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一話 出会いの話

また始まってしまいました。スミマセン。


『おいチビ、自分で動けんならここまで這い上がってこい』


 ひっくり返った馬車の中、ギギィっと頭上から扉が開いた音がしたと思えば、そうぶっきらぼうな声が降ってきた。

 暗転した視界の中で空からの光が指し込める。そして、そこから一つの影がこちらを覗いていた。


『お前が少しは頑張ってくれたら、こっちとしては楽なんだがな』



 そう、これが始まり。

 これが、彼との最初の出会い。


 決してロマンチックなものでもないし、運命的とも言えない。

 けれど、わたしたちは確かにこのとき出会った。


 わたしが暗闇から這い出たとき、彼は笑っていた。

 それは柔らかいというものよりは、どこか不敵でかっこいい笑みだった。


『よし、よくできたな』


 偉そうにそう言う相手が、自分を子供扱いしていることも、ただそれが仕事の内だということもわかっていた。

 けれどわたしはこの時、この瞬間に彼が好きになった。彼に恋をした。不敵に笑うその姿に。

 絶対に彼のお嫁さんになるのだと、そう強く決心したのだ。




「────いや、ただのガキ扱いで惚れるなよ」

「愛してます!」

「アホか」


 同じソファに並んで座りながら、彼と出会ったときのことを話す。苦味の強いお茶を口に含む彼は顰めっ面をしながらも大人しく話を聞いていた。

 けれど、やはり素直に受け止めてはくれない。


「騎士様が素直じゃなくてわたし悲しいです」

「俺はいつだって正直だ」


 そう唸る彼に嘘をついている様子はない。

 未だに彼の本心をなかなか読ませては貰えないが、それでも「そんなところも好き!」と無事自己完結した。


「ちなみに、騎士様はわたしを見つけたときに何か感じませんでしたか?」


 ふと思い至ってわたしがそう聞くと、彼はハッと鼻で笑い飛ばした。かっこいい。

 どれだけ顰めっ面をしていても、そのまっすぐに輝く金髪ブロンドを揺らし、自然の恩恵を受けるがごときのその碧眼を器用に細める姿はおとぎ話の王子様そのものだった。


「ちっこいガキが蹲ってるとこ見たって何も感じねーわ」


 この言葉が照れでもなんでもなく、本心であることはちゃんと理解している。

 しかし、それを素直に受け止めることができるほど、わたしもまだ大人ではなかった。


「じゃあ今のわたしはどうですか? ピチピチで若くてお買い得ですよ!」

「アホか。お前、まだ14のガキだろーが」


 このとき、彼のその言葉でわたしは感極まり目が潤んだ。


「…………おい、泣くなよ? めんどくせーか、」


 わたしの様子にぎょっとしたようにそう声をかけてくるが、わたしは耐えきれずその言葉を遮った。


「わたしの歳を覚えていてくれたんですね! 嬉しいです!!」


 あまりの嬉しさに声が大きくなると、彼はもう一度「アホか」と言って冷めた目でこちらを見てきた。


「…………せいぜいイイオンナになってから出直してこい」

「はい!」


 彼の投げ遣りな言葉にまたわたしが元気よく応えると、彼はまた呆れるようにまた「アホだ」と言って来た。


 彼はどこから見ても優美な王子様なのに、細身に見えてガッシリとした体躯に一切のブレを見せない姿勢。

 大概の人が彼を王子様のようだと形容しても、その実、彼はその守られる存在ではなく護る側。

 この国一番の騎士様なのだ。


 あの日、わたしは王都から領地へと向かっている最中だった。

 急に馬車の車輪が外れ、車内が大きく揺れるとその勢いのまま馬車は横に倒れた。

 そして、すでに領内に入っていたあのときすぐに救援が来ることは決してないはずだった。

 まだ舗装もされていない道であったため領民が通りがかるといった状況もない。もちろん御者はいたが馬車が倒れた際に怪我をしたらしく、動ける状態ではなかったのだとか。声だけで必死にわたしの安否を確かめようとしていた彼はよく健闘した方だろう。

 どうやって助けを呼ぶか、あまりに突然の状況に予測もできなかったのでわたしも御者もただ戸惑うばかりだった。

 ちなみに、この当時のわたしは6歳である。

 けれど、その状況は意外にも早く好転した。

 それが彼である。


 王国騎士の彼が、たまたま我が領地にいたはずもない。彼は騎士団の遠征で国境から王都に帰還する途中だったのだ。

 多くの隊列が舗装された国道を通る中、彼はその恐ろしいほど優れた視力と聴覚で通りから外れたわたしたちを見つけたのだとか。そしてその先で馬車がひっくり返っているのも。

 そもそも、わたしの乗った馬車が国道を避けて舗装されていない道を通っていたのも、この騎士団の帰還期間の告知と重なっていたからである。

 騎士団が王都に帰り着いた際は国民が揃ってお祝いするのだ。

 その盛り上がりは国に大きな好景気をもたらすほどだった。

 それもあって騎士団の遠征は一定期間で設けられており、それは国民全体に周知されている。

 いざというとき襲撃を受けないのかと心配にもなるのだろうが、遠征チームは毎回編成され最も危険性の少ない小規模メンバーだけで行われているらしい。

 それはもちろん王都と遠征チーム両方を加味して、である。


 とにかく、そんなわけで彼は騎士団帰還中の隊列からわたしの乗った馬車を見つけ、まさに王国の騎士として迅速に対応してくれたのである。

 これを運命と呼ぶことはできず、かと言って偶然というわけでもない。

 けれど、この出会いでわたしが彼に恋をするきっかけになったのだから運命的といえばそうなのかもしれないと、密かに思っているのは内緒である。

 当時わたしは6歳、彼は出世頭の21歳。

 その年の差はなんと15歳である。

 出会った当初、彼がわたしに何かを意識するわけもなく、簡易的に事後処理を行い領地の邸宅まで送ってくれたのだ。

 帰還中の騎士様にご迷惑を、と領地の者は謝っていたが騎士様はこれまた不敵な笑顔で「王都の民に屯られずに済んだからいい」とおっしゃった。

 王国に仕え民を護る存在である騎士とは思えない様に皆が唖然として目を疑っていたが、わたしは一人感激した。

 彼は一人の令嬢を救ったことを鼻にもかけず、恩を着せようともしない。

 なにより、その不敵さに強く惹かれた。

 幼心ながら、彼に騎士として憧憬を感じた。

 たとえ世の中の騎士が国に仕え、民を護る聖人君子であることを求めているとしても、人間とはそうキレイではいられない。

 彼のように、自身が騎士であることを誇りながらも、求められるままに偽ることもないその姿が、わたしにとっては騎士そのものだった。


「…………まさか、こんなにしつこい奴だったのは誤算だ」


 嫌気を隠すこともなくありのまま表情に浮かべる彼は、やっぱりわたしにとって理想の騎士だった。


 今年14となったわたしは変わらず実家住まいの彼の伯爵邸宅に入り浸る。この8年間、彼にあのときの恩だとしつこく突撃してきた。

 今にいたっては、ここの彼に仕える使用人たちにすら「おかえりなさいませ」と言われるくらいである。

 もうこれは事実婚なのではっ!?

 と、わたしが思い馳せていると彼は大きくため息をついてこちらを見やる。


「言っとくが、俺はガキには一切興味ないからな」

「わたしもう14ですよ! 子供も産めます!」


 わたしが間髪入れずに返せば、彼はまた大きく唸った。「俺はロリ専じゃねーんだよ」と嘆く声は彼らしくもなく細々としてたものだった。

 わたしはそんな彼の言葉を無視して勢いよく詰め寄る。

 俯きかけた彼に、しっかり理解してもらえるよう耳元で囁いた。


「わたし、騎士様になら何されてもいいですよ」


 そう言ったときの彼は、物凄い苦い顔をしていた。とても騎士とも王子とも呼べないような、そんな顔。

 こんな顔をさせられるのは、きっとわたしだけに違いない。

 そんな慢心を抱いているのは、この騎士様にはバレたくないことである。


 今年で14。この国ではもう結婚を許される歳である。

 この8年間、わたしはずっと彼を追いかけ続けてきた。侯爵の娘という立場を利用して、彼の所属と実家を調べて彼が休日の日に押しかけたのが始まりである。

 ストーカー行為である自覚はあるけれど、わたしの本気を伝える為だとすでに多くの人に宣言している。

 もし、本気で嫌がられているのなら自重もできただろうが、この騎士様は分かりづらくも優しいので「うわ」と言っただけで特に追求はされなかった。

 まぁ、6歳の子供にストーカーされているという認識がしづらかったのもあるのかもしれないけれど。


「…………お前、俺の何様なんだよ」


 嘆くようにそうこぼす彼に、わたしはこれまでにないほど堂々と胸を張って答えた。


「それはもちろん、騎士様の新妻候補です!」


 ちなみに、出会って8年間わたしは彼に一度も自分の名前を語っていない。

 わたしが侯爵家の娘であることは知っているようだけど、ファーストネームについては一切伝えてないのである。

 それにはやはり理由があって、それはここまで追いかけてきたわたしなりの矜持である。

 この邸宅に押しかけたその日、わたしは大きな声で宣言したのだ。


『こんにちはっ。わたし、騎士様の新妻になりに来ましたっ! よろしくおねがいしますっ!!』


 あの日以来、この邸宅の方々からは「新妻ちゃん」と呼ばれ誰一人としてわたしの名を呼ばない。

 それはわたしがお願いしたこともあるけれど、何より彼の身内の方々が面白そうだからと推奨していることもわたしは知っている。


(…………いつか、この方にお名前を呼ばれる日が来るのだろうか)


 そんな期待を懐き隠しながら、今日もわたしは彼を「騎士様」と呼ぶ。

 けれど、この呼び名はこれからすぐに変化することは、このときのわたしは一切予測していなかった。

この国は貴族令嬢は14歳で結婚できます。うーん危うい。

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