれどそれに反して、頬は赤みを帯びていく。心臓が早く脈打つ。
それに驚いて、慌てて体を起こした。
「ないって。それはない!」
悠里は頬に細長い指を添える。
きっと健臣と真子に当てられて、自分も恋愛をしたいという気分になっただけだ。
そして身近にいる直を好きになったつもりでいるだけ。
そう自分に言い聞かせる。
けれど脳裏に浮かぶのは直の悪戯っぽい笑顔。
「どうしてあいつなのよ! ありえない!」
悠里はそう言って、またベッドに倒れ込んだ。枕を抱えた顔は真っ赤だ。
それからしばらくイライラとした感情をもてあましていた。




