第百九十八話 街中で騒ぐ奴らにロクな者はいない
突如舞い降りた一人の男。
彼は何の前置きも無く、空中から飛来した。
そして海斗達がいる横の店を、着地と共に破壊したのだ。
もくもくとたつ砂煙。
彼はいとも簡単に、一つの建物を高難易度なジグゾーパズルへと変えたのだ。
それを見て、周りを囲み始める 『愕然』。
海斗達はそんな彼を凝視していた。
一点も狂いは無く、ただ一心不乱にーーーーこれから起こりうる危険の可能性を眺めつつ…………
「あらら……着地点が定まらなかったなぁ……」
煙が薄くなり、姿が見えてきた頃ーーーー男は屈み腰から直立すらまでの間に、ほそぼぞと、独り言のように口を開く。
だが決して音量が小さいわけでも無く、海斗達の耳にもはっきり届いた。
「……」
それでも彼にかける言葉は見つからなかった。
億劫だったのか、かけても無駄だと悟ったのかは彼自身もわからなかったが、とにかく言葉を付け足そうとはしなかった。
「でも……一番近くに来れたようだ。 それは結構結構。 上出来だ」
故に次にも発したのはその男。
現状に驚くことなく、やってしまったという感情も見せる事無く。
むしろ平穏さを見せびらかせている様にも見える振る舞い。
またしてもこれが、海斗の目を鋭くさせた。
しかしまた良い事もあった。
この素振りに、海斗は幾つかの事実と男の狙いを手にする事ができたからだ。
「なんだ、三文芝居だなお前。 元からそこに着地する予定だったくせに……大根役者にもほどがあるだろうよ」
笑みを含めて声を掛ける海斗。
今度は出し惜しみなどせず、存分に。
その言葉に、男は顔をゆっくりと海斗に向けーーーーこれまた速度遅く僅かに口角を上げてみせた。
「……なるほど、貴殿の観察眼はいびつにも素晴らしいみたいだ」
そして足を動かし、カラカラと音をたてながら、瓦礫の山となった店の残骸から抜けた。
ここではっきりと彼の姿が見え、全貌が明らかとなった。
容姿的には限りなく、おっさんと呼称するにふさわしいものだ。
髪はボサボサの黒、首のあたりで括られてはいるが、それがまた髪になびかれた感じを強くさせている。
目は少したれ目で、口髭も顎鬚もあまり管理されていない。
背も海斗の身長とさほど変わらないことからか、百七十後半か。
そこまでの肉も付いてなく、体格は海斗とほぼ変わりはなかった。
大きめの甚兵衛をだらしなく着飾るその姿はーーーーだらしのない大人だった。
だが、そんな姿からも、果てしない堂々さを感じる海斗。
決して舐めて対応してはならない。
気を抜いてもならない。
そう感じる程の、巨大なる威厳を手にしていたのだ、その男は。
「ようこそ、同時に初めまして……悪魔を次々に失脚させている魔王様、高村海斗殿。 貴殿のことは噂や確定なる情報で知っていますよ。 初見となる地下街はどうですか?」
「最高だよ。 甘味で金を搾り取られて、財布が薄くなること薄くなること。 まぁ、それはよくあることだから割り切れるが? 終いに……目の前で店の閉店を見た。 確かに店は生き残るために、実力で他店を潰しにかかるもんだけんども……物理的に潰すもんだったっけ?」
「そういうこともある、ということですよ。 人間界でのやり方もあるでしょう? これは魔界のやり方、ということです」
あぁ、そうかいーーーーと、海斗は言い払い、店の惨状についてはこれ以上触れようとはしなかった。
「それに……私としてもこんなことを言いに来たのではない。 貴方も、そうですね? 海斗さん」
「あぁそりゃそうだ。 どうやらどちらにも、双方に関する目的があるようだ。 なぁ? 翠仙」
互いに薄い笑顔で、言葉を交わす両者。
そして互いの名前を言い放ったーーーー海斗の名前を知っていた男は当然であるのだが。
海斗は別だ、彼は翠仙と言った。
容姿を認知していないのに、彼は名前を言い当てた。
その名前に、バルやルシファーといった重鎮はピクリともしなかったが、ヒルデは顎を引いて睥睨に近い形をとり、シウニーは身体を強張らせた。
「流石海斗殿。 魔界屈指の魔王を討ち取ってきた男です」
「その無駄な褒め方やめてくれるか。 俺はそんな大層なもんでもないし、そもそも、こんな人間風情にやられるくらいだ……魔王達も大したことないんじゃねェのか?」
「そんな大したことない魔王達も、少しばかりは中央街に恵みを落としてくれる客だったのでね……商売をやっている私にしてみれば、結構な打撃だったのですよ……」
「それのあてつけに俺を殺ろうってか?」
翠仙のこれまでの言動ーーーー海斗は事細かに観察した。
紡ぐ言葉を考えつつも、彼の全てを少ない時間で、できるだけ多くの情報を得ようとして。
だが、それももう限界。
彼が持つ威圧の色が瞬時に変わったのだ。
故に海斗は最後の言葉をかけた。
それで全てが変わると察してーーーー
「…………それも、多少は入っていますよ」
そして翠仙は右手を宙に浮かばせたーーーー笑顔のまま、悪魔相応と思わせる濃度の。
そこからまた空気の色が変わり、何もかもを呑み込んだ。
そして案の定暴力団のような男達は翠仙の部下だったらしく、彼の合図に戦闘の体勢に移る。
めんどくさい事この上ないと感じた海斗は、半面を歪ませて舌打ちをした。
「お前ら、バルをこっから遠ざけろ。 いいな?」
「は、はい!」
その刹那、反射的に自分達の行動を紡ぎ出した。
静かに、口強く。
そんな唐突な彼の言葉に、ビクリと身体を振動させて返事。
バルとヒルデは特に反応は無く、ルシファーは顔全体を柔らかく笑わさせた。
続けてシウニーはバルの盾となりジリジリと後ずさりーーーーヒルデも冷静沈着に周りを睥睨しながら盾となった。
ここにいつもの空気感など皆無。
それを全員が理解し、各々やるべき事を全力で行おうとした。
「……フフ……」
「……」
ここで笑みを漏らす翠仙。
不吉なことではあったーーーーあったが、海斗は何も気にしないように木刀の柄を左手で握った。
対する翠仙も刀の柄を持った。
両者止まること無し。
戦いは、ここまで辿り着いて仕舞えば止める方法は無い。
その証明を誰もが理解できるように、今ーーーー
「……ッ!」
「ーーーーッ!!」
煮え滾る殺意は交差した。
鉄と木のぶつかる鈍音。
鼓膜を震わし、空間を震わし、至る所を騒つかせた。
一度、また一度打ち付ける度にそれらは弱くなるどころか深くなっていく。
それぞれ誰かの上に立つ悪魔と人間の邂逅ーーーーそれは断じて薄っぺらいものでは無く、深淵に勝る事違いなかった。
「!ーーーー!」
「……ッ!ーーーー!?」
ひたすらに打ち続けられると思われた互いの得物。
だがしかし、競り合いは得物だけでするもので非ず。
これを巨大なものとして見せつけるように、翠仙は右手で握る刀で海斗の木刀を弾くとともに、左手で彼の顔を、頬を強く挟むように掴んだ。
意外な行動を取られた海斗は目を皿の様にした。
声も出せぬ状況ーーーー彼は翠仙が次に何をするか分かっている、こっから先の自分に降りかかる災いを知っている。
その理解が及ぶと同時、翠仙は右に持つ刀の刀身を海斗に浴びせた。
杜撰な方法ーーーーだが効果覿面。
誰しもが思いつくであろう陳腐な策ーーーーだが、誰しもに通用するであろう攻めの策。
最初に血を吹いたのは、海斗の方であった
「……!……!……!」
と思われたその運命は、彼の手によって穿たれ、ねじ伏せられた。
翠仙の刀によって生み出された音は、肉を断ち血飛沫を発生させる音に非ず。
ただ単純な、鉄と鉄が打ち付けられる鋭い音だった。
海斗は翠仙の刀を、左腰に差していた真剣を八割程度抜き防いでいた。
咄嗟に行った動作。
間一髪のところで折り曲げた運命。
翠仙は抜かれた刀を広げた瞳で一瞥、心の感情タンクに上手くいかなかった憤りを溜めて見せた。
だがそこで止まる海斗ではないーーーー
次に彼は弾かれた木刀を翠仙に向けて薙ぎはらった。
「ーーーーッ!」
ここで多大なる衝撃を無抵抗のまま味わう事になってはならんとした翠仙は、海斗の頭を拘束していた左手を解いて後方に飛び移った。
よって海斗の木刀は空を切り、空気の破裂音が鳴り響いた。
そして海斗はそこで木刀を止めはしなかったーーーー木刀が当たらないと判断した彼は、瞬時に真剣を鞘に収めて左足を軸にして一回転。
の、最中に翠仙の方へ近寄るように前進し、彼に木刀を直撃させようとした。
「!?? ィ゛ィッ!!」
それはすんなりと現実のものとなり、彼の横腹に抉り込んだ。
全身が打ち付けられているかのような痛みーーーー実質横腹一箇所の痛覚を刺激されているだけであるが、確かな激痛がそこにあった。
「翠仙様の護衛だァッ! あのガキを絶対勝たせるんじゃねェぞォッ!!」
そういった状況を見、翠仙の部下達は各々を鼓舞。
彼を助力し、たった今ほんの少しばかり優勢に立ったであろう海斗を穿たんとし、全員が走り出して得物を手に取った。
個の力は、海斗に比べればみずぼらしいのかもしれない。
しかし多勢に無勢。
数という暴力は、圧倒的な力に勝る事がある。
その事象自体は少ないのかもしれないが、実力者同士の戦いの中で片方の者に 『数』 という力が備わってしまえば、もう片方にとってみれば迷惑そのもの。
故に海斗の優勢はあっけなく底に沈んでしまうと考えられたのだ、彼らには。
しかしーーーー
「がァッ!!?」
そうはならなかった。
部下達の中で、先頭を走る者が空中に浮かぶ何かに頭をぶつけて尻餅をついたのだ。
ぶつけた箇所を両手で押さえ痛みに耐える彼……数秒経ってそれが収まり、その
『何か』 の方向へと目をやるが。
何もなかった。
あるのは不可視の酸素やら埃のみ。
頭をぶつけ痛みを与える要因となるものは皆無であった。
……ただ、その何かの先に人物はいた。
「貴方達のキャパはこの先にはありませんよ〜、そこで観客となっていてくださいね〜」
甘く、囁くように声を流させるルシファー。
彼女が右手の人差し指を口元に当てて、微笑んでいた。
どうやら彼女が、男達との間に不可視の壁を作り上げているようだ。
そんな彼女の功績が存在しつつ、海斗は更なる攻め手を織りなそうとしていた。
木刀による激痛が、まだ翠仙の体内で生きている事を確信しながら。
「…………!!」
生きている事には生きていた。
激痛は激痛のまま生きながらえていた。
しかしながら、それが翠仙に許容できないのか、と問われればそれは違う。
彼は歯を食いしばって耐え抜き、木刀を掴み取っていた。
その事実が目に入り少々驚愕する海斗ーーーーよって彼に一瞬の隙が生まれる。
翠仙はそれを狙っていたかの如く、弱く戸惑った海斗の鳩尾に右足を放って見せた。
それは防がれることなく、さも当然のように沈み込み、海斗は吹き飛んで行った。
向こう側の建物が硬いエアバッグとなり、背中に衝撃を与えられて彼は止まった。
そこで普通の者ならば痛みに顔を歪ませ、これ以上動こうとはしないだろう。
だが、ここは海斗も翠仙と同じ。
常人ならば許容できない激痛をも少しだけならば無視できる二人。
故に海斗は木刀をより強く握りしめ、鋭い眼光を形作りながら翠仙の元に走り出した。
それに応えるように翠仙も再び刀を握りしめ、今度はこの刀身に彼の血を塗りたくってやろうと言わんばかりに直進した。
「ーーーー!」
「……ッ!!」
声無く進められる二人の邂逅の行く末。
数秒、数分の間ではあったが、強く、誰にも邪魔できない空気が蔓延。
それが終わりを遂げようと、鉄と木が交じり合おうとしていたーーーー
「そこまでや!」
の時に、二人の間に一本の刀が横から伸びる。
どこかで耳にした覚えのある色と訛りの入った声とともに。
それが目に入った二人は足を止め、急すぎるブレーキをかけた。
ほんの一瞬の出来事。
今までになかった第三者の横入り……
「両者武器を下ろせや……みっともない」
彼らがその正体を見る、その前に、第三者の札生はもう一度声を張り上げたーーーー




