どこかで人はひょんな理由で再会するもんだ
カイキは頭をおさえ、ベリアルをにらんだ。 それに臆することのない彼女は、カイキの陰に隠れた秀正を覗くように見た。
秀正は、小さく笑っていた。
記憶がなぜ無いのかを、聞いたのだろうか。 一欠片だけでも話されたのだろうな、カイキ側に立てば、話さない訳はないから。 もうこの世に生きる必要はないと、全貌させて道具であることに諦めさせ、落とす。 それぐらいはやっているだろう。
ならなぜ、笑えるのだろうか。 記憶をなくしたのがエンジニアなら、エンジニアを恨むのが当然だ。 それとも……それは、私の思い違いなのだろうか。
すればいつの間にか、カイキのまわりに犬や鷹のペットマシンが集まり出していた。
「ベリアル……! 貴様、どうやってここを探りだした……!? お前でも、ラカリの研究室の場所は知らないはず!」
「それは企業秘密ってこったね。 エンジニアなら1つくらい持ってるだろう? 特許ってやつをさ」
カイキは強く食いしばった。
「んで、あんたは人の特許を荒らそうとしてるんだ。 やめときな、作り手としても、個人としても株を落とすよ」
それを聞いたカイキは、腕を広げた。
「学んでいるんだよ! 全て作り手は誰かの作品から学ばなければならない!! それをしているだけだ! 所詮わたしはお前みたいに才能などない! 描いた奴が死んじまった設計を有効活用しようとしてるだけなんだよォッ!!」
カイキの雄叫びに呼応するように、ペットマシンがベリアルに飛びかかった。
バルは探検を構え、初動を早くするため脱力し、前に倒れ始めた。 しかしベリアルはそんなものを必要ないと言わんばかりに手を挙げた。 すると、後ろの瓦礫が崩れ始め、戦車がエンジンがかかった。
「学ぶと盗むを間違えてるよあんた……学んだ好きに発明があるのが『学ぶ』ってーこと。 ただそれを使うことが『盗む』っていうんだよ」
戦車の炎が大きくなった。 ベリアルの横を通り過ぎたと思ったらすぐにすり鉢状に襲い来るマシンを貫き壊した。
ベリアルは腰に差したレンチを抜き取って、
「兵器をただの殺戮だけに使おうとするアンタが学んでるとは思えないんだよォッ!!」
カイキの頭にぶん投げた。
すれば、戦車が残していった炎のカスの中に弾け飛ぶ破片のあいだを過ぎ、頭に直撃した。 カイキは後ろに倒れ、目をくらくらと震えさせた。
するとバルは彼の頭をまじまじと見た。 ──おかしい、明らかに、灰色と黒の光沢の強い、秀正と同じような金属がはみだしているのだ。
ベリアルもそれを見て、ため息をついた。
「結局あんたも機械化してたわけだ。 兵器が兵器を欲しがってただけさね、どうしようもないアホ野郎さ」
大の字になるカイキは、ずっと天井を見つめていた。
「自分で変えたという訳ですか」
「多分ね。 死にかけた奴を機械化して生きながらえさせる老いぼれの下で働いてたんだ、そのくらいの技術は持っていてもおかしかないね」
ベリアルはカイキを大回りに避けて、秀正を結ぶ鎖をトンカチで砕いた。 のっそりと起き上がった秀正の、沈んだ瞳をしばらく見て、またカイキを見下ろした。
機械に欲をまみれさせ、落ちた者の行く末がこの姿であるか。 同じエンジニアとして、一応気をつけなければならないと強く感じたベリアルは、戦車をバルの真横にまで動かしつつ、自分も近くにより始めた。
すると間も無く、扉がばらばらになり、崩れたところから海斗とアイナが顔を出した。 二人とも頭や腕から、いくらか血を流して、肩で息をしており、大きな戦いが続いたのだと見受けられる。
「大丈夫ですか」とバルが声をかけると、海斗は軽く手をふってこたえた。
アイナが口元の血をぬぐって、言葉を紡いだ。
「遅れました。 秀正の腕は、きちんと持ってきましたとも」
確かに、それぞれ一本ずつ腕を持っていた。 何1つ、腕には傷はついていなかったことに、バルは静かに目を膨らませた。
ただ、その言葉を聞いて、真っ先に行動を起こしたのはカイキだった。 弾かれたようにうつ伏せになって、「腕!?」と顔をあげた。
ギョッと、した海斗の反応など見ずに、カイキの眼光は彼の持つ腕を刺していた。 さっきまでの、ベリアルの言葉に打ちのめされ、光を失った瞳に力が宿っていた。
「腕……腕……」
そんな、命を求める亡者のようなカイキを見て、海斗の持つ腕が青く光った。
「落ちるところまで落ちたな、カイキ」
腕が、腕がとつぶやくカイキの口が、止まった。
「なんでそうなるまで兵器を求めるか、もはや欲にまみれて見出せぬだろうが……老婆心と思って聞いておけ。 もうエンジニアを降りるんだ」
そして腕は赤く光り、
「早く設計図を焼きに行こう」
と言って、海斗たちの足を動かした。
そこでベリアルは、戦車に乗っていった方が早いと、戦車を動かそうとしたが、車輪の周りがよくないと見て、「あぁ、久しぶりに無茶させたから限界が近いかなぁ……」と呟いて、走っていくことになった。
一人残った部屋に、カイキは、だんだん小さくなっていく海斗たちの背中を見ていて、浴びせられた言葉を、何度もなんども噛み砕いていた。 しかし、やはり導かれる答えはなかった。 なぜ彼らはああ言うのか。 なぜ、強くなるために、世界を驚かせるために強い兵器を求めてはならぬのか。
それがどうしてもわからず、カイキは苦悩をのせた叫びをあげた。 顔に何粒もの汗がたれ伝い、右腕がやけ、服も皮膚も焼きただれて内部が晒された直後、肩から切り離されたと思ったら、ひと一人背負えるくらいの大きさの鳥に変形し、カイキを背負って飛び立った。
走り始めた秀正は、どこに走っているんだ、なにをすればいいんだという視線を海斗たちにぶつけていた。 それに気づいた海斗は、ベリアルとアイコンタクトを交わし、これまでの説明をすることに決めた。
話し終えた秀正はいたって普通の反応だった。 少し静かに前をずっと見ていたということ以外は、なにも変化がなかった。
海斗たちは、気まずくなった。 もう、誰一人として口を開こうとする者はいなかった。
いくらか走ったあと、秀正は口をあけた。
「だから、これまでの記憶がなかったのか」
秀正の腕が青く光った。
「……すまない」
「張本人があやまってどーすんだ」
腕から光が消えた。
「エンジニアってのは、正しいと決めたら、折るんじゃないよ。 そういう職業なんだろ?」
「……なぜ、そんなことを?」
「そこの赤髪女が、そう思わすに足ることを言ってた」
ベリアルは、薄くそっぽを向いた。
秀正は、彼女の魂のようなものを、生き方のようなものを、あの場所で聞いた。 全員が思っていそうで、そうじゃないこと……彼女は、優秀であろう同職種に胸を張って言っていた。 髪色と同じように、真っ赤に燃えた魂を見た。
海斗たちは、そうなのか、と思っていると、突然ベリアルが足を止めた。
「もうそういうのはいいから、ラカリどうなんだい」
と、こんなことを言い出すではないか。 なにがだ? と不思議に思う海斗たちの視線を無視して、彼の持つ腕をじっと見つめた。
腕は、淡く、赤く光ってなにかを言おうとしたが、ベリアルがついだ。
「どうせあんたのことだから、焼却装置を起動するのにもめんどくさい作り、ほどこしてんだろ。 言いなよ」
「……あれも、チップがいる」
海斗は、なんだそんなことか、と鼻から強く息を吐き、身体を休ませた。 そんなことならば、早く行けばいいだけじゃないか、なにも苦労することはない。
しかし、そうはいかないようで、腕の赤が強くなった。
「起動させるまで、チップを持つものが近くにいなければいかないし、それに……設計図を燃やすのは非常時の時だと想定し、この施設そのものの爆破も行う」
海斗たちの目が膨らんだ。
「はぁ!?」と不満と不可思議をこぼしたが、ベリアルが手で制した。
「それくらい、こいつの発明は凄まじいってこった。 で? そりゃあもちろん……」
「あぁ、秀正は巻き込まれてしまう」
海斗の目は尖った。
「そんな、お前! なんでそれもっと早く言わねェんだよ!! じゃあ、その設計図を溜め込んでる部屋を直接ぶった斬れば……」
それは無理だと、ラカリは言う。 なんでも、自分が生み出した最も硬い材質で作っているため、ほぼ全ての攻撃をはじき返してしまうと言うのだ。 サタンも、壊せるかどうか。
それを壊せる特殊な爆薬を、この施設内すべてに仕込ませている──それを起動させるには、チップがいる、簡単な公式だろう、とラカリは言う。
秀正は笑った。
「まぁ、俺、一回しんでるようなもんだから」
そう言った直後、ベリアルはトンカチと五寸釘を取り出し、腕を取り上げ、秀正の肩と腕をむりやりくっつけるように、釘を思い切り打ち込んだ。
衝撃が!! と、うめく秀正だったが、ベリアルは「どうせ再生機能でもついてるだろ」と、気にもせず、背中を向けた。
「じゃあさっさと行ってきな。 早く燃やして欲しいってのが、開発者の願いだ。 機械ってのは、そんなヤツを叶えるのが仕事だろう」
それっきり、ベリアルは動かなくなった。 海斗たちの視線を背中に集めても、それは変わらず、きょとんとなっていた秀正はもう一度はにかんだ。
「あぁ、行ってくるよ」
海斗たちは、遠くなる秀正の背中をしばらく見つめていた。
そして海斗は、ベリアルを振り返ったと思いきや、すぐに、
「あんな言い方はねェんじゃねェの」
と言ったが、すぐにベリアルは返した。
「エンジニアが一番辛いのは、自分で作ったものを自分が壊してしまうことだ」
海斗は、バルは、アイナは、それを聞いただけで全てを理解した。 あの言葉は、秀正だけに言ったものではなかったのだと。
ある程度走った秀正に、ラカリは言った。
「すまない……救ったのに、死なせなければならないなど……エンジニアとして、しっか……」
「それ以上言うなよ」
腕は、淡く赤に光った。
「さっきも言ったろう。 なんども言わせんなよな。
エンジニアってのは、正しいと決めたら、折っちゃいけない」
自分は、バカだと思った。 機械を作るのに必死で、それ以外なにも勉強できていなかったことに、いま気づいたのだ──そして、自分が本当に救いたかったものも。
自分は、命だけを救いたかったのではない。 こう言える魂も救いたかったのだと。
*
ラカリの案内があって、長くかからず部屋に着いた。 そこはかなり殺風景で、あまり家具はなく、モニターが扉の正面の壁にあって、それ以外は書類やらなにかのキーボードのようなボタンで溢れかえっていた。
「これが、爆破ボタンだ」とラカリが示したのが、四角の、赤いボタンだった。 周りとあまり大きさは変わらず、特別感を醸し出すのは、それらから少し離れてあるだけというもの。 その上に、黄色のボタンもあった。 それが、書類の扉を開くものだという。
扉の前に承認システムがあるんじゃないのか? という問いに、ここからでも一応制御できるようにしてあるとのことだ。 なるほど、こんな性格なら、爆破ボタンなど作ってもしょうがないと、腑に落ちた。
あとは、これを押すだけ。
しかし、なかなか押すことができないでいた。 なぜかはわからないが、全く押す気が湧かなかった。 むしろ恐怖さえ襲ってきていることに、不思議に感じた。
ラカリはもう何も言って来ないし、あとは自分の意思だけ……だが、その意思が、さきほどまであった強い意思が、綺麗さっぱりなくなってしまっていたのだ。
「怖いかい?」
あけっぴろげられたままの扉に、ベリアルが立っていた。 部屋のすぐの壁を背にして立つ彼女に驚きながらも、秀正は、この状況を、第三者の目で見た気がして、苦笑しながら目をそらした。
「……正直。 恥ずかしいけどね」
「なにが恥ずかしいか。 感情を持たせたまま機械化させてる名エンジニアが作ってるんだ、胸張りな」
「……それでもだよ。 なんだか、急に押すのが怖くなってしまって」
なぜだろうか。 それを束の間考えたら、答えらしきものが浮かんできた。 それを紐解いていけば、海斗たちの顔が浮かんできた。 めんどくさそうな顔、呆れた顔、血まみれの顔……正直、良いとは言い難い顔ばかりだったが、それでも、記憶のない彼にとってあ宝石に勝る一品だった。 あとは、千円を返せていないのが心残りだ。
それを打ち明けたら、ベリアルは広角を小さく上げ、言った。
「千円を気にするようなヤツなら、ここまで付き合ってくれるとは思えないがさ」
「はは、間違いないよ。
海斗たちは? もう逃げたかい?」
ベリアルは頷いた。 もう逃してあって、ルートも言ってあると。
「……ベリアルは? どう逃げる? もう押しちゃうぞ」
「ウチは戦車があるからいいんだよ。 今日最後の無茶させたら、なんとか間に合うだろうさ」
秀正は笑った。 そして、輝かしい記憶の一部であるベリアルに、「ありがとう」と感謝を伝えようとしたところ、途中でぶった斬られて、「これやるよ」と、なにかを投げてきた。 慌てて受け取ったものは、金色の、雫のかたちをした金属がついたネックレスだった。 どうやらそれは開閉できるようで、してみると、中に、にこやかな長髪の女性に抱かれた少女の写真があった。
これは……と伝えようと顔を上げると、ベリアルはまたついだ。
「その腕の中にしこんでありやがった。 そいつ、私のラボで出してきたんだよ、あんたの遺品だってね。
……あんたの家族だってよ」
これが。 秀正は目を見開いた。
「……もう黙っちまった老いぼれの代わりに言うけど、あんたは、事故ったとき、二人に守れたらしい。 当然二人を守ろうと、とっさにかばったとの目撃情報があったけどね、それに覆いかぶさるように、二人はあんたをかばったようだよ。
だから、あんたはバラバラにならずにすんだ」
秀正は、ベリアルの話をちゃんと聞いていたが、視線は写真に釘付けになった。
この二人が、俺をかばってくれた、家族。 愛してくれたのだろうか、愛したのだろうか、うまくいっていたのだろうかと、疑問はつきなかったが、ベリアルの一言によって、それらはたやすく吹き飛んだ。
「それくらいあんたを、二人は愛してたってことだよ。 安心しな、記憶なくして、ひとりぼっちだって思うかもしれないが、あんたは確かに誰かから愛されてたんだ」
自分は、居場所が欲しかったのかもしれない。 河原の端っこの方で目覚めたのを覚えている。 記憶がなくて、記憶がなくなってしまったとも思わなかったあの時から、自分は居場所が欲しかったのだと。
だから火事を止めようとしたし、火事をおさめた海斗たちを見たらすぐに近寄っていたのだ。 だから、その、居心地がいい空間を、手放したくなくて、ボタンが押せないでいたのだ。
自然とボタンの方に近寄っていた。
「そんな、愛されていたもんを……壊しちまうってのは、エンジニアとして、本当に苦しいってこと……覚えときな」
ベリアルは、そう言って、去っていった。
赤いボタンをよく見てみる。 これが、記憶をなくす前、自分に流れていた血の色かと、なんだか無性に懐かしく思った。 と、同時に悪寒が走った。 こんな色をした液体が、本当に流れていたのかと思うと、気持ち悪くなった。
しかし、それを流してでも、救いたいと思ってくれた者が、この世に二人いたと思うと、なんだか前に進めるような気がした。
ボタンに、拳を置いた。 膝で立って、押そうとしたとき、急に警報音がなって、モニターがついて、カイキの姿が映った。
おそらく設計図が詰められているのだろう、塔のような建物にしがみつく彼の姿が。
そして、秀正はボタンを押した。
「……押し続ければ良いんだろう」
腕は、赤く光った。
「なんども言わせないでくれよ」
そして、次第に弱くなっていった。
「折れたらいけないんだって……一度、正しく思ったことは、折っちゃいけないんだって……」
押す手も、立つ足も、ぶるぶると震える。 これで、もう死んでしまうのかと思うと、恐ろしくてしょうがなかった。 すぐにでも手を離したいと思った。 やはり、生きてみたい。 記憶がなくても、生きて、「生」の先を見てみたい。
でも、これ以上、これ以上不甲斐ない姿を見せたらいけない。 あの二人に、自分の命を顧みずに救ってくれた、あの二人に、そんな姿を、見せたくなかった。
「折れちゃいけないんだよぉぉぉぉ……折れんじゃねぇよぉぉぉぉ……一度くらい、一度くらい、父親らしいことさせてくれよぉぉぉぉぉ!!!」
戦車に乗って、中央街に出たベリアルと、先に待っていた海斗たちは、確かな振動を身体に感じた。
中央街に、震度5程度の自身が確認されたと、電光掲示板に流れたのは、それから間もないことだった。
*
「魔王様はたらいてくださいよ〜」
「めんどい、お前やったらいいじゃん」
休日の朝から魔界に来ていた海斗に、当たり前のように押し付けられた仕事の山が、机の上にあった。 だいぶ減ってきたと思っていたら、すぐこれだと、海斗は気をぬいた顔で、天井を見た。
「もう、そういうこと言ってたらニートになっちゃいますよ。 職失って、衣食住をまともに受けられなくなりますよ、身体くさくなったりしますよ、いいんですか」
「適度な量はやってやるよ、9割くらいお前がやれ」
「もうほぼニート」
そしてそんなことを言って、海斗は白の外に出ようと歩き出した。 バルもそれに続いていると、海斗は財布を見て、舌打ちした。
「あー、金結構使っちまったなー……あと千圓くらいあったら気分替えの外食でもできるんだがなー」
「9割ニートですね、確定ですね」
そんなことを言いながら城門から出ると、男の声で、
「ごめんな海斗、もう少ししたら返すからさ、いやほんとだって」
と言われたため、海斗は、「あぁいいよいいよ、ゆっくり返してくれたら」 と自然に返したが、数歩歩いた先で、首をかしげた。
振り向くと、秀正の姿があった。
それに驚いていると、ベリアルがひょっこりと出てきた。 なんでいんの、との二人からの当然の問いに、ベリアルは微笑を浮かべ、答えた。
どうやら、完全に潰れたのかの確認をしに、超遠隔ドローン数台で、ラカリのラボ跡を調べてみると、まだ原型のたもったロボットが見つかったらしく、それを持ち帰って調査すると、秀正だったのだ。 ラカリは、かなり頑丈なつくりを秀正に施してあったらしく、あの爆発では完全に壊れなかった様子。
そして、それほどの頑丈には治せてはいないが、あのときの記憶をのこしたまま、ここに立っているのだと。
「はぁー……そんなこともあるもんだなー……」
「うん、だからさ、風呂代の千円、働いて返すからさ。 だからあのー、宿とか、この国で貸してもらえたらなーって……」
「私は嫌ですね」
「え?」
働くから、家を貸して欲しいとの意見に、バルは超反応でイヤだと返した。
「まぁ、またちょっと臭くなってるし……汚そうだから、ウチもいいかなー……」
「男は魔王様一人で手一杯みたいなところありますしね」
「え?」
「うん、俺問題児なんだわ。 仕事しないし」
「おれもしてないよ?」
「臭くないし」
「そこぉぉぉ!?」
海斗は、右手をふった。
「だから、次会うときは中央街でな」
秀正は強く出れないとはいえ、講義の声を漏らした。 それを軽々といなしていく海斗たちの姿が、この柔らかな日差しの下、しばらく繰り広げられることになった。
その日差しを、秀正の首にかけられたネックレスが、金に色を変えさせてはじいた。




