第73話 世界大戦は回避済み
しばらくの間、俺とリオナの会話を黙って聞いていたオウジンが、いまさらながらに焦ったように口を開いた。
「ちょっと待ってくれ。ベルツハインさんが――」
オウジンの言葉を、リオナが遮る。
「だぁかぁらぁ、リオナでいいってば。ミクのときからそう言ってたでしょ。名前で呼んでって。あれ? もしかして言ってなかったっけ?」
「俺は知らん。俺に聞くな」
「あはっ、記憶力なさそうだもんね、エルたんって」
失敬な。前世の記憶すら覚えているこの俺に向かって記憶力がないだなどと、見当違いも甚だしい。まあ直近のことはよく忘れるが。
オウジンが割り込む。
「あ、う、うん。それはいいんだ。それはいいんだけど、あの、リオナさんが――」
今度は俺が遮った。
「何を赤くなっているんだ、おまえは。たかが名前で呼ぶだけだろうが。やはりおまえは少し女性になれた方がいいな。もしも敵が女性だったら、黙ったまま棒立ちで斬られかねんぞ」
「そんなヴォイドみたいなことを言わないでくれよ。――じゃなくて!」
何やらひとりで突っ込んだ。
顔が真剣だ。
オウジンの喉がごくりと鳴った。
「さっきから聞こえる話があまりにも大きすぎて、若干怖くなってきたんだが。僕の勘違いじゃなければ、これは王国どころか国際犯罪になっていないか? それも世界大戦の引き金になりかねない規模の……」
俺はリオナと顔を見合わせてから、オウジンに視線を戻した。
「そうだが?」
「いまさらぁ~」
オウジンが喚く。
「軽いよキミたちッ!? 僕が言うのもなんだが、大丈夫なのか!?」
「声がでかい」
「大丈夫じゃなくなっちゃうよぉ」
「す、すまない」
確かに大戦勃発の恐れはあった。
エギル共和国から放たれた暗殺者がガリア王国の王を狙った。つまり共和国は各国の元首にそれを放つ恐れのある危険国家であるという位置づけになる。
そうなれば共和国は世界から孤立し、場合によっては各国の連合騎士団によってネセプ政権は制裁を下されても不思議ではない状況に陥っていただろう。そこでネセプが降伏を認めずに足掻くことを選べば、おそらく世界大戦というものが勃発する。
普通に考えれば、いくら共和国が大国であるとはいえ、各国の連合が敗北することはあり得ない。それほどの戦力差がある。
だが、もしも共和国がすでにあのホムンクルスなる生物兵器を量産可能な態勢にあるのならば、話はまったく変わってくる。わずか一体で、ぼんくら騎士どもを何百人屠れるかまではさすがに計算できないが、相当数であることだけは間違いない。
かつての戦場にあれが大量投入されていたら、ブライズであってもどうなっていたことか。
しかし今回に限っては、キルプスが口を閉ざすことを選んだからそうはならないだろう。けれど確かにオウジンの言う通り、ほんの一歩でもルートを踏み外せば大戦勃発の恐れは十分にあった。
俺はあえて明るい表情でうなずく。
「まあそう心配するな。ハゲるぞ、オウジン」
「僕の髪なんてどうでもいいだろ!」
「なら好きにハゲろ」
「それは辛辣すぎないか!?」
「とにかくだ。キルプス陛下の一存で今回の一件は明るみには出されないことになったんだ。おまえもキルプスから黙ってろと言われただろ?」
これはキルプスが俺に言ったんだ。
ヴォイドとオウジン、そしてリリには箝口令を敷いた、と。
「つまり暗殺未遂などなかったということだ。そもそも陛下は騎士学校には来ていない。だからおまえも余計なことを口外しない方がいいぞ」
この際、何が嘘で何が真実であるかは横に置いて、そういう事実にしてしまおう、ということだ。
リオナがしょんぼり顔で言葉を継いだ。
「明るみに出ちゃったら、あたしは間違いなく極刑だよね。共和国に逃げ帰っても、証拠隠滅のために消されそうだし」
「ああ。そう言えば、ネセプ政権には糞でかい前例があったな」
それこそが、すなわち“ウェストウィルの異変”だ。
水源を利用した住民の大規模毒殺事件。そこに生存者はいない。不自然なほどにだ。
共和国内では王国工作員の仕業とされているが、その他の国家の大半は察している。王国による領土返還後に停戦協定を破棄するため、ネセプ政権が自らそのタイミングでウェストウィルに毒を撒いたのだと。
そして運良く毒を飲まなかった生き残りをも、共和国軍が囲って始末した。自国の民を虐殺したんだ。戦争を続けるために。
さらに言えばベルツハインは“異変”によって途絶えた領主一族だ。つまり共和国内での扱いとしては、リオナ・ベルツハインはもう死んでいる。死んでいるのだから、この先、ネセプ政権によって消されたとて何ら不都合は生じない。いないはずの少女がいなくなるだけだ。
「あー……」
先ほどヴォイドが言い放った最後の言葉「よっぽど証言者を消したかったんだろうよ」には、リオナに対して「せいぜい消されねえように気をつけろ」という警告が含まれていたのだろう。
キルプスがリオナを王国で取り込んだことによって、リオナの立場は共和国軍以外で真実を知っている唯一の生き残りとなってしまったから。
「あれはそういうことだったのか」
「ねー。案外いいやつ。でももうちょっとわかりやすく言って欲しかったな」
やけに不自然な会話の打ち切り方をすると思ったら。ヴォイドめ。ガキの分際で本当に頭のキレるやつだ。
楽しんでいただけましたなら、ブクマや評価、ご意見、ご感想などをいただけると幸いです。
今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。




