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翌朝、雪夜君の病室に行くと口論しあう声が聞こえた。
「だから!ユキの彼女は朝比奈結衣さんなの!」
「違います、お姉さん!雪夜君はあの女に脅されてそう言ってただけで、本当は私と付き合ってるんです!!」
「そんなはずない!ユキの恋が実るまで私はずっと見てたのよ!」
「それはお姉さんが騙されてるんです!」
……なんだかとても不穏な内容のようだ。言い争ってる声は月絵先輩と雅さんのようだが。私はノックをして病室を開ける。
「朝比奈さん!」
月絵先輩が目を輝かせて私を出迎えた。雅さんはキッと私の事を睨む。雅さんのお父さんはじろっと私の事を見た。ぐったりしている桃花ちゃんと、ベッドの上で困ったような顔をしている雪夜君。あゆみさんを含む同級生4人組は黙って病室の脇に座って様子を窺っている。ご両親は不在のようだ。
月絵先輩に説明を受けた。
①雪夜君は事故の衝撃で約1年ほどの記憶を失っている。
②記憶は戻ると思うがいつ戻るか分からない。
③それ以外は特に異常はない。
④何故か雅さんが「自分は雪夜君と交際している」と主張している。
……。雪夜君、私と会った記憶も全部忘れちゃったんだね。雪夜君に目を向ける。雪夜君は困ったように笑って手招きした。そっと近づく。
「忘れちゃってごめんね。えっと…オレ、結衣さんの事なんて呼んでたのかな?」
「『結衣』って。」
「そっか。結衣。ちゃんと思い出すから。ホントごめん。」
慌てて首を左右に振る。私は雪夜君に助けてもらったのだ。雪夜君が約1年の記憶を失ったのだって私を助けたためだ。謝ってもらう事なんてない。
不安で心がすりきれそうだけど。だって、もう私を好きになってくれた雪夜君はいないから。1年前、桃花ちゃんの入学式の前日で記憶が止まっているのなら今はまだ桃花ちゃんの事が好きなはずだから。
「ほんと胸やけするくらい甘ったるいカップルだったのよ?それが…」
月絵先輩が眉を顰める。
「お姉さん、それは違います。雪夜君はあの女に弱みを握られて仕方なくカップルのふりをしていただけです!本当は誰より私の事を愛してくれていました!」
弱みを握ったり脅したりした覚えないんだけどな。雪夜君と交際してたって本当かな?そんなの全然気付かなかったけど。雪夜君がはぁと溜息をついた。
「月姉、オレ二股かけてたの…?」
「私が正式に彼女だって紹介されたのは朝比奈さん一人だけよ。」
「うーん…オレの性格を考えると神崎さんってことは無いと思うんだけど。」
「雪夜!お前、俺の娘を捨てる気か!?」
今まで静観していた雅さんの父親が吠えた。空手道場の主だけあって厳めしい岩のような方で怒鳴ると迫力がある。
でも看護婦さんがすっ飛んできて「病院内ではお静かに!」と怒られた。
「ねー。もう過去の事なんてどうだっていいじゃないですかぁ?雪夜君はぁ、結衣さんの事なんて覚えてないし、雅さんと付き合ってた記憶も無いんだからぁ、フリーってことでしょ?大体二人とも年上すぎですぅ。これからは同い年の私がしっかり雪夜君の相手になりまぁす」
あゆみさん、昨日覚えてないって言われた割にはタフだな。雪夜君が覚えてないって言ってたってことはあゆみさんは中学生になってからのお友達なのだろう。記憶があっても無くても出会ったばかりだと思う。
しかし雪夜君モテモテ。
「ちょっと、何勝手な事言ってるのよ!雪夜君と私の間には輝かしくも甘い思い出があるのよ!ぽっと出のアンタなんてお呼びじゃないの!大体、記憶ないならアンタなんて初対面じゃない。雪夜君に相手にされるはずないわ!年上って言うけどたかが4つ差よ。雪夜君には私みたいなちょっと年上なしっかり者の彼女がいいの!」
「二人とも勝手な事言わないで。ユキには朝比奈さんって言うちゃんとした彼女がいるのよ。蔑ろにしたら許さないんだから!」
月絵先輩が参戦している。
「うう~ん。」
雪夜君は非常に困っているようだ。そりゃそうだ。自分は桃花ちゃんの事が好きなのに突然自分の彼女を名乗る相手が二人も、彼女立候補者が一人出ているんだから。
思えば雪夜君が私の事好きになるなんて奇跡みたいな事だよね。私は桃花ちゃんみたいに可愛いわけじゃないし、雅さんみたいに美人でもないし、あゆみさんみたいに同い年でもない。もともとノートという偶然が無ければ出会うことも無かった人だもの。ノートの事があっても雪夜君には迷惑ばかりかけていて好かれる事なんてこれっぽっちもしてない。雪夜君が私のどこを好きになったのか不明すぎる。記憶をなくした雪夜君が再び私の事を好きになる可能性なんて全然見い出せない。記憶が無くなった時点で私達は破局しているのかもしれない。
「ね、ねえ、雪夜君…記憶が戻らないんだったら……私達、少し距離を置こうか?」
至近距離で見た雪夜君の目がひたりと私を見据える。
「ダメ。」
「え?」
ダメ?なんで?雪夜君困ってるんでしょ?私なんかいない方がいいに決まってる。離れたくないけど離れた方が雪夜君の為だ。
「離れたくないって思ってるでしょ?彼女ならそれくらい我儘言いなよ?オレも離れたいとは思ってないし。」
雪夜君は笑って私の手をとった。
雪夜君は…雪夜君だ。記憶が無くても、いつでも私の本心を見透かしてる。視界がうるっとしてしまう。
「泣かないで?」
「な、泣いてないもん!」
「そう?」
雪夜君はにこっと笑った。
「ちょっと!私の雪夜君に勝手に触らないでくれる!?」
雅さんが雪夜君に触れられている私の手をばしっと弾いた。
「しおらしいふりして気を引くのとか卑怯だと思いますぅ~あと、雅さんのものじゃないですぅ~」
あゆみさんが頬を膨らませる。
「雪夜、とりあえず思い出すまで3人と平等に関わってみたら?」
同級生男子が声を掛ける。昔、雪夜君にお弁当作って、お弁当箱返してもらう時にこの子いた気がする。名前は知らないけど。小学生の頃からの友人だろう。
「ん~、じゃあそれでいいかな?」
各自不満げに頷くのが見えた。
雪夜君の入院中にうちの両親と麻衣が雪夜君にお礼とご挨拶に行ったらしい。何故私を置いて行ったし。
後日警察から事情を聞かれた。撥ねた車の色くらいは覚えてるけど(シルバーメタリックでした)普通の乗用車ってこと以外特徴らしい特徴が思い浮かばない。無論ナンバーなどは覚えていない。警察のおじさんは彼氏が私を庇って撥ねられて、しかも記憶喪失になっていると知り、大変同情してくれた。彼氏がピカピカの中学一年生だと分かるとちょっと驚いていたが。雪夜君にも事情を聞きに行くらしいが、雪夜君は事故に合った事すら覚えていないので有益な情報は得られないだろう。




