なぞなぞのほとんどはただの揚げ足取りに使われる武器
「いや色々開発っていうか、色々問題なんですけどォォォォォッ!!!!」
海斗が示した 『必ず勝てる方法』 が、これだった。
なんともどこかで見た事があるものだ。
凄まじく既視感のある緑色のドカンだ。
「このどこかに入れば良い。 大丈夫大丈夫、絶対安全だから。 2面、3面、4面のどこかに行くだけだから」
「その基準どうなってんの!? ハーフマラソンにそんなステージみたいな区分けあったっけ!?」
「まぁだいたい4面行きのドカンをみんな選ぶな。 でもその場合2面、3面が遊べないから、ドカンに入りたい、且つ楽しみたいと思う人は2面から行くと思うわ」
「聞いてェェェェェェッ!!! まず聞いてェェェェェッ!! あんまりやっちゃいけないから! そういうのやり続けたらほんと危ないから!!」
しかし海斗はなんのことやら。
まるでビルの屋上にドカンが生えていることを当然と見ているようだ。
レテにはそれが不思議でしょうがない。
それでも尚、海斗は己のペースで話し続ける。
「なんだよしゃあねェなー……そんなに嫌だったら、こっちのドカンに入ると良い」
そして海斗は違う選択肢を彼女に与えた。
「でも結局ドカンなのね……!! で、なに、この禍々しいオーラをまとったドカンは……」
それがある先は、三つのドカンがある右方向ーーーー彼はそこを指差した。
そこにはさっき同様、同じようなドカンが鎮座。
唯一違う点といえば、囲むどす黒いオーラのみ。
おすすめされたそれの説明をレテは望み、耳に入った返答が。
「これに入ると8面に行ける」
「何一つ変わってないィィィッ!!」
最終面に行けることだった。
「いやいや変わるわ。 すんげェ変わるわ。 1面から最終面に行けるんだぞ? クッパ城が近所のコンビニ感覚に変わってんだろうが、劇的だろうが」
「そういうことじゃなくてッ! こうー……他作品の概念をここに持ってきちゃうと、色々と問題があるかなー……って」
「……はぁ……分かった。 そんなにドカンが嫌なら、こっち使え。 もう一つ用意してあるから」
「もっと複雑になったァァァッ!!」
大絶叫レテ。
なかなか話が通じない海斗に苛立ちを覚えるとともに、多大なる焦りも抱いた。
「ドカンだったら繋げた先にしか移動することができねェが、大砲なら火薬の量とか角度とかで飛距離を調整できるからさ。 んで、大体カービィの大砲って、飛んだ先にマキシマムトマトとかの回復アイテムがあるんだよ。 よかったな、これでスタミナ回復できるな」
「いや、そういうことじゃなくて」
「それか一気に8面まで行けるぜ」
「また8面行くの!? ピンクボールのラスボスクッパじゃないんだけど!!」
貴重な時間を割いて、結果得られた計画はこれか。
レテは内心焦りに焦っていた。
ただでさえ自分には力がないーーーーそれ故に一秒でも時間を無駄にしたくはなかった。
しかしこれだ。
トップを取れるかもしれないという大きな希望を抱いてここに来たのに、内容がこれだ。
なんたる誤算。
おおよそ海斗の所為だが、彼女は自分を少し恨んだ。
……だが、海斗は。
「つべこべ言わず早く入れ!」
「え……ッ!? ちょ、うわァッ!!?」
そんな誤算は認めなかった。
どこかーーーーというか全体的におかしな雰囲気をまとうものでも、それらは全て彼女の事を思って設けたもの。
だから海斗はなにも恥ずかしさを感じることなく、後悔も抱くことなく。
そして、煩わしさを感じたくなくて、なかなか進もうとしないレテを担ぎ上げて大砲の中に投げ込んだ。
そのあと大砲から顔をひょっこり出すが……時すでに遅し。
繋ぐ導火線に、彼は火を点けていた。
「ちょっとォォォッ!! まじで危ないから!! ほんとにマラソンで大砲使うとか、頭おかしいんじゃないの!!?」
「世の中を率先して引っ張ってきたのは、いつだって頭がおかしい奴だ。 俺は 『マラソンで大砲を使う奴』 のパイオニアになるんだ。 お前も諦めて 『マラソンで大砲を使って勝った女』 としてのパイオニアになれ」
「普通に頭おかしかったァッ!! てかほんとに!? ちょ、っま……」
「はい導火線残り十センチ〜」
「いやァァァァァッ!!!」
そしてその火はもう目の前。
バチバチと。
導火線を灰に変えながら。
進んで。
進んで。
進んで。
ーーーー今。
「マジでいやァァァァァッ!!!!!」
大砲に到着した。
瞬間、バボンッ!! という一種の爆発音を響かせ。
「アァァァァァァぁぁぁぁぁぁぁ………….!!」
中にいたレテは成す術なく大空彼方へと吹っ飛ばされていた。
「……まずは一つ。 ここからだ」
それを眺める海斗。
自分が立てた計画が始まったことにひとまずは満足。
静かに腕を組んで、今はただひたすらに飛ばされているレテを眺めている。
しかしいつまでも満足の余韻を楽しんでいられないーーーーそう強く感じた海斗は、右腰につけたトランシーバーを口元に持っていきーーーー
「海斗だ。 こっちは無事、レテを大砲でぶっ放した。 あとのことは頼んだぜ」
そう言った。
『こちらアイナ。 了解、迅速に次の行動を完了する。 オーバー』
スピーカーから返ってきたのは女性の声ーーーー主はアイナ。
なにやら重みのある 『バッバッバッバッバッ』 というノイズを纏った声を返答とした。
海斗は、その彼女の声を聞き、トランシーバーを腰の部分にまでゆっくり下ろすと共に、浅く、長い息を鼻から吐いた。
それは安堵の表れか、それか緊張の始まりを告げる合図なのか。
いずれにせよ、今の彼にはーーーー。
「……」
無言で、レテが飛んで行った方向を眺める他なかった。
ーーーーーーーー
ただいま先頭は3キロ地点。
ハーフマラソンの勝者が決まるまで、まだまだ距離がある。
これならば、まだ誰が勝ってもおかしくないーーーー。
……そう、言いたいのだが……。
「よっしゃああああああ!! エウニスゥゥゥッ!! 私達よりも早く、前を走っている人はいますかァァァァッ!!?」
「いえええ姫ェェェェッ!! そんな者はおりませぬゥゥゥッ!! 我らがトップ!! 我らがぶっちぎって一位と二位を独占して走っておりますゥゥゥッ!!」
今大会ではそうは言えない。
なんせここにはあのエル二人がいる。
間違いなくトップであり、間違いなく今大会トップクラスの身体能力を有し、間違いなく今大会の優勝候補に上がるだろう二人。
マテスとエウニス。
今大会に参加しているのはほぼほぼ運動不足の男達。
ビールッ腹にヒョロガリガリ、挙げ句の果てに標準体型なのにまともに走れていない者が大多数。
さすがに二人についていける者はいなかった。
「ばんざァァァいッ!! そうですよねそうですよね!! やはり我らが一番!! このままトップを取らせていただきましょう!!」
まさしく嵐……ッ。
二人が通った場所には砂埃、加えて猛烈な風が吹き荒れる。
とんでもない速さ。
やはり……やはり、この大会のトップは二人になってしまうのか……?
レテの努力は?
彼女が、そこにどんな理由あれど、努力してみようと思った覚悟は?
そしてそんな彼女を教え導き、必ず勝たせてやろうとした、海斗、バル、スコルフの心意気は……?
それらはいったい、どうなってしまうのか。
もう……諦めることしか、方法はないのか……?
……ヒュゥゥゥゥゥゥウウウウウウウ…………!
と、その時。
「ーーーーッ!!?」
「ッ!!」
二人がこれから通ろうとしている道ーーーー丁度、彼女達から二十メートルない場所。
その道の中央に、極めて小さな影が出現。
それは、徐々に、徐々に、徐々に膨張し、形は四角く成長していった。
二人はその影をいち早く察知、猛烈なスピードを保った身体に急ブレーキをかける。
完全に止まるまでに五メートルはいったーーーーブレーキをかけた足からは砂埃が発生ーーーー完全に止まるまでに五メートルはいった。
止まった後から、砂埃がゆっくりと広がり二人から離れていく……。
ーーーーそこでーーーーッ!!
ドァァァァァァァァァァッッ!!!!!
影は最大にまで膨張し、本体がそれを勢い良く押しつぶした。
ズシン!! ではない。
ドン!! とかじゃあない。
限りなく大地を歪ませ震えさせる 『音』 と 『揺れ』 を持ってきたのだ。
かなりの重さを持つ物の自由落下ーーーー結構な高さから落っこちてきたんだろう、二人が起こした砂埃よりも大量のそれを巻き上げた。
「……」
「……あれは…………?」
最初は砂埃で、落ちてきた物の全貌を把握しきれなかったーーーーーーーーが、時間が経つと共に把握できるようになっていった。
長方形のシルエット。
しかしそれほど大きくはない……横は五メートル無く、縦も二メートル少しくらいか。
全体的な形は……横から見たら 『L』 の字になっている。
色は全体的に白ーーーー床になっているの側面には黄色が塗られていた。
そして……何より特筆すべきなのは、台の真ん中には、白い演台が設けられて、上にはマイクが立っていること。
まるで、今からそこに誰かが立とうとしているようだ。
「さぁさぁ〜、始まりますよ〜!」
ーーーーと、そこへ向かう人影が二人の背後から現れる。
ザッ、ザッ……演台に到着するまでの間、砂がこすれる音を放ちながら。
「今日! ここには多くの 『疑問』 が飛び交い、多くの 『理解』 が渦巻くでしょう! 何故ならば…………今から、問題が貴方達を襲うのだから!」
その者はーーーーバルバロッサ。
エルフ二人は瞳を彼女に釘付けにし、演台へ進む顔……横腹……そして背中の順に移動させる。
さぁ遂には! 彼女は演台の上に上った!
自信満々な表情。
可愛らしくも、どこか相手を皮肉に包みこもうとするような顔。
両目は二人を鋭く射止め、ガッチリとロックしているようだ。
そんな彼女は、両手を演台の端にやり、上半身の全体重を預けた。
「バ……バルバロッサ殿……これは……?」
そこでまず口をあけたのはエウニスである。
自分の感情も、更にはマテスの気持ちも代弁した言葉を困惑しながら放つ。
一粒の汗をたらりと頬に伝わらせながら、バルを見る。
「これは? ですか? 見てわかるでしょうーーーーイベントです。 これからイベントが始まろうとしているのです」
「イベント……? しかし、しかし今はマラソン! 走って順位を決める大会! なのにこんなイベントなんてッ」
「そうですね。 ここは走ってなんぼの大会……だがしかし、ただただ走るだけではおもしろくない! 数ある困難を乗り越え、困難の中で思い悩み、その先にある勝利を掴み取るのが最も興奮し、面白いと感じること。 それを現実のものにしようと思いましてですね」
「で、ですがバル様! こんなのマラソンには適用されません! エウニスが言った通り、マラソンというのは走って勝者を決めるものでございますから!」
「ならばマリオパーティも同じ事。 スターの数で勝者を決めるのであれば、青マス赤マス、ミニゲーム、おじゃまアイテムおじゃまキャラなんていりません。 ただひたすらにサイコロを振って、スターマスだけを目指せばいい」
「っ……!」
確かにそうかもしれない
『マラソン』 というのは走って勝者を決めるものだーーーーだが、そこにイベントが挟まれてはいけないという道理はない。
バルはそこを突いた。
ビルとビルの間ーーーー誰も通らない狭い空間を的確に銃弾で射抜くように、ここに参加している者全員が思いもしなかったことを挙げてみせたのだ。
「分かりましたね……? つまりはそういうことです。 このまま走っていけば、貴方達が勝利を掴むでしょう……しかし、それはおもしろくない。 やはり勝負事といえば他者との拮抗がなければおもしろくありませんから。 だから、今から私が出す問題に答えてもらいます。 それはーーーー二人だけで答えてもらうわけではありません。 今から徐々にこの場に揃っていく参加者達と協力してもらって構いません」
バルがそういうと、二人の後ろからくたくたになった参加者達が走ってくる。
彼らは二人と同じようにこの状況に戸惑い、立ち止まる。
そしてそれを見て、バルは演台に置かれてある小さなマイクスタンドを手に取って、息を吸い込んだ。
「遥か彼方後方まで聞こえますでしょうかァァァ!! これからクイズを始めます!! 私が出すクイズの嵐ーーーーそれらを答え、三回正解する事ができればここを通します。 その三回はみなさんで共有!! 誰か一人でも正解すれば、それは全員の1ポイントになります!! みなさんで私のクイズを打ち破ってください!!!」
次にそう言った。
普段出さないような大声をマイクで更に肥大化させ、まだここに到着していない大多数の参加者に向かって説明した。
それは上手く拡散され、中央街のほとんどに響き渡ったのだ。
その間も次々と増えて行く参加者の塊……全員彼女の説明を理解し、一応のやる気を出しているようだ。
『まだ、自分もトップに立てる可能性があるのではないか』 と。
ーーーー
そしてここはその上空……そこにはマラソンを開催したチームが乗るヘリがホバリングしていた。
その中にはスタートの空砲を鳴らした女性もおり、何故か下で集まる参加者達のことを眺めていたのだ。
「あれぇ……? なんであんなことしてるんだろう……? あんなイベントあったかなー? ねぇ、ああいうイベント組んでたっけ?」
「いやー……俺は知らんけど、他のメンバーが考案したんじゃない?」
「リーダーの私を差し置いて…………まぁ……楽しそうだからいいけど」
当然彼女らは不思議に思う。
このマラソンは自分達が考案ーーーー運動不足の人達が主に参加してほしいと思い、景品もそんな人達が好むようなものにした。
コースを作る時も、コース横に立ち並ぶ店に話し、理解してもらった。
「……あれ? あれって、ヘリじゃない……?」
そんな中。
少なくともヘリに乗っているメンバーが知らない事が起こっているのだ。
そしてそれは。
地面だけではなく。
「……今日飛ばすヘリは私達の一つしかないはずなんだけどなぁ…………」
空でも起こっていたのだ。
ーーーー
「では……まず、1問目!!」
デデン!!
どこからともなくそんな音が聞こえてきた。
問題が始まる音頭。
その音と共に、バルは演台の上に一枚のフリップをドンと置いた。
そこに書かれていたものはーーーー?
「『パンはパンでも食べられないパンは?』 1問目はこれを皆さんで解いてください!」
これだった。
非常に簡単そうな問題だった。
まだ全員ではないが、大勢集合しているこの場所……その人数が一丸となれば、すぐに解けそうな問題だった。
「ふふ、そんな問題、とてもとっても簡単です」
マテスもそう思っていた。
従者のエウニスも同じ思いで 『姫の言う通りでございます』 と口にした。
他の参加者も余裕だと言わんばかりの顔。
とりあえず、問題を聞いて顔をしかめる者はいなかった。
「答えは簡単! 『フライパン』 でしょうっ?」
だから答えた。
答案者はマテスーーーー自信満々そうに答えてみせた。
「そうですね〜。 フライパンですね〜…………」
……しかし。
「まぁ、ハズレですよね」
「な……ッ!?」
その答えは問題を穿つことはなかった。
「なんで……!? なんでフライパンじゃないんですか……!!?」
「なんでって……私が用意した答えとは違うからですよ」
「そんな……」
それにはマテスも困惑。
従者も、他の参加者も困惑した。
「ならば 『ピーターパン』 は……ッ!?」
次に姫の無念を晴らそうとエウニスが攻撃。
「違いますねぇ〜」
「ぐッ……!」
だが撃沈。
じゃあ! と、他の参加者も答え始める。
「『パンツ』 は!?」
「違いますよ」
「『シャンパン』!」
「それ飲むものですよね?」
「『ノーパン』!」
「それ元から無いですよね?」
「『ショパン』!」
「それ人ですから」
しかし……全てが悉く撃沈。
負けじと言葉の中に 『パン』 が入る言葉を発していくが……ダメ。
バルが用意している答えを射抜くものがなかった。
「く……ッ。 なぜ、何故なのですか……!? 何故こんなに 『パン』 が入っている言葉を言っているのに、その全てが間違いなのですか……!? これは 『なぞなぞ』 ではないのですか!?」
この現状を見兼ねたマテスが答えを言う時よりも大きな声をあげる。
それは訴え。
問題の意図を読もうとしているのに、その読みを認めてくれないバル……。
それにはマテスも困惑を極め、たまらず口を開けた。
「…………なぞなぞ……ですか……」
聞いたバルは……少しばかり顔を下に向けたのだ。
彼女の思いを、みんなの眼差しを感じてーーーー少しだけ、ほんの少しだけこの状況を考えてみせたのだ。
「いえ、これは 『なぞなぞ』 ではないですよ?」
そして結果がすぐに出てきた。
さらりと、ほぼほぼ無表情でそれを言ってみせたのだ。
「……なぞなぞ、ではない……?」
聞いた参加者達は唖然ーーーー自分達が思っていた問題の形式ではなかったことに。
全員、この問題の形式は 『なぞなぞ』 だと思っていた。
『パンはパンでも食べられないパン』 それは小さな頃から慣れ親しんだなぞなぞ。
そのなぞなぞの答えは 『パンという言葉が付いた、食べられないもの』 が答え。
だから、彼らが言った 『フライパン』 やら 『パンツ』 が正解となる。
「えぇ。 なぞなぞではないですよ。 私、一回でもこれを 『なぞなぞ』 と言いましたか?……言ってませんよね? 私はこれを 『問題』 と言ったんです」
だがしかし、今回ばかりはそれが適用されないのだ。
なんせ、これは 『なぞなぞ』 じゃあないんだから。
「私がこれをなぞなぞと定義したのならば、貴方達が言ったものが答えとなるのでしょう。 えぇ、えぇ、それは認めましょう。 しかし……何度も言いますが、それはこれがなぞなぞであった場合のみです」
「……」
「こちらとしては 『パンという言葉が付いた食べられないもの』 を答えとしているのではなく 『食べようとすればできるけれども、世間一般的には食べられないパン』 を答えとしているのです。 分かりましたか?」
彼女の言葉は軽々とみんなの胸を貫いていった。
自分が思っていた形式ではなかった。
自分が思っていた結果ではなかった。
その二つが、その言葉の鋭さを簡単に上げた。
「まず最初にマテスさんが言った 『フライパン』 ですが……とてつもない間違いですね〜。 フライパンというのは食べられないものの代表例みたいなものでしょう〜」
「し、しかし……」
「じゃあ例えば、貴方がフライパンでホットケーキを作ったとします。 で、作り終えた時に 『やったホットケーキができた! おいしそ〜! じゃあこのままフライパンごと食ーべよっ♡』 ってなりますか? なりませんよね? じゃあそれは間違いなのです」
「……」
マテスは口を噤む。
「次にエウニスさんーーーー『ピーターパン』……でしたっけ? こんなんもう論外ですよね。 おとぎ話のなかのキャラクターじゃないですか。 パンじゃないじゃないですか、そんなん誰が食べようって思うんですか?」
「……」
エウニスは口を噤む。
「あとは……『パンツ』? とか 『ノーパン』 やらなんやら言ってましたね? 一つずつ順番に反論していくとですね。 『パンツ』 ってなんだかんだ言ってあんたら食べるでしょう? 目の前に好きな二次元の女の子キャラのパンツがあったらどうします? そのパンツに 『夢に溢れた液体』 みたいなものがついていたらどうします? 食べるでしょう?」
「……」
「『シャンパン』 は飲み物だし。 普通に栄養となりますし」
「……」
「『ノーパン』 って……。 イカニモドーテイガ考エソウナ答エデスネ」
「……」
「あと 『ショパン』 はピーターパンと同じく名前だから却下な」
「」
そして、終いには全員の口が噤んでしまった。
誰も反論することがなく。
誰も反応しなかった。
ただ、ひたすらにわなわなと瞳を震えさせ、神のように発言し否定していくバルを見つめ続けていた。
まさに暴君。
まさに独裁。
出揃った発言ーーーーその一つも褒めることなく。
一つも寄り添うことなく。
その全てを否定した。
「……あれぇ〜? みなさんもしかして、もう弾がなくなっちゃったんですか〜? 早いですね〜。 しかも弱いですね少ないですね〜。 もう答えが必要になっちゃいましたか〜?」
「……」
「…………あら、マジですか。 何か一つでも反応してくれないとむしろ困るんですけど。 魔王様ならここで 『ふざけんじゃねェよお前。 何言ってもハズレじゃねェか。 お前の頭の中だけで変な病原体がパンデミックしてんじゃね?……あ、もしかして 『パンデミック』 が正解? どうか言ってみろや』 とか言ってくるもんですけどね」
そうして否定しまくっていたら全員が黙った。
瞳を絶望に染め、前に伸びていた道が途切れてしまった。
それは、マラソンに参加している者にとっては痛々しいこと、苦しいもの。
このままただ走ればゴールがあるのに……見えるのに。
それすらもできない。
……しかし。
「……ア……」
「も〜……え? 『ア』?」
諦めることはしないーーーー。
諦めようとはしない。
必ず、必ず前には道があると信じて。
「『アンパンマン』 ならばどうでしょう!!?」
だが、本当に道が無いのならば作ればいいーーーーそう発起したのはエルフの女王マテス。
それは、綺麗な道では無いかもしれない。
しっかりとコンクリートで鋪装された道じゃあ無いかもしれない。
山道のような、登山者が何度も何度も足を踏み入れたことで整えられていった道では無いかもしれない。
良いところ 『獣道』 だろう。
すぐ真隣に草が生い茂り、最悪崖があるかもしれない。
しかし道を作ること自体に意味が有る。
困惑して自分が歩む道が分からない者が大勢いるのならば、作れば良いのだ。
彼女はそれをやった。
非常に難しいことを、自らすすんでやったのだ。
「アンパンマンは、キャラクターの名前……しかし! そのキャラクターは間違いなくパン! 名前だけのものではない! 物語の中で、誰かを救い、そして誰かのお腹を救うのは間違いなく最上級のパン! ただ物語の中で静かに佇むパンではない!! 故に!! 私は 『アンパンマン』 を答えとして掲げます!!!」
それは参加者達にとって大きな光だった。
キラリと光るまばゆい光線ーーーーとても輝かしく、希望を持たせてくれるもの。
「……」
いつの時代も、そういった者が世を開拓していったのだ。
……だがしかし。
「違いますねぇ……」
「ぐ……っ」
それも、あっけなく弾き返されたのだ。
「アンパンマン……ですか。 間違い、ですけどもかなり良い線いってますね。 違う、とは言えどもかなり近いです」
「な、なら!」
「ですが違います。 このイベントにはニアピンを正解にするルールなんてありませんから」
けれども諦めきれないマテス。
若干の汗を垂らしながらバルに言葉をぶつけようとするその姿は、まさしく国民の思いを背負って先頭に立つ姫。
ジャージ姿でも姫は姫だ。
だが、取りつく島なし。
バルは全てを弾いたのだ。
「……で? 次の答えは無いですか?」
そして彼女はニヤァ、と笑ってみせたのだ。
苦悶する参加者の顔を見下すように、彼女は笑ったのだ。
「もう無いんですかぁ〜? しょうがないですねぇ〜⤴︎! そんなに真の答えを望んじゃいますかぁ〜⤴︎?」
「……ぅぅ……」
「分かりました分かりました。 答えを言いますね〜。 答えはですねぇ〜…………」
「『空想上にあるパン』 ですね」
「それほぼアンパンマンンンンンンンン!!!!」
そうして答えを与えた。
「いやいや、違いますよ。 一見同じように思いますけどよくよく考えたら全く違うんですよ」
「一見しても二度見しても同じですよ!! なにも変わらないですよ!」
だがその答えはマテスの心を貫くことはなかった。
『あぁそっか〜。 それか〜』 と額をパチンと叩くこともなく、間違った過去の自分に怒りを覚えることもなかった。
「そうです! 姫の言う通りでございますよ!! アンパンマンも立派なパン!! 貴女が言う答えの定義の下にいる!!」
エウニスも同じ。
マテスの考えは正しい! と声を大にして言う。
他の参加者達も同様。
『そうだそうだ!』 と、 『間違ってない!!』 『何言ってるんだ!!』 と全員がバルに非難の声を浴びせていく。
……ただ、バルはそんな声の束に恐怖することなく、目を閉じて全部の声を耳で飲み込んだ。
「……違いますねぇ……本当に違います。 じゃあ聞きましょう!! 貴方達は! アンパンマンのことを 『パン』 として見ているのですか!?」
そしてこの言葉を彼ら全員に投げかけた。
マイクを使って、この場にいる参加者に投げかけた。
「そ、そりゃあそうでしょう! アンパンマンはパンです! アニメを見ていても、あんぱんである自身の顔を空腹で悩む者に与えています!! それはパンだからこそできる行動! これをパンと呼ばないのならばどう呼ぶのですか!!?」
対してメテスは必死に訴えかける。
瞳は力強く見開かれ、己の正義を信じ突き進むーーーー。
その正義が、バルの心に届くまで。
「そう……ですか。 まぁ確かに、確かに。 他人に自分の顔を与える……それが彼が 『パン』 である証拠にはなるでしょう。 ……しかし! それは 『彼がパンだから』 こそできることではありません!」
「……!? そ、それは……何故?」
「何故そう言えるのですか!!」
だがそれでも。
バルに届くことはなかった。
彼女も彼女で自分が掲げた正義があったのだ。
「分かりませんか……? ではもう一つの質問をしましょう。 『何故、子供達はアンパンマンのことが好きなのでしょうか?』」
「……そ、それは……」
「それは、彼がパンだからじゃない。 『彼が、ヒーローだから』 です。 彼が、空腹に悩む者に対し自分の顔を与えたり。 バイキンマンの嫌がらせに困る者を助けたりする、ヒーローだから好きなのです」
「……」
その正義を聞いて、反論していた参加者は、また、全員黙った。
「『パンだからかわいい』ーーーーそんな意見もあるでしょう。 しかし、彼に好意を抱く大部分の理由はそれではない!! 彼が、真のヒーローだから好きなのです。 困る者に手を伸ばし、友達と仲良くし、良好な信頼関係を種族を超えて築き上げる…………それらの魅力……子供達に共通して憧れを抱かせる魅力を持っているからこそ、彼は好かれるのです」
「……ヒーロー……」
「そうです。 彼はパンであると同時に、ヒーローなのです。 それは、パンよりも大きな存在でしょう。 だから私は、彼を 『パン』 ではなく 『ヒーロー』 として位置付けました。 ……異論はございますでしょうか?」
「…………悔しいですが……」
「……ありません、ね……」
そして皆が納得した。
考えてみればそうだ。
アンパンマンという存在は、ヒーローそのものだ。
彼が 『パン』 というの事実は 『かわいいな』 『おもしろそうだな』 という入り込みやすさに拍車をかけている設定である。
決して 『パン』 だから人気を得ているのでは無い。
「彼のグッズはすさまじい人気を誇ります。 それこそ実物のパンにして子どもの食欲を湧かせたり、カバンや靴などの生活用品になって、身の回りに対する関心を生ませたりもします。 そしてなにより物語の信頼性。 親御さん達が信頼して子どもに見させてあげられる物語…………総じて、彼は子どもの成長には欠かせない存在として生きています。 彼は、絵や映像の中だけじゃなく、違う姿となって現実に舞い降りヒーローとなってくれているのですよ」
そうだ。
彼女の言っていることには間違いは無い。
アンパンマンはもう、世界の一部として知れ渡っている。
「ですから私はこの問題の答えを 『アンパンマン』 ではなく 『空想上にあるパン』 としました。 後者は、空想して作れば現実のパンになりますが、空想したままでは食べることはできないからです」
「……」
という理論を淡々と語られーーーー。
「異議なし、ですね?」
全員 『はい』 と言うしかなかった。
彼女の理論は完璧のように感じられた。
ぐうの音も出なかった。
反論しようとする気さえ起こらなかった。
「……イベントが、この問題が、これほどまでに難しいだなんて……」
「でしょう? こういった問題には、なぞなぞよりも奥が深いのです」
「確かに……問題の受け取り方によっては、こういった答えになるのですね……」
「そうなんですよそうなんですよ。 言葉の一面しか見なければ、それは子ども向けの問題となる。 しかしながら多方面から見れば、誰しもが楽しめる問題となるんです」
彼女は。
「……っていうまぁイベントですね」
参加者全員に。
「というか答えとかどうでもいいんです」
「……?」
素敵な。
「答えとか自分が持つ語彙力と想像力でどうにかこうにかなります」
イベントを。
「だって五秒くらいで考えた答えを貴方達は簡単に 『真なる答え』 として納得したじゃあありませんか」
「え」
提供。
「というか私がルールブックです。 答えなんてどうでもいいんです、私が楽しめればいんです、さっきはすんごい楽しかったです、おもしろかったです。 これから3問正解するのは難しいとは思いますが、がんばってくださいね」
「バル様ァァァァァァァァァァッ!!!!?」
した………。
のか?
ーーーーーーーーーー
「ばぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!」
一方上空。
バルの暴君イベントが開催されている場所から少し離れた場所。
そこでは、なにやら青い物体が飛んでいた。
……いや、飛ばされていた。
「いぃぃぃぃぃぃっ!!? 落ちる!! 落ちるゥゥゥゥゥッ!!!!」
そしてそれは次第に落ちつつあった。
落下場所はーーーーマラソンのコース上。
そこに、襲い掛かる空気抵抗に顔を歪ませながら落ちようとしていたのだ……!
恐怖。
ただただ大きな恐怖を、青い物体ーーーーレテノールは抱いていた。
海斗を信じてしまったから自分はこんな感じになっている……彼女はそう思っていた。
「恨むぞ魔王様ァァァァッ!! いくら魔王だからといってなんでもしていいわけじゃないからァッ!! というか魔王だからこそ国民を騙してはならないんじゃ無い? うわ自分正論言ってる。 いつもは 『お前がやっていることは間違っている!』 と論破される側だったから新鮮。 じゃなくてーーーーヤバイ!! 頭直撃する!! 埋まるゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!!!!」
遂に、彼女にとって最悪のことが起きようとしていた。
地面に激突までーーーー残り五秒ーーーー。
10階建てのビルより少し高いくらいの硬度になる。
残り四秒ーーーー。
もうほぼ同じ高さ。
残り三秒。
それを下回る。
残り二秒。
あ、地面が見えた。
残り一秒。
死……あれ? なんか地面の上に青い柔らかそうなものが……。
残り、0秒。
もみゅうぅぅぅぅぅぅんっ!!!
「へぶぅぅぅっ!!!?」
彼女は地面に激突……するかと思われたがそうはならなかった。
代わりに青くて柔らかいものに激突。
衝撃を著しく小さくして彼女を受け止めた。
……だが。
「ぅぅぅ……げぇッ!!?」
激突してそのまま受け止めてくれることなく、小さくバウンドして本来激突するはずだった道に落とされた。
背中から落ちて、痛さに悶えるレテ。
『いたたたた……』 と、背中を抑えてなんとか耐えようとする。
「あ、あぁ、これ、スライムだったのね……誰かの魔力で作ってる…………というか、ど、どこよここ……。 ちゃんとコース上に、落として、くれたの……?」
痛さが少し引いて、周りを機にする余裕が出てきて、まずは受け皿になったものに目を向けるーーーー。
それは 『青いスライム』 だと判明。
彼女の推測としては、生命体ではなく、誰かの魔力で作ったもの。
「……でも、ここにスライムを設置してくれてるということは……ちゃんとここを狙って撃ったってこと……? じゃあ、ここはマラソンのコース上……?」
故に、海斗はここにレテを放つ気満々だったことが分かる。
ふざけた計画だったが、結果的には彼の狙い通りになったということだ。
そういった彼の思いを理解できた……ところへ。
『遥か彼方後方まで聞こえますでしょうかァァァ!! これからクイズを始めます!! 私が出すクイズの嵐ーーーーそれらを答え、三回正解する事ができればここを通します。 その三回はみなさんで共有!! 誰か一人でも正解すれば、それは全員の1ポイントになります!! みなさんで私のクイズを打ち破ってください!!!』
「ッ?」
どこからかバルの声がする。
マイクで肥大化させた声が聞こえる。
これだけでは何が何だか理解できないレテーーーーなんとか理解しようと、コース横に置かれている矢印の看板を見た。
そこでわかったことは……恐らく、バルの声が聞こえてくる方向は、看板に描かれてある矢印の後方。
即ち。
「……なるほどね……魔王様達、私を本気で勝たせようと……」
そういうことである。
現在、海斗達の思惑通りに事は運ばれているらしい。
「……なら……勝たなくちゃ。 だったら……勝たなくちゃ、いけない……!」
ならば自分がやる事はただ一つ。
どんなことをしてでも自分を勝たせようとしてくれているのならば。
ただ、勝つのみ。
ただ走るのみ。
だから彼女はバルの声を背に、再び走り始めたーーーー。
それと同時に、どこかからヘリの音が聞こえたような気がした。




