第84話 騎士道に殉ずるな
レアンダンジョン第一層。
口を開けた暗闇。風のない地の底。湿り淀む空気。
またここへ戻ってきた。クラスメイトの大半は二度目だが、俺とリオナは三度目だ。入り口からの階段を下りきったところで、腰の魔導灯を全員が一斉に点灯する。
例によってリリはここまでだ。
一組全員を並べると、リリが開始を告げる。
「ダンジョンの開拓をあなたたちに任せることになったけれど、それは命を捨てさせることと同義ではないわ。全員、手に負えない魔物が出てきたと判断したらすぐに引き返しなさい。くれぐれも危険は避けること。前回以上によ。騎士道に殉じることは馬鹿げていると思いなさい」
やけに強い口調だが、その気持ちはわかる。
こんなもの、学生に課すカリキュラムではない。広さも深さも危険度さえも不明のレアンダンジョンの開拓は、政府から委託された立派な事業だ。それを学生にカリキュラムとして従事させることで、利益を得ようとしているやつがいる。
イルガが挙手をして発言した。
「ですが教官。我々は国の礎たる正騎士となるべく、レアン騎士学校へと入学しました。当然、騎士道を学ぶことは重要であると考えています」
「学生の身分で胸を張って名乗れるほど、あなたの言う騎士の称号は安いものかしら。イルガ・フレージス」
俺に言わせれば、どの口がほざくのか。
前回はおまえを救うために、クラスメイトが全滅しかけたというのに。
戦姫に睨まれたイルガが、目に見えて萎む。
「それは……」
「もう一度言うわ。騎士道に殉じる必要はない。学生ならば生きて戻りなさい」
カリキュラムの収益化は、リリにとっては腹立たしいことのこの上ない事情だろう。やはりキルプスに進言し、中止を乞うべきかもしれない。
だがガリア王国での王族は、強い任命権こそ持ってはいるものの、司法や行政に関しては貴族に権利がある。教育関連はどこの貴族の権利かは知らんが、そいつの首をすげ替えるにも時間がかかるだろう。教育法の改定はさらにその後だ。
実際にカリキュラムを中止にさせるまでに、どれほどの手続きと時間が必要となるか。暴君の誕生を防ぐための制度が、今回ばかりは仇となっている。
さらにキルプスと理事長の椅子の繋がりは、可能な限り自国の貴族にさえ伏せておきたいところだ。その情報が共和国にまで漏出した場合には、この学校自体が諸外国から重要施設として位置づけられ、危険にさらされる恐れが出てくる。
「それと前回同様、ケガ人が発生した場合には、パーティを超えた協力を絶対に怠らないこと」
三班を中心に、左手側にイルガ一班と二班、そして右側にフィクスの四班とセネカの五班が並んでいる。
ふと気づく。
男子の大半が、刺突剣から両手剣へと変わっている。突に加えて斬の重要性を、ゴブリン戦を経てようやく理解できたようだ。
貴族剣術ではこの先通用しない。
「可能な限り、全員での生還を目指しなさい。いいわね?」
女子の方は筋力と重量の関係上、そう簡単に持ち武器は変えられないだろうが、俺のように予備の短剣を腰に差しているやつもいる。刺突剣以外には何も持っていないように見える女子もいるが、リオナのようにレッグガーターに装着しているのかもしれない。
男子も女子も、顔つきが変わっている。これはよい傾向だ。
「本日の探索は六層と七層まで。完遂できなくても日暮れまでには撤退する」
今度はセネカが手を挙げて質問する。
「イトゥカ教官。ダンジョンの中で日暮れはどうやって知るのでしょうか?」
「魔術の使える教官が配布武器に刻まれた校章を光らせるわ」
俺はグラディウスの柄尻に刻まれたレアン騎士学校の校章に視線を落とした。てっきり盗難防止用かと思っていたが、そのような使い方があったとは。
やはり俺がのんきに転生などしている間に、時代は大きく進んだようだ。
「それでも撤退が遅いと判断した場合には、わたしが単身で層を下っていく。だからもしも逃げられないような状況に陥ったとしても、前回のように落ち着いて対処しなさい。必ず助けに向かうから。何があっても最期の瞬間まで諦めないこと」
全員が同時に安堵の息を吐く。
まあ、この前はそのおかげで命拾いしたからな。たとえヴォイドやオウジンや俺であっても、あくまでも学生の中では強いと言われる程度に過ぎない。いや、そうでもないな。並の正騎士程度ならひねれるか。
だが英雄と呼ばれる剣聖ブライズや戦姫リリ、王壁マルドから見れば、まだまだ話にもならないひよっこだ。悔しいが、エレミア・ノイも含めてな。
リリが片手を前に出し、掌を広げる。
号令だ。全員に緊張が走った。
「それではレアン騎士学校高等部一年一組、レアンダンジョンの探索を開始する!」
全員が同時に「おお!」と叫んだ。
その場にリリを残して、俺たちは歩き出す。今回は誰も走り出そうとする者はいない。その方がいい。班ごとにばらけられると、三班も連携を捨てねばならなくなる。
しかし、なんだ、この雰囲気は。
並び順と同じだ。三班を中心に、左手に一班二班、右手に四班五班。そのままの状態で進んでいる。
ホムンクルスの開けた大穴を迂回するときですら、三班が二手に分かれただけでやつらはその並び順を壊さなかった。
しかも一切、班を越えた会話が聞こえない。本来であれば打ち合わせなどがあって然るべきだろうに。
リオナが俺の耳元で囁いた。
「ねえ、なんか右と左でピリピリしてない?」
「ああ」
左手先頭はイルガが、右手先頭はセネカが歩いている。互いの歩を測ることもなく、むしろあえて目線を背けたような状態でだ。
ヴォイドが舌打ちをした。
「そういうことかよ。面倒くせえな」
「何かわかったのか?」
オウジンがヴォイドに尋ねる。
「確信したら言ってやるよ。こりゃあ、あとで揉めるぜ」
「そう、なのか? 僕にはわからないが……」
三層までの安全は保証されている。もう魔術学校から借りたゴーレムさえ放たれてはいない。しかも設置された鉄扉がある以上、ただの通路に過ぎない。
ちなみに鍵は外されているが、魔物の中で扉を開けられる知能を持つやつは、そう多くはないないはずだ。たぶんな。
二層に下ったところでダンジョンの臭いが強くなった。大穴からの死臭ではない。おそらくあのスライムがダンジョンを掃除して回っているからだろう。ゴブリンの死骸も、いまごろはスライムの体内で分解され、血肉になっているはずだ。
漂っていたのは土と水の臭いだ。
三層へと下っても、ダンジョンは静かなものだった。
そうして俺たちはホムンクルスと死闘を繰り広げた四層へと下りる。ここから先の安全は保証されていない。
セネカが後方を振り返って指示を出す。
「最後尾、鉄扉を閉め忘れないで」
「あ、そうだね」
最後尾の生徒数名が、三層へと続く重い扉を押して閉ざした。
その間にイルガを先頭とする一班と二班が先行して歩いていく。
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