王都の下調べ
ミレシェルアが居なくなった部屋で1人。
カリアは起こしていた上半身を再度寝かせ、瞼の上に腕を被せた。
「そうだ。……俺、守れたんだ」
無我夢中で、策の無かったあの瞬間。
──よかった。本当に、よかった。
大切な存在を助けられた事による安堵、そして安心。
カリアが心を落ち着かせていた所、廊下が騒がしい。
「落ち着いてください、お嬢様」と声が聞こえた事で、マカハーンが近づいて来たのだと理解する。
自室で眠っていた金髪の少女を起こした後。
ミレシェルアは1人で、街の中を歩いていた。
王都アルタイルの西側。
中央に位置する王城から外壁の門まで続く、横に広く縦に長い大通りの道。
この前の依頼や襲来等で貰った報酬は、カリアが寝ている間にカリア、マカハーン、アシュレイの3人分で分けており。
カリアの分の報酬から、1万ディアだけ頂いていた。
──うーむ。どうすれば、アクゼマーサと言う姫に会えるかのぅ。
立ち止まり、この場からでも視界に覗く大きな城を眺める。
相手はこの国の姫。自分は、相手からすれば身元不明の可愛い娘。
王都アルタイル観光ガイドを観ながら、作戦は考えていた。
「ふぅ。テレビも羨ましいのじゃ」
横から音がするので、そちらを確認すれば。
道を歩く人達から見える様に、設置されたテレビがある。
『来年の夏下月に開催させる、月闘祭! 多くの戦士や冒険者達が、既に楽しみにしている事でしょう!』
「──ほう」
テレビから、そのような情報が映しだされていた。
内容はよくわからないけど、とりあえずは知っているフリをしておく。
魔王の娘として、大物の姿を周りに見せびらかす事も大切なのだ。
控えめに言って、ミレシェルアは目立つ。
その容姿と服装から、小さな身体ながらも人々に存在感を放っていた。
ふむふむ。と呟きながら、考える素振りをして歩きだす。
これでバッチリ。
もう、周りの者達は少女の虜だ。
意味があるのかと思われるかもしれない。
こんな小さくて可愛い少女が、街中を1人で歩くのだ。
自分は頭が良いアピールをしておく事で、警戒心もあるのだと知らせる。
現に今も、少女を眺めて歩いていた若い青年が街灯にぶつかっていた。
完璧すぎたようだ。ふぅ、やれやれ。
美少女も罪じゃな。なんて考えながら、ミレシェルアは城の方角へと進む。
「……ここか」
たどり着いた場所は、城に近い位置に建てられたお菓子屋。
片扉の取手を握り、少女は中に入っていく。
王都アルタイル観光ガイドで、オススメされていた店。
甘い香りがミレシェルアの嗅覚を刺激する。
「いらっしゃいませ」
扉を開いた時に、備え付けられたベルがカランッカランッと音を鳴らし。
その直後、店の人に入店の挨拶を贈られた。
中には、いくつかの丸テーブルと椅子が置かれている。
カウンターの所にガラス張りのケースがあり、その中にクッキーやシフォンケーキと言ったお菓子が保管されて並ぶ。
トレーの上のシフォンケーキが数種類。
透明な袋に包まれたクッキーが数種類。
店の中で食べられる様に小さく切り分けられた物と、持ち帰り様の長四角型のケーキ。
ケースの前で立ち、中を眺めて悩む。
──なるほどのぅ。デザート類の食文化は、それほど進んでおらぬと見た。
これまで、クロスディア大陸で食べてきたデザートのほとんどは、果物が一口サイズに切られたモノであった。
今回の作戦を考えた時、それを知る為にオススメの店を選び確かめに来たのである。
ここに着く前にも数店のお菓子屋を眺めたが、どこも似た感じだ。
クッキーもシフォンケーキも美味しそう。
しかし、お菓子のバリエーションが少ない。
「こちらのクッキーを、1袋頂きたいのじゃ」
小さくカットされた、ドライフルーツが入ったクッキー。
「ソイル入りのクッキーですね。お嬢ちゃんお幼いのに、1人で偉いわね」
ケースの扉を横にスライドさせて開き、中のクッキーを取り出す若い女性。
ミレシェルアはレジの所に置かれたカルトンと呼ばれるトレーの上に1万ディアの札を乗せた。
ソイルと言う名のフルーツは、魔界大陸ガルゾルートでも存在する。
普段はデコボコした見た目の、中身は赤い実。
前の世界ならキウイフルーツに似た果物だ。
御釣りを貰い、自分以外に客がいない空席の1つに腰掛けた。
「やはりクッキーは美味しいのぅ」
包みを開き一口サイズのクッキーを口の中に放り込んで、ボリボリと咀嚼していく。
プレーン味のクッキーと、乾燥させた事で甘味の増したソイル。
食べていると飲み物が欲しくなった。
ついでにミルクも頼み、また1つクッキーを食べる。
──あやつらも、甘い物は食べられるよな。
前世の友『オジーズ』の皆を思い出し、悩む。
ミレシェルアも、前世の時は料理をしたが。
お菓子作りは、少しやった気がする程度。
正直に話すとこの作戦も無理そうだ、と考えていたが。
このお店は、いい具合に材料も揃っている。
ミルクの入ったコップを持って近づいてきた店のお姉さんに、少女は話し掛けた。
「飲み物ありがとのぅ。──ちと、相談なのじゃが構わぬか?」
「えっ? あ、はい、構いません」
突然の幼女の訪いに、キョトンとさせたが。
周りを眺めて他に客が居ない事を確認すると、彼女は頷いてくれた。
ミレシェルアは了解を得ると、立たせたままでは失礼だと思い、ムーンフォースで近くの椅子を引き座るように伝える。
最初は小さな少女がムーンフォースを使った事に驚いていたが。
女性は「失礼します」と呟き、椅子に腰掛けてくれた。
「そうじゃな。タルトと呼ばれるお菓子を知っておるか?」
「──タルト? いえ、知りません。どのようなお菓子なのですか?」
頭を傾げ答えてくれる。
「うんとな、儂もそこまで詳しくないのじゃが──」
それからミレシェルアは、自分が知る限りの"タルト"について語った。
最初は少女の小言を聞くようにしていた相手も、次第に興味が湧いてきたのか。
今となっては真剣に瞳を輝かせ、盛り上がりながら話し合いをしている。
「どうじゃ? 作るまでの詳しい工程はあまり分からぬが、作れそうか?」
「はい! 最初は試作を繰り返す必要があると思いますが、やってみせます! 実は言うと、お菓子の人気も徐々に下がっていたので。私としてもありがたい提案なんですよ」
店内を眺め、少し恥ずかしそうにはにかんでいる。
オススメの店として紹介はされていても、お菓子の種類が少なくては客もすぐ離れてしまうらしい。
フルーツの種類だとかで水増ししても、効果はなく。
そうかそうか。と嬉しそうに頷き、ミレシェルアはミルクを飲み干した。
「儂の相談は、それだけじゃ。クッキーも美味しかった。そろそろ、おいとまするとしよう」
椅子から降りて「ごちそうになった!」と歩いていく。
そんな少女の後ろ姿に手を伸ばし、店の女性は声を上げた。
「待ってください! まだ、貴女様のお名前を聞いていませんでした!」
歩いていた少女は立ち止まり、「そうじゃった。こちらも忘れておったわい」と長い白髪を揺らしながら振り返る。
「──夜慈郎じゃ」
優しく微笑み名前を伝えると、少女は扉を開けて出ていった。
「よ、え? よじ、よじろう? 明らかに偽名ですよね!?」
女性は唖然としながら、偽名と疑い。
しかし、紙に名前をメモしておく。
ミレシェルアの容姿を、その瞼に焼き付けていた。




