第二話 親友とのお茶会
王都の片隅にある、こぢんまりとした居心地の良いカフェ。
レントの浮気が発覚した数日後、奥にある個室で、シャルティナは冷めきったカップに目を落としていた。
「……それで、あいつは散々悪口を言って、その女と寝てたのね」
対面に座っているのは公爵令嬢で、シャルティナの一番の友人であるエスメラルダ。
レントの酷い仕打ちに、激しく憤っていた。
「シャルティナ、よくそのパイを顔面に投げつけなかったわね! 私なら投げつけた上に引き倒して顔面を踏みつけるわ!」
その琥珀色の瞳には激しい怒りの炎が燃え上がり、普段は楚々として、物静かな令嬢を演じているエスメラルダは、ともすると直接殴り込みにいかんばかりに怒り狂っていた。
「本当に信じられない! 他に好きな人が出来たなら、そう言えばいいじゃない! こそこそと会ってやることやって、裏でシャルティナのことを馬鹿にするなんて、人でなしよ!」
友人の激しい怒りに、シャルティナは逆に心が落ち着いてくる。
冷たくなった紅茶に口をつけ、そのカップを両手で包む。
「まだ婚約してなかったから良かったわ。こんな気持ちで色々手続きしたくないもの。でも、ずっと好きで、将来結婚して、って思っていたから、なんだか心にぽっかり穴が空いたみたい」
エスメラルダは力無く笑うシャルティナの手を机越しにぎゅっと握る。
「そんな穴はすぐに埋めてしまいましょう。丁度、来週夜会があるわ。招待状を貰っているから一緒に行きましょう。男で傷つけられた心に一番よく効く特効薬は何か知っていて?」
「いえ、知らないわ」
「それはね、男にチヤホヤされるのよ!」
「エスメラルダ……」
キラキラと輝かしい笑顔で言い放った言葉に、シャルティナは苦笑した。
「チヤホヤだなんて……エスメラルダみたいに綺麗ならそうだろうけど、私みたいに地味な女じゃ」
「いいえ! 私にはわかるわ。シャルティナはまだ磨かれる前の原石。おじさまとおばさまには私から連絡しておくから、来週の夜会までうちに泊まりなさい! ピッカピカに磨いてあげるわ!」
磨かれてどうなるとも思えないが、家にいたらレントが来るかもしれない。
まだ心の整理が出来ていないシャルティナは、顔を見なくてすむお泊りは嬉しい申し出だった。
「ありがとう、エスメラルダ。それじゃあ一週間お世話になろうかな」
元気なエスメラルダと一緒にいれば、少しは気も紛れるかもしれない。
それに、しばらくエスメラルダには会っていなかったので、一緒に過ごせることは純粋に嬉しかった。
「それじゃあまずは家に帰って、シェフに特製のクロカンブッシュを頼まないとね!」
「え、いいの? 今日はお誕生日とかでもないのに」
「ふふ。変な男から逃げられた記念よ! あなたあのプチシュークリームのタワー大好きだものね」
「ええ、大好き! 楽しみで、心がいっぱいになってきたわ」
シャルティナはようやく満面の笑みを浮かべ、大好きなスイーツに思いを馳せた。
それから一週間、シャルティナは本当に身体の隅々まで、頭のてっぺんから脚のつま先まで、すべてをピカピカに磨き上げられた。
「これからはもう少し見た目にも気を遣って。シャルティナ、あなたスキンケアしてないでしょう?」
図星をつかれ、笑って誤魔化そうとしたが、エスメラルダは誤魔化されてくれない。
「このシリーズなら、あなたのお小遣いで買えるわ。折角可愛いんだから、もっと自分に手をかけてあげて。帰る時に渡すから、騙されたと思ってケアするのよ。たっぷりつけて肌に馴染ませたら、鏡を見てにっこり笑うの。それだけで、一日の終わりに気分が良くなるわ」
「ええ。折角こんなにピカピカにして貰ったんだもの。ちゃんとやるわ」
今までスキンケアに興味などなかったが、たっぷりとケアされた肌はもちもちスベスベで、これがなくなってしまうのは勿体ない。
シャルティナは、帰宅してからもちゃんとケアしようと意気込んだ。
ドレス選びも中々に大変だった。
「さあ、ドレスを選ぶわよ! 仕立てるのは無理でも、既製品にうちのお針子が手を入れれば素敵に仕上がるわ」
ドレスショップに到着すると、支配人が出てきてすぐに奥へ通された。
「ここは私もたまに使うの。私好みなデザインが多くって。さあ、この子に似合いそうな、夜会で着るドレスを片っ端から持ってきて頂戴」
シャルティナは次から次へと出てくるドレスに着替えさせられた。
最初はシャルティナも鏡を見てどれが似合うか考えていたが、数が多くなってくるとそんなことも考えられなくなって、ただひたすら体力勝負だった。
最後に選ばれたのは身体に沿い体型を拾う——けれど下品ではない、夜の闇を溶かし込んだような、ダークネイビーのドレスだった。
シャルティナがレントの好みで着ていた可愛らしいパステルカラーのドレスとは対極のもの。
着たことのないタイプのドレスにシャルティナは戸惑ったが、きちんと背を伸ばして鏡を見れば、そこに映った自分が別人のように見える。
「うん。やっぱりシャルティナはシックなドレスの方が似合うわね。色味も完璧。あなたの瞳の色……サファイアのような深い青が引き立つわ」
「綺麗……」
「そうでしょう? あなたは綺麗なのよ、シャルティナ」
自分を可愛いとも綺麗とも思ったことがなかったシャルティナも、エスメラルダに飾られた自分のことは、素直に素敵だと思えた。
「ありがとう、エスメラルダ」
「いいのよ。親友が美しくなるのは、私も嬉しいんだから」
シャルティナは、少しだけ数日後の夜会が楽しみに思えた。
これなら、チヤホヤされないまでも、「地味で冴えない」なんて思われないだろう。
「さあ、後は少しだけダンスの練習しましょう。きっと申し込みが殺到するわよ!」
「そんな……ダンスはあまり上手じゃ……」
「大丈夫。相手の動きに合わせて揺れていればそれなりに見えるわ。ちょっとしたコツを掴めばいいだけ。それに、ダンスが得意でないことも男性には可愛らしく見えるものよ」
完璧に踊れなくてもいいと言われ、シャルティナはホッとする。
練習はしたことあるものの、実際の夜会で踊ったことはない。
レントがあまりダンスを好まなかったからだ。
シャルティナは身体を動かすことが好きだった。
だから、やってみたら意外と楽しいかもしれない。
シャルティナはエスメラルダのサポートで、少しずつ夜会が楽しみになっていった。
「ねえ、レント。今度の夜会はどうするの?」
情事の後、レントの浮気相手——メイリーはシーツを胸元まで引き上げ、気怠げにレントの腰に腕を回す。
「ああ、一緒に行くか? 旦那は今いないんだろ?」
「領地への視察に行くとか言ってたわ。あんなに仕事仕事で何が楽しいんだか……。でも、そのお陰でレントと一緒にいられるからそれでいいんだけど」
メイリーはレントにしなだれかかり、胸元から首筋まで、ちゅ、ちゅ、と口づける。
「なんだ、まだ物足りないのか?」
レントはガバリと起き上がり、メイリーに伸し掛かる。
「あんっ。ふふ。レントとなら何回だってしたいわ」
メイリーは焦らすように腰をくねらせ、首に手を回し引き寄せる。
「折角だし一緒に夜会行きましょ。それで、庭園とかテラスで……」
そこで交わることを考えたレントはさらに興奮が昂ぶっていく。
「ふふっ。そういうのも好きでしょ?」
「ああ。待ち遠しいな……」
レントは再び溢れ出す欲望のままに、メイリーの甘い肌へと顔をうずめた。




