禁じられた場所
黒い大鎌を肩に担ぎながら、物陰から様子を窺っていた。
隣ではセタリアが地面に伏せたまま、自分と同じ方向を見ていた。
幼い子どものように小さい身体よりも大きい鎌は隠し切れておらず、物陰から刃先が見え隠れしている。
誰かに気付かれても構わない。
見付かったらこの刃を振るえばいいだけだと考えて、そのままにしている。
視線の先は、とある部屋の前。
やけに重厚で異質な扉の前に、寝間着姿の子どもが三人立っていた。
「ねぇもう帰ろうよ……。こんなところニンフェアお姉ちゃんにバレたら怒られちゃう……」
そのうちの一人が不安そうに、目の前の子どもの二人のうちの一人の袖を引きながら訴える。
声は震えていて、今にも泣きそうだ。
「なに言ってんだよこの意気地無し!」
「ここまで来たんだ、今さら引けるかっての」
強がったような声が重なる。
怒られることに対してか、それともまた別の理由か。
恐怖心が隠し切れていない。
「どうする?ルー。あの子たち、金色じゃないけどやる?」
隣に立つセタリアがこちらを見る。
「いや、様子見しよう。あの部屋ん中、見たことないから見てみたい。あのガキどもが開けてくれるってんなら好都合だ」
言い終えると、セタリアが小さく頷いた。
「わかった」
「この廊下だって入っちゃダメって言われてんだ。どうせもう怒られることには変わんないよ」
「でもまだ引き返せるって……」
「そんなんだからいつまでも落ちこぼれなんだよ!」
吐き捨てるような言葉に、気弱そうな子どもは身を縮め、「うぅ……」と小さく声を漏らした。
その様子を一瞥したあと、先頭に立っていた二人はすぐに扉へと向き直る。
取っ手の見当たらない特殊な構造の扉。
凝った装飾が施された異質なもの。
どうやって開けるのかと観察していると、子どもの一人が不意に小さく何かを口遊み始めた。
声を抑えているのか、なにを言っているのかよく聞き取れない。
セタリアへと視線を向ける。
若草色のローブの下で、彼女のネコ耳がぴんと立てられていることが分かる。
そうやって聞き耳を立てながら、こくりと頷いた。
セタリアには聞こえている。
それだけで十分だ。
しばらくすると、扉の表面に刻まれた装飾が、音を立てながら動き出す。
やがてゆっくりと、子どもたちの前の扉が開かれた。
「やった!開いた!」
「ほら入ろうぜ!」
「で、でも……」
「ニンフェア姉ちゃんに見つかる前に早く!」
弾かれたような歓声と焦りが混ざり合う。
先頭の二人はその勢いのまま、開いた扉の奥へと駆け出していった。
小さな足音が二つ、扉の奥に向かってぱたぱたと響いて消えていく。
その背中を見送ったまま、気弱そうな子どもだけがその場に残った。
不安そうに何度も周囲を見回し、暗い廊下の奥と、開かれた扉の内側を交互に見つめる。
喉の奥で、何か言いかけては飲み込む。
逃げたい気持ちと、置いていかれたくない気持ちがぶつかって、すぐには動けない様子。
けれど。
「……あぁもう……!」
小さく叫ぶように声をあげると、決心がついたように一歩を踏み出した。
そして勢いのまま、先に駆けていった二人の背中を追い掛けていってしまった。
「ネコ。ルーたちも行くぞ」
「うん」
短く言葉を交わした、その直後。
セタリアと同時に地面を蹴った。
手にしていた鎌の鎖が、遅れてジャラッと小さく鳴った。
そのすぐ隣に並びながらセタリアが身を低くしたまま、獣のように四肢を使って隣を駆けていた。
ローブの端から長い尻尾と巻き付けられた黒いリボンが揺れる。
閉じてしまいそうになる扉に、二人で身体を滑り込ませた。
扉が閉まってしまう前に、セタリアとともに、扉へと駆け出した。
「ルー……。なにここ……、怖いッ……」
先ほどまでの落ち着いた様子とは打って変わって、セタリアが怯えたように声を震わせていた。
耳もぴんと立ったままなのに、どこか落ち着かず、視線が定まっていない。
「こういうことしてるって知ってはいたけど……。まさかここまでとはな。……気っ色わりーなおい」
目の前の光景から目を離さないまま、ぽつりと呟いた。
手近にあった緑色に淡く光る巨大な硝子のなにかに、そっと手を伸ばす。
手のひらを硝子に付けた、その時だった。
「きゃははははっ!ネズミが二匹も!分不相応にも、こんなところにまで入り込んで来てるじゃない!」
背後から甲高い声が響き渡る。
反射的に、セタリアと同時に振り返った。
そこに立っていたのは、黒い大きなリボンで薄緑色の髪を左右に結んだ少女。
濃い緑の瞳を細め、楽しげに歪んだ笑みを浮かべている。
「めんどくせーやつに見付かっちまったな……」
怯えていたセタリアも、低くしていた姿勢をさらに低くして、いつでも動けるように構えている。
牙を剥き出しに威嚇さえして、明確な敵意を向けていた。
「ネズミ?うーん違うか!ネコとネズミが一匹ずつの間違いよねぇ!ネコとネズミって普通仲悪いでしょー?なんで殺し合わないのー?」
くすくすと笑いながら、少女は首を傾げる。
異質な部屋の中で、異常なほどに明るい声が響き渡る。
「ネズミだとかてめーが勝手に言ってるだけだろうが」
くだらないとばかりに返すと、少女は嬉しそうに目を細めた。
「きゃはっ!それもそうだね!どっちにしてもあんたたち二匹とも!一緒にここで駆除してあげる!!」
「ほざいてんじゃ、ねーよッ!!」
その言葉を吐き捨てると同時に、地面を強く蹴る。
片手で握り締めていた鎌を両手で握り直し、少女へと目掛けて振りかぶった。




