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第二十七話 晩餐会①   

薄い(はしばみ)色に同系色の模様が入ったドレスは、裾に(とび)色の糸で(つた)の刺繍をほどこし白茶のレースをあしらった。

胸元にも同じ色の糸で同じ刺繍をしたが、レースはやや濃い色を選んである。肩を大胆に出したデザインは肩から鎖骨までの華奢なラインを強調しており、あまりに風通しが良くてアデラインは落ち着くことが出来ない。

「ねえ、ミレー。やっぱりちょっとあきすぎじゃないかしら」

鏡の前で、アデラインは剥き出しになっている肩を、手で隠した。

その手を、ミレーの手が払いのける。

「堂々となさいませ。お嬢様の綺麗な首筋を活かす素敵なドレスですわよ」

昨日このドレスが出来上がってから、こんなやりとりを繰り返している二人である。

夕刻から始まる晩餐会にむけて、昼過ぎからアデラインは湯で体と髪を洗い、乳液を顔にぬり、爪の先まで磨きあげて念入りに仕度をしていた。けれど実は張り切っているのはミレーの方で、アデラインはというとかなり序盤でいつ終わるのかわからない仕度に辟易して、ミレーにされるがままになっている。

「さぁできました!」

ミレーが誇らしげに胸をはった。

こめかみから頭の後ろにかけて複雑に編み込みまれた髪は、うなじのすぐ上あたりで捻って花のような形にまとめられ、まるで朝露のように真珠の髪飾りが瞬いている。背中に流れる残りの髪は、椿の香油をつけて櫛をとおし、いつにもまして艶やかに輝いていた。

「…すごい」

アデラインは渡された手鏡を、鏡台と合わせ鏡にすることで出来映えを確認し、目を丸くした。何をどうして、自分の髪がこんなに美しい形になったのか、まったくわからない。

「あなた、天才ね。ミレー」

「誉めすぎですよ。お嬢様」

ミレーは嬉しそうに謙遜しながら、ドレスと同じ刺繍がほどこされた花帽子を、アデラインの頭にかぶせてくれた。

「もし?よろしいですか?」

コンコン、と扉を叩く音と共に、外から声がかけられた。馴染みの女官の声だ。ミレーが上半身だけ振り返って、返事をする。

「はい?どうなさいました?」

「王子殿下がお迎えにみえました。お支度はおすみですか?」

女官の声にミレーは再度返事をした。

「ええ、お通し頂いて結構ですよ」

「かしこまりました」

女官の気配が遠ざかる。

アデラインはルトヴィアスを出迎えるために、鏡台の前の腰掛けから立ち上がった。

今日の晩餐会に、アデラインはルトヴィアスの同伴者として出席することになっている。婚約式以来、公式行事に二人で出席するのは初めてのことだ。

そのせいで、アデラインは落ち着くことが出来ない。

装いは、どこかおかしくないだろうか。 王太子妃として、相応しいだろうか。

気になって不安でたまらないアデラインは、鏡を何度も覗きこみ、そわそわと無意味な動きでミレーを呆れさせた。

「お嬢様…少し落ち着かれませ」

「ねえ、ミレー。花帽まがってない?大丈夫?」

「大丈夫でございます。そんなに動き回っては、花帽が落ちてしまいますよ」

「だって…」

鏡の前で一人、体を捻ったり、屈んだりするアデラインを見て、ミレーがフフ、と笑った。

「好きな殿方の目にどう映るか、気になさるお気持ちはわかりますけれど、ご安心下さい。大変お綺麗ですよ」

「―…違うわ。私は殿下の婚約者として相応しい装いが出来ているか心配で…」

「ええ、そうでしょうとも」

ミレーはアデラインの話など聞いていない。彼女にとって、アデラインは、理想の王子様への初恋を宝物のように抱えている幼い少女のままなのだろう。

けれどアデラインは、その初恋が幻だったのだと、もう知っている。

そもそも、公正で公平な妃になるためには恋など邪魔になるだけだ。

けれど、何故かアデラインの胸はざわめいた。

実は最近、ルトヴィアスに優しくされると、どういうわけか心が落ち着かない。

――…お、落ち着けなくて当然よ。だって…。

相手はあの美貌の王子なのだ。

日光に当たりすぎて目眩がするように、きっと自分は、ルトヴィアスの美しさに当てられているのだと、アデラインは誰にともなく言い訳する。

コンコンと、もう一度扉が鳴った。

「ルトヴィアス王子殿下でございます」

「ど、どうぞ」

アデラインが直接応えると、扉が軽く軋んで開き、カツンと靴音が響いた。

現れたルトヴィアスは、黒に近い深碧色の長衣を着て、灰青の外套を纏っていた。橙色がかった珍しい色の柘榴石の外套留めが肩で輝いている。同じ石が、アデラインが動くごとにその首もとと両耳でも煌めいている。揃いの宝飾品だ。王族の宝物庫の隅で眠っていたものを、今日のために磨き上げていた。

アデラインは、感嘆した。

上等な生地に、老碧の糸で細かい刺繍が刺された長衣は、重厚な品があり、ルトヴィアスの明るい碧の瞳と金髪を引き立てている。ルードサクシードの男性の盛装は聖色の深碧と古来より決まっているが、ルトヴィアスの為にそう定められたのかと思うくらい、その長衣はルトヴィアスによく似合っていた。

普段より長い外套をさばいて歩くルトヴィアスの姿は、凛々しく、そして美しく、彼の前では美の守護聖人も顔を隠すに違いないとアデラインは密かに思う。

ルトヴィアスの後ろから、女官が遠慮がちに顔を出した。

「ミレーさん。少しよろしいですか?」

「ええ、今行きますわ」

ミレーは頷いて、扉へ向かう。

残されたのはアデラインと、ルトヴィアスのみだ。

ルトヴィアスの目線が自分に注がれているのを感じ、アデラインは背筋を伸ばす。

「あの…これで大丈夫でしょうか?」

ルトヴィアスはゆっくりアデラインに近づいてきたが、何故か何も言わない。

――…どうして何も言わないの?

アデラインは自分の姿を見下ろした。自分では分からないが、やはりどこかおかしいのかもしれない。

「……こないだも…思ったんだが…」

躊躇いがちに、ルトヴィアスが口を開く。

「…え?」

アデラインは、思わずルトヴィアスの顔を見返した。こないだとは、一体いつのことだ。

ルトヴィアスは、見上げてくるアデラインから目をそらし、気まずそうに言う。

「…肩出しすぎじゃないか?」

「……―――っっっす、すいませんっ!!」

アデラインは両手を胸の前で交差させて、肩を抱いた。

――…ほら!やっぱり!!

肩が出すぎだと、何度も何度も訴えたのに。その度にミレーに宥められて、こんなものかと丸め込まれてしまったことを後悔しても、もう遅い。

痩せっぽっちな肩と腕は、きっと見苦しかっただろう。アデラインは恥ずかしさで今にも泣きたい気分だった。

「すっ、すぐに着替えます!すいませんお見苦しくて!すいません!」

「あ!いや、違う!見苦しいとか似合ってないわけじゃなくて…っか、風邪を!」

何故かルトヴィアスが慌てたように、声を上擦らせた。

「え?」

「風邪を………ひ、ひかないかと…」

「………風邪ですか?」

「………寒く…ないか?」

「……あの…髪を下ろしていると実はかなり暖かいんです。…今日は暖かい夜ですし…」

「……そうか」

アデラインも、ルトヴィアスも、言うべき言葉を見失って黙りこんだ。

――…ま、また…。

先日の洗い場のような、奇妙な甘さを含んだ沈黙。

息がしづらい。

自分のやたら早鐘を打つ心臓の音が、ルトヴィアスに聞こえてしまわないかアデラインは心配だった。

「お時間でございます」

廊下から声がかかり、アデラインはほっとする。晩餐会の会場に行けば人も沢山いるし、ルトヴィアスともいつものようにやりとり出来るだろう。

「今行きます」

ルトヴィアスは返事をすると、アデラインの右側に回った。心なしか、彼も安堵している様子だ。

「行くぞ」

促され、アデラインは背を伸ばす。

「は、はい」

いよいよだ。彼の伴侶として、恥ずかしくない振る舞いをしなければ。緊張を飲み込んで、アデラインはルトヴィアスの左腕に右手を添えた。

「…よく似合ってる」

吐息と間違えてしまいそうなほど小さな囁きに、アデラインは弾かれたように顔をあげた。

「え?」

ルトヴィアスは、前を見たままでアデラインを見ようとしない。その頬が、照れたようにほんのり染まっている。

「で、でも風邪…え?肩が…て?」

「こんな暑い夜に風邪の心配なんかするか!誤魔化したんだよ!わかれ!」

「す、すみません!」

ルトヴィアスの頬がますます赤くなり、彼は長い指を額にあてるようにして、顔を隠してしまった。

「…正面切って褒めるのは度胸が必要なんだ。…世辞ならいくらでも言えるけどな」

つまり、世辞ではないのだ。

ルトヴィアスは、ドレスがアデラインに似合っていると褒めてくれている。

「…良かった…殿下に恥をかかせなくてすみそうですね」

アデラインは、安堵の息をもらした。

ルトヴィアスが指の間から顔を出す。ようやくアデラインの方を向いた彼は、少し驚いたように、それから疑うように、顔を歪めていた。

「…そんなことを心配してたのか?」

「はい。ずっとそれが気がかりで…」

とりあえず、装いは合格点をもらえた。

少しだけ肩の荷が下りた気分で、アデラインは口許を緩める。

ルトヴィアスは、そんなアデラインを黙って見下ろしていたが、唐突に口を開いた。

「お前相手に照れていたら伝えたいことが何一つ伝わらないということは、今のやり取りでよくわかった」

「え?」

ルトヴィアスが何を言わんとしているのか、アデラインは分からない。

ルトヴィアスはそんなアデラインに正面から向き直ると、一つゆっくり深呼吸した。まるでこれから何かの儀式でも始めるかのように。

「…―正直言って、気が気じゃない」

「え?」

「他の男にお前を見られると思うと、気が気じゃない」

それはいったいどういう意味だ。

「…あの…やっぱり…着替えた方が…?」

「そうじゃない!」

苛立ちを、ルトヴィアスは隠さなかった。けれど、アデラインから、視線をはずすこともなかった。

「お前が綺麗だから、他の男に見せるのが嫌だと言っているんだ」

その言葉を認識するのに、アデラインにはたっぷり五拍必要だった。そして六拍目。アデラインの体内の血液が瞬時に沸騰した。

「なっ?ええ?…き、綺麗って…ええ?」

「お前は自分で思っているより、ずっと綺麗だ」

――…また言った!

動揺でアデラインの目は白黒し、頬は触れると火傷しそうなほど熱くなる。

「おおおお世辞は…け結構で…」

「世辞じゃない。婚約者に世辞を言ってどうする」

ルトヴィアスは、間違えようがないほどはっきり告げた。

至極真剣な表情で。

「それを自覚しろ」

「じ、自覚?でも私は…」

アデラインを世辞なしで綺麗だと言った男性は、18年になろうという人生の中で、ルトヴィアスが初めてだ。アデラインは、間違いなく美しくない。そう反論しようとしたアデラインを、ルトヴィアスが睨んだ。

「しろ!そうでなければ俺が困る!」

「ええ?」

何故そうなる。そして、何故ルトヴィアスは怒っているのだ。

「お嬢様?失礼いたしますよ?」

廊下でしびれをきらしたミレーが、遠慮がちに扉を開けてきた。

「ミ、ミレー」

「まあ、大変。お嬢様。お顔が真っ赤ですわよ」

「そうなんです。緊張で少しのぼせたようで」

なに食わぬ顔でミレーに応えるルトヴィアスに、アデラインは抗議の声を上げた。

「ええええ!?」

緊張など、誰かのせいで吹っ飛んで跡形もない。

しかし、アデラインの抗議を受けとめてくれる者はいなかった。

「今夜は少し暑うございますしね。白粉をお直ししましょう」

「そうしてあげて下さい」

アデラインが口出しする暇もなく、ルトヴィアスとミレーの間で、化粧直しが決定する。

――…で、でも確かに直した方がいいかも。

ルトヴィアスとのやりとりで、顔が熱くなってしまったし、汗もかいた。化粧も少なからず流れているかもしれない。

ミレーがいそいそと鏡台に道具を取りに行くのを見守るアデラインの横で、ルトヴィアスが舌打ちまじりに毒づく。

「オーリオ一人でも厄介なものを、これ以上増やしてたまるか」

「オーリオが何か?」

小声で、しかも早口だったため、アデラインはルトヴィアスの言ったことが半分も聞き取れず聞き返す。

けれどルトヴィアスが答えてくれる前に、二人の背後に静かな声がかけられた。

「私がどうかなさいましたか?」

アデラインの口から、危うく悲鳴と心臓が飛び出しかける。

「オ、オーリオ!」

「いいえ?何かきこえましたか?オーリオ」

まったく動じた様子を見せることなく、ルトヴィアスは爽やかな微笑みでオーリオを振り返る。

オーリオも、いつもの仏頂面を崩さない。

「左様ですか。私の空耳だったようですね。お急ぎ下さい。皆様がお待ちかねです」

「さあ、お嬢様。こちらを向いて目を閉じて下さいな」

ミレーがアデラインの顔に、丁寧に白粉を叩き始める。

目を閉じていたアデラインと、作業に夢中だったミレーは気付かなかった。

ルトヴィアスとオーリオの間で、花火ほどに派手な火花が、音もなく飛び散っていたことに。





トラ(猫)か蛇か…(笑)


2018.5.31 ルビを訂正しました。

2018.6.6 話数を訂正しました。

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