リーシャ、推しに愛を伝える。
私は「リーシャ」といキャラを知らなかった。正しくは、「そういう名前であるという事」を知らなかった。
クークたんはどのルートにも登場し、リーシャもごく稀に画面に映っていた。
婚約者として出てはいたが顔のパターンもひとつしかなかったし、名前もなかったし、なんなら台詞はゲームを通してふたつだけ。
「クークリオン様、どちらへ?」と、「なぜなの・・・・・」だけだ。
勿論ワンパターンの顔は悲壮な表情で、クークリオンが死ぬルートにのみ台詞を与えられた。
そんなリーシャの情報はゲームではまったくなかった為あまり人生には役立たない。
しかし、クークたんは違う。
あちこちのルートでいじわるをしてはヒロインや攻略対象のヒーロー達の成長を促すのだ。レベ上げに彼がよく出現したため、高ランカーの仲間入りをしていたのは愛ゆえだろう。
優しさが隠れすぎて嫌われていたが台詞も豊富で、運営に彼のファンが居たんだろうと噂があった。
そんなクークたんは公式情報もそこそこあったし、どのルートの会話も完璧に覚えている。
クークリオン攻略にはぬかりなし。
目をキラリと光らせ、リーシャは通りがかったメイドを呼び止め、ドレスに着替えた。
メイドは迷惑そうな顔をしていたが、気にならなかった。
「・・・・・とは言ったけど選択肢が少ないわ」
自身のドレスを見下ろす。
本格的な社交デビューは15歳だが、普通は12歳を迎えた令嬢は自分の家のパーティや親戚、友達のお茶会当たりには出席するようになる。
ところがリーシャは嫌われ者が故にパーティに参加したこともなく、ドレスもクークたんとの婚約式に作ったものと母が持っていたものが数着しかない。
結果、なんの目新しさもないシンプルな青のドレスに袖を通すことになった。
クークたんは黒髪に深い碧の瞳をもっている。母のドレスですこし今のはやりとは違うが、目の色にとても近いものがあったのでクークリオンに会うときはこのドレスか、婚約に伴って作った白を基調として黒のレースがあしらわれたそれを身に纏うことが多い。
どちらも彼の色を取り入れているが、凛の好みとしては深海のような濃い青色のこちらがより彼らしくて好きだった上に、婚約式の時のものはいい加減サイズが合わないのだ。
そう。今日は大事な日だ。
一昨日、父の指示でリーシャはクークリオンのお屋敷を訪れ、媚を売っていた。
そこでリーシャが倒れたのでクークリオンがお見舞いに来てくれるというのだ。
倒れたとは言ったが突然の情報量に頭がパンクしかかっただけで本来健康だった体は一日も寝込めばすっかり元通り。
元々のリーシャであればお見舞いはお断りしている所だが、私はあえて是非と返事をした。
クークたんに会えるなら会えるだけ会いたいし、ここで機会を逃せば普段は自発的な外出も許されないので何を置いても予定というものを反故にしたくなかったのだ。
早速好感度アップをと衣装を眺めてみたが、先述の通りの惨状でいつもと代わり映えしない格好になってしまった。
なんともスッキリしない滑り出しだが、クークたんはああ見えて案外寛大だ。同じドレスを着ていても気にはしないだろうとたかを括る。
せめてもの抵抗に前世散々やった編み込みで自分の頭を可愛く盛り付け、黒い花の髪留めを差し込んだ。
あとは彼が来るのを待つだけ・・・・・と腰を落ち着かせてすぐ、訪問が知らされた。
事前に通達があった時間ピッタリ。クークたんらしさに頬を緩め、メイドにお茶を頼むと中庭へ行って彼を待つことにした。
「ごきげんよう、クークた・・・・・クークリオン様」
「ああ。中庭へ通されたが・・・・・体調は?」
「大丈夫です。ご心配をお掛けしました!」
寝てなくても大丈夫なのかと言葉少なに体調を気遣うグークたんにさっそく涎がでそうだ。
ハキハキと返事をすると、また怪訝そうな瞳を向けられる。そりゃそうか。私ってばずーっと俯いて、媚を売るのにも下手くそな笑顔でボソボソ喋ってたしな、と内心苦笑しながら首を傾げてみせる。
首を傾げた動作で頭に刺した花の髪飾りが少し揺れたようで彼の目線が髪の上を滑る。
うなじを見せる髪型ははしたない気がするから好みでないのは知っていますよ。とハーフアップの髪を後ろへ流して笑いかける。
「クークリオン様の御髪の色の髪飾りがありましたの。素敵でしょう?」
「あ、ああ・・・・・」
「ふふ。似合っておりますか?」
「・・・・・華やかな髪型だ」
いつもより口数が多く、なおかつ本気で熱量を持った視線を向けられたクークたんがすこし鼻白んで答えている。
似合っているとは言わないあたりがらしくてなお可愛い。推しは今日も生きている。
「先日は・・・・・大変失礼致しました」
「いや。いや、ああ。体調が悪ければすぐ伝えるように」
「はい。ありがとうございました」
推しの吐いた息でも吸おうと深呼吸をひとつして、口を開く。ここからが本題だ。
「クークリオン様」
「・・・・・なんだ?」
居住まいを正した私に合わせ、彼もきっちり座り直した。
真剣な気持ちに真剣に向き合う姿勢が本当に好き。まじで好き。
そして、伝えるのもその気持ちだ。
「心から、お慕いしています。今までと違って、本心から」
「・・・・・今まではまるで慕っていなかったように聞こえるが?」
「勿論、クークリオン様もお気付きでしょう。この度の婚約は政略的なもの。仲を深めることを目的にお屋敷にお伺いしていましたが、クークリオン様のお側で気持ちが湧いてきたのです。関係をより良くしたく、お話をと」
クークたんは訝しげだった顔を更に難解そうに歪め、じっとリーシャの挙動を見ている。
今までと違ってハッキリ目を合わせているのも彼には酷く違和感を抱かせた。
「君の父上には仕事で世話になっている。今のままでも十分、関係は良好と言えると思うが」
「もちろんです。でも、私個人がクークリオン様と気持ちを通わせたくなりましたの」
「君は、誰かに何か言われたのか?」
「いいえ。・・・・・突然すみませんでした。お伝えしたくなったのです。どうぞ、お茶も楽しんでくださいね」
いつまでも信じられない様子のクークたんも可愛いが、暫くこの調子は崩れないだろう。疑い深く、思慮深く、難攻不落なのが彼の取り柄だ。
今日は気持ちを伝えたという事実で可としておく。
お茶を進め、私もカップを持つ。1口飲んだのを確認してから彼も口をつけた。
彼の目が丸くなるのを、じーっと見つめた。
彼が好んで飲む産地の、好んで飲む茶葉。
父がこの茶葉の話をして、本妻・・・・・義母と飲んでいたのを知っていたのでメイドに出してもらったのだ。
・・・・・好きな茶葉は公式ファンブックの情報だ。
「おいしいですわね」
「ああ。だが少し出しすぎだな」
柔らかく声をかけると、厳しいお答え。
私が入れた訳では無いがぺコンと頭を下げておく。
お茶、好きだものな。入れ方を学ばないとなあ。なんて頭の片隅で考えながら、笑う。
「申し訳ありませんわ」
今日の所は、こんなもので満足かしら、ね?
クークリオンはシンプルにわたしの好みです。




