第二十六話 宰相令嬢の多忙な一日
アデラインの日常は、それは忙しいものに変化した。
朝早くから起き出し、菜園で食材を収穫してから王宮にむかい、火をおこし、湯を沸かし、それを冷ましてから食材を洗い、切り、煮炊きし…。
出来上がったものを演習終わりの騎士団第三部隊に配るころには、ちょうど御前会議が終わる。ルトヴィアスは会議が終わるとそのままシヴァの世話をしに厩舎に向かうので、そこをつかまえて食事を渡す。ルトヴィアスが食べている間はアデラインも隣に腰をおろし、貴族議会に向かう彼を見送ってから汚れた食器を調理場に持って帰り後片付けをする。その後は急いでドレスに着替え髪を整えて、招待されているお茶会などへ向かうのだ。それが終わるとまた王宮に戻り夕食の仕度に取りかかる。翌朝の食事も一緒に作るため、スープは大鍋2つ分。パンは昼の量の倍作る。
ルトヴィアスにはパンにチーズとソーセージを挟んだものを、朝食として夕食と一緒に渡すようにした。作りおきのスープは規則でルトヴィアスには渡せないのだ。
粗末ではあるが、これで三食、ルトヴィアスに安心して食事をしてもらうことが出来る。勿論、アデラインに公務がある日は例外だが。
ちなみに第三部隊の騎士達は、宰相令嬢が煮炊きすることに恐縮し、器に盛られたスープを受けとるにも跪くような有り様だったが、そのうち湯を沸かしたり、片付けを引き受けてくれたりと、何かしら手伝ってくれるようになった。アデラインの地味顔が騎士達に親近感を抱かせたのかもしれないし、あたふたしているアデラインを見かねただけかもしれない。
とにもかくにも、以前の引きこもり生活とは真逆の忙しい毎日を、アデラインは充実したものとして楽しんでいた。
そしてその日も、アデラインは騎士達とおしゃべりしながら、夕食の片付けをしていた。
「明日はご公務ですか?」
若い騎士が、アデラインが洗ったフォークを受け取りながら尋ねてきた。彼は乾いた布で洗った食器を拭く手伝いをしてくれている。
「いいえ。明日は何もないわ」
アデラインは器を洗いながら答えた。
柱に吊るした燭台の周りを、小さな羽虫が飛び回っている。
井戸に併設された簡単な屋根がある洗い場は、日が暮れたせいで薄暗い。
「ではこちらで食事を作っていただけるんですね?」
同じように食器を拭いていた他の騎士も、話に交じる。
「ええ、そのつもり」
アデラインが頷くと、洗い場を囲むように集まっていた騎士達が『おお~』と、どよめいた。
「明日も美味い飯が食えるぞ!」
「これで鬼隊長のしごきにも耐えられる…っ!」
拳を空に突き上げて喜ぶ面々に、アデラインは呆れて笑った。
「大袈裟だわ」
「いや、大袈裟じゃありませんよ。こいつの作るスープの不味いことと言ったら…」
「それは申し訳ありませんでした!文句があるならどうぞご自分で作ってください!」
「何だお前その言い方!」
あっという間に、言い争いは小競り合いに発展した。殴りかかる若い騎士の拳を、年嵩の騎士が余裕の表情で避ける。周りの騎士はそれを大笑いで囃し立てた。
「まったく…騎士ともあろうものが、呆れてしまいます。下町の悪餓鬼共と大して変わらないんですから」
「いいじゃないミレー。楽しそうだわ」
アデラインとミレーが食事を作りにくるまでは、新入りの騎士が調理場の担当だったそうだ。けれど下級とはいえ貴族出身の彼は当然のことながら煮炊きが苦手で、騎士達は王宮の外に食事に出かける事が多かったらしい。だが騎士達に支給される食費は毎回外食するには十分ではない。誰か煮炊き出来る下男か下女を雇おうと、人を探していたところにアデラインが滑り込んできたというわけだ。
宰相令嬢を炊き出し女に雇うなどとんでもないと目を白黒させていた第三部隊の隊長も、騎士団長の説得に――というより命令に――渋々ながら了承してくれた。そんな隊長も、今ではアデラインが作ったスープをおかわりしてくれる。
「お前らいい加減にしろ!お嬢様の御前だぞ!」
腕捲りをして空になった大鍋を磨いていたデオが喚いた。
「何だデオ。専従に選ばれたからって威張るな」
「そうだ、そうだ」
「何い?」
「デオ、放っておけ。そいつらはご婦人方の前ではしゃいでいるだけだ」
ライルがいつもの無表情で、井戸からくんだ水を鍋にかけた。
「ライル、言うじゃないか」
「お前も専従に選ばれたからっていい気に…」
「ああ、なってるさ。悔しかったら選ばれてみろ」
「ああっ!言いやがったこいつ!」
笑い声が一層高まったその時、一人の騎士が輪に飛び込んできた。
「静まれ!静かにしろ!」
第五部隊の隊長の姪と恋仲とかいう、第一部隊の騎士だ。
「あなた、確か―…」
ルトヴィアスの専従の騎士ではなかったか。アデラインは前掛けで手を拭きながら立ち上がる。その視線を追いかけるように騎士達は振り返り、皆一様にギョッとした。
夕闇の中、月のような明るい金髪を先頭に、秘書官や侍官の一行が、兵舎の横の道をこちらに近づいてくる。
「道をあけろ!控えろ!」
第一部隊の騎士の指示で、その場にいた騎士達は慌てて後ろに下がり、跪く。
立っているのはアデラインと―――…、ルトヴィアスの二人だけだ。
「殿下!どうなさったんです?」
実は今日、二人が会うのはこれが初めてだ。
昼も夜も、政務がたてこんで忙しいルトヴィアスを捕まえることができず、結局直接食事が入った籠を手渡すことは出来なかった。思案の末、オーリオなら信用できると、デオに頼んでオーリオに手渡してもらったのだ。
「これを返そうと思って」
ルトヴィアスは片手に提げていた籠を、軽く持ち上げて示した。夕方だというのに、ルトヴィアスの飼い猫は疲れた様子も見せずに、たおやかに微笑む。アデラインは、その籠を慌てて受け取った。
「そんな…お疲れでしょうにわざわざ…」
「貴女の顔が見たかったんです」
びっくりするほど自然で優しい声に、アデラインは戸惑ってしまった。まるで恋人に囁くような声だ。
――…落ち着いて、これは醜聞の払拭のため…それから税収増のためなんだから。
下手にアデラインが動揺すれば、ルトヴィアスとアデラインの仲睦まじさを周りに疑われてしまう。
「わ、私も…お会いできて…あの…嬉し、い、です…」
最後まで言いきるまえに、恥ずかしさにアデラインは俯いてしまった。
『出来れば俺が好きでたまらないって空気を醸し出せ』という、いつかのルトヴィアスの指示に従おうと努めたいのだが、アデラインにはあまりにも難易度が高すぎる。どもってしまい不自然この上ない。しかし、それがかえって周りには初々しく、好ましく見えたようだ。騎士達は春の満開の花を見るような顔で、ルトヴィアスとアデラインを見守っている。それはそれで恥ずかしいのだが、とりあえずは疑われてはいないようだ。
――…よ、よかった。うまくいったみたい。
安堵してルトヴィアスを見上げると、何故か彼の頬には寂しそうな色が滲んでいた。口元は笑っているのに、目が悲しげだ。
――…どうして?
「あの…殿下?」
何故そんな顔をするのだと、直接尋ねるのは躊躇われた。周囲の目が気になったからだ。
アデラインの様子に気づいたのか、ミレーが手と目線で合図し、それに気が付いたライルやデオは仲間の騎士達の袖を引き、音もなく下がっていった。
何かあれば駆けつけられるが、会話は聞こえない場所に、ライルとルトヴィアスの専従騎士の二人が控えている。
「あの、殿下…」
「これ、拭けばいいのか?」
「え?あ、はい…いけません!王太子になろうという方がそんなこと…」
「王太子妃になろうという方に言われても説得力に欠けるな」
――…確かに…。
アデラインが返す言葉を失っている隙に、ルトヴィアスは屈みこむと、伏せてある器とその上にあった布巾を手にとる。長い指が慣れないながらに布巾を操って、器の水分を拭っていく。止めても無駄だと悟り、アデラインも屈んで洗い物を再開した。ルトヴィアスから渡された籠の中から、器を取り出す。空になったそれを見て、アデラインは嬉しくなった。
「…ありがとうございます。食べていただいて」
「礼を言うのは俺の方だ。美味かった」
そう言う彼は、もう普段と変わらない表情だった。さっきの寂しげな様子はどこにも見当たらない。
「何だよ?」
「え?あ、いいえ。すみません。何でもありません」
――…見間違い…?
夕闇の色が彼の表情を、そう見せたのかもしれない。きっとそうだと、アデラインは一人納得する。
「…随分、騎士達と仲がいいんだな」
ポツリと呟くルトヴィアスの表情は、彼の長めの前髪が邪魔して見えなかった。けれどアデラインはそれを気にすることなく、屈託なく頷く。
「そうですね。私が宰相令嬢に見えないから、親しみやすいんだと思います」
「…そうじゃなくて…」
「はい?」
「……」
ルトヴィアスは黙ってしまった。どうしたのだろう。また自分は何か失言してしまったのだろうか、とアデラインはオロオロと慌てる。
「あ、あの、大丈夫です。私が宰相令嬢だと知っているのはこの隊だけで、殿下の婚約者が下女の真似事をしてるなんて噂には…」
「そんなことを気にしてるんじゃない」
「え?えっと…じゃあ…あ!日焼けには気を付けてます。日に焼けた肌の花嫁なんてみっともないですものね」
「いや、そうでもなくて…」
なら、ルトヴィアスは何を言わんとしているのだ。さっぱり分からない。
ルトヴィアスは器を拭く布巾を握ったまま、額に手をあてている。
「…男と…その…俺以外の男に…囲まれてるのは…その…」
珍しくルトヴィアスの歯切れが悪い。騎士に囲まれていることが、何か問題なのだろうか。考え込み、アデラインはポンッと手を打った。
「あ、そうですね。彼らのうちの誰かが、毒の混入を目的として私と親しくなろうとする可能性もありますね」
「ッ違う!」
苛立った様子で、ルトヴィアスは顔を上げる。
「俺以外の男と……」
「……はい?」
「…と」
「…はい」
「…」
「…」
「………………もう、いい…」
ルトヴィアスは下を向き、疲労困憊といった様子で脱力してしまった。
どうやらルトヴィアスが言わんとしていたことに、アデラインの考えでは及ぶことが出来なかったらしい。
「…あの、申し訳ありません。察しが悪くて…」
「…いいって言ってるだろ」
大きなため息を一つ吐いて、ルトヴィアスは手に持っていた器を、拭き終わった器が入っている籠に伏せた。
しばらく二人は黙々と手元を動かした。
最初こそぎこちない動きだったルトヴィアスの指は、3つ目の器を拭き終わる頃には要領を得たようで、機敏に動いて次々と器が伏せられていく。
この人は何をさせても上手く出来るのだと、アデラインは感心した。
「…お前はいい妃になる」
アデラインは、再び手を止める。
けれど、ルトヴィアスは手を止めない。まるで何でもない話をするように、ルトヴィアスは更に続ける。
「俺の立場も自分の立場もよく理解して、王太子妃に相応しい言動をして。お前は本当によくやってる」
アデラインはびっくりした。
ルトヴィアスが、そんなふうに直接的にアデラインを褒めてくれるのは初めてだったからだ。
「殿下?」
「…それ以上を望むのは…俺のわがままだな」
彼の形のいい唇に、自嘲めいた笑みが浮かぶ。目が、寂しそうに伏せられた。
――…さっきの…。
見間違いだと思ったあの表情だ。見間違いではなかったのだ。ルトヴィアスは、何か思い悩んでいる。
「いいえ殿下!わがままなんかじゃありません!」
アデラインはずいっと身を乗り出した。その勢いに、ルトヴィアスは怯えたように、ややのけぞる。
「あ、いや…」
「本当に察しが悪くて申し訳ありません!どうか私に足りないことや、ご不満があるなら何でも仰ってください!私、努力します!殿下がお望みの立派な妃になってみせます!」
「…え」
「さあ!どうぞ!」
アデラインはやる気に満ちて、ルトヴィアスの言葉を待った。けれどルトヴィアスは、困った様子で何も言おうとしない。言いづらいことなのだろうかと、アデラインは首を傾げー…眉尻を下げた。
「…すみません。この地味顔はどうにもできません」
「…は?」
「すみません…」
しょんぼりと、アデラインは肩を落とした。
せめてもう少しアデラインの目鼻立ちが整っていれば、ルトヴィアスの隣に立っても釣り合いがとれるだろうに。商人達がルトヴィアスとアデラインの結婚に合わせて売り出すだろう絵姿も、アデラインがこう地味だと、売り上げも思わしくないかもしれない。そうなると期待している税収も、きっと伸び悩むことになるだろう。
「…私がもう少し美人な…いたたたたたたたたたたたたたた!」
美術品のような長い指が、アデラインの低い鼻を伸ばすつもりであるかのように引っ張っている。
「殿下!」
「次は鼻って言ったよな」
「い、いひゃい、いた…」
ルトヴィアスが聖人のような清らかな微笑みを浮かべているため、ライル達護衛からは、婚約者同士がじゃれているように見えるに違いない。
仮にアデラインが助けを呼んだところで、果たしてルトヴィアス相手にライルがアデラインを救出してくれるとも思えないが…。
にぃぃっこりと、妙な凄味の微笑みに、アデラインは声なき悲鳴をあげる。
「何でも大海を渡った先にある異国には鼻が長い魔物がいるそうだぞ。なってみるか?ん?婚約者のよしみで協力してやるぞ?」
「すひまへん!すひまへん!!許してくらさひ!」
アデラインが叫ぶように謝ると、ルトヴィアスはようやく手を離した。
痛む鼻をアデラインは指で撫でる。
「なんてことなさるんですかあ。本当に魔物みたいになったらどうするんです」
「どれだけ伸びても嫁にもらってやるから安心しろ」
アデラインの情けない恨み節に、ルトヴィアスがサラリと言ってのけた。軽口めいたその言葉に、アデラインの心臓が一瞬跳ねる。
「え?」
ルトヴィアスの目が、しまったと言うように見開かれたが、すぐに彼は俯き、その表情はもう読み取れない。
「………婚約者だからな」
「…あ、そう、ですよ、ね…」
「…」
「…」
黙りこんだ二人のかわりに、水の音が洗い場に響く。
何だろう。この奇妙な甘さを含んだ沈黙は。味わったことがない甘さが、とてつもなく気まずい。
アデラインの鼻が低かろうが、伸びようが、ルトヴィアスとの婚約があるかぎりアデラインはルトヴィアスの妻になる。そんなこと当たり前ではないか。アデラインが変に反応してしまったせいで、ルトヴィアスを困らせてしまった。
「殿下すみま…」
「…もう、やめたらどうだ?」
「はい?」
ルトヴィアスが最後の器を籠に伏せる。そしてアデラインを見た。すっかりと辺りは暗くなったというのに、ルトヴィアスの碧の目だけは、燈台の明かりを反射して夕日のようだった。
「もうやめろ」
思いがけない彼の言葉に、アデラインは数回瞬いた。
ルトヴィアスは、少し怒ったような表情と口調で続ける。
「公務や付き合いの合間合間に、こういうことをしてるんだろう?このままじゃ俺が毒殺される前に、お前が過労で倒れるぞ」
察しが悪いアデラインでもわかる。ルトヴィアスはアデラインを心配してくれているのだ。
「殿下…」
「もういい。俺は大丈夫だ。この前のような失敗はしない。だからもう…」
やめろ、と続くだろう言葉を、アデラインは故意に遮った。
「私のことはご心配して頂くには及びません」
「…アデライン」
「心配してくださってありがとうございます。でも」
アデラインは微笑んだ。ルトヴィアスの優しさが嬉しくてたまらない。
「でも殿下。妻が夫の食事を用意するのは、至極普通のことですから」
アデラインの言葉をきいて、今度はルトヴィアスが数回瞬く。そして呆れた様子でため息をついた。
「―…お前な…」
「安心なさってください。王太子妃になってまでこんな無茶はしません。殿下は結婚するまでに解決してくださると仰ったではありませんか。私がお食事を用意するのはそれまでです」
少しでも、ルトヴィアスの力になりたいのだ。この寂しい人の孤独を少しでもぬぐい去りたい。
その為なら、スープをつくるなど造作もないことだ。その上ルトヴィアスがアデラインの忙しさを理解し、気遣い、心配してくれる。疲れなどふっとんでしまった。
「ですから心配なさらないで下さい。私、こう見えてもとっても頑丈なんですから」
「…俺が何を言っても無駄か」
呆れたような、困ったような、複雑な顔をしていたルトヴィアスは、天を仰ぐ。アデラインはフフ、と得意気に笑った。
「残念ながらそのとおりです」
「お前の顔はいっそ詐欺だな。大人しそうに見えてとんだ頑固者だ」
「あら、それは言い過……」
アデラインは慌てて両手で鼻を隠した。ルトヴィアスの手が伸びてきたので、鼻をつままれると思ったのだ。けれどルトヴィアスの指がつまんだのは、アデラインの髪だった。
三つ編みにまとめきれない後れ毛が、風でほつれているのをつかまえ、耳にかけて整えてくれる。
髪をかきあげる度に、ルトヴィアスの長い指がアデラインのこめかみのあたりを撫でる。その優しい仕草に、アデラインの胸は高鳴った 。
髪を触られるのは初めてではない。
ルトヴィアスにしてみれば、目の前をふわふわ揺れているものを捕まえたようなものかもしれない。
いちいち過敏に反応するのも、いかがなものか。とは思いつつも、体温は勝手に上昇してしまう。
「あ、ありがとうございます」
アデラインは頭を動かさないように礼を言った。動いてルトヴィアスの手間を増やしてはいけない。
そっと、アデラインは目だけ動かし、ルトヴィアスの表情を盗み見た。そして、その行為をひどく後悔した。
ルトヴィアスが、微笑んでいる。
アデラインを甘やかすように優しい微笑みは、見ているこちらが蕩けてしまいそうだった。
夜で本当によかった。赤面した顔をルトヴィアスに見られずにすむ。
「…で、殿…っ」
「…無理だけはするなよ」
ルトヴィアスの指が、アデラインの頬をつつむ。
その優しい暖かさは、どうしたことかアデラインの胸を痛いくらいに締め付けた。
「…おやすみ」
「…おやすみ…なさいませ…」
ルトヴィアスの瞳が木漏れ日のように煌めいて、それにアデラインが惚けている間に、彼は立ち上がり、身を翻して行ってしまった。
「…………」
見送りの礼をとることも出来ず、ルトヴィアスの姿が護衛の騎士共々見えなくなると、アデラインはへなへなとへたりこむ。
――…ど、どうして?
何故、まるで恋人のようにアデラインを扱ってくれるのだろう。
ルトヴィアスに触られた頬を、そっと触ってみる。そんなはずないのに、そこだけが熱を発している気がした。
その熱に、以前ルトヴィアスの腕に抱きよせられた記憶が蘇る。
ルトヴィアスの腕の強さや、胸の温かさ、鼓動の音――。
しかも自分は確か、彼の首に手を回さなかったか。感情が高ぶっていた勢いとはいえ、自分は何て大胆なことを…。
アデラインの顔はますます紅潮していく。
何故か、などわからない。
考える余裕もない。
ライルが近づいてきて、遠慮がちに声をかけてきた。
「お嬢様?…大丈夫ですか?」
答えられず、アデラインは両手で頬を覆う。
大丈夫ではない。
熱病のように体が熱いのは何故だ。
眩暈がするのは何故だ。
――…きっと…疲れがたまっているんだわ…。
今日は早く寝よう。
ルトヴィアスの言うとおり、無理は禁物だ。
2018.5.30 アデラインのセリフを訂正しました。ご指摘ありがとうございました。




