第百九十二話 そもそも魔力という概念が理解できない
「で、話を進めてよろしいでしょうか」
各々椅子に座り、話を展開する体勢に入っていた。
椅子はブリュンヒルデが出してくれたもの。
並びは会議をするにあたってやりやすい 『円形』 に。
そんな中で彼女はまず、激痛により頭を片手で押さえている海斗に問うた。
彼女の目は気だるさと誠実さが織り交ざり、いい具合に彼に威圧をかけているようだった。
「あぁー、うん、話していいよ……頭が痛いけど……それはそれで、うん」
「魔王様が悪いんですからね」
不要なことを言ってしまった彼に、シウニーが制裁を加えた。
その傷は深く、ジンジンと頭の痛覚をいつまでも刺激した。
だがその状況にいつまでも苛まれていては進展がないーーーー
故に彼はそれをできるだけ我慢し、これより紡がれるブリュンヒルデの言葉に耳を傾けることに集中した。
「そうですね。 ……まずは、しれっと私にもセクハラしたこともお忘れなく。 今現在ぶん殴りポイントが一つ加算されてますので」
「ぶん殴りポイントッ!? なにそれ初耳なんだけど! やっぱりまずかった!? おっぱいブリュンブリュンはまずかった!?」
「はい合計二回ですね」
「やっちまったよ! 勢いだけで身を滅ぼしたよ!」
ブリュンヒルデもシウニーと同じく、彼に制裁を加えられるように準備を整えた。
でもまぁそれはおいおいとしてーーーー彼女はそう付け足して、話を進めた。
「まずは私が視た魔力からーーーー私は密かに、姫からの一命でパイモン女王が統治する国を調べていました。 最初こそ何も出なかったものの、次第に色濃く、極小の何かを捉えられるようになってきたんです。 そしてこの話を進めていくのに一つ…………魔王様は、魔力の概要は存じ上げていますでしょうか?」
「概要? 分からねェ。 魔力を使わん、というか魔力を原子ほども持たねェ奴にとっちゃあ必要のないような知識だと思ってるから知らねェ」
「それも分からなくはないですが、やはり魔力を一種の土台としている世界にいるのです。 知っておいたほうが後々よろしいかと」
そして彼女は、海斗に魔力の基礎を口にし始めた。
人間で、魔力を持たない彼にも分かりやすく、噛み砕いて。
「では噛み砕いて。 魔力とは、魔力を使う者にとって生命活動と隣り合わせになるものです。 体力、とほぼほぼ同じと思ってくれてよろしいでしょう。 生きるために使い、活きるために消費する。 使い切ってしまえばだるくなるし、また、回復するものです」
ヒルデはそう紡ぐと、一旦言葉を切って右手を自分の目線の位置にまで上げた。
彼女は手のひらを広げ、その僅か上の空間に視点を合わせーーーー炎の球体を作り上げて見せた。
容易く。
いとも簡単に。
それを直視して、多少瞳の面積を拡大させる海斗。
「しかし、こうして何かに具現化させないと魔力というものは減っていきません。 生命活動と隣にはいますが、それは生命を活発にさせるための、生命を危機から脱しさせて長続きさせるための 『手段』 として存在しています」
彼女はここまでの説明を終えると、具現化させた魔力の塊である火を消した。
とても淡白に、空を手で切るように動かし消失させた。
「それで……このように、魔力で創られたものを消してしまえば 『魔力で創られたものがここにあった』 という事実そのものは消失します。 ですが、魔力には残滓を産み落としてしまいます。 ですので完全に消失しきるまで時間がかかるものもあります。 魔力で創られたものが巨大であればあるほど、その時間は比例して長くなっていきます」
今度は、彼女は左手を先ほどと同じように空間に浮かせ、火を創り上げた。
しかしながら、先程の勢いよりも強く、程度は大きいものであった。
ボウボウと唸りを上げる火ーーーーいや、それはほとんど炎と称されるまでに大きくなっていた。
そうして何秒か経った今、彼女は先と同等の消し方を行って見せた。
「右手で創られた火と、左手で創られた火。 視覚的にはどちらも消失していますが、今ここには魔力の残り香、つまり残滓があります。 その 『程度』 は左手の方が強く、より明確に残存しているのです」
「料理と同じですよ。 匂いがキツイ料理があって、それを完全に食べてしまっても匂いだけは残ってしまう。 でも、それは時間が経てば経つ程薄くなって、最後には消えてしまう……作り自体は自然の摂理となんら変わらないのです」
ヒルデの説明を必死に理解しようとする海斗ーーーーだが今ひとつ理解できていない。
その表情を見たバルが、ヒルデの説明に一つ付け足した。
それは魔力を持っていない海斗に、すぐ呑み込める内容であり、これからの話に応用できるものでもあった。
バルが話した説明を聞いたヒルデは、次の行動を起こした。
彼女は右手を右後方に移動させて、また火を創り上げて見せたのだ。
「姫様がおっしゃったことを使ってもう少し説明すると、魔力には二つの匂いが存在します。 それは、結果的に生まれる 『残滓』 と、過程的に生まれる 『匂い』 というものです。 例えば、魔王様と私の右手までの距離が百メートルあるとしましょう。 それで魔王様がこれを視覚的に見えていなくとも、もし魔王様が魔力を扱える者ならば、これは視える、ということになります」
「そして残滓も視える、んです」
今度はシウニーが付け足した。
ヒルデも火を消し、両手を力なく膝の上に置いた。
「……で、ここからがこの話の核となる部分なんですが……」
魔力の説明をし終えたヒルデ。
彼女は今までも海斗の目を見て話を進めていたーーーーが。
その強さを、今の言葉を皮切りにより強くさせた気がした海斗。
彼も、聞く体勢こそ変わらなかったが、耳を傾ける姿勢は強くさせた。
「私は、最初に申し上げた通り、姫からの一命でパイモン女王の国に留まっておりました。 パイモン女王には、支援を円滑にするための交流と伝えて。 まぁそれは、不毛の原因を探るための名目ですが。 そこで私は半年間、原因の根っこを掴むために神経を尖らせていました」
「……」
「ーーーーそこで、最近やっと探り当てることに成功しました。 それは、微かな魔力の匂いです」
「……匂い」
「えぇ。 国のあらゆる場所に移動しては移動を繰り返し、見つけたんです。 場所は……地下でした」
地下。
国の地下から魔力の匂いを掴み取った。
「地下に、極僅かな、本当に小さな小さな魔力の匂いを感じ取りました。 そしてそれは、パイモン女王を初めとした国民達誰一人として一致しない魔力。 でも……私は、この魔力を持つ者を探り当てましたーーーーいえ、知っている、というのが妥当でしょうか」
彼女は言葉を紡いでいる途中に、一旦海斗から視線を逸らすように瞼を閉じた。
そうして言葉が終わり切る前に、瞼を開け、再び海斗に目を当てた。
彼女は探り当てた魔力を持つ者を知っている、と打ち明けた。
海斗は目を同時させず。
バルは眉を上げ。
瞬きをして疑問を表現したシウニー。
彼女の口から出てくる名ーーーーそれは。
「元天界の住民、翠仙という人物です」




