二話 見合いの話
「…………お見合い、ですか?」
突然夕食前の時間に父親の書斎に呼び出されたかと思えば、お見合いの話を切り出された。
「そうだ。見合いだ」
端的にそう言う父に動揺や心配の色はなく、当然の采配のように頷く。
8年前からわたしが騎士様の邸宅に入り浸って「新妻」と公言しているのは父も知っているはずだった。
そのことで止められたことも、ましてや怒られたこともない。
たとえ子供とはいえ年頃の娘が今も現役の騎士の実家に居着いているのだから「令嬢として」と諌められるかと思っていた頃もあったが、結局これまで一度だってそんなことにはならなかった。
だからこそ、両親は認めてくれているのだと思っていた。
もちろん「子供の言うことだから」と放って置かれていた可能性もあるけれど、それにしたって一度も諌めの言葉がなかったのはおかしい。
だからこそ、両親ひいては使用人たちや親戚縁者の方々も特に言及してこなかったのだと考えていた。
それがまさか違っていたのだろうか。
「…………わたしに騎士様がいるのは知っておられますよね?」
もちろん騎士様自身は一度としてお認めにはなられていないし、未だに彼の邸宅でご挨拶すると「何故ウチにいる」と言ってくるほどだが。
それでもわたしのこの行動は世間でも広まっている方だと思う。
何しろ騎士団でも出世頭で優良株の騎士様と、その騎士様に毎日言い寄る(公言的に告白する)侯爵家の娘。それも幼女と呼ばれる歳の頃からである。
そんな世間様を騒がせるネタにさえなりつつあるわたしが、どこの誰と見合いができるというのであろう。
「あぁ」
短く頷き返す父に、わたしは一つの納得と理解を得た。
(…………お父様のお考え、未熟ながら理解できましたわ)
そしてわたしは侯爵家当主であるお父様の意に逆らえることもなく、この場は頷くのだった。
(……騎士様、このことを知られたらどんなお顔をされるかしら)
ふと、その日の昼間にあった騎士様のお顔を思い出し、そんなことを思った。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
「なぁ、お前のとこの『新妻ちゃん』。お見合いするんだってな?」
「あ゛ぁ?」
騎士団訓練中の休憩時のときに同僚からそう声をかけられた彼は、まるで王子様のように爽やかな顔を酷く歪めた。
彼のこの愛想の悪さは常日頃からであり、中にはそんな彼を疎む者もいるが実力は団員の中でも随一であるので尊敬の念を抱かれる数も多い。
もちろんこのときに声をかけてきたのは普段からそんな彼と軽口を叩き、休みの日には馴染みの酒場で盃を交わす程の仲を持った常日頃から軽薄そうな態度の彼の友人である。
彼の邸宅に幼子が押し掛けていることも、その子供が彼の嫁になりたがっていることも知っており、ノリの良いこの者はそんな彼女を『新妻ちゃん』と呼んで、今まで幾度もかの騎士の涼やかな顔を顰めさせてきた。
しかし、今日ばかりはこの反応が面白くてしょうがない。
同僚兼友人でもある男はここで見た目王子様の肩を組み、まるで内緒話をするように耳打ちした。
「お前がなかなか素直にならないからこうなるんだぞ? せっかくあんなにかわいい子に好かれてたのに勿体ないなぁ、騎士様ぁ?」
「うるせぇ!」
組まれた肩を無理やり引っ剥がすと、『騎士様』と呼ばれた彼は怒鳴るようにそう言った。
そんな様子の彼がおかしくて仕方がないのか、友人は軽い笑い声を漏らしながら勢いよく彼の間合いから離れた。その次の瞬間、つい先程まであった体の位置に一振りの木刀が振り下ろされる。
「おいおい、休憩中に剣を振り回すなんて御法度だぜ? 落ち着けよ」
「ならいい加減その軽口を閉じろっ」
そう言って彼が二度目の追撃をするも相手は軽々とそれを避ける。
何でもないことのように相手はそのまま言葉を続けた。
「新妻ちゃんって確か俺の弟と同じ年だったよな? ならもう14か。婚約者の一人もいないのが不思議なくらいだな」
「………………」
「お前も俺も今年で29。もうすぐでアラサーだぜ? そろそろお前も身を固めなきゃな」
「…………人のこと言えんだろうっ」
追撃を止めた彼は姿勢を正す。そしてそう吐き捨てれば相手は余裕綽々と答えた。
「残念、お前と違って俺には可愛い婚約者がいるからお仲間にはなれないぜ」
普段から引き締まらない顔を更に緩めて自慢するようにそう言う相手に彼は一つ舌打ちをした。
デレデレと鼻の下を伸ばす男に苛立ちを感じずにはいられないのだ。
出来得る限り不快感を薄めるために今も、領地で帰りを待っているという婚約者の自慢話を垂れ流す男から彼は顔を背ける。
結局は相手を心配しているようで自分の自慢話をしたいだけなのだ。
騎士団に入団してからこれまでの長い付き合いで彼は十分にそのことを理解していた。
ここから話が留まることなく永遠に続くことを安易に予想できるので時間の無駄だと嘆息を吐いたところ、遠くから名を呼ばれたのを感じた。
「何か俺にご用ですか、騎士団長」
その相手がこの国で最も強いと謳われる騎士団長だとわかったと同時に、彼は敬礼の姿勢を取った。
まっすぐに姿勢を正せば団長もまた一つ頷いて「楽にしろ」と許しの言葉を与えた。
言われるままに少しばかり姿勢を崩せば、団長はゆっくり仰々しい仕草で彼の肩を掴んだ。
「…………いいか、よく聞け。これはお前のためを思って言うのであって決して、」
「団長、本題をお願いします」
前置きが長々と続きそうな気配を感じとった彼は騎士団長の言葉を遮った。休憩時間はまだあるが、如何せん上司のこういった前置きはいつまでも述べられることが多い。
早い段階で止めておくのに限るのだ。
「ゴホンっ、そうだな。本題だ。……お前に見合いの話を持ってきた」
「……………はぁ?!」
いきなり見合いの話を持ってこられれば誰だってこういった反応になるだろう。
あまりに突拍子もないものであり、またそれを団長が言うのだからさらに驚き具合が上がる。
「お前の言いたいことはわかる。お前にはすでに『新妻ちゃん』なるものがおり、」
「団長」
「ん゛んっ。……まぁ、その、なんだ。…………この見合いは断れないものだと思え」
「………………」
未だに『新妻ちゃん』の存在を認めていない彼はわかりやすく圧を込めて団長を呼んだ。それに気づかない団長でもなく、言葉を改めて彼に拒否権を与えなかった。
団長自身は彼よりも実力高いのだが何しろ世間様からまるで王子様、と噂される彼の凄みには国一の強さを誇る団長にも敵わないのである。
国一の美形に睨まれれば国最強の武人であろうと怯むのが世の理である。
それでも提案という形ではなく決定事項として提示したということは、すでに裏で話が通されているということになる。
そこまでのことが理解できた彼は上司の顔を立てるためにここは頷くしかない。
「うわ〜、お前ヤバくない? このままじゃ本当に『新妻ちゃん』と、」
「うるせぇ、お前は黙ってろ」
背後から先程まで自慢話に口を開いていた男が横槍を入れてくる。彼はそれを間髪入れず蹴飛ばしたが、相手はそんな彼の態度などすでに慣れっこである。
「いやいやいや、だってお前『新妻ちゃん』はどうすんの? いくら彼女が見合いするからってまだ決まったわけでもないし、今からお前が引き止めれば彼女も喜んで、」
「……黙らんならその声が出ぬように喉から切り裂いてやろう」
「うわ、」
今度の脅しには彼も木刀ではなく帯剣している真剣に手をかける。彼の本気が伝われば相手もすごすごと距離を取った。
気のせいか眼の前の団長も後退ったようにみえる。
「フン。……団長、そのお話には拒否権がないのですね?」
「ん、あぁ。そう、なるな」
怯む相手を鼻で笑い、彼は改めて団長と向き直る。
団長は何事もなかったように直立していたが、なぜか少しばかり声が震えていた。
「…………ならば、お受けいたしますよ。上司の顔に泥は塗れませんから」
「そ、そうか! それは良かった。ならば先方にもそう伝えておこう。日取りもすぐに決まるだろう」
「ええ、頼みますよ」
ひとつの嘆息の後に彼が了承の意を唱えれば、団長は大いに喜色を孕んだ声を出した。
どう説得したものかと考えあぐねいていた団長にとって見れば、こんなにもすんなりと頷かれては喜ばずにはいられないのだ。
情けないというなかれ。優良株の出世頭で国内外でもその顔面で人気を得ている相手を格下だ部下だと侮ることはできないのである。
そんな上司を前に、国一番の人気を誇るまるで王子様のような外見をした彼はまた大きく息を吐いたのだった。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
「………………おい、フザケてるのか」
「至って本気で本当の事実で真実ですわ。旦那様?」
そして、見合い当日。
見合いの場に現れた相手の顔を見て、彼は唸るようにそう言った。
しかし相手は国一の美形に凄まれようがお構いなしに明るく返した。
そう、見合い相手こそ常日頃から彼に付き纏う今年で14歳になったいつもの少女であった。
「これで晴れて婚約者ですねっ、騎士様!」
(視点がコロコロ変わってすみません)




