5話
「捜したぞ」村役場の前にサングラスをかけた真壁健吾が立っていた。
「悪い」片手をあげ謝っておくが、勝手に旅館を出てはいけないとは言われていないので、謝るいわれはないと心の中で自己弁護する。
古ぼけた白いハイエースの助手席に乗り込むとすぐさま発進する。
「何かあったのか?」ハイエースはぎこぎこと音を立てる。
「オヤジが呼んでいる」
オヤジとは浪江会の浪江一郎のことだろう。生物学上の父親、大和田千里とは先ほど話をしたことは黙っておいた。
「朝倉直之を殺った犯人がわかった」
「はぁっ」
「大声を出すな。耳が痛い」真壁は左手で耳を押さえる。
「で、犯人は?」
「昨日、考えたんだが、犯人は雅樹だ。間違いない」
「大和田雅樹ってたしか」第一発見者、澤村千尋の恋人であり、三春署に通報した人物であり、そして。
「俺の腹違いの弟だ」真壁は言った。
「どうして?」
「それはあれだ。雅樹と婚約している澤村千尋と朝倉直之が出来ていた。逆上した雅樹は朝倉直之を河原に呼び出し、激しい口論になった。雅樹は思いあまって直之を突き飛ばし、気絶した直之を死んだと思い込んだ雅樹はとっさに便糟内に死体を隠すことを思いついた」真壁の話には一応筋が通っている。
「証拠はあるのか?」自分でも二時間ドラマの台詞のようだと笑ってしまいそうになるがどうにも腑に落ちなかった。
「とにかく今、オヤジが事務所に雅樹を呼んで話を聞いているところだ。一緒に立ち会ってくれ」そう言うと真壁はハイエースを加速させた。
「だから俺は何もやってないって」
事務所の扉の前にいても男の声が聞こえていた。おそらく大和田雅樹だろう。
真壁がノックする。
「入れ」浪江一郎の声がする。
事務所には応接セットで向かい会う浪江一郎と大和田雅樹がいた。雅樹は真壁には似ておらず、大和田千里をずっと若々しくしたように見えた。
「兄貴なんとかしてくれよ」
「俺に弟などいない」と突っぱね、雅樹の向かいのソファーにどかりと腰をかけた。
「あんた。探偵なんだろ。親父から聞いてる」真壁に突き放され、轟に救いを求める。この場合の親父とは生物学上の親父だろう。とにかく雅樹を落ち着かせることが先決だろう。
「俺が来たからには大丈夫だ。警察に突き出したりはしない」真壁に寸刻みにされるかもしれないとはおもったが、雅樹を怖がらせるので黙っておいた。
「おいおい、先生。どっちの味方なんだ?」
「真壁、少し黙ってろ。物事には道理ってのがあるっぺ」
真壁が雅樹の向かい席に座るので仕方なく、雅樹の隣に腰をかけた。
「28日、つまりは遺体発見時の話をしてくれませんか?」
「わかった」雅樹は頷き、話し始めた。
「あの日は職員室にいた。授業が終わり、明日の授業の準備がまだ残っていたんだ。そこに千尋から電話が掛かってきた。トイレに人がいる」
「澤村さんからの電話は何時頃ですか?」
「5時10分。警察にも話しましたけど職員室の机にメモしたんだよ」
「それから続けてください」
「それから慌てて、教員宿舎に向かった。途中で青年団の松本に会った」
松本とは聴いたことがあった。先ほど村役場で聴いた消防団員の名前であると思い出した。
「青年団?消防団ではなく」
「この村じゃあ。青年団がそのまま消防団になるっぺ」浪江一郎が説明し、納得する。
「学校の庁舎の一部を青年団兼消防団が借りしているんです。そのとき青年団には村役場の堺慎之介、土建屋の松本悟、郵便局員の宮部竜也の三人がつめていて、たまたま松本と出くわしたところでした。松本に簡単に事情を説明し、教員宿舎に向かいました」
教員住宅は当初、単身者を対象に建てられたもので小学校から通りを隔てた先にある。事件当時、三棟ある宿舎のうち東の棟を澤村千尋が使用しており、中央棟は資材置き場、西棟は臨時の宿泊施設となっていた。
それぞれの教員住宅はほぼ同じ構造をしており、南側玄関入ってすぐ左に便所がある構造になっており、U字便糟の組取り口は誤って転落する危険を回避するために住宅同士の狭隈に設けられている。
「教員宿舎につくと入口の前で千尋がうずくまっているのが見えた。玄関先に置いていた竹箒を持って中に入るとトイレの中には誰もいない。後ろから千尋が袖を引き便糟の中に指を指しようやく気づいた」
「それが朝倉直之だと分かりましたか?」轟の問いに首を横に振る。
「暗くて誰なのかはわからなかった。わかったのは松本の持っていた懐中電灯を照らしてからだ」
「すぐに消防団はきたんですか?」
「ああ。俺と千尋が汲み取り口を覗いている間に三人がやってきた」
「当時積雪20センチあったはずですが、すぐにわかりましたか?」
「先生が言いたいことはわかります。汲み取り口は住宅の軒の下にありましたから他の部分とは違って雪はさほど積もっていませんでしたし、それに」
「それに?」
「蓋が開いていたんです」
「蓋が?」
「ええ、こう穴が開いていたんです。ぽっかりと穴が開いていたんです」
「汲み取り口からは何がみえましたか?」
「足です。靴は履いてなかった。便糟は思ったより深く、手で届く距離じゃなかった。そのとき、松本が叫んだんだ」
「なんて」
「朝倉だって」
その後、村役場に電話を掛けユンボの手配をお願いした。それからは篠宮村長や浪江一郎の証言と合致する。
「25日から26日までは何をしていました?」朝倉直之は24日朝、行方を絶ち26日に便糟内で亡くなっている。朝倉直之が犯人と接触したのは25日の晩ないし、26日の早朝である可能が高い。
「その間なら仙台にいました」
「仙台」鍵は澤村千尋だろう。千尋の実家は仙台市で、千尋は24日の『大喪の礼』の祝日から土日を挟み、27日の月曜日までの4日間仙台に帰省している。
「千尋は妊娠していた。悪阻が酷くて実家に帰っていたんだ」澤村千尋は3月末をもって教職員を依願退職しているが、事件がきっかけではなく、妊娠というのもあったのだろう。
「でも結婚は破談したんだろ」真壁が言った。
「あぁ、千尋の腹の子が俺の子じゃなかったからな。危うく騙されるところだった」
「朝倉直之か」真壁の質問に雅樹は沈黙した。
「聴いちまったんだ」雅樹の身体が震えている。
「仕事帰りに教員宿舎に立ち寄ったんだ。扉のところで話をする千尋と直之の声が聞こえた。大丈夫だ。心配するな。俺がなんとかしてやるってな。ぞっとしたよ。こいつ友達のふりして平気で裏切りやがってって頭にきた」
「それで殺ったのか?」
「違う。確かに憎かったが殺してなんかいない。直之と最後に会った晩も聞いたんだ。何にも心配するなと言って両肩をたたきやがる。子供の時からそうだ。運動も学業もなんでも出来る。パーフェクトマンだ。大学でこそ東京に行って帰って来たと思ったら原発のエンジニアになった、笑わせやがる」大和田雅樹は涙を流して訴えた。




