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すべからく人は欲望を持ち、それをガソリンとして長い長いレールの上を走ってゆく

「どっちがいい?」

「どっちがいいんですか?」


「……」


顔に影を落とし、鬼気迫る覇気を身に纏うシウニーとサタン。

冷ややかな瞳で海斗を睨み見て、選択を迫る。

鬼。 まさしく鬼。

『なんか想像と違う』 と、困惑する海斗は、あたふたあたふたと二人を高速で交互に見る。


「……なんですか、その反応……」


アタシ達は言葉での答えが知りたいんだが……!?」


「い、いや……あの……」


その反応が彼女らのイラつきに拍車を掛けた。

纏うオーラがめちゃくちゃ大きくなる。 これはマズイ。 いい展開ではない。

だから海斗はうんうん悩む。

二人にかける言葉は何がいいか悩みに悩む。


「な、なんで二人は喧嘩してるんですかね……?」


「は? してねェけど」


「私達は魔王様の答えが聞きたいだけですが」


「いや喧嘩してんじゃん、めっちゃ競い合ってんじゃん、火花あげてんじゃん、血管浮き出てんじゃん」


二人の憤激を何とか食い止める方法は無いのか……めちゃくちゃすごくとてもいと考える。


「……で? どうなんですか……!?」


ーーーーだが、なかなか出てこず。

これ以上待たせるのも、二人にとっても怒りの種になりそうだし、こっちにとってもストレスマッハで心の臓が持たない。


「そ……そうだなぁ……ぁ……えぇと……」


で、その二つを容易に解決してくれる方法は。


「ーーーーあ! 俺積みゲーあるし、まんじゅうも買ってたんだったわ!!」


『逃走』 だった。


「おい海斗ォッ!!」


「なんでそっち行くんですか!!」


サタンの手を振り切って逃げた海斗。

その姿に二人は驚く。 まさかこの状況下で逃げる選択をするとは思わなかったから。

彼の逃走の様は、まさに天敵から必死こいて逃げる弱者の如く。

逃走時に必須の筋肉を全力稼働させて逃げる逃げる。


「積みゲーなら私とやりましょォォォォッ!! なんでもいいんで!! どんなゲームでもいいんで!! 一人でやりたかったらずっと横で見てますんで!! 貴方を!!」


「画面を見ろォォッ!! 現実の方を見なくていいから画面を見てくれェェッ!!」


「まんじゅうだったら 『あーん♡』 しやすいだろうがァッ!! それしてやっから! 良いムード作ってやっから気分はもう恋人だから!!」


「無理だろうがァァッ!! 他の奴らならまだしもお前は絶対作れねェだろうがァッ!!」


そんな彼を逃すまいと二人は追行。 それはもう全力で追いかける。

ドタドタドタドタ鈍く響く音……それが積み重ねられていくと同時に、彼の心の中に焦りと、少しの申し訳なさが生まれていた。

前者は 『ハーレムってこんなに圧迫されるものだったっけ?』 というもの。

後者は 『勝手に恋心を持たせといて逃げている現実』 から来る感情。


「……」


徐々に、徐々に後者の思いが大きくなってくる。

だって、よくよく考えたら陳腐な解決方法である。

逃げるなんて、他のハーレム主人公がよくやっていることではないか。 そんなもの、自分がやってどうする。

逃げ、なんてその他の主人公達にやって貰えば良いのだ。

やっぱりまっすぐな答えを言おう……。


そう思い、海斗はチラと後ろを見た。


「積みゲー積みゲー積みゲー積みゲー積みゲー」


「まんじゅうまんじゅうまんじゅうまんじゅうまんじゅうまんじゅう」


すると。

化け物のような顔をして、同じ言葉をマシンガンの如く吐き出している二人が目に入りーーーー。

前言撤回。

彼は走ることをやめなかった。

己の死期が見えたから。


「クッソあんなんに言葉が通じるわけがねェ!! 捕まりたくねェ!!」


全速力で走る、走る。

顔に汗を滲ませ、心に多大なる焦燥感を滲ませ、ひたすら走る走る。

ずっと直線のままだと追いつかれる可能性がーーーー故に枝分かれになっている通路に身を運び、また運び、ジグザクに猛進。

絶対に捕まってはいけない。 捕まったらヤバイ、マジでヤバイ、何をされるか分からない。


そしてこのままだと捕まってしまう可能性大。 シウニーはともかくサタンの体力はかなりの多さ。

どこかに身を隠さないと安心は手に入らない。


「どーこーかーにー部屋は〜…………!! あるゥッ!!」


と、できるだけジグザグに走っていた最中さなか

右側に扉を発見。 しめたーーーー彼はそう思った。

まさに神からの贈り物だと、そう思ってしまうほどの輝きを放っているように見えてしまうその扉。

後方に彼女らは見えない……まだ海斗がいる通路に追いつけていない。


「あいつらが見ていねェ今のうちに……!」


この状況でとる行動はただ一つ。

扉を開扉し、音を殺して閉め、息をひそめることだ。

だから海斗はドアノブを回して部屋へと侵入ーーーーそしてそろりと扉を閉めて、扉に背中を静かに当てた……。


走る緊張。 引っ込む汗。

部屋の天井の中央部分に、白色の弱い照明が付けられていたため、それが彼に当たって、血の気の無い顔がますます蒼白になってゆく……。

対し、反比例してどんどん鼓動の回数を増やしていく心臓。


そこで、二人の足音が近づいてくる。

ドタドタドタドタ、重い足音だ。 絶対に海斗を捉えようとする意思が強く込められていると感じられる。

それが近づいてきて…………扉の前を通って…………。


「……」


通り過ぎていった。


その音を聞いて瞼を閉じ、長く、深い息を吐く。

これでもう、ひとまずは安心だ、と。


全体重を扉に預け、そのままへなへなと腰を落としていくーーーー。

完全に座り込んだとき、彼はまた息を吐いた。


「……どうしたのですか〜?」


「バァッ!!?」


その息を吐き終わった刹那、女性の声が彼に向けられる。

驚いた海斗。 もしかして二人の内どちらかがどこかに空いている隙間から声を潜り込ませたのか、と思った……が。

それは違った。 彼がよく部屋の中を見ていなかっただけだった。


「魔王様〜、どうしたんですか〜? いきなり入ってきて〜……」


声の主はルシファー。 

彼女は、部屋の奥に設置されている丸椅子の一つに座っている。

他に四つ同じ椅子があり、それらに囲まれる直径一メートル程度の丸いテーブルがあった。

その上には、彼女が飲んでいる紅茶が入った白いカップが置かれ、そこからやわらかな湯気がゆらりゆらりと昇る。


どうしたのか、と、彼女は立ち上がり、げっそりとした海斗に近づいた。


「あ、あぁ……ルシファーか……よかった……お前で……」


「あらそんなこと言われたの初めてかもしれませんね〜。 魔王様って大体私がいたら舌打ちしてきません?」


「お前がいた時に良いことなんて起きたことがねェからな……反射でつい出ちまうんだよ」


そして彼女は海斗の前に到着、目線の高さを合わすためにしゃがんだ。


「なるほど?…………で、今は私とこうして顔を合わせる方が良い……そう思ってしまうほどの状況を背負っているんですね?」


「……察しがよろしいこと……」


次に、海斗が何故ここに入ってきたのか。

それを聞き出す言葉を吐いた。


「何があったのか……教えていただけません?」


「……ルシファー」


複雑な感情だ。

彼女に事情を話すのは、複雑だ。

彼女の性格から来る懸念もあるし、過去から考えてもそうである。


「……教えたら、協力してくれるってか?」


「まぁ……そうですね〜……」


だが、もしかすれば、こういう事態で一番心強い存在となってくれるのは、こういう奴なのかもしれない。

海斗は少し悩んだ結果、話すことに決めた。


「なにより、超おもしろそうですからね」


「やっぱ話したくないんだが」



ーーーー



「……っていうことなんだよ」


「なるほど〜……そういうことなんです、か」


それから全てを話した。

機械のこと。 渡された経緯。 それから起こった片手程度の出来事。 それからさっきあった二人の事……。

全部全部、要約して話したのだ。


「なかなか興味深いことではありますね〜。 ボタンを一度押しただけで惚れさせてしまう機械だなんて〜……」


「そうだよなぁ? ベリアルは普通だって言ってたけんども……やっぱ異常だ。 望んでいたハーレムの雰囲気じゃなかったし、命を刈り取られそうになるし……もう散々だ」


「そうなんですか〜? 男性は全員ハーレムならどんな形でもいいのかと〜……」


「んなわけねェ。 少なくとも俺はあんな暴力的なハーレム求めてねェよ。 つーか嫌だろあんなの。 シウニーとサタンが頬真っ赤にさせながら脅迫じみた言葉をぶつけてくんだぜ?」


「ご褒美じゃないんですか?」


「んなわけねェだろクソ堕天使」


そういった事情を話しても、ルシファーはあまり大きな反応を示さなかった。

ただひたすらに、海斗の右手に握られている機械を見つめているーーーー普段通りの、何かを企んでいそうな笑みを浮かべながら。


「……ただ、私はとても興味がありますけどね〜。 魔王様の心労はマッハでしょうけれども……」


「そうかよ……」


「えぇ、だってボタンを押されただけで恋をさせられる代物ですもの……そりゃあ興味を抱きますとも〜」


実にルシファーらしい感想だと、海斗は思った。

ふざけている……と思わせて、なにか奥では考えていそうな雰囲気。 それが彼女。

これで協力してくれれば、かなりの戦力となってくれることだろう。


「興味を抱くのはいいがよぉ……こちらとしてはもう兵器でしかないんだよなぁ……夢の機械という最高の立ち位置から最底辺に落ちたからなぁ」


「……」


という期待を彼は感じている中。

まだ彼女は機械を眺めていた……本当に興味深そうに。


今、機械は海斗の手によって握られている。

親指をボタンの上に置き、他四本は機械を包み込んでいる握り方。

多分円柱状のものを持つ際に、一番持ちやすい握り方。


「私……これがもたらす効果に、非常に興味があります……」


ガッ。


「え?」


そんな彼女は海斗の手ーーーーその上から自分の右手を覆い被せた。

もちろん自身の親指は彼の親指の上。

少しでも力を込めればカチッと押せてしまうだろう。


「な、なにやって」


そして。 彼女は。


「えいっ」


ポチッ。


親指に力を入れて、ボタンを押した。

いとも簡単に押してみせたのだ。

海斗は呆然。 一瞬彼女が何をやっているのか理解できなかった。

対し、ルシファーの顔は……みるみる内に紅潮。 白い肌が真っ赤に変貌。


「あ、あら〜…………私から押したら、何もならないと思ってたのですが……こ、これはどうやら……本当のようですね〜……♡」


視線は機械から海斗の顔に移動。

それを見た刹那、海斗は危険を痛いほど察知してしまってーーーー。



ーーーー



バァンッ!!


「ああああああああああ!!!!」


めちゃくちゃな扉の開け方をして部屋から飛び出した。

だめだ、あのルシファーも自分の虜になってしまったーーーーもう完璧な味方として頼る事はできない。

海斗は後悔した。 あの時なにも話さなかったらこうなってはいなかっただろう、と。

もう少し先の未来で話していたら、うまい具合に味方に付いていてくれたかもしれないのに、と。


「待ってぇ〜、魔王様〜♡」


「待つわけねェェェェ!! 捕まったら何されるか分からねェェェッ!!」


後ろから聞こえる彼女の声に恐怖を覚える海斗。

先ほどの二人とは明らかにベクトルが違うヤバさ。

彼はそれを感じてひた走る。 天敵に追われているかの如く、慌てふためき走る走る。


途中で幾らかの分かれ道があるが、もう考えていられない。

この城には敵が三人もいる。 もう戦略とか考える暇がない。 南無三。


「ーーーーあぁ!! いました!!」


「おまっ! 探したぞゴラァッ!!」


「アバッ! 二人がァァァ……!!」


数ある分かれ道を無視して通った時、その分かれ道の先にサタンとシウニーがいたらしく。

でっかい足音を聞いてそちらに振り返り、海斗を発見。

その二人も再び海斗を追いかける事となる。


「積みゲー積みゲー積みゲー積みゲー積みゲー」


「まんじゅうまんじゅうまんじゅうまんじゅうまんじゅうまんじゅう」


「あいつら何も変わってないんだけど!! 最悪のラインをずっと走ってるんだけど!!」


しかもその後ろにはルシファー。 これはもうダメかもしれない……そう彼の心に諦めが生ずる。

誰か……誰か少しでもかくまってくれる人はいないか!?

小さな光を模索する海斗。 この際誰でもいい、俺に少し手を貸してくれる人プリーズ。 と。


すると、その願いは届く。


「……? あら? 魔王様ぁ、どうしたのですかぁ〜?」


彼の先にある右の分かれ道から、一人の女性がゆっくりと出現。

彼女はアスモデウス。

柔らかな黒髪を揺らして、柔らかな茶色の瞳を彼に向ける。

そんな彼女を、めっちゃ、すごく、とても巨大な救いの手に見えた彼。


「あ、アスモォッ!! 助けて! 俺後ろの三人にーーーー」


だから彼は助けを請うた。

気を抜くと意味不明になってしまいかねない思考をなんとかまとめ、紡ぐ。

これで大丈夫だ、あぁ、大丈夫だ。

そう光に手を伸ばし始めた海斗……だったが。


「ーーーーあっ」


足が絡んで。

転倒。


そのときあまりにも焦りすぎて受身が取れず。

バタン、ポチッ。

ポケットにしまってあったボタンを下敷きにぶっ倒れてしまった。


「……」


ボタンの感触を理解した海斗。 嫌な汗が滲み出始めるーーーー。

恐る恐るアスモの顔の方へと視線を上げてゆく……足、腰、お腹、胸……。

それらが正常であると確認したその先に。


「まおうひゃまぁ……な、なんかへんれふぅ…………」


真っ赤にさせて、頭から湯気を出している顔があった。


あ、ヤバい。

真っ先にその感情が全身を駆け巡った。



ーーーー



「ちょああああああああ!!! なんでこうなるんだよォッ!!」


後ろに四人が付いてきている。

ヤバい。 これは本当にまずいことになってしまった。


「積みゲー積みゲー積みゲー積みゲー積みゲー」


「まんじゅうまんじゅうまんじゅうまんじゅうまんじゅうまんじゅう」


「ほんとに地獄なんだけど!! 地獄が俺を追いかけてきてるんだけど!!」


これは捕まったら死んでしまう。 そんな確信を得ていた。

なぁ、本当に誰か助けてくれ。 俺が悪かった、あぁ悪かったさ。 安易に真のハーレムの主人公になりたいって思ってしまって、本当に悪かったさ。

反省してるから……だから、だから誰か助けてくれ。

一人くらい味方がいてもいいだろう? 人生ってそういうものじゃないか。

周りは敵だらけだと思っていても、その中に友人紛れているもんだ。


そうだろう……? そうなんだろう?


そういった声にできない言葉を頭の中で反響させながら走る、走る。

頼む、と……もうそろそろいいじゃないか、と。


「……?」


すると。


「……なにやってるんですか」


その願いは。


「危ないじゃないですか。 そんな大人数で廊下を走ったらー」


最高の形となって、今、現れる。


「ーーーーば、バルゥッ!!!」


少し先にある左の分かれ道から、バルが現れたのだ。


「はいはい、バルですよー。 バルですから走るのやめてください。 誰かとぶつかったら痛いですよー。 ただじゃあすみませんよー」


どこかめんどくさそうな顔をして、慌てる海斗を見て言葉を投げかけた。

だがその言葉に反応することなく彼は走り続けーーーー彼女の肩を掴み。


「すまねェ!! そんな余裕がねェ!! 頼む! 付いてきてくれよ!!」


「え? ちょ、ちょっ……」


半ば無理やり自分の進行方向に押して、並走するように頼み込んだ。

したら彼女もなにかの、事情の鱗片を感じ取ってくれたのか、並走を開始。

後ろから追いかけてくる四人を少々気にしながら、彼女は海斗に問いかける。


「どうしたんですか? こんなに慌てて……それにシウニー達も……」


「こ、これっ……! これの所為なんだよ……ッ!!」


はてなマークを浮かべる彼女に、ポケットに手を突っ込んで機械を取り出す。 そしてそれを見せた。

見た彼女はますます大きなはてなマークを出す。 なんだこれは、と。


「こいつは、ヒロインの前でこの赤いボタンを押すと、そのヒロインに、押したやつに対する恋心を芽生えさせる機械なんだ……!! ハーレム主人公になりたいってベリアルにいったら用意してくれたんだけど……!」


その疑問の言葉を吐かれる前に、彼は答えを言った。


「は、はぁ……それを彼女達四人に押してしまった、と?」


「そう、その通りだ……俺はあいつらに押してしまったんだ……!」


「で? なんで逃げてるんですか? 恋心抱かれるくらいなら別に良いじゃないですか」


「程度が凄まじいんだよ!! みんなほんわか〜した感じで恋をしてくれるのかと思ったら、他人といがみ合うし! 話聞かなくなるし!!」


「へー」


できるだけ、この焦る中でも要点をうまいこと言ったつもりの海斗。

どれだけヤバいのか、どれだけ焦っているのか、それがバルにも伝わるように。

……しかし、その彼女は非常に無関心そうで。


「へーじゃねェよ! つーかごめんバル! めちゃくちゃ自分勝手なのは分かってるけど助けてくれェッ!! もう安易にハーレムしたいとか言いださないからなんか奢ってあげるからァッ!!」


「……はぁー。 こういう時には無能なのは面倒くさいですね……」


「すっげェムカつくけど聞かなかったことにするから!! 助けて!! なにか良い案とかない!!?」


ただ、なんだかんだ言って助けてくれそうな雰囲気ではある。

だからなんとかお願いして、ここを切り抜けられるアイディアを求める海斗。

すれば 『うーん』 と喉を唸らせ、思考を巡らせる。

そして数秒程考えて……あるアイディアが頭に浮かんだ模様。 『あっ』 と小さく声を出した。


「じゃあ壊したらどうです?」


これだ。 これが浮かんだアイディア。


「壊す……?」


「はい。 壊したらどうにかなるんじゃないですか?」


「え、で、でも、それで、もしもっと悪化しちまったら……」


「何もしないよりはマシでしょう? 小さな光かもしれませんが、私は可能性としてはあると思いますよ? だってベリアルが作ったんでしょう? あの子、普段は真面目ですけどこういうのは遊び半分で作ってることは多いんですよ」


「……」


「ですからすぐに壊れますって。 元に戻れますって」


彼は考えた。

この短時間で考えて考えて、考え抜いた。

あの四人に捕まるなんて……正直嫌。


だから彼は。


「……わ、分かった……やってやる……ッ! やってやるぞ俺は!!」


そう答えた。


「そうですか。 じゃあ思いっきりぶん投げて壊すのが良いでしょう……ほら、この先、二手に分かれる丁字路の壁があるでしょ?」


「あそこに当てりゃあいいんだな……? 簡単だ……やってやるよ!!」


バルが言った通り、二人が走る先には丁字路の壁があった。

およそ三十メートル先。

ぶん投げて、そこに当てて壊せば活路が見える……かもしれない。


がってん承知、やってやるーーーーそう覚悟を決める。

決めた瞬間、彼は一瞬だけ足を止め、機械を握り振りかぶる。

全身に力を込め、これを粉砕してやるという思いも込め…………。


今。


「ーーーーオッラァァァァァァァァァッ!!!!」


投げられた。


それは銃弾の如く放出され、ひたすらにまっすぐ空間を裂いていくーーーーボタンを前にして。

ただ先にある壁にぶつかるために。 ただ一筋の光を浴びるために。


「いけェェェェェッ!!」


そして四人から逃げるために、再び足を動かし始める。

もう積みゲーやらまんじゅうやらと言われ続けるのは嫌だ。 抜け出したいループだ。

そんな、強い願いを乗せられた機械は突風を巻き起こしながら進む進む。


よし、このままうまくいってくれればーーーー海斗の心に、一抹の安堵感が生まれる。


……だが。


「そのままぶっこわ…………あん?」


運命は、これを良しとはしなかった。

運命はその場に相応しくないものを連れてきたのだ。

そのものとはーーーー。


「ふぅ……最近酒を呑んでいないな……部屋にも貯蔵が無いし、揃えに行くとするか……」


アイナだ。

海斗から見て右の通路から顔を出す。

そしてその逆方向からも誰かが出現。 その者も、彼にとっては馴染みのありすぎる顔で。


「はぁー……部屋に行っても海斗いないし……廊下歩いてても出くわさないし……も〜、どこに行ったのよあいつ〜」


彼女は花音。 海斗の幼馴染。

彼女もなにかぶつぶつ呟きながら、不満を滲ませる表情で歩を進めていた。


「ま、まじか……!?」


これを見て青ざめる海斗。 その様子を不思議に思ったバル。


「どうしたんですか?」


「もしかしたらあいつらも恋心を抱いちまうかもしれねェ……! さっきルシファーが、俺の指の上からボタンを押しただけで恋をしちまったんだ……! もしかしたら壁にぶつかっただけでも……ッ!!」


なるほど、だから海斗は焦っているのだ。

だけれども、その不安を解消させてやることはできない。

機械は間も無く壁に激突する。 今飛んでいる機械の姿勢から、ボタンが壁に当たってしまうことは明確。

だからなんとかしてあの二人をここから遠ざけなければならない。


挿絵(By みてみん)


「おいィィィッ!! 二人ともォォォッ!! そこから離れてくれェェッ!!」


故に大声で呼びかける。

するとその声に気付いてくれたみたいで、二人は海斗の方向へと視線を移動させる。


「おー海斗。 何か言った……うん……?」


「あ! 海斗! そんなところにいたのね〜……あれ……?」


と、一瞬は二人とも笑顔を向けたが。 すぐに目の前にある異変に気がついた。

何かがこちらに向かって飛んできている、と。

それがなんなのか理解することはできていない。


「早くそこから離れてくれェェェッ!!! 大変なことになるからァァッ!!!!」


「大変なこと……?」


「もしかして……爆発したりするの!?」


もう一度投げかけられた言葉を聞いて二人は目を見開く。

この、飛んできている物体は……もしかしてめちゃくちゃ危険なものなのでは!? と。

それならやばい。 花音が放った言葉の通り、もしこれが爆発する代物だった場合大怪我は免れないから。


ならば避けるしか無いーーーーそう思って二人とも後方へと飛び移ろうとする……が。


時すでに遅し。

もう機械は、すでに壁との距離を詰めてしまっていた。

目と鼻の先。 避ける暇も無い。

よって機械はーーーー彼女らが後ろに飛び移る前に壁に激突。

これではもう回避も間に合わないかもしれない、そう思った二人はとっさに防御体制へと移行。

両腕を顔の前にやり、衝撃に備えた。


そして機械は、ポチッ、と、嫌な音を立て。 ビリリという電流が異常に走った音もさせて……床に落っこちた。


「…………」


「……」


「……」


……静止する三人。 様子を静かに、興味深そうに伺うバル。 何が起こってるのか分からなくて立ち止まる後ろの四人……。

アイナと花音は、これが爆発するものだと思ってしまっている故に身体を強張らせている。


「……ん? 爆発……しない?」


……が、いつになっても衝撃がやってこない。

不思議に思った二人は恐る恐る瞼を開けて、床に落ちている物体を見た。

これは一体なんなのだろうか。 海斗を見ても、自分達と同じようにはてなを浮かべて眺めている。


「……何も起こらない……? なんだ、平気じゃあないか」


彼は予想外な展開に一驚。 共に少しの安心を抱いた。

そんな彼に、アイナは機械を拾い近づいていく。

それに続いて花音も接近を開始。 変わらず海斗は不思議なものを見る目で二人を見ていた。


「え、二人とも、何も異常は無いのか……!? なんかおかしなところはない……!?」


「おかしなところ? なんだそれは」


「避けろだなんて言うから驚いちゃったじゃないのよー……で? なに? なんかあったの?」


確かにボタンは押された。

かなり強くボタンが押されたはずだ。

なのに、二人にはなんの変化は無い、ということは……。


壁でのボタン押しは、意味が無いということ? 彼はそう思った。


「い、いや……何も無いんならいいんだよっ……! いやぁ〜すまんな! 不安にさせちゃってよ〜」


右手で、頭をおおげさに掻く海斗。

不安だった現象が起こらなかったというだけで御の字。

どうやらうまい具合に機械だけが壊れてくれたらしい。


「なにそれ、変な海斗」


「あっははは! いやいや、本当に面目無い!」


ごく普通の会話。 なにも不安がることは無い。 何一つ無いのだ。

ほんの僅かな時間抱えてしまった不安の全てが滑り落ちる。

やった、これでもう女性からの激情に頭を抱える必要は無いのだ。


これで、いつもの騒がしい平和が戻ってくるのだ……。


「ーーーーあ、そうだ。 海斗、お前に言いたかったことがあるんだが……」


「そうそう、私もあるんだけど」


「あ〜? なに〜?」


気分は最高。

うん、やっぱしいつもの世界が一番だ。 今は強くそう思う。

ごめんなベリアル。 折角作ってくれたものだけれども……。

ハーレム主人公になりたいと思った場合は、これからは、自分の力でそうなるよ。


と、感じていた矢先。


「日曜日……予定、空いてるか?」

「日曜日とかって……空いてる?」


挿絵(By みてみん)


「……」


最悪な結末が目を開けた。


「や、やっぱりお前らもかいぃぃ……」

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