口は天災のもと
誰もいない魔王部屋ーーーー何かに恥じらうシウニーが、その扉の前に立ち、ノックする。
入室の許可を得るため、部屋の主人である海斗の名を呼んだ。
すれば恥じらいの度合いを高めるシウニー。 握った右手を口元にやり、左手は服の裾を軽くクシャリと握って返答を待つ。
「……なんであいつ、あんなにもじもじしてんだ……?」
「そりゃあ……結婚のことで来たんじゃないですか? だからああやってもじもじしてる。 婚姻届を届けた時、あやふやな言い方で切ったんでしょう? きっと早く正式な言葉が聞きたいんですよ」
「そっか……やっぱそうだよな……でも異常すぎるだろあのもじもじ。 普段のあいつと違いすぎらァ」
「恋する女はそういうもんですよ。 性格や素振りなんて、まだ掴めてない恋の前では意外とコロッと変わるもんですからね」
……だけれども、十秒待っても返事がないと分かると、彼女は鼻で小さく息を吐いた。
表情は、若干安心したような……されども悲しく、寂しくなったような、極めて複雑な形をしていたが、肩は下がり、明らかな落ち込みを表現していた。
そんな彼女の背中を見て、二人ーーーー特に海斗は謎の興味をかき立てられていたのだ。 不思議な光景だな、と。
そしてそんな彼らのジトーッとした視線に気付くことなく、シウニーは項垂れ、扉に額を付けてため息一つ。
「……私……なに舞い上がってるんだろ…………」
莫大な緊張から解き放たれたためであろうか、自分の感情を抑制するような言葉を吐いた。
普段の彼女の明るさはまるでなく、悲しさ寂しさ一直線。 声に涙が僅かに含まれているように、海斗には聞こえた。
そこで彼の心には浅い傷が刻まれることになる。
「まだ、たった一言 『結婚しよう』 って言われただけなのに……相手のペースも考えないで、何してるんだか……」
ポツリポツリと紡がれていくーーーー自分を振り返る声が。
「さっきだってそう……子供の数とか、絶対にその時言うべきことじゃないことを言ってた……思い返してみれば、魔王様……少しだけ引いてたような気がするし……」
本当に、何をしてるんだか……そう最後に付け加え、振り返りを終えた。
重い、重い声だった。 とてつもなく思いつめた声だった。
そんな感情を背負わせるくらいのことをしでかしてしまったのか。 海斗の頬に汗がたらりと一滴滑る。
あまりよろしくない空気が離れた両者を包んだ数秒間ーーーーーーーーあと何秒かで項垂れた身体を動かし自室に帰っていくのか? そう見つめる二人が感じた、その時。
「あら〜? 先客がいるのかしら〜? ……あまり並ぶのは好きじゃないんですけど〜……」
通路の右側から、ねっとりとした女の声が発生。 シウニーの肩はピクリと反応、そしてのっそりとそちらに視線を向けた。 彼女は声だけで相手が誰なのかを推測できていた
それは海斗達も同じ。 隠れているところからはまだ見えないが、声の主ははっきりと分かる。
「ま、並ぶ必要はなさそうですね〜。 いないんでしょう? 中に求める人が」
ルシファー。 二つの大きなピンクのリボンで束ね、それでも余りある白い長髪をふさふさ揺らし、シウニーへと近づいていく。
どこか他人を見下すような瞳で彼女を見る。 その瞳に飽き飽きしている視線で見返すシウニー。 あまり上司に向けて良いようなものではない。
「……そうですよ。 分かっていらっしゃるのなら自室に戻ったらいかがです?」
「あら冷たい〜。 ……でも、それは貴女も同じでは? 要件を伝えられないのなら、そこで自分のおでこと扉のおでこをくっつけたままにせず、他のところにいけばいいじゃありませんか〜」
「私はこれをしたいからこうしているんですよ。 落ち着くんです。 ここでこうしてると」
「バカみたい〜」
「何故かいつも以上にイラっとするんですけど……ッ!!」
ふらっと現れたルシファーは、どうやらシウニーと同じく海斗を目的にやって来たようだった。
恐らく内容も同じ……海斗から、本当の誓いの言葉を聞き出すため。 だから彼は焦った。 物陰に隠れて、彼女達と直接顔を合わせていないとはいえ。
「や、やばいんじゃない……?」
「何がですか?」
「何がって……! 分かってんだろ!? 洗脳中の二人が出会っちまった……色々と面倒くさそうで手強そうなルシファー! シウニーはなんかいつもより無駄にとんがってるし……こんな二人が面合わしちまったらどうなるか分かったもんじゃねェぞ! なんか手ェ打たなきゃ……!」
「別に良いんじゃないですか? 手なんか加えずに見てれば良いと思いますよ」
「なんでェ!」
「おもしろそうだから」
「いっつもそれだよ!! おもしろそうだって理由だけで俺の目の前が獣道と化すんだよ!!」
まぁしかし、彼はこの状況をなんとか好転させようと何かの案を練ろうとするものの、何も思い浮かばない。 よってバルが言ったように 『わぁおもしろ』 と思いながら見るしかないのだ。
それを心のうちでは理解できている海斗……それ故に歯がゆい。
『くそ……ッ。 せめて、せめてなにも起こらず終わってくれよー……』 そう小さく呟いて、念を送りながらこの状況を眺め続けた。
「まぁ? いいですよ。 私は今そんなイラつきを極限まで小さくできるほど幸せを感じてるんで、気分良いんで」
だがその念も届くことなく、また新たな会話を紡ぎ出した。 シウニーが身体を起こし、小さく胸を張ってルシファーに余裕の表情を見せたのだ。
その顔は誇らしげで、左手は腰に、右手を広げて胸にバンと当て、自分が今感じている幸福をさらけ出しているようだった。
その行動に若干の興味を示したルシファー。 両眉をなだらかな谷に変形させ 『あらー……』 と弱く声を漏らす。
「ここまで長かった……本当に長かったんですよ……。 まな板と揶揄され続けて来ましたが、やっと……やっと幸せが舞い込んできたんですよ……っ。 まな板みたいに薄くない、厚い、熱い幸せが……!」
今のシウニーは幸せいっぱい。 前までは心に余裕はなかったが、今ではどんなに暴言、嘲笑を浴びせられても、侮蔑の言葉を与えられても……。
彼女の心はもう折れない。
「そうですか厚いんですか〜。 よかったですね〜。 しかし厚さはあっても色が白のままならば本当に幸せとは言えません。 NOT脱まな板というものですよ〜」」
「色も雰囲気も何もかもピンク色ですから!! 幸せの色に満ち満ちてますから!!」
ただイラつきはする。
余裕があるのと器が大きいのはやはり違うのだ。
しかしながら、まだこの状況は海斗が懸念した程悪くない。 バルはこれに 『あんまおもしろくねーなー』 という視線を向けているが、彼は少しばかり安堵した。
……だが、世の中は中々融通がきかない。 そういった小さな平穏も長くは続かないのだ。
「んだようるせーなァ……人ン部屋の扉の前だぞ? ちったァ静かにできねェのか」
「……サタンさん……!」
海斗の顔は一瞬で絶望に染まった。 対してバルの表情は 『待ってました』 と言わんばかりににんまりと柔らかくなった。
「もしかして、貴女も魔王様に用があって来たんですか……?」
シウニーは弱く睥睨する。
「あん? そうだが……もしかして二人もか? ……で、もう要件は済んだのかよ」
「いえ〜、魔王様はいらっしゃいませんよ〜。 なにもできずここで突っ立てるだけですので〜」
「んだよ……そうだったのかよ。 はぁ〜、来て損したよ。 折角 『重要な話』 の続きをしようと思ってたのに」
サタンが何気なく吐いたその言葉ーーーーそれは、シウニーの瞼をカッと見開かせた。
ルシファーは無表情だったが、それでも眉がピクリと反応するくらいの威力を抱いていた。
言わずもがなバルは 『オォ?』 という他人ごとを喜ぶ顔を。 海斗はまたもや絶望に絶望を重ねた。
「ちょ、ちょっと待ってください……! 重要な事って……一体なんですか……!?」
『いや聞かんでいい聞かんでいい』 海斗は首を横に振った。
「いんや? 教えねェよ。 お前に教えてもメリットなんてねェし」
『そうだよねー!』
「あいつと二人っきりの時にしか言いたくねェ」
『バカァァァァァァッ!!』
「めちゃくちゃ気になる一文なんですが!! 無理にでも問いただしたくなる気分なんですが!!」
「私もそこまで言われると気にはなりますね〜……」
「言いたくねェ。 ま、良いことさ。 とんでもなく良いことだよ」
『それでいい!! それだけでいいからお前はもう口を閉ざせェェ……!!」
「良いこと……そうなのですか〜。 サタンもそうだったのですね〜」
「『も』 って……!!? わ、私も良いことですからね!! 私も幸せなことを報告しに来たんですからね!!」
『他の奴らが黙らねェェェェッ!!!』
恐怖。 別にいつでも三人顔を突き合わせても構わないのだが、この状況下においては、彼女達の顔合わせは恐怖でしかない。
「た、多分私が一番……いっちばん幸福度が大きいと思いますから!!」
『もういい!張り合わなくて良いから!!』
懸命に海斗は念を送るがーーーーダメ。
やはりそんなものでは彼女らを止めることはできやしない。
「へー?それこそ気になるなァ。 教えてくれよ。 私のとお前の……天秤にかけたくなってきた」
『いらないから!! そんなの聞き出そうとしないでくれ!! 出来るだけ平穏なまま終わってくれ!!』
サァ面白くなってきたーーーーそんな微弱な笑顔を浮かべるバルの上で、必死に顔を振る海斗。
だめだ、それ以上話を膨らまそうとしないでくれ……ッ!!
今、彼の心は震源地。 たやすくマグニチュード9は超えるだろう揺れが生じている。
「私も知りたいです〜……なんなんですか?」
ズイっと顔を寄せるルシファー。 かなり挑発的なにんまり笑顔で迫る。
シウニーはそれに少しの嫌悪感を示した。
そして反対側からサタンも迫る……意気込み的には勝っているが、立場的にはかなりの不利。
表情を歪まして 『うぅぅ……』 と喉を鳴らし萎縮しつつ抵抗するが……やはりダメ。 ジリジリと詰め寄ってくる。
あぁこれはダメかもしれない、と彼女が小さな悟りを開いたーーーーその時。
シウニーの中で、何かが弾けた。
「も……」
「……も?」
と、同時に、海斗は嫌な予感がした。
こいつは何か、よからぬ事態を呼び込む一言を放つのではないか、と。
「も、もうじき、こーーーー子供を作るんですよ!!!」
正解。
嫌な予感は当たってしまった。
『シウニィィィィィィッ!!!』
真の絶望の顔になった彼。 対してバルは満足そう。
「こ、子供ってどういうことだよ……!!?」
「子供……」
これには流石に、驚きには強い重鎮二人といえども動揺を隠せない。 突拍子もない言葉。
その言葉がもたらした衝撃の強さは、バカンス中、リラックスするためにビーチでパラソルの下休んでいるところに刀で胸を一刺しされたそれに等しい。
まさかシウニーが……? 明らか歳が自分達よりも低い彼女が……先に子供を作る……?
彼女らの心中に、その言葉が反響した。
「だから、そのままの意味ですよ……っ。 わ、私は、私には結婚を誓い合った人がいるんですよっ。 まだ誰にも話してませんけどね……っ」
強く出たシウニー。 だけれどもそれは見切り発車であるらしく、彼女の声は僅かに上ずり、所々途切れ途切れになっていた。
それには二人とも衝撃のあまり気付いていないので、彼女の言葉の羅列は強靭なままで。
「そんなの……! い、いつからいるんだよそんな奴!! どんな奴なんだよ!!」
特にサタンの動揺は激しかった。
「え、えーと……」
『答えようとせんでいいから!! バレるから!!』
「黒髪が素敵で……」
『言うんじゃねェって!! 言わんといて!!』
「あとは!?」
「えーと…………二刀流が似合う?」
『ほぼ答え言ってんじゃねェかァッ!!』
「お前そんな奴と……!!」
「まさか……その人って……」
『ほらルシファーが勘付いちまったよ!!? やばい状況になってきたよコレェ!!』
「キリト?」
『予想の遥か上を行ったァァァッ!!』
「お前キリトと付き合ってんの!!? あいつって……なんか彼女いなかったっけ……!? 寝とったの!?」
『ヤバイ、これ別の意味でヤバくなってきたかも』
「ちょっと名前違いますけど……」
『確かに似てるけれども!! 銀魂の銀さんを参考にして作ってたらキリトっぽくなったって作者頭抱えてたけれども!!』
「ほぼほぼ一緒ですね!!」
『ほぼ俺って確定だろうがァァァッ!!』
どうやら吹っ切れたシウニー。 質問にドバドバ答えていく。
「そう……私は、どっかの作品にいそうな主人公顔の人と、これから子供を作っていくんです……。 野球チームが作れるくらいの人数を……」
表情が優しさに満ち溢れていくシウニー。 瞳にはもう焦りなどない、嫌悪感などない、苛立ちなどない……もう、優しさしかない。
こうなったら彼女に恐るるものは無し。 何があったって怯まない。
対し二人は焦りを隠しきれていない……。 彼女がそんな境地に達していただなんて……。
しかも相手は主人公顔。 そんな男と野球1チーム分の子供を作ろうとしているのだから。
女としての負けを認めざるを得ない状況。
……だがしかし 『負けを認めたくない』 という気持ちが人一倍強いのが、この七つの大罪組。
「ふ、ふん……っ。 ま、まぁ? 私も主人公顔の男を彼氏として持ってるけどなァ〜……?」
「え」
「え」
『え』
『キタコレ』
「そりゃそうだろうォ、お前、私を誰だと思ってんだ……っ。 人間界だと魔界を統べる魔王って呼ばれてんだぞ……? そんな悪魔が主人公顔した男捕まえてなかったら……な、なァ? ルシファーも、そう……だよなァ?」
「え、えぇ。 そ、そうでした……私も主人公顔の彼氏がいるのでしたよ……本当です、本当。 私は傲慢。 見た瞬間にビビビッときた主人公顔男を我が儘に連れ去ってさしあげましたよ」
『あいつら何言ってんの?』
「ほ、本当なんですか……? 私と張り合うつもりで言ってるわけではありませんよね……?」
『いやその通りだよ。 多分負けるのが悔しくて言ってんだよ』
「そんなわけねェだろうが!! 私だってなァ……サッカーチーム作れるくらい卵子用意してるゥッ!!??」
『すんげェ文章言い放ったぞ!! 卵子用意してるって言ったぞ!!』
「私はアメフトチーム作れるくらい子宮の空きありますんで」
『一気に16子作るつもりィッ!?』
「そ、そんなに……ま、まぁでも!? 恐らく私が一番彼氏に子供作ろうって言ったと思いますし!? 女としての行動力は私が上ーーーー」
シウニーが大声を放った瞬間。
「子供!? シウニー一体どういうことだ!!?」
ルシファーが現れた方向の廊下の先から驚愕の声が放たれる。
その声の主はーーーーアイナ。 シウニーの上司である彼女が、花音を引き連れ三人の元へと近寄ってきたのだ。
『また新しい奴が来たんだけど!!』
絶・望。 海斗は今再び絶望の色を濃くした。
「お前子供を作るなどと……なんで私に言わぬまま作ろうとするんだ!!」
「そうよ! 自分は産みたいという気持ちを優先させたいのかもしれないけど! 何も言わずに産んでしまったら、一番困るのは周りの人なんだから!!」
「あ、アイナさん……花音さん……っ」
ん……? もしや、これはしめたかもしれないーーーー海斗はそう思った。
先ほど二人が現れた時は絶望しか感じなかったが、もしかしたら場を鎮めてくれるかもしれない。
今の一、二声で思ったのだ。
「私はもう身籠っているから団長の座を降りるため、海斗に書類を渡しに来たところだ」
「私も孕んでるから、あとで天界に行って剣士をやめる報告をするつもりよ」
前言撤回こいつらやっぱダメだ。
『お前ら孕んでねェだろォッ!! そんな行為一つもしなかっただろうがァッ!!』
「もうお二人とも身籠ってるんですかァッ!? そ、そんな……」
「……ケッ……」
先を越されたーーーー三人は完全敗北を確信する。
『……いや、なんでお前ら負けたような顔してんの。 嘘だから。 完璧に嘘だから』
「あぁ……私はMr.主人公顔とよく酒を呑む間柄でな……そのままの勢いで、ズッポリとな。 一晩で十回程度はやった」
『その話18禁の投稿サイトでやってくんない? BANされそうで怖いんだけど』
「私の主人公顔manは、昔っからの幼馴染でね……よく夜にする仲だったの……」
『一回もしてことねェよ。 キスすらねェよ』
「夜のあの人は……まさしくトラ……そう、トラなの。 トラは二日間で百回以上の交尾するというわ……そしてあの人は一晩で百回。 そりゃ孕むわよね」
『0なんだけど。 回数0なんだけど』
「いいですねぇ……一晩で百回なんて、可愛いことを言えて……」
んぅ? 誰だ、また声がしたぞ、と、顔を不安にさせて光景を眺め続ける海斗。
すると、今度はサタンがやって来た廊下の方から誰かがやって来る。
「そして今妊娠が分かったかのような口ぶりで……私なんて、もう、三ヶ月ですよぉ……?」
それはアスモデウス。 隣に札生もいる。
しかしなんだ。 今のその彼女の言葉を聞いて一同愕然。 海斗はもっと愕然。 彼の身体に青白い稲妻が走って床を貫通。
もう逃げ出したいと思うほどの痛みだった。
「な……アスモ……お前三ヶ月……なのか……!?」
「えぇそうですよぉ……私の主人公顔ボーイフレンドはすごいのですよ……彼、おはようから晩御飯を食べ終わるまではすごい優しいのですが……一緒にお風呂に入る時間帯から猛獣に変わるのですよ……。 毎日一晩で千回はやりますねぇ。 そりゃ孕むってもんです」
『さっきから俺すげェ速度でインフレしていってんだけど!! 一晩に千回言われたんだけど!!』
「千回だなんて……信じられない!」
「そうですよぉ、信じられないでしょう? こうやって妊娠している時でも遠慮しないんですよ……びっくりするよねぇ、ね? ジェームズ」
「もう名前決めてんの!!?」
爆発的に広がったこの話題。
海斗の 『やめてくれ』 という念は届くことなく、ビックバンのごとく広がった。
「せやろぉ? びっくりやろ? もう名前決めてるって……すごい計画性やわ。 いやたまげたわ」
「札生さん……何故貴方まで? もしかして……貴方にも奥さんができて、子供もできたんですか!?」
ここでシウニーは、アスモの横についていた札生に疑問を抱く。
何故男の彼がここに……いや、別に男がこの話題に入ってきてはならない、などというふざけたルールはないが、今は女の会話。 女が作り上げた女の勢い。
とても男が入り込める隙間はない。 だが、それでも入り込もうとするのは……まさか、奥さんも子供もできたのか、と。
すると札生はにっこり笑顔でこう答えた。
「せやで……べっぴんの男の女房ができたんや!!」
『それが一番たまげたわァッ!!』
「べっぴんの男ができた……? よ、よく分かりませんが……ま、まぁ……おめでた一歩手前、ということで……?」
「せやな!! もうじきわてが子を作ろうと思ってなぁ!!」
『どうやって作るんだよッ!!!』
「わての主人公顔イケメンはシャイやけんそんな誘いしてこーへんけど……今日はわてが誘ってみて作ろうと思っとる!!」
『だからどうやって作るんだよッ!!!!』
そのあともギャーギャーお盛んに各々の彼氏自慢を繰り広げる彼女達。
言っている内容は違うものの……彼氏の名前を言っていないから伝わっていないだけで、彼氏と言っているのは全員海斗のこと。
名前を言わないのは彼にとって好都合ではあったが、このまま会話が膨れに膨れ、もう手がつけられない状況になることをなにより恐れた。
それは自分が、全ての中心人物であるとバレるよりもきっと危ないこと……それだけは避けねばと思った。
しかし止める手段がない。 ここで自分が出て行くわけにはいかないし……。
「ど、どうするんだよこれ……ヤバイだろこれ。 絶対中々止まらないヤツだよこれ……な、なぁバル、どうしよこれ……」
故にバルに助けを求めた。
彼女ならなんとかしてくれる可能性があると感じたから。
と、いうかもうバルにしか頼めない。
「……ん〜…………まったくもう、仕方がないですね〜……」
そしたら彼女は、面倒くさそうに感じたのであろう。 『ん〜』 と喉を震わせて数秒後。
腰を下ろしていた体勢からゆっくりと立ち上がって、海斗を助けようとした。
すれば海斗は期待を込めた目をして 『え? なんかあんの!?』 と言う。 すると彼女はすました顔でこう続けるのだ。
「ありますよ。 彼女達を一瞬で黙らせる方法が」
これには海斗も大喜び。
「マジかよ!! 頼む! 任せてもいいか……!!?」
「分かりました……まぁ、あのまま騒がれ続けるのもあれなんでね。 じゃ、見ててくださいよ」
そう最後に言って、彼女は扉を開いて海斗が状況を見えるくらいの隙間を作るようにして閉めた。
そのままスタスタとシウニー達が言葉の乱闘をする場所へと近づき……十分近づいて足を止める。
そして全員彼女の存在に気付き、視線をそこに集中させる。
何故バルがここにいるのか……その大きな疑問を抱えたまま。
……すると、バルは息を吸い込んで声を紡いだ。
「……なにやってるんですか、魔王様の部屋の前で……うるさいったらありゃしませんよ。 本人がいないからといえども、こんなに大声を出し続けるのはナンセンスです」
そう言われた彼女らは口を噤んだ。
確かにその通りだったからだ。 自分達は何故こんな言い争いをしているのか……他人の愛の強弱だなんてどうでもいいではないか。
その考えに今辿り着いた。 シウニーはこの言葉に対し 『す、すいません……』 と口にし、各々も部屋に戻っていこうと、足に力を込め始めるーーーーが、その時。
「あ、そういえばですね〜。 私、さっき良いことがあったんですよ〜」
と、バルが突如言葉を紡いだのだ。
なんだ? と全員足を止める、身体を止める。
すると彼女らに、どういった 『良いこと』 なのか説明をするために、バルは服の中から一枚の書類を取り出し……。
「ほらぁ……いいでしょ? これ。 これ、婚約届なんですけどぉ〜。 先ほど、魔王様から頂いたんですよねぇ〜。 『結婚しよう』 という言葉を添えてぇ〜」
こう言った。
「……な……」
そう言ったのだ。
「何やってんだァァァァァァッ!!!!」
その一連の言動が行われた直後。
シウニー達の顔は強張り、影を落とした。




