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32 会場からの逃亡

マリッサの傍では頭からずぶ濡れのマイトがしゃがみ込んでいた。


「マリッサ! 一体どうしたの?」


俺はマリッサに近寄りながら尋ねた。


「この男がマイトにグラスの水をぶちまけたのよ! 私は見たんだからね!」


俺は尻もちをつく男を見下ろした。


「ふん、そこの執事が邪魔をしてきたんだ! 謝る義理はないね!」


貴族のような服を着た男も謝る気が無い様子だ。

このままでは埒が明かないと思った俺は周りから向けられる嫌な視線から2人を遠ざける為に、ライフォードがいる方を向く。


「すみません。お2人をお借りします!」

「あ、あぁ……わかった」


ライフォードは戸惑いながら返答する。

視線をマリッサ達に戻すと、俺はマイトの手を掴んで立たせる。


「ほら、マイト立って!」

「……申し訳ありません、アモン様」

「マリッサ、ひとまずこの場から逃げよう」


俺はすぐさまマリッサの手も掴む。


「わわ、ちょっとアモン!」


俺達はそのまま会場の出口へと駆け出して行った。




中庭に避難した俺は2人を解放する。


「……ここまでこればいいかな」

「ちょっとアモン、何で逃げるのよ! あいつが悪いのよ!」


マリッサは納得がいかないご様子。


「……マリッサ、その気持ちは分かるけど、あのまま口論をしていたら収集が付かなくなっちゃうよ。それに周りからの視線も気になっちゃってさ」

「周りの視線って何よ?」

「うん。俺って空気を操れるから周りの空気を読む事も出来るんだ。あの空気は……そうだな、まだ数人マリッサ達に悪意を持った者が潜んでいる感じがしたからここに避難をしたんだ」

「え……そうなの!?」


マリッサが少なからず驚く。


「アモン様、あの者はグラスの飲み物に何かを入れておりました。指摘をすると、急に何かを入れたグラスを私の方へ向けてきたんです」

「……一体何を入れたんだろう」


俺がそう呟くと、マイトの体がグラつく。


「……っと、おそらく催眠(さいみん)系の薬なのだと思います……申し訳ありませんが……後は頼みます」

「マイトっ! 大丈夫!?」


倒れそうになるマイトをマリッサが抱きかかえると、マイトはすぐさま眠りについてしまう。


「……ごめんねマイト。私のせいで」


小さな声でマイトに謝るマリッサは中庭の芝生に座り込み、眠ったマイトの頭を膝の上に置く。

マリッサが着る純白なドレスと黄金の(つや)やかな長い髪も相まって、その光景はとても幻想的で尊いものに感じられた。




しばらくその光景を眺めていたが、先ほどの会場の事を思い出してマリッサに問いかける。


「でも、会場でひと騒ぎしちゃったから来賓(らいひん)された方達から変な目で見られちゃうかもしれないね」

「……いいのよそんなの。マイトに比べたらそんなもの、私には何も関係ないわ」


マリッサは眠りにつくマイトの頬を優しく撫でながら呟く。


「前にマイトから聞いたけど、8年前ぐらいからマイトはこの城にいるんだよね」

「……もうそんな昔になるのね。……私が覚えているのは、いつも傍にいてくれたのがマイトだったって事よ」


そう呟くマリッサの言葉にはどこか優しさを感じる。


「いつも傍に?」

「えぇ、私の専属の執事としてこの城に来たのよ。初めは頃は無表情で感情を表に出さないやつだったけどね」

「……え!? そうだったの!?」


無表情のマイト……いつもニコニコ顔のマイトの顔しか頭に浮かばず、今のマイトからは想像もつかない。


「私はそんな無表情なマイトの表情を変える為に、よく無茶難題をたくさんマイトに言って怒らせようとしていたわね。……懐かしいわ」


それは今も変わらないよね。と言いそうになるのをグッと我慢する。


「……そんな日々があったからこそ今のマイトがあるんだね」

「そうよ! そんなマイトに水をかけるなんて許さないんだから!」


マリッサは先ほどの会場にいた男を思い出したのか、ムッとした表情をしながら言い放つ。


「それに、来賓に来た人たちが私の事をどう思おうが関係な――うぅっ!」


マリッサが話していると急に苦しみ始め、うずくまってしまう。

俺はすぐさまマリッサに駆け寄る。


「マ、マリッサっ!? 大丈夫か!?」


マリッサは返事を返す余裕はなく、もう既に意識を失っていた。

俺はどう対応していいのか分からず右往左往していると、中庭にミダルマンが姿を現した。


「マリッサ様! ……それにアモン様も」

「ミダルマン! 急にマリッサが苦しみ始めて……どうすればいい?」

「これは……やはり今日でしたか……。アモン様、ライフォード様は既に来賓(らいひん)された方達を解散させ、大広間でアモン様をお待ちしております。付いてきていただけますか?」

「わ、わかったけど……マイトはどうするの?」

「マイトはメイド達にお任せください。……お前達、マイトを頼みます」


ミダルマンが後方に声をかけると、後ろから何人かのメイドが駆けてくる。

すると、マイトを連れて中庭から退場していった。


「マリッサ様は私が」


苦しむマリッサをミダルマンがお姫様抱っこをして持ち上げると、俺に視線を向けてくる。


「それでは行きましょう。アモン様」

「わ、わかりました」


俺は訳も分からず、ミダルマンに付いていった。




ミダルマンと共に大広間に到着すると、長いテーブルの奥にライフォードが座り、エアリア達やアリシア達も席に着いていた。


「アモンさん! マリッサさんはどうしちゃったんですか?」


エアリアが俺と抱きかかえられているマリッサ気付くと立ち上がって尋ねてくる。


「……いや、俺もよくわからないんだ。急に苦しみ初めて……」


ミダルマンが空いている席にマリッサを座らせる。


「……ドルフ、頼めるか?」


すると、ライフォードがドルフに何やらお願いをする。


「あぁ、任せるのじゃ」


ドルフはそう言うと、マリッサに近づき腹部を服越しに触ってマナを少量だけ吸収する。


「……うむ、やはりな。マナが漏れ出しておる」

「それって、どういう事ですか?」


俺はドルフに尋ねる。

すると、ドルフに変わってライフォードが話し出す。


「マリッサには王家の血筋の中で稀に発生する(やまい)、生まれてすぐにマナが漏れ出し続ける呪いにかかっていたのだ」

「呪い……ですか?」

「あぁ、呪いに対抗する為に、そのマナの漏れ出るのを防ぐ闇魔法の高位呪術で緊急処置を施していたのだが……それが解けつつあるようだ」

「それって……つまり、どういう事なんですか?」


ライフォードが少し間を開けてから答える。


「……このままではマリッサが死んでしまうという事だ」

「面白かった!」


「続きが気になる、読みたい!」


「アモン達は今後どうなるのっ……!」


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