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      昼間っから肉まんにかぶりつくとなんか背徳感あってうまさ倍増

 夕方のとろけた日差しをあびる中央街には、昼よりも人が行き交っているように見える。 飲食店はこれから多忙の時間に入っていくなかで、スーパーも忙しくなっていく。


「よし、そろそろいいだろう。 惣菜ものに割引シールをはっていけ」


「了解しました」


 色黒の背高の男が、部下らしき男にそう言った。 言われたようにせかせかとはっていく周りで、他の定員たちもなにかせわしなく動き回っているのを、普通の客をよそおっている海斗たちは見ていた。

 カップ麺コーナーにいる彼らは、周りに定員が誰もいないことを見て、ギリギリ声が届くような位置にいた。

 海斗がまず口をあけた。


「マジであいつらがハヤを脅した犯人所属の暴力団員なのかよ。 普通にガラの悪いおっさんにしか見えないんだけど」


 バルは背中を向け、後ろのパンコーナーを眺めていた。


「ハヤ君の言うことを信じましょう。 というかそもそもガラの悪いというだけでなんらかの組員であることを疑うべきですよ。

 あ、このパン美味しそう」


 海斗は渋い顔をした。


「ガラ悪いだけってお前……サタンとかどうなんだよ。 あ、でも国自体がブラックだからあながち間違いでもない?

 あ、この担々麺おいしそう」


「ダメですよ、ラーメンにもガラの悪さがあるんですから。 めちゃくちゃ辛そうじゃないですか、ガラ悪いじゃないですか。 ああいう団体は世の中にも悪いように、こういうのは身体にも悪いんです、ちゃんと理解してください」


 海斗はバルの持っているパンを見て、目を鋭くした。

 長く分厚いソーセージを挟んだパンに、マヨネーズとケチャップがふんだんにかけられたパンだった。


「お前の方が絶対身体に悪いだろうが、絶対お姫様が食うモンじゃねェだろうが。 それ食うにはお前の立場が悪いわ、邪魔してるわ」


 まだバルが彼の言い分に対して反論している様を、シウニーとレヴィは少し離れた位置で横目で、前者は呆れながら見ていた。


「……なーにをしに来たんでしょうね、あの二人。 変装も私たちサングラスしかしてないのに、すぐバレそう」


 レヴィは小さなカップ麺を掴み見ながら口をひらいた。


「まぁ、いい新婚さんみたいな感じになってるんじゃない?☆」


 シウニーはため息をついた。

 ハヤ君が吐いたことをまた思い返し始めたのだ。


──僕は脅されてるんです、よくわからないんですけど、逃走中の犯人に。 僕の家にいすわって、それをもし警察とかに言ったらお前の母親を殺すって……。 明日、なにか食いもんを持ってこいって言われて……ムダに使えるお金もないし……ごめんなさい。

 彼の沈んだ顔を思い出すだけで、いやになる。 頼れる親は動けず、まだ抵抗できる力すらない子どもがする顔は、あれほど暗いものなのか。

──でも僕、見たんです。 動けた母さんと昔よく行っていたスーパーの裏を通ったときに、あいつが車から出てくるのを。

 彼は運がよかった、解決に至る道を獲得していたのだ。 そして一応として母親が眠る病院の病室、家の位置を聞いた。 これで彼を守るために使う情報はひとまず揃った。

 それだというに魔王様たちは……いまだ小さく言い争う二人を見ると、またため息をつきたくなったが、近くを小走りで走る店員のためにそれは止まった。


 シウニーはその行動を始めにして、いぶかしみ始めた。 なぜだかわからないが、店員がタイミングを変え、次々とバックへ移動し始めたのだ。

 それを感じているのは彼女しかおらず、

「魔王様、姫様!」

 と、寄っていった。


「なんか店員がバックに集まってるんですけど!」


 そう聞いた海斗らの顔は、バックの扉に向けられた。

 続けて小さくシウニーの声が聞こえてきたレヴィも顔を向ける。 確かに、店員がその先に消えていくのが確認でき、店に残るはレジ係数名となった。

──まさか。 そんな思いを胸に、海斗らは店を出、顔だけ出して店の裏を見た。 すると、ブラウンの軽自動車が止まっているではないか。 少し待っていると、一人の男がドアに寄って開け、中から二人の男が出てきた。


「あ」


 海斗とバルは、同じタイミングでほんの小さく声を出した。 片方の黒スーツは知らないが、もう片方のタンクトップを見て、目を丸くサッせた。

 バレるのではないかと不安がった様子のシウニーが、顔をあげる。


「なんですか急に」


 海斗は心配することもなく、男に視線をぶつけさせたまま言った。


「あいつ、朝のニュースで逃走中だって言われてたヤツだ」


 シウニーは「マジですか」と驚いた顔をした。


 あの強烈な顔、忘れようもない。 もう日が落ちようとしている今であってもわかるあの仏頂面の頬に一本の切れ込み。 そうかあれが……。

 なるほど、さしずめ、自分の居場所がバレぬよう、もし自分が組員だと言うことがバレても隠れるところを確保しておくために、ハヤを脅したのだろう。 そう自分の考えをつぶやくと、「なるほど……」とシウニーが声を漏らした。

 しかしここで、レヴィが後ろに下がって、緊張感なさそうに伸びをしたのだ。 それには海斗も、「なにしてんの」と言うが、彼女は気にしていない様子で振り返った。


「もう簡単に解決できそうじゃん☆ 犯人もわかったし、そいつがいる場所もわかったし、もうボクいらないって感じ☆ 飽きもきちゃったしー……だから、ボク帰るね☆」


「え、ちょっ」


 レヴィはそう言う通り、帰っていった。

 まさかの行動をとられた海斗は、声を大きく出してしまった。


「おい! 誰かそこにいんのか!?」


 海斗とシウニーはしまったと顔を苦くさせた。 ここで逃げてしまっては動きにくくなるだけである。 三人は覚悟を決め、彼らの前に出た。


「おっすボス! おまたせしました! これからこのスーパーでお世話になりますレジ係三人組でございます! ウス!」


 なんだこいつら、なんて男たちの凄んだ目に怯むことなく、海斗は敬礼してそう言った。 ますます疑われるような目になったが続けてバルも敬礼した。


「なんか時給がいい感じだったんでバイトになりました! ウスお願いしますウス!」


 急いでシウニーもぎこちなく敬礼した。

 それを見て一人の男が口をあける。


「お前らみたいなヤツら雇ったかぁ?」


 海斗は眉をキュッと寄せた。


「雇ってくれたじゃないですか! 学費稼ぐためにって言ったらOKくれたじゃないですか! 覚えてないんですか、アホじゃないですか!」


「覚えてないのはゴメンだけどお前もゴメンして? 上司に向ける言葉じゃないから」


 やはりまずいのではないか? こんないきなりの意味不明なぁ言い分が押し通るわけないのに、なぜこんなことを……。シウニーの頬に汗が一滴伝わり落ちていく。

 そのとき、タンクトップの横に立つ、白いスーツの男がカカカと笑った。


「いいじゃねェか、見た感じ気合いのありそうなヤツらだ。 学費でもなんでも稼がしゃあいいじゃねェか」


 了解です、ボス──そう返された言葉に、三人は、いける、と確信した。彼がボスなのだ。



「バルお前、置く時にシワができるようにすんな。 しわくちゃじゃあ汚い感じになるだろうが。 もっとピンとはれ、お前のでっかい胸みたいな感じでピンと」


「バイト初日からセクハラとかついてないっすわー、やってらんねーですわ」


「いつものことでしょ、もうほっといてやりましょう姫様」


「あなたはピンとはれるんですか? あなた……はってるところ……ティクビしかないのに」


「バイト初日からセクハラとかついてないっすわー! やってらんねーですわ!」


 早速減っているパンなどの品出しをしているころには、もう外は暗くなっていた。 夕方よりかは客は減っていた。


 シウニーは微妙な顔をした。

 ハヤ君を助けるために、ヤクザたちを倒す目的が、いつのまにか遠くに行ってしまった気がしてならない。 なんで自分たちはこんなスーパーの店員をやっているのか、よくわからない。 まだ二人は小さな争いをしているし……魔王様たちが動いてくれないと、なにも進まない。 二人の考えが、まるで読めていないのだから。


「はぁ……あれ?」


 シウニーが、その海斗たちを横目で見た時、その先に見知った男の子の顔が奥の棚からのぞいているのが見えた。 よく見ると、ハヤくんだった。

 それを急いで、小さく海斗に伝えると、嫌そうに、困ったように目を細めた。


「ったく……大人しく病院か家にいろって言ったのによ……」


 本当に犯人たちをこらしめられるのか、心配になって、たまらず出てきてしまったのだろうか。 それとも自分も母親を助けたいという思いで、ここにきてしまったのだろうか。 いずれにしても、早く解決してやらなければならないと、シウニーは強く思った。

「帰るように言いますか?」と彼女は海斗に耳打ちするが、「いまは店員の目が回りにあるから言えねェ。 ハヤの顔くらい誰でも知ってるだろうから……俺たちも関わってるって知られちゃマズイ」とスパッと断られた。 早く返した方がいいのでは、と言う気持ちはまだあったが、警戒しているのか、店員の数は多く、なるほどと思って引っ込むしかできなかった。


 しかしその思いを抱く前に、ハヤの存在はバレていたらしい。

 近くを通った一人の男が、インカム越しに、「ハヤの奴が? どこですか」と話していたのだ。


 海斗たちはそれを聞いた。 はやくどうにかしないと、と海斗ははまず、こちらに気づいている様子のハヤに、「あっちへいけ」と手を急いで降った。

 察してくれたのか、ハヤは頷いて姿を消した。

 このままゆっくりしてもいられないと、海斗たちは指定された量のパンを出して、すぐにバックに顔を出した。 もう客の数は減りに減っていた。

 三人は我が目を疑った。 すると、裏の扉からハヤの口を押さえ、抱えた男がはいってきたのだ。 暴れるハヤだが身体の大きさが違いすぎるゆえに、満足な抵抗ができていなかった。


「こいつ、店から消えたと思ったら、裏でコソコソやっておりやしたぜボス」


 ボスはハヤに近づき、顎を掴みあげた。


「おーう、お前、なーにこんなところいるんだおい〜。 病弱の母親が心配ならこんなとこ来ちゃいけないだろう? 調子悪い機械のように、叩かなきゃ分かんねェかオイ!?」


 ハヤに、ボスは平手打ちしようとした。 が、まっすぐに飛んできた瓶が直撃して引っ込んだ。 床で割れ、ぶちまけられた黒い液から醤油の匂いがすぐ広がった。


 ボスが瓶が飛んできた方を、顔をしかめながら見ると、目を見開いた海斗が口をひらいていた。


「だァら大人しくしてろって言ったんだ! 俺たちだけで十分なんだよ!!」


 彼らの姿と、いまの言葉を聞いただけで全てが分かった男たち。 その中でボスが声を上げた。


「お前ら学費目的のバイトやなかったんかゴラァッ! もうえぇ! お前ら、あいつら武器も持たんモヤシ三本やァッ! やってまえェッ!」


 海斗は、襲い来る男たちを睨みつけたまま、横の棚においてあった、袋にはいったままのフランスパンを掴み取った。


「テメェらは……これで十分だ」


 バルはごぼうを2本、シウニーは食品もなにものっていない緑色のラックを掴み持った。


 そんなもので、戦えるのだろうか。 ハヤは不安の色を顔から、心から落とせずにいた。

 身寄りのない自分のために、ここまでやってくれた者はいない。 だからこそ不安だった。 信用に足りる者が、生まれてからそこまで巡り会える者じゃなかった。 中央街の住居スペースで、いい生活ができると言っていた父は事故で死に、母は持って生まれた身体のせいで病院で暮らすようになった。 

 信用したい……してみたい。 だが、いままで母と自分のだけの力で、ほとんど生活してきたのも助けて、その心が欠けていることはわかっていた。


 だが、海斗たちは、ハヤの欠けた心を芽生えさせていくように、数で負けている戦いを圧倒し始めていた。

 海斗はフランスパンと足技で男たちの股間やみぞおちなどの急所を狙い、バルはごぼうと身につけた暗殺術でのらりくらりと彼らをけつつ首を執拗しつように攻め、シウニーは慣れぬ物を使っているが、積み重ねてきた騎士としての経験で決して攻めれてはいないが自分だけではなく二人も守ろうとしていた。


 それを見たハヤは、胸がつきあがる感覚を覚えた。

 自分も、こうして守られる立場ではいけないと、決心して自分を抱え上げている男の腕を思い切り噛んだ。 両腕をあげ痛がる男に、すかさず海斗のマネをして股間を蹴り上げた。──叫びあげる様を尻目に、ハヤは海斗の方に駆け出し、途中で小ぶりの大根を掴み取った。


「海斗さん!」


 すぐ近くにまで来たハヤを確認すると、海斗は寄り添って戦うようになっていたバルとシウニーの方により、四人は卍のように背中を寄せあうようにして構えた。


「お前なァ、年上の言うことは聞くもんだぜ。 かーちゃんから教わらなかったか」


 ハヤはにやっと笑った。


「母さんからは伸び伸び育ちなさいってだけしか言われてないんだっ! 僕はその生き方をしてるだけさっ!」


「そうかよ。 かーちゃんに会う時にゃあ、『生意気いわねーように』も教育してもらうように言っとくわ」


 シウニーは二人の会話に苦笑しつつも、周囲の違和感に気づき、懸命にその原因を探っていた。 すれば気づいた。 一人、いないのだ。


「……ま、魔王様! あいつが、あいつがいません! あの、タンクトップのハヤ君たちを脅してた……!」


 海斗たちは驚き、周りを見てみると、じりじりと詰め寄ろうとする男たちの中に、確かにあの男がいなかったのだ。

 するといつの間にか遠くの壁にもたれていたボスが、クツクツと笑い始めた。


「あいつなら、もう行ったよ……。

 こっちもこうして不幸になってるんだ……それと同じように、誰かも不幸になってもらわねェとこっちも気が済まないんだよなァ……!」


 床に目を落としていたバルが、その意味を理解した時、その目を大きくあけた。


「まさか……ハヤ君のお母様を」


 ハヤは、心臓が一瞬止まったように思った。 するといつの間にか走り出し、「あっ、おい!」という海斗の声も聞こえず、外に飛び出していった。



 けが人やお年寄りなどで溢れかえる病院のロビーに、白のタンクトップ男がどかどかと入り込んだ。 受付もせずに廊下の先へと走っていく姿を見て、周りの看護師は声をあげる。


「あ、あの! どちら様でしょうか!? 面会でしょうか!?

 だ、誰か! あの人を止めてください!」


 呼びかけに反応した者はたくさんいたが、男は早く、掴むことはできても力で振り払われてしまう。


 男は強く歯を噛み締めた。

 自分の未来がいまはっきり見えている──俺はたぶん捕まるんだろう。 あの変な三人組に、ハヤのヤツが助けを求めたんだろう。 いずれ来るかもと思ってたが、まさかこんなに早く、対抗策を練り上げる前に来るなんて思いもしなかった。

 なら、俺が不幸に叩きつけられる前に、俺が、お前を叩きつけてやる。 後悔しろ、助けを乞うこと自体がときに、いつの間にか己の首を絞めてしまうことに変わると知らなかったお前を呪え。 あんな母親、俺がひとつ殴ってしまえば死ぬんだ。


 男は、305と書かれた扉をあけた。 落ち着かぬ肩を上下させて、大きく呼吸し、不安や覚悟がまどろむ視界に、暗闇の中、横たわるハヤの母親のシルエットをかすかな月明かりが縁どっているのが見えた。

 誰も来ぬうちに殴り殺してしまおうと、男は彼女に走りよった。 が、もう少しで、というところで身体が動かなくなった。 振る腕も卸せることなく、あげた片足も地につくことなく、ピンと張ったまま動けなくなってしまったのだ。 まるで、身体のあちらこちらに、壁から伸びる鎖にかけられているような。


「君はどうやって魚を捕まえるの?」


 男が困り果てていると、すぐ後ろから女の声が聞こえた。 楽しそうでもない、怒っている様子でもない、けどよく通る声だった。

 頬に汗が垂れた。


「ボクはねぇ〜……捕まえたい魚の、いっちばんの好物を投げ込んで、ずぅーっと待つんだぁ」


「な、なにが……」


 そう言ったところで、彼は、身体のいたるところに細い糸が巻かれているのがわかった。 その先には釣り針のようなものがぶら下がっているのが見え、とんでもない力によって動きを封じられているのだとようやく判明したのだ。


「それで食いついたら針を引っ張る。 単純明快だけと一番賢いやり方だよねぇ」


 すると、上がっていた足の先が段々と持ち上がり始めた。 身体がYの字になっていき、身体が硬い彼は苦しみ悶え、さらには足首に巻かれた糸の引っ張りが強くなっていることに気がついた。

 なにが自分の身に降りかかろうとしているのか苦しみの中で理解し、悪寒が背筋を這いのぼった。


「で、ボクが今回捕まえたかった魚はぁ〜☆」

 と、レヴィが言いうとピタッと糸は止まった。 が、その直後に。


「子どもに、隠してることなんてない、なんてしょうもないこと言わせた、図体だけデカイ魚だよ」


 一気に引っ張られ、ふとももを逆方向に引っ張っていた糸も手伝い、男の右膝が反対方向に曲がった。

 男の叫び声にまぎれることなく、はっきりと骨が折れるにぶい音が、レヴィの耳には届いた。



「魔王様、このお饅頭くださいな」


 空の頂点に太陽が達したくらいに、バルは海斗の机の上にある、皿にのった1つの饅頭を指差した。

 資料に目を通していた海斗は、饅頭を経由してバルに目をやった。


「……残り一個なのにそれ言えるお前の勇気、すげェな。 目の色と同じように真っ赤に燃えて、青く冷静だわ」


「え、ダメなんですか……? 今度はちゃんと申し出てからつまみ食いしようとしてるのに」


 海斗はしばらくバルを見つめ返していたが、また資料を見始めた。


「まぁいいよ。 あんま腹減ってねェし」


 それにバルは、やったぁと饅頭をほおばった。 おいしそうに食べる彼女の横顔を、仕事の手伝いをしていたシウニーは苦笑気味に見つめた。

 海斗は読み終えた資料を机のはしにやり、新しいものに手を伸ばしたときに、ふと、この前のことが頭をかすった。


「そういえば、ハヤはどうなったんだ」


 幸せに満ちていたバルは、急いで饅頭を飲み込んで、言葉を紡ぎ出した。


「良くなってますよ。 暮らしも、環境も、彼のお母様の容体も」


 彼女いわく、国からできることはやったそうだ。 あの病院ではなかなかできなかった治療法をやってあげたり、あまりよろしくない中央街のアパートから住みやすいマンションに引っ越させたりしたのだと。 そして犯人の男も、組織の者たちも堀の中。 もう彼らは安心だと言う。

 海斗は、「へぇ〜」と頬杖をついた。


「よくそこまでやれたもんだ。 この国あんまり余裕ないのに」


「大丈夫です。 魔王様の給料から出させていただきましたので」


「俺ェッ!? 魔王マネーの流れ緩やかすぎない!? たまには便秘になろう!? この手にとどまらせておこう!?」


 バルはケラケラと笑った。


「嘘ですよ。 全て、レヴィが自分で出す、と言ってきましてですね」


 海斗は目を丸くさせた。


「あいつが?」


 バルは頷いて、

「えぇ。 いままで嘘をついてきたことへの謝罪なのか、これも預かってましてですね」

 この部屋に来る時に、持ってきた袋を広げ、大きな箱を取り出した。

 見たことがある箱だ。と目を細めた海斗は、すぐに、以前行った肉まん屋で見たものだと気づいて、資料を置いた。


「これもあいつの奢りかよ。 はぁ〜、余裕があって、嘘もつけるし、いいねェあいつは」


「まぁあの子のおかげで犯人たちは捕まり、国の信頼も上がったと思いますから、あの時のことは多めに見てあげては?」


 手に取った箱をまじまじと見て、机に置いた。 代わりに資料をまた掴み、読み始めた海斗は口をあけた。


「……気にしてねェよ。 別に」



 澄んだ昼の光の下で、レヴィはお気に入りの肉まんを頬張っていた。 時間帯もあってか、なかなかの行列を並んだあとの味は、また格別だと、店のはしっこで笑みをこぼしている。


「そんなにおいしいのかい? おねえちゃん」


 そしておよそ半分を食べ終えた時くらいに、店とは反対側から声をかけられた。 視線を落としてみると、ハヤが見上げていて、一瞬口が止まってしまった。

 つかの間目を合わせたら、レヴィは小さく微笑んだ。


「おいしくないんだなぁこれが☆ 期待外れにもほどがあるよ☆ だからあんまり並ばないほうがいいよ、お金のムダだから」


 ハヤはニヤッと頬笑み、「やっぱ嘘つきじゃん。 僕知ってんだよ、おねえちゃんが母ちゃんを助けたって」と、ちょっとの真剣そうな面持ちになった。

 そしてまた紡いだ。


「つまらない、ってスーパーから離れた嘘をついて病院に向かってくれてたんでしょ? もしもあいつらがかあちゃんを狙っても大丈夫なように。 あの、なんだっけ……あ、バルバロッサ姫から聞いたよ」


 レヴィは笑んだまま、ハヤから視線を外した。

 そっか、姫が……。 なんだか面はゆい気がして、通りを流れていく通行人たちを、ぼんやりと見た。 嘘をついても、やっぱりこういうことはバレるものなんだと、胸の奥がジンと熱くなっていく気がした。

 それを振りほどくように、懸命に言葉を探したがなかなか出てこず、ハヤから会話のターンを奪えなかった。


「それに海斗おにいちゃんから、おねえちゃんのことも聞いたもんね〜。 僕以上に嘘つきなんじゃん。 よく僕に嘘はいけないな〜☆ なんて言えたよね」


 それを笑いながら、ハヤは言った。 あの時、海斗たちに会った時を思い出しながら。


 レヴィは、通行人たちから目を離さず、口元からほんの少し肉まんを離したまま、いま、拾うことができた言葉を紡ぎ出した。


「……そういう嘘は、別にいいんだよ」


 ハヤは目をまるくさせて、レヴィを見た。 聞いたことのない、落ち着いた、ふざけの一切ない声を聞いたから。

 だがすぐにレヴィは、笑みを少しだけ強くさせ、

「気楽について、誰かが楽しめる嘘が、ボクは好きなんだ。 だってそんな嘘、平和な時しかつくことができないじゃないか」

 と、ハヤを見下ろしながら言って、またすぐに紡いだ。


「でもね、君がついた嘘は、平和じゃない時につかなきゃいけない嘘なんだ。 そんなの、ボクは嫌いだね」


 そう言って、レヴィは店から歩き離れていく。

 ついていくか、行かざるべきか、悩むハヤを笑顔で振り返った。


「やっぱり嘘は、平和を感じられるつき方をしなきゃ」


 そう言って、彼女は飛んで行った。 あっちは、海斗おにいちゃんたちがいる、アリフトシジルがある方だ。

 平和を感じられる、嘘のつき方……。 僕にも、なんだかちょっとわかる気がした。

 嘘つきは、いずれ信用されなくなる。 お母さんは言っていた。 でも、おねえちゃんだけは、なんだか、いつまでも、信用できるような、信用してもいいような気がした。


 ハヤは、レヴィが空色にまぎれて見えなくなるまで、ずっと見つめ続けた。

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