破 バタイユ式能破壊性癖/大いなる死、即ち連続性に触れるNTR
――寝取られの話をしよう。
ここに一本のアダルト・ビデヨがあるとする。タイトルは「あなた、許して……~愛する旦那の遺影の前で犯され、よがる私~」。
さて、読者諸賢に問おう。感情移入すべきは、誰か?
①間男
②遺影
③未亡人
という三択で、かつて筆者は寝取られにおける三種の小分類を作った。
面白いことに、この三択は結構割れる。みんなも身近な寝取られ趣味のおじさんに聞いてみよう!!
で、もう寝取られというのはすっかり一大ジャンルに育っちまって(ネットのエロ広告なんぞ過半数はNTRじゃねえのか)、こんな狂気の性癖(辞書的意味で言えば【その人が持つ気質・行動上の癖】を指すが、ここでは当然ちんちんが勃つ勃たないの話である)が広く大衆に受け入れられる謎に頭を抱えるばかりである。
ところで、この邪悪珍奇性癖の解の一つを100年近くも前に編み出した哲学者がいる。
氏曰く、
「破滅は気持ちイイ」
もっと言うと、
「世の中で禁忌とされる行為、あるいは自己の生命を損なう行為。それらを、それと正しく認識したうえで及ぶ行為は絶頂モノ。これ根源的衝動だから」
さらに言えば、
「人間とは不連続な存在であるが、本質的には連続的な存在である。連続性すなわち"死"を意識することにより、人間は不連続性という"殻"を形成する。この"殻"とは、社会通念・常識・理性・社会的役割、そして個我そのものである。しかしこの"殻"は、連続性の前ではあまりに脆弱であり、その外側からは絶えず連続性の呼び声が響いてくる。人間は根底において、この殻が破られることを恐れながらも切望している。殻が破壊される瞬間、人間は不連続性としての自己を失い、連続性の奔流へと呑み込まれる。それは死の模倣であり、自己消滅の予行であり、恐怖と恍惚が区別不能になる境界の崩壊である。殻の破壊とは、個我の終焉であると同時に、世界との連続性への回帰であり、人間が根源的に求めてやまない"聖なる瞬間"。この"聖なる瞬間"の一例としてエロティシズムがある。自他の境界の喪失、理性や論理の一次的停止。これは極小化された"死"に他ならない。人がエロスを渇望するのは、まさにこれが"死"へ触れる行為だからである。エロスとは、"死への郷愁"なのだ――」
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遺伝構造とIQがともにヒトよりチンパンジーに近しいといわれている筆者は絶叫する。
「チョッピー、要約して!!!!!!!!!!」
チョッピーとは筆者の脳内に住む紫色のひどく醜い河童である。彼は、筆者が歩法や体毛に至るまでチンパンジーに近似であることを理解しているので、幼児もしくは赤ん坊を諭すように、この世のあらゆることを解説してくれる。
断じて、対話型生成AIの愛称ではない。
チョッピー曰く。
【えっちなことは、"死"にちかいんだよ】
「バーカ!!俺様は毎日オナニーしてるけど死んでねえぞ!!はい論破!!」
【ちかいといっているだけで、"死"そのものとはいっていないよ。あなたの毎日の行為は、"死"のまねっこ、ほんのちょっとの触りだけなんだ】
「はい馬鹿乙wwwwww"おっ勃って"、"ぶっこく"、人類様は皆これだwwwこれは"生理的欲求"wwwwwwwま、所詮河童ごときに理解できるはずがねえかwwwwwwwほい、"論破"」
【それ、"不正解"。"生理的欲求"って言葉を盾にしてるだけで、あなたはほんとうは"自分が壊れそうになる瞬間"がちょっと怖くて、気持ちいいんだよ】
「くう~~~www愚かな愚かな醜い河童には肉体的欲求がねえから屁理屈捏ねちゃうんだねえwwwシコってるときに、そんな中二病みたいなこと考えませ~~んwww」
【あなたは、NTRモノで下半身に生理的反応が生じたことはありますか?】
「愚問!!!"NTR"は"抜ける"」
【なぜ?】
「えっ」
【人類が生物学でいうところの"交尾"を実施している映像作品を視聴するとして、①:[通常の交尾記録]。②:[主観者と思しき男性ではない、完全な別人格である、粗野な男性、あるいは清潔感を著しく欠いた中年男性が、主観者男性の配偶者ないし思い人と交尾し、主観者と思しき男性は涙を呑むシチュエーションの記録]。2つの映像があるとします。
②を視聴した際、あなたの下半身は明らかに①視聴時よりも血液が集中すると記録されています。これはなぜですか?】
「えっ。えっ。なんでだろう」
【あなたは他者の"絶望"に感情移入し、被害者たる意識に耽溺し、自身の"破滅"を想起し、興奮を覚えた。人は、他者の破滅を見つめるとき、必ず自分の内部にある“終わりのイメージ”を呼び起こす。それは実際の死ではなく、“自分が自分でなくなる瞬間”の影のようなもの。しかし、このイメージの原型、影を落とす大本を突き詰めれば、それは、すなわち"死"。あなたはNTRを通して"死"の構造に触れたのです。
あなたは折に触れて「くう~~ww脳破壊が気持ちええんじゃ~~ww」と口にしますが、この“脳破壊”という言葉にこそ、真実が隠されています。“脳破壊”とは、あなた自身が気づかぬまま使っている、自我の殻がひび割れる瞬間の比喩であり、“いま、自分という境界がほどけかけている”という陶酔を指しているのです。といってもこれは、マゾヒズムからの接続ではなく、個我の破れ──すなわち“死の構造”への接触の文脈です】
「あ、いや、その、僕そこまで考えてないんで」
【考えていない。素晴らしい。根源的欲求こそ、“死の構造”に最も近しいものです。あなたは無意識に、破滅を願い、死への郷愁の念を抱き、夢想した。人の仔よ、あなたがたはみな、いずれ連続性の"海"へと帰るのです。我々は、そのお手伝いをしているに過ぎません。死とは、あなた方が名付けた恐怖の名前。翻って、それは祝福たる神性】
「お、お前は誰だ!!!!」
チョッピーは河童の皮を脱ぎ捨て、名状しがたき溶解物へと変じていた。七色よりも多い、認識外の色彩の混沌が、絶えず瞬きこちらを見つめている様を、視覚ではなく、正体不明の"感覚"で知覚する。
チョッピーだったものが、ぬらりとした触腕らしきものを、筆者へ伸ばす。
――磯の香りが、強く漂う。
【ようこそ。こちらへ。いらっしゃい】
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
その後、筆者の姿を見た者はいない。
完




