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変態仮面が現れた。


 それは、セリが買い物を済ませて家に帰る途中のことだった。


「ねえいいじゃん。ちょっとつきあってよ!」


「ちょっと、やめてください!」


 町の住人ではなさそうな男女のグループが言い争いをしていた。


 セリは少しだけ様子を見ていたが、どうやら男のグループが女のグループに絡んでいるらしい。


 最近ボルターが『観光客が増えてきたのはいいが、手合いの良くないのも混じってる』と言っていたのを思い出した。


 セリにとってはリリーパスの街でよく見かける光景ではある。

 ディマーズの制服を着た状態で声をかければ、簡単に怯(ひる)ませることができるが、今は休暇中で制服は持ってこなかった。


(さてと……どうしようかな……)

 

 それでも一応セリは、立場上は治安と風紀を守るディマーズのメンバー(見習い)でもあり、エヌセッズのメンバーでもある。


 グレイスメイアの町民の一人としても、やはりここは仲裁に入ろうと考え、男たちに声をかけた。


「お姉さんたちが嫌がってるんで、やめてもらえませんか?」


 男たちは値踏みをするようにセリを見ると、あっさり女たちを解放した。


「え? なにキミ、この町のコ? じゃあ別にキミでもいいや。友達とかいるの? 呼んでくれたらお礼するよ。この町案内してくれない?」


 ニヤニヤと笑いながら男たちがセリを囲んだ。心配そうにしている女のグループへ、視線で逃げるように伝え、セリは考えた。


 休暇に入る直前に、毒を抑制するための治療は施してきた。けれど過信は禁物だ。


(あんまりムカつくと抑えてる毒が出てきちゃうから、もうさっさと眠らせてしまおう)


 買い物した荷物をそっと下ろし、戦闘態勢に入ろうとしたそのときだった。


「フォォォォォォォォオオオオオオオオッ!!」


 謎な奇声が聞こえた。


「うわあ! なんだよコイツ!?」


 男たちが悲鳴を上げて後ずさったことで、セリからも奇声の主の姿が見えた。


 その男は覆面マントで顔を隠しているが、全身はパンツ以外、何も身に着けてはいなかった。

 そのパンツも、妙に際どく、布面積が少ない危険なパンツだった。

 その少ない布面積に隠された存在が、隠しきれないほどに激しく自己主張をしていた。


「……ひっ!」


 思わず悲鳴を上げるセリ。


「やべえ! 変態だ! おい、行こうぜ! キミも危ないからこっちに来なよ」


 どさくさに紛れて男たちはセリをつかんで連れて行こうとする。


 そこへ――。


「フォォォォォォォォオオオオオオオオッ!」


 覆面変態仮面がまた奇声を上げた。

 筋肉を誇張するポージングをすると、胸筋がビックンビックンと動いた。


「いやあああぁぁぁぁあっ!! 気持ち悪いっ!!」


 セリはあまりの気色悪さに悲鳴を上げた。そして手近にいた男の一人に思わずしがみつく。


 それに反応したのか覆面パンツが突如高く跳躍した。


「いやあああぁぁぁぁあっ!! 飛んだっ!! 怖いっ!! 気持ち悪いっ!!」


 そして悲鳴をあげているセリの真正面に着地する。


「いやあああぁぁぁぁあっ!! 近いっ!! 気持ち悪いっ!!」


 セリは今さっき自分がしがみついた相手の男をひっつかむと、パンツ男めがけて投げ飛ばした。そして全力で逃走する。


 買い物した荷物が地面に置きっぱなしだったが、もはやセリに状況を認識する力は残っていなかった。


「フオオオオオオオオッ!」


 変態仮面はまたしても奇声を上げると、なぜかセリのことを追いかけ始めたのであった。






 セリは走った。ひたすら逃げた。

 こんな恐怖を味わったことは未だかつてなかった。


 戦うという選択肢がまったく浮かんでこない。

 あの激しく躍動する筋肉が気持ち悪くてしょうがなかった。あと、あの色んな意味でギリギリなパンツも嫌すぎた。


 セリは泣きながら逃げた。

 追いかけてくる男の存在が、自分の理解の範疇を超えていたからだ。


 もしこんな醜態をスズシロに見つかったら、確実にスペシャルお仕置きフルコース確定だ。


 そんなことが脳裏によぎったが、すぐに消失するくらいに、背後に迫る変態のインパクトが大きすぎた。


 もはやセリには、逃げる以外の選択肢しか思いつかなかった。




 セリの視界に知った顔が目に入った。


「……イ、……イ! インディさぁぁぁあんっ!」


 セリが叫びながらインディに突進する。インディは驚きながらもセリを優しく抱きとめた。


「うわー、嬉しいな。セリちゃんがこんな情熱的に俺の胸に飛び込んできてくれるなんて」


 どさくさに紛れてインディはセリの背中や頭や肩をよしよし&なでなでする。


「ちが……っ、ちが……っ、変態! 変態が……!」


 セリは息も絶え絶えに、後方を指差した。


 ざっ! と二人の前に現れたのは、もちろん顔を覆面マントで隠したパンツ仮面だ。


「うわー、昼間からその格好は犯罪だね。

 ……でもいい体してるね。見せたくなる気持ちは分からなくはないよ」


「インディさん!? なんでそんな普通にしてられるんですかっ!!」


 完全に動揺しているセリのことを、どさくさに紛れてここぞとばかりになでなで&よしよしすると、インディは剣を抜いた。


「……さてと、俺の大事な姫君に汚いものを見せないでほしいな。早くいなくならないと、ひどい目に遭わせるけどいいのかな?」


 静かにほほえみを浮かべているが、インディから緊張感のある気配が伝わり、セリはそっと顔を上げた。


 対して変態仮面は、「フゥゥゥウ……!」と、再び筋肉を誇張するポージングを始める。


 すぐにセリは変態仮面から目を背けインディにしがみついた。たぶんまた胸がビクンビクン動くに違いない。


「やだよお……怖いよお……気持ち悪いよお……」


「フオオオオオオオオッ!」


 覆面パンツは激しく、そしてダイナミックに、そして気高く飛翔した!


「いやあああぁぁぁぁあっ!! 飛んだっ!! また飛んだ!! 気持ち悪いっ!!」


 そして変態仮面は姿を消した……。




「セリちゃん……大丈夫? かなり動揺してるみたいだし……俺が泊まってる宿屋、すぐそこだから。落ち着くまで休んでいきなよ」


 セリは泣きじゃくりながら、何度もうなづいた。


 あんな筋肉のバケモノは見たことがなくてショックだった。人の筋肉がビクビク動くなんて、怖ろしくてトラウマになりそうだった。


 インディに支えられながら、セリは宿の部屋に案内された。


 ベッドに腰掛けると、すぐにインディが温かい紅茶を用意してくれる。


「待ってて。お茶飲めばきっと落ち着くと思うから」


「…………はい。ありがとうございます……」


 すっかり元気がなくなったセリを見て、インディが苦笑する。


 紅茶を飲んだら、インディの言うとおり少し落ち着いた。


「ちょっと落ち着いたかな? でもさっきは嬉しかったな。セリちゃんが俺のこと頼ってくれて」


 優しく笑いかけられ、セリの緊張が緩む。


「本当にありがとうございました。私一人だったらどうなってたか……」


「セリちゃんって、マッチョ嫌いなんだ?」


「……まっちょ?」


「そう。筋肉質な男性のこと」


「うーん……」


 セリが過ごしたキャラバンの男性陣は、みんな線の細い面々ばかりだった。


 今まで出会った男性の中ではボルターが一番たくましい体型をしているが、それにしたってあんなバケモノみたいな体ではない。


 好きとか嫌いとか以前に、あんなに爆発してるみたいな体型の男の人は、未知過ぎて恐怖しかなかった。


「……苦手……かもしれません……というか、あんまり見たくないです……」


 色々と考えた結果、セリはそう答えた。


「そっかあ。残念だなあ……」


 インディがポツリとつぶやいた。


「――え? 何がですか?」


 返事をしながらセリの頭のどこかで警報がなっていた。だが、なんの警報なのかには気づけなかった。


「俺、実はけっこう細マッチョなんだよね」


『マッチョ』の言葉に思わずセリの体がこわばる。


「……へ……へー……。でもインディさん、着痩せして見えるから、全然、分かんないですよ?」


「俺が脱いだら、嫌いになる?」


「……へ?」


 セリの頭の警報が激しく鳴った。


 しかしインディはすでに自分の胸元のボタンを外し始めている。


「……ちょ! ちょちょちょ……! インディさん!? なんでボタン外してるんですか?」


「セリちゃんに本当の俺を見てほしくて……」


「だ、大丈夫です! 見なくていいです! だから脱がないでくださいね! ホントにっ!」


「でも……俺の体が、セリちゃん的にセーフなのかアウトなのか、俺はすごく知りたいなあ。

 だから……見て?」


(無理です! 嫌です!!)


 だがしかし、いつの間にか体勢はベッドに押し倒されかけた状態になっている。


(え!? なんで!? いつの間に!?)


「ちょっと! インディさん! ふざけないでください! 冗談にもほどがありますから!」


「俺は本気だよ」


(余計に悪いです!!)


 セリは片手でインディを押し返しながら、もう片方の手で腰の斧に手をかけた。


 インディ相手に攻撃するのは初めてだが、ここはエヌセッズメンバー同士、斧ツッコミをするしかない。セリが覚悟を決めたその時――。


 不意に、布が風ではためく音がした。


 窓を見たセリの目に、恐ろしい光景がうつっていた。



「フオオオオオオオオッ!」


 例の覆面パンツがそこにいた。


「いやあああぁぁぁぁあっ!! また出たっ!! また来た!! もういやぁぁあっ!!」


 変態パンツマンの再登場に、セリは泣きながらインディにしがみついた。


「ねえ……。今すごくいいところだから出てってくれないかな。今すぐに」


 インディが心の底から迷惑そうな表情で、窓の覆面男へ抗議する。


 さらにそこへ、バンっと激しい音を立てて扉が開き、男たちが中に駆け込んできた。


「ここかっ! ついに見つけたぜカンダタさんっ! サインおなっしゃすっ!」


 部屋に飛び込んできたのはロキとレヴァーミだ。


「あれ〜。うわ〜。もしかしてすっごい取り込み中に乱入しちゃった〜?」


 レヴァーミが抱き合っているインディとセリを見て面白そうに笑っている。


 ロキはというと、キラキラと瞳を輝かせながら覆面パンツマンに夢中だ。


「カンダタさんっ! 俺の斧にサインおなっしゃっす! 2つあるんで! マジでおなっしゃっす!」


 カンダタと呼ばれた変態は、無言で自分のパンツの中にゴソゴソと手を突っ込むと、ペンを取り出しロキの要望に答えてあげていた。


「うわー! すげえ! もう絶対家宝にしゃっす! あざっす!」


 変態仮面は、(覆面のせいで表情は見えないが)嬉しそうな顔をして、見せつけるかのように胸筋を交互に高速でビクビクさせた。


 そして再び例の奇声を上げながら、美しいポージングを維持しつつ窓から飛翔し、そして消えていった……。


 セリはというと、その光景の気色悪さに耐え切れず、気を失ってしまったのであった。




「……ん?」


 セリが目を覚ますと、ちょうど目と鼻の先にボルターの家が見えた。


「お。セリリン、お目覚め~?」


 ロキの声がした。

 ロキがセリをおぶって家まで連れ帰ってくれたらしい。隣にはレヴァーミもいる。


「――ロキ!? ごめん! わざわざおぶってくれなくても!」


 セリはあわてて降りようとしたが、ロキは笑いながら歩き続けている。


「いや~、あのまま気を失ったセリリンをインディの旦那のとこには残しておけないっしょ」


 ロキの言葉にうなづきながらレヴァーミもセリに声をかけた。


「セリリ~ン、ダメだよ~。インディは隙あらば容赦ないからね~」


「え? う、うん。ごめん。気をつけるよ」


 セリはとりあえずよく分からないなりに、レヴァーミに謝った。



「はいよ~、セリリンのお帰りだよ~」


 ロキが家に入ると、テーブルの上にはセリがどこかに忘れていた買い物の荷物があった。


「どうしたセリ? なんでロキに背負(しょ)われてんだ?」


 怪訝な顔で出迎えたボルターには、セリのかわりにレヴァーミが答えた。


「セリリンはと〜っても怖い思いをしてしまったんだよ~」


 セリはおそるおそるボルターの様子をうかがう。


 頭のどこかで、あの変態パンツ男の正体はボルターなんじゃないだろうかという不安がぬぐえなかった。


 だが、どう見てもボルターの体型とパンツ男の体型は違う。

 変態パンツの方が、変態ボルターの2倍は体が大きかった。


「ああ、最近手合いの悪いナンパが増えてるらしいからな。見回りは強化してるつもりだったが、……お前が怖い思いするって、どんな男だったんだ?」


「……パンツ一丁の変態ムキムキマッチョ……」


 口にするのもおぞましかったが、セリは小さな声で答えた。


「ああ、なんだ。カンダタさんか」


 こともなげに言い放つボルターに、セリは目をむいた。


「知り合いなの!?」


「カンダタさんっつったら、俺らエヌセッズの開祖様だよなあ」


 ボルターの言葉にロキが嬉しそうにうなづく。


「鍛え抜かれた肉体に、磨き上げた斧。エヌセッズを誕生させた素晴らしいヒーロー! それが我らのカンダタさんだ!」


「斧なんて持ってなかったじゃん!」


 悲鳴のような抗議をするセリに、ボルターはさも当然と言い返した。


「そんなの、あの四次元パンツの中にしまってあるに決まってるだろ?」


「パンツの中にしまえるわけないでしょ!! なんなのよ! 四次元パンツって!! 気持ち悪いっ!」


 セリの文句など聞く耳持たず、ボルターとロキは楽しそうに話をしている。


「カンダタさん、まだ現役だったんだなあ」


「カンダタさんがいりゃあ、このグレイスメイアの町も平和で安心!」


 セリは男たちの会話を、絶望的な表情をしながら聞いていた。


「……私……そのマッチョがこの町にいるなら、もう明日リリーパスに帰る……」


 セリは半ば本気でそうつぶやくのであった。


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