第72話 誘拐事件の真相
まるで仕切り直すかのように、オウジンが咳払いをひとつした。
「ぼ、僕にはオルンカイムさんに命を助けてもらった恩があるから、何か困っていることがあるなら力になりたいって、そう言おうと――」
「ならば最初からそう言えばいいだろう。なぜそこで東国の話が出てくるんだ。わけがわからんぞ、おまえ」
俺はリオナを指さす。
「あんなことをしでかしたこいつがいきなり戻ってきたから混乱してしまうのはわかるが、ちょっとは落ち着け。大丈夫か?」
「……」
何やらオウジンは修練場の天井を見上げていた。
おもしろい人型のシミでもあるのかと思って、俺もやつの視線を追ってはみたが、天井には特に何もない。
「なんだ? 弾かれた剣でも天井に引っかかっているのか?」
「エルたぁ~ん……。ちょっと一回黙ろっか……」
「なぜだ――むぐぅ」
リオナが俺を背後から抱きしめるように、再び口を両手で塞いだ。そのまま抱き寄せられて、胸の中に埋まる。いや、埋まるほどもないのだが。
しばらくして、オウジンがようやく視線をリオナへと戻した。くどいようだが、何度見上げても天井にシミはない。
「なんか、僕の方こそごめん。これから話すことは助けてもらった借りを返すだけであって、決して恩に着せるつもりとか、そういうんじゃないからね。ああ、またエレミアにくどいと言われてしまうな」
喉元まで迫り上がってきてた「くどい」を、俺は呑み込んだ。
「もちろん、キルプス陛下の暗殺には加担できないし、これからは阻止するつもりだけれど」
一度言葉を切って、オウジンは人差し指で頬をポリポリと掻いた。
「もしキミがそうせざるを得ないくらい誰かに追い詰められている状況にあるなら、まずは僕らを頼ってくれてもいいんだってことを言おうとしていただけなんだ。これでも少しは腕に覚えがある。それにヴォイドやエレミアだっているだろ」
「……そっか。そうだよね。ありがとね、リョウカちゃん。でももう、たぶん平気」
「ならいいんだ」
また何をクドクドと抜かしているんだ。バシーンと「許す。次から相談しろ」の二言で済んだ話だろうが。だが口を塞がれたままの俺は黙っているしかない。
オウジンがまた咳払いをした。
「えっと、あらためて名前を聞いてもいいかな? もうオルンカイムさんじゃないんだろ?」
「うん。リオナ・ベルツハインよ。ミク・オルンカイムは別人。悪いことしちゃったな、その子には」
「なりすましのことだね」
「うん」
俺は首を振ってリオナの手から逃れ、足りない情報を補足する。
「ちなみに本物のミク・オルンカイムはちゃんと生きてるぞ」
「そうか。それはよかった」
ああ、そうだ。少しだけまだ懸念材料があった。
俺はオウジンからリオナへと視線を戻す。
「リオナ。ミクに成り代わっておまえがこの学校に名を連ねたら、マルドに――あ、いや、オルンカイム閣下に正体を知られてしまうのではないか。それに本物のミクは受験すらできなかったのでは、少々気の毒だ。へたをすればあの爺さん、娘可愛さに怒鳴り込んでくるかもしれん。辺境一の豪傑だから、いまの俺たちでは到底太刀打ちできんぞ」
オウジンが眉をひそめる。
「詳しいな。エレミアはオルンカイム将軍を知っているのか?」
「そ……!?」
しまった。またやってしまった。
糞。ブライズの頃の知識で語ってどうする。
「あ、ああ。まあ、ノイ家も辺境の貴族だからな。そのよしみでちょっとな……」
今度はリオナが目を丸くした。
「そうだったの!? あっぶなぁ~。エルたんには速攻で正体知られちゃう恐れがあったんだ。完全に油断しちゃってたよぉ」
「まあな」
嘘に嘘を重ねてしまった。
しかしこの場にヴォイドがいなくてよかった。もしいまの会話を聞かれていたら「将軍と知り合いならとっとと見破っとけやボケ」と嫌味のひとつも言われていたところだ。
その点あいつはノーヒントで最初からリオナのことを疑っていた。どうなっているんだ、あの観察眼は。戦場での経験は俺の方が十倍以上長いはずなのだが。
やつの言う通り、頭のできが違うのか。認めたくない。認めたくないぞ。
まあ、それはさておき。
正直言って、オルンカイム閣下とはもう一度会ってみたいというのが本音だった。あの豪傑からは学ぶべきところが山ほどある。やつが辺境伯として国境の地を治めていなければ、共和国との戦争は王国にとって相当不利な方向に傾いていただろう。
剣聖ブライズに、王壁のマルド。そう呼ばれたものだ。
しかしいまはリオナを守らねばならない以上、可能な限り接触は避けるべきだろうな。残念だ。
「あたしもよくわからないんだけど、オルンカイム親子のことはキルプス陛下がなんとかしてくださるって」
「そうなのか」
キルプスならばおかしなことはしないと思うが、一応念頭には置いておくか。
「あとは、そうだな。本物のミクがおまえの顔を思い出してしまうという危険性はないか?」
リオナが首を左右に振る。
「ないよ、ないない。だってあたし、彼女と会ってないから。その誘拐事件があったときにはもうレアン入りしていたの。下調べも兼ねてね」
「おまえだけ別行動だったのか」
「うん。あたしには他の諜報員の顔も知らされていなかったから。向こうはたぶん知ってると思うけど」
だろうな。リオナが王国軍に捕まった場合、証拠を隠滅するために命を奪わねばならないのだから。子供だった猟兵ヴォイドが戦場においてそうだったように、暗殺者リオナもまた、諜報の場では使い捨てだったということだ。
ため息が出るな。
「だからあたしは彼女の誘拐には加担してないの。ちゃんと証拠だってあるよ。レアンの宿屋の宿帳を調べてもらえばわかる。あたしは施設でミク・オルンカイムとレアン騎士学校にいる“戦姫”のことを学ばされただけ。前者はなりすましにボロが出ないように、後者は標的だったから」
「何年がかりの計画だったかは知らんが、ずいぶんと用意周到なことだな。まあ、この件に関してはおかげで命拾いしたと言わざるを得ないところか」
あの豪傑爺さんと、いまのこの十歳の肉体で殺し合うなど、不利を通り越して絶望だ。
色々と不安は残るが、いまはキルプスの手腕を信じるしかないだろう。
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