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折剣傭兵団<1>

「鏑矢確認。識別、赤、黒、赤、黄」


 鏑矢の甲高い響きが四つ空に響く。矢の飛翔跡を追って着色された煙が尾を引いた。

 それを確認した団員が、折剣傭兵団団長エンリコ=バッソの元に報告を上げる。煙の色にはそれぞれ意味があり、その色の組み合わせで、ある程度の情報を伝達できるのだろう。


「よし、敵は九時の方向、脅威度は低いが、数は多いぞ。三番、四番隊は横一列陣形。間隔は三。六番、八番隊は後方から弓の射撃準備。残りの隊はキャラバンに張り付き、周囲を警戒!!」


 エンリコの号令に、団員が一斉に動き出す。一糸乱れぬその動きには、油断も混乱も無く、迅速に陣形を形作っていく。盾を装備した三番四番隊は前線を構築し防御に徹し、その盾の隙間から六番八番隊が弓を手に敵を迎え撃つべく待機する。


そして聴こえてくる、鋭い笛の音。


「近いぞ。六番八番、弓構え!!」


 近付けば鏑矢を使うまでも無い、笛で合図を送ることが可能になる。笛による先行偵察部隊からの情報を受け、エンリコの指示が飛んだ。

 そして丘の向こうからまものの群れが土煙を上げつつ突進してきた。確認できるのは、小牙竜鬼(コボルド)の群れだ。数はざっと数えて三十。

 コボルトは短躯だが好戦的で狡猾なまものだ。犬のような顔つきをしているが、身体は鱗で覆われている。粗末な防具を纏っている者もいれば、何も身に着けず鱗まみれの裸を晒す者、手にする獲物もそれぞれてんでばらばらなため、徒党を組んではいるが、集団での統制などありようも無い。だが、その醜悪な顔を更に歪ませて突進してくる姿は、人間の本能的な恐怖心を呼び覚ます。


 しかし、対するのはただの人間の集団ではなく、<折剣傭兵団>というこの地方では名を馳せた大地人戦闘集団だ。小牙竜鬼(コボルド)ごときに、心身共に鍛え上げられた団員達が、パニックになることなどありえない。盾を構えた第一列の間から、第二列が弓に矢を番え、コボルトに狙いをつける。


「よーし、まだだ、まだ引き付けるぞ」


 ギリギリと弦を引き絞る第二列の団員達。その肩から二の腕までの筋肉が硬く盛り上がり、力を矢にためている。

 彼らが構えている弓は複合弓(コンポジットボウ)だ。それも携帯性や汎用性を念頭に入れ、あえて小型のものを選んでいる。それは複雑な構造と鏃の重さで高い威力を誇るが、番える矢の短さからその射程はあまり長くは無い。

 たしかに現実世界での和弓のような長弓ならば射程も数百メートルになり、またその威力も絶大なものとなるが、そのサイズはあまりにも大きく、戦闘時の取り回しや携帯性など彼らの使用条件での評価は小型の複合弓に一歩も二歩も劣る。

 さらにこの団では弓を、遠距離攻撃武器=アウトレンジ戦法のための武器、としては見なしておらず、近代戦でいうところの擲弾(グレネード)に相当する、簡易的な面制圧武器という認識で運用していた。

 敵集団を引き付けた上での、弓の斉射。その打撃力で敵を混乱に陥らせ、その後の突入と近接戦闘、が基本戦術である。護衛任務やまものの討伐などの少数集団での戦闘では、この戦術がもっとも効果的であるとの判断だ。

 もちろん、領主騎士団など大集団に編入されれば、その場にあった戦術をとることが出来るのは言うまでも無い。


 コボルトの集団との距離が近付く。すでに牙を剥きヨダレを流したその醜い相貌がはっきりと見える。悪臭を放つ吐息すら感じれるほどだ。


「放て!!」


 エンリコの号令が飛んだ。


 引き絞られた弓の弦が開放され、出番を待ちわびた弓矢が唸りを上げてコボルトの集団に向け飛翔する。

 ダン!!という打撃音にすら思える矢の命中の音が戦場に響き、数体のコボルトが衝撃から弾き飛ばされた。

 眼窩に矢を生やし即死するもの、胸を射抜かれ血反吐を吐きながら痙攣しているもの、獲物を構えた肘に直撃を受け、その衝撃で肘から先を吹き飛ばされるもの。近距離から、高い威力の複合弓から放たれた矢を受けたコボルトの集団は、即死にはならずとも、その半数はダメージを負い、その突進の勢いは減速した。


 エンリコの目が光る。


突貫(チャージ)!!」


 その号令の元、一糸乱れず前線を構築した第一列の三番四番隊が盾を前面に構え駆け出す。その突貫は戦列の維持を第一においたもので、その突進は整然としており速度はそれほど速くない。それでも、既に彼我の距離は五十メートルにも満たないため、二十秒もかからず両集団が激突した。

 第一列、三番四番隊は、構えた盾をコボルトの群れにぶち当てる。矢の威力に集団の勢いを殺されていたコボルトに、追い討ちを掛けるような盾の衝撃。第一列の突進の勢いもそのままに、カウンターとなる盾の打撃を顔面に受けたコボルトの鼻がつぶれ、折れた歯が自らの口蓋を突き抜け鮮血がその顔面に迸った。さらに数体のコボルトが吹き飛ばされ、すでに集団の内の半数のコボルトが倒れている。


「六番八番、抜剣!!」


 ここで、止めとなるだろうエンリコの更なる一手が下された。弓を地面に置き第一列の後方を少し遅れて追走していた第二列、六番八番隊が腰に吊るした小剣を鞘から抜く。


「蹂躙せよ!!」


 エンリコも自分の掛け声に合わせ腰の愛剣を抜き、コボルト集団に差し向け、叫んだ。


「ーーーーーー!!」


 剣を高々と掲げ、なんとも表現しようも無い、獣の雄たけびのような叫び声を上げ、第二列の十二人が突進する。タイミングを合わせ、通り道となるべく戦列に人が通れる隙間を空けた第一列の横をすり抜け、すでに瓦解しかけているコボルトの集団に襲い掛かった。


 あとは、ただの駆除となる。たいした時間も掛からず、全てのコボルトを打ち倒し、戦闘は終了した。









「・・・すごい」


 その戦闘を後方の隊商の馬車の傍で見ていた杏奈が口篭った。スーノもその様子を目の当たりにして、言葉を失っていた。

 二人の横に、九番隊隊長であるディーノがやってくる。


「これがウチの団の実力だ。ここいら近辺じゃ、相手することができる集団は無いよ。同じ規模ならイワフネの騎士団にだって負けることは無いな」


 鼻息も荒いディーノの声に、スーノも同意する。


「これなら僕達がいなくても護衛任務を完遂するのは間違いないんじゃないか?」

「オレもそう思うけどね。まあ、あの<マウントリムの隧道>を抜けるときに冒険者を雇うのは決まりだからね」


 大口を開けて呆然としている者がもう一人、馬車の荷台に必死に掴まっているリナだ。


「なんだ、戦闘を見てブルッちまったのか?だからイワフネの街に残っていればよかったんだよ」


 ディーノがリナの頭を拳骨で小突いて文句を言う。その痛みで目が覚めたようで、リナはディーノを睨みつける。


「ビビッてなんかいないよ。なんだい、あんなちっこいコボルト。オレだって戦えるぞ!!」


 意地になって反論するリナ。だがその膝はまだ微妙に震えているのがスーノには見て取れた。出来るわけねぇと断言するディーノに、リナはさらに機嫌を損ねムキになる。


 そこに、後始末をボーメに任せたエンリコが戻って来る。そして、ぎゃーぎゃーと子供の喧嘩のような言い合いをしている二人に目を向けた。


「九番隊長、報告!!」


 エンリコの声を耳にしたディーノの背筋に金属の棒が通ったように伸び、直立不動の体勢となる。


「キャラバンに被害無し。すぐに出発できます!!」

「良し。しばらくその場で待機。攻撃隊の体制が整い次第、キャラバンの移動を再開する。」


 そう発言すると、馬車の御者台に座っている、この隊商(キャラバン)を取り仕切っているラバネッリ商会所属の男、アルバーニに目を向けた。


「それでよろしいですな」


 あくまで商人であり、あまり荒事(、、、)の経験など無いのだろう、目を白黒させたアルバーニは何度も頷いた。









 戦闘の後処理が終わり、隊商キャラバンの隊列が整ったことを確認すると、エンリコの指示に合わせ馬車の列が前進を再開した。

 現在キャラバンが進んでいる道は、現実世界の関越自動車道である。この世界で一般に使われている道は、基本的に獣道に毛が生えたような簡素なものだ。馬車が通るような地域の動脈となる幹線道路でも、道幅は狭く、未舗装なのが普通だ。整備されているとしても石畳が精一杯である。

 馬車のほうも貴族が所有するような高級馬車ならともかく、一般の貨物の馬車では懸架装置(サスペンション)などあるはずも無く、車輪も空気が充填されたチューブのゴムタイヤでもない木の車輪となれば、乗車している人間への負担や積載している荷物のダメージがバカにならない。

 それでも、今キャラバンが利用しているような<神代>旧文明の遺跡である道路は、アスファルトの滑らかな舗装路面であり通常の土を踏み固めた道に比べれば、馬車へ伝わる振動は格段に小さい。このような道路の遺跡は、路面の平坦さや地形にあまり左右されない直線的なレイアウトもあって、大地人たちもその利便さに注目しそれら積極的に活用していた。


 しかし、道路というものは整備の手を入れなければ、路面は崩れ植物に侵食され、あっという間に朽ち果ててしまう。今利用している関越高速の遺跡も、本来平滑だったはずの路面は凸凹に荒れ、所々崩壊していた。ある場所では崩れた部分に簡単な木製の橋桁を掛け、またある場所では一旦高速から道を外れ崩壊部分を迂回すると言ったような状況になっていた。そのため、なかなかキャラバンの進む速度は上がらなかったが、それでも一般的な土を踏み固めた道を進むことに比べれば、その速度は雲泥の差になるだろう。


「だからさ、道路ってのは定期的に整備しなきゃいけないんだよ。みんな渋滞の原因だって文句ばっか言ってたけどさ」


 馬上のスーノは荒れ果てた高速の姿をぼんやり眺めながら、現実世界の仕事の愚痴をぼそぼそ独り言で呟いていた。空は晴れ渡り、五月の陽光が降り注ぐ。爽やかな春の風と馬の歩行に伴うリズミカルな上下動にスーノの意識は不明瞭になり、集中を欠いている。


「スーノさん!起きてますか」


 隣を進む馬上の杏奈から声がかけられた。途切れ途切れになっていたスーノの意識が呼び戻される。杏奈の呼びかけにビクンと、身体が震え、危うく落馬しかけるスーノ。そんなスーノの姿を見たリナが、馬車から身を乗り出して笑っていた。

 揶揄するリナの姿を睨みつけたスーノは、馬上で姿勢を正し、頭を振って余計な考えを振り払う。


「スーノさん、最近おかしいですよ」


 心配顔でスーノの顔を覗き込む杏奈。


「大丈夫、ちょっと疲れているだけだよ」


 スーノの様子がおかしくなったことに気づいたのは、いつからだろうか?自分の記憶を掘り起こして見るが、杏奈にはどうにも確信が持てなかった。

 思い返してみれば、いつからという明確に線引きできるタイミングは無かったような気がする。もし、あえていつ、と問われたのなら、やはりイワフネの街を出発する頃と答えるかもしれない。

 もともと物思いに耽ることの多い人だとは感じていたが、最近はその頻度が増えてきたような気がするし、どこか塞ぎ込んでいるようにも見えるときがあった。

 エンジも心配なのだろう、最近はスーノの傍を離れることがほとんど無くなっている。


(アタシじゃ頼りなくて相談相手にならないのかな・・・)


 恩人ともいえるスーノの力になりたいと思ってはいるが、頼ってもらえないことに落胆し、自身の力不足を嘆く杏奈だった。




 二人の背後の馬車では、相変わらずディーノとリナの言い合いが続いていた。

 そもそも、リナは今回の隊商(キャラバン)に同行する要員に含まれておらず、イワフネの街の団の事務所で受付の女性と共に事務所番をする予定になっていた。












 話は五日前に遡る。






 リナが発見されたのは、イワフネの街を出発したその日の夜。野営地でキャラバンの皆が寛いでいる中、馬車に積まれた木箱のひとつからそろそろと抜け出したところを、警備のため巡回していた団員に見つかった。リナは団員に腕を捻り上げられ、団長のエンリコの前に引き出される。

 腕が痛いだの、なんだの文句を言っていたリナだが、エンリコの前に座らされその鋭い視線にさらされると、借りてきた猫のように小さく身体を竦め、黙り込んだ。

 エンリコは無言でリナの姿を睨む。

 ちらちらと顔を上げて、エンリコの様子を伺うリナだが、厳しい表情を目の当たりにし、取り繕うきっかけを見つけることすら出来ない。


 しかし、これじゃダメだ、と意を決し顔を上げてエンリコと視線を合わせた。


「オレも仕事がしたい。みんなの役に立ちたいんだ!!」


 必死に張り上げたリナの声に、エンリコは目を閉じ、大きくため息をついた。パチンと、大きな掌で、自らの額をひとつ叩く。


「九番隊長!!」


 その呼びかけに、ディーノがエンリコの前に駆け寄り直立した。


「コイツはお前の管轄だ。全てお前に一任する。適当にやれ」


 そう言い放つと、エンリコは天幕の中に引っ込んでいった。


「来い!!」


 ディーノはリナの手を引っ張りその場を離れる。そして九番隊の隊員が集まる場に連れてきた。リナは焚火の前に引き倒される。不平を言おうとディーノを睨みつけるが、目に入るディーノの顔の厳しさに、何も言えなくなる。


「お前はこの九番隊の一員だ。だからお前の不始末はこの隊全員の責任になる」


 ディーノの様子に、いつもの茶化した雰囲気は無い。


「街でやらかす(、、、、、、)おふざけとは訳が違う。今は任務中なんだ。遊びじゃない。ここにいる団員全て役割があって無駄な人手なんか無いんだ」

「団員の任務はキャラバンの護衛だ。そしてまものや盗賊に襲われて戦闘になれば、全員その任務につくんだ。わかるか」


 真剣なディーノの語り口に、リナは圧倒され押し黙る。


「もしお前が危険にさらされても守ってくれる人間はいないんだよ」

「オレだって戦える!!」


 リナがディーノに噛み付き、声を張り上げる。


「無理だ。お前にそんな力はまだ無い」


 そう言って、腰につけている短剣を鞘ごと外して、リナの前に置く。


「これ持ってみろ」


 その短剣を握るリナ。持ち上げようと力を込めるが短剣は上がらない。リナは必死になり両手を使って持ち上げようとすると、どうにかその短剣を胸の高さまで持ち上げることが出来た。だがそれが精一杯。その短剣を構え、振り下ろすことは不可能だ。無理に行えば、振り回されるのはリナ自身のほうだ。運が悪ければ、その刃で自らを傷つけてしまうだろう。


「分かるだろう。戦闘ってのは簡単じゃないんだ。オレ達も手の豆を潰し血を吐く努力を繰り返して技術を磨くんだ。気持ちだけでどうにかなるモンじゃない」


 声も無く頭を垂れるリナ。小さなその姿が縮こまってさらに小さく見える。そんなリナの姿を見て、頭をかきながらディーノが思案を巡らす。

 団長からは「適当にやれ」との指示を受けている。実はこれが難問だ。この場合の「適当」は、本当の意味の「適当」ではなく、「出来うる限り最適な判断と行動をしろ」という意味になる。

 さて、この場合の最適な判断と行動とは?・・・・







「九番隊長、ディーノ入ります」


 天幕内からの「良し」の声を待ってから、扉代わりの垂幕を捲り天幕の内部に入る。内部には簡易な木の折りたたみ椅子に座った団長、その前の机には地図が広げられ、おそらく今後の道のりとスケジュールを検討していたのだろう。

 ディーノはエンリコの前に進み、背筋を伸ばす。


「先ほどのトラブル処理の報告です」


 そう言って、ディーノは九番隊隊長としての判断を説明する。

 現在地は、イワフネの街から20kmほど進んでしまっており、すでにまものが出現するエリアがイワフネの街との間に存在しているため、リナ一人で街に帰還させることは不可能である。そして隊にも人的余裕は無く、街まで護衛をつけることも無理だと。

 結論としては、このままキャラバンに同行させるほか無いだろうというのが、ディーノの判断だった。


「二日後に立ち寄る<カシワザキ雷鳴街>に残すと言う選択は」

「残念ながらあの街には当団の有力な協力者がいません。同じ理由で、カシワザキの街で護衛を雇ってイワフネに帰還させるというのもあまり得策ではないかと。なにより、本人が団と共に行きたいと強く希望しておりますし、それに中途半端なことをすれば、またあの者は余計なことをする可能性もあり、このままキャラバンと同行させるという判断が妥当ではないかと考えます」


 今後のスケジュールが書かれた手帳と地図を見比べながら、ディーノの話を聞いていたエンリコだったが、聞き終えると手帳を机に置き、眉間を揉みながら身体を伸ばしディーノに目を向けた。


「オレもいい加減歳だよ。疲れが取れず辛くなってきた上、細かい文字が良く見えん」

「それでも、まだまだ親父には一線を張ってもらわないとな。楽隠居にはまだ早いよ」


 先ほどまでの会話が、上司と部下の会話ならば、今の会話は親子のそれだろう。人目の無いところなら、というある意味甘えかもしれないが、たまには息を抜かないと続かないだろう。

 もうひとつ机に備え付けられていた木の折りたたみ椅子に手を掛け、それに座るディーノ。ディーノはその椅子の頼りない背もたれにもたれかかり、身体を伸ばして天幕の天井を眺める。


「・・・似てるよな」


 誰に言うとも無く呟いたディーノの声に、眉間を揉んでいるエンリコの動きが止まる。


「そうだな」


 二人の脳裏に浮ぶのは、女性と少女二人の姿だった。女性はエンリコの妻であり、ディーノの母親。少女は娘であり妹だった。母親の名はジーナ、妹の名はベアトリーチェ。


「髪の色も、顔つきも背格好も、あのころ(、、、、、)のリーチェと瓜二つだよ」


 妹リーチェは五年前、流行病に罹り死んでしまった。あっさりと、簡単に。まだ十三だった。

 その死に目に、エンリコもディーノも会うことが出来なかった。二人は今回と同じように、隊商の護衛任務でイワフネの街には居なかったのだ。

 二人が帰還すると、安心したのか、ジーナが倒れた。同じ流行病に罹っていたのだ。そして娘の死に落胆したのか、自らも消えるように逝ってしまった。

 母娘は良く似ていた。細い身体にくすんだ赤の髪、少しきつめに見える目の形。実際はそんなことは無く、優しくおとなしい少女だった。そしてその今わの際と同様に、儚げな女だった。


「性格だけは正反対だけどな」


 ディーノの呟きに、エンリコの頬も緩む。


「お前もリーチェも母親似だったな。良かったよ。お前はまだしもリーチェまでオレに似てたらな・・・」


 その言葉に小さく笑いあう親子。おそらく二人の脳裏には同じ絵が浮んでいるのだろう。愛した妻であり、かけがえの無い母。そして望み続けてようやく得た娘であり、最愛の妹。

 残された二人にはもう涙は無い。涙は既に流し尽くした。今あるのは暖かく優しい記憶だけ。


 ディーノが思い出を振り払うように、椅子から立ち上がった。


「トラブルの処置は以上です」

「いいだろう。隊長のお前に任せる。下がって良し」


 敬礼をして天幕から下がるディーノ。それと入れ替わるようにボーメが書類をかかえて天幕に入ってくる。


「待っててくれたのか」


 エンリコの言葉に、反応はせず、ボーメは書類を机に広げる。ボーメは傭兵団団長であるエンリコの決済が必要な書類を差し出す。


「親子の中に割って入るのは野暮ってもんだろ。それも(、、)の話をしているのなら、尚のこと、な」


 さあ、仕事の時間だ。

 そういって、ボーメはエンリコの前に書類の束を投げ出す。それを見て、エンリコが手を上げて泣き言を言っていた。

















 背後の馬車では、まだまだ二人の言い合いが治まる気配は無い。仲がいいことは結構なことですね、と杏奈は二人を放っておき、スーノの横顔を見つめる。

 その視線に気づき、スーノが「どうかした?」と杏奈に訊いてくる。大きく首を横に振って、杏奈はなんでもないよとアピールする。

 そしてその視線をエンジに向ける。エンジは不安そうな目の色で杏奈を見ていた。


 こういう時こそ、アタシがしっかりしないと、ね





ログ・ホライズン本編を読み返していましたら、内容に間違いを発見しましたので、修正しました。


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