バブルボブル
「その鏡でしかナイトを発動出来ぬ? とは、どういう事なのじゃ?」
王笏が宙を飛んで、第三天魔王の手に納まった事は驚いたが。
ミレシェルアはそれ以上に、今話した内容のほうに興味を惹かれている。
それに答えてくれたのは父である第四天魔王、ガルスであった。
「簡単な話だ、ミレシェルアよ。ムーンフォースとは心に宿る力。故に、鏡に愛着を持つ事で無意識に心が他の鏡を拒んでしまう。たまにそういう者が現れるのだ」
「むむぅ、初めて知ったのぅ。それは、逆に困らぬのか? 例えばじゃが、その鏡を割られたりなど」
「逆だな。割れたとしても、細かくなった鏡の破片でナイトの発動が可能と聞く。我も普通の鏡を使っているので、そこまで詳しくはないのだがな」
そこから先の説明は、本人から聞いたほうが良いだろう。
ガルスはこう続け、ポセイドゥンを眺めた。
「ああ、ガルスの言う通りでおじゃる。しかしそれだけではない。心の中で鏡を呼べば、先程のように手元に引き寄せる事もできるでおじゃるよ。まるで鏡に注いだ今までのムーンフォースの残留が、呼び掛けに応えるように」
「なるほどのぅ! ムーンフォースとは、それほどに奥深い力なのじゃな」
元々が、月光と呼ばれる不思議な力だ。
自然の環境に変化を与え、理性の低いモンスターは狂暴化させる。
不思議な力で不思議な事が起きても不思議ではない。不思議ではあるが。
「さて、おいどんは清きの儀に向かうとしよう。そちらはどうするでおじゃる? 街を見てまわるのなら案内人を寄越すが。それとも、ここウオノスで流行りの競技、バブルボブルでも観戦するでおじゃるか?」
第三天魔王、ポセイドゥンが聞いてくる。
「そこじゃ! ゆけーい! ボールを相手のゴールにシュートじゃ!」
「ふっ! ミレシェルア姫には悪いけど、勝つのは俺が応援しているフィッシャーズさ!」
「何言ってるのですか! ウォーターズが勝つに決まってます!」
「やれやれ、これだから素人は。今日のフィッシャーズはひと味違う! そう、何かが違うのだ!」
「何かが違うって、何が違うのですか! 理由になってません!」
時は進み、ここは反転都市ウオノスの水中エリア。
周囲の建物と比べ、別格な大きさを誇る建物の内にミレシェルア達が居た。
「凄いわ! 水中ならではの遊びね」
「……昔よりも規模が大きくなっているな」
会場は既に大盛り上がり。
控えめに観戦しているレイナとガルス。
そして、少し前方でミレシェルアを中心に騒いでいる水人族の者達。
O型の形をした観戦席の中央で、水中ならではの試合がおこなわれている。
水中エリアの建物は逆さまの造りであるが、内側は普通であり天井部分が床になっていた。
競技の名はバブルボブル。
各人数10対10の二つのチームが、1つのボールを投げては蹴って相手のゴールに入れ得点を競い合う。
ボールにも細工が施され、込められたムーンフォースが一部から溢れだし、水の抵抗力の軽減と浮き沈みしない様に調整されていた。
輪っかのゴールはお互いに3つずつあり、大中小と別れ一点から三点とそれぞれにポイントが決まっている。
選手の者達が前後左右上下、360度に広がる水中フィールドを舞台に、泳いで競い合っているのだ。
「そこでボールを蹴るのじゃ! スクリュートルネードハリケーンキックを決めるのじゃ!」
「ちっちっちっ! 変化球の投擲こそ相手を翻弄し、勝利を掴むんだぜ嬢ちゃん」
ちなみに、ボールを持った状態での移動は禁止されているらしい。
ミレシェルアが応援しているウォーターズの選手が、フィッシャーズが守護している三点のゴールへと向けてボールを蹴る。
人魚の水人族が尾びれで放つ一撃は凄まじく、水の抵抗をものともしない勢いが乗っていた。
しかし、相手の魚人の水人族が先回りし、そのボールを蹴り返し防ぐ。
どちらのチームも人魚、魚人が半々ずつで結成されていて、着ているユニフォームでチームを判別している。
蹴られたボールは他の水人族がキャッチして、仲間へとパスを繰り出す。
「ぬおおおお! 何をしておる! ボールを奪い返すのじゃ!」
「ちょっと、ミレア。女の子なんだから淑やかに応援しなさい」
「良いではないかレイナよ。ミレシェルアも楽しんでいる証拠ではないか」
水人族の大人達に紛れ込み、両腕をブンブンと振るっている娘を眺め、母が頭を抱えだす。
今では可愛らしく笑うミレシェルアも、過去では「ガハハハッ」笑っていたのを思い出してしまった。
レイナが何度も注意して少女らしくなってきたが、心配は絶えない。
「ぎゃああああ!! 相手に二点も取られてしまったのじゃ! やられたら倍返しじゃ!」
「──レイナよ。少しは育て方を見直す必要があるかもしれん」
「……ええ、そうね」
豪快に頭を抱えだし悔しそうにするミレシェルア。
発せられた言葉も含め、少女とは似つかわしい姿にガルスも頭を抱えだす。
試合を眺めるよりも自分達の娘が気になってしまい、最後の方では常にミレシェルアを監視している始末。
普段ミレシェルアのお供として働く従者3人も、ククリアンが若干暴走するが皆が女性としての品性を携え、お淑やかさを持っている。
見本となる者が近くに居て、どうしてこう育ったのか悩まされた。
まあ、元気ならそれで良い。と結論付けて、結局は甘やかす両親である。
そして、ミレシェルアが応援していたウォーターズは敗北したのであった。
「ふぅ。面白かったのぅ!」
「そうね。第四天にはあのような娯楽が無いものね」
バブルボブルの観戦も終了し、3人は第三天の魔王城に帰還。
長い時間と試合を眺めていたのか、時は夕方に近くなっている。
この後の予定はポセイドゥンと共に食事を食べ、今日はここでお世話になり、明日になったら第四天に帰る計画。
「何やら騒がしいな」
城の廊下を歩いている途中、とある部屋が騒がしい。
ガルスが気がつくのも仕方ないほど、ワチャワチャと忙しそうな声が響く。
そこは、今も料理を作っている筈のキッチンであった。
「ガルス様から頂いた料理のレシピを見ても、実際に作るのは難しいぞ!」
「くぅ! 今までただ焼いていただけの人生が仇になったか!」
「ポセイドゥン様が料理を楽しみにしておられる。それに今日は、ガルス様とそのご家族がいらっしゃるのだ。下手な料理はお出しできない」
「ぐあああ! しょっぱい! 舌がヒリヒリするぞコレ!」
今までが、生か焼くかの料理で済ませていた第三天の者達。
このキッチンも最近造られた場所であり、ほとんど使う機会もない。
そんな彼らが料理のレシピを見ても、手際よく料理できる訳がなかった。
「「どうする?」」
皆して顔を見合せ現状に悩み。もう謝って、生と焼いただけの魚で我慢してもらうべきか頭の片隅に思い描く。
お土産に頂いた調味料と香辛料も無限ではない。
彼らには試行する時間が必要である。
だがしかし、このような窮地に突如として助け船が現れた。
「シュシュを入れすぎじゃな。少しずつ水を足して味の調節をすればよい」
「「!?」」
突然聞こえた少女らしき声に、皆が驚く。
何事かと慌てて振り向いた彼らの視線には、小皿に失敗作の料理を入れ味見しているミレシェルアの姿が映りこむ。
ちなみに、シュシュとはこの世界の醤油に似た調味料の名前。
「あらあら。ミレアったら、こう言う時は女の子らしいわね」
「どこで覚えたのか、料理を作れるからな。流石は我とレイナの子だ」
キッチンの入り口で顔だけを覗き、先程とは打って変わるミレシェルアを、静かに見守る2人であった。
けれど、ガルスは料理が出来ない。




