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大正鬼嫁婚姻譚  作者: 石田空
悪玉編

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後日

 鈴鹿の起こした事件から、ひと月ほどが経過した。

 本当はもっと早くに町から遠ざかる予定だったが、町の復興のめどがなかなか立たず、見かねた浄野が「もう行っておいで」と言って、ようやく町から離れることができたのだ。

 町に帰ってきた松葉とは、文通でやり取りを続けている。

 ひらがな混じりの手紙から、彼女が最近伊藤と結婚したことが書かれていた。彼女の溌剌とした気概と、歯に衣着せぬ物言いが、研究ばかり考えている偏執狂の伊藤の心を射貫いたらしい。彼女の気持ちを知っているみずほは、それにはほっとひと息をついた。

 ここからは町の様子が遠く、郵便配達も町よりも一週間ほど遅れて届くし、時間の流れがゆっくりだ。ただこののんびりとした空気は、千年前の都でもなかなかないものだったがために、自然とみずほも朔夜も、肩の力を抜いて生きることができた。

 鉄道は敷かれてない上に、今時井戸水なために、ひと晩汲み置いてからでなければ使えない。瓦斯がすはなく、かまどのための薪割りは欠かせなかった。

 しかしそれらは全て、町にいた頃から田村家の離れで行ってきたことのため、あまり変わらないように思える。唯一の困難は料理の材料の調達だが、またぎの数が足りず、毎年猪や鹿に困っている麓の百姓たちに、害畜退治を買って出たら、あっさりと解決した。

 最初は朔夜の見た目で驚かれてしまったものの、田畑を荒らし回ってまたぎの数が足りずに困っていた矢先に手伝ったために、すぐに麓の人々から歓迎されたのだった。

 肉と野菜や米の物々交換のおかげで、山暮らしもすっかり馴染んでしまった。

 その日はもらってきた芋と肉を一緒に出汁と醤油と酒で炊き、干しきのこで澄まし汁をつくり、糠床に漬けていた茄子を刻んでいただくことにした。


「いただきます」


 ふたりで手を合わせる膳も、すっかり慣れたものだった。

 今日も猪肉の肉じゃがを食べ、澄まし汁を飲んでいるとき「あのう、朔夜さん」とみずほが言った。


「どうした?」

「……あの、もうちょっとしたら、麓に行きたいんですけど、よろしいですか……?」

「おや、お前さん。ここでの生活は苦痛だったか? そうだなあ。千年前よりは快適だが、今代風の生活とは言い難いからなあ」

「い、いえ。本当に私が今まで離れで生活していたことと、なにも変わらないのでその辺りは平気なんです。せいぜい退治するものが魑魅魍魎から害畜に変わったくらいですし」

「そうかい。じゃあどうした? 医者でも必要になったのか?」

「……その内、お産婆さんに相談しなければいけませんから。ですけどこんな山奥に来てもらう訳にはいかないでしょう?」


 朔夜の箸が止まる。

 みずほは顔を真っ赤にさせて、俯いた。


「……そうか。そうかそうか。みずほ」


 さっさと食事を済ませると、朔夜は機嫌良く彼女を持ち上げた。彼女はされるがままに、くるくると回る朔夜に抱えられていた。

 朔夜はさんざん喜んだあと、ようやくみずほを降ろした。


「……俺の子を、産んでくれるか?」

「はい。あなたの子を、今度こそは」

「あまり気負うな。お前さんはすぐに思い悩むから」


 朔夜に頭を軽く撫でられたあと、彼の分厚い胸板に彼女は沈んだ。抱き寄せられて、彼女は少しだけしなだれかかる。


 田村みずほは、なにも持たぬ少女だった。

 誰かに必要とされたい。誰かに愛されたい。誰かに受け入れて欲しい。

 退魔師として刀を振るいながらも、いつもどこか満たされないなにかを抱えていた。

 記憶を取り戻してからも、千年分の記憶に彼女は悩んだ。彼女は千年前から、奪われ続ける人生を送ってきていたのだから。

 彼女の尊厳は、彼女の立場は、彼女の力は、彼女の想いは。

 千年かけて、彼女はやっと、一番欲しいものを手に入れた。

──彼女は、奪われることのない、失うと恐れることのない、平穏が欲しかった。


<了>

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