邪眼の力をなめるなよ!
今回の話は、第2部終了から約一ヶ月後のストーリーです。
邪眼の力で未来の記憶を召喚可能となっています。なんじゃそりゃ。
ロキが数ヶ月ぶりにエヌセッズの酒場を訪れたのは、ランチタイムを過ぎ、店が閑散としている頃だった。
「お、旦那! 久しぶり〜! エヌセッズのエース、ロキさんですよ〜!」
珍しくマスターのボルターは奥の部屋ではなく、酒場のカウンターに出ていた。
ボルターはロキを見るなり、機嫌の悪そうな顔でボソッとつぶやいた。
「……セリは、元気だったか?」
ロキは首をかしげながら、ボルターのいるカウンター席に座った。
「へ? セリリン? なに言ってんの旦那〜! 俺、今回の仕事は全然リリーパスとは反対方向だけど? ……つーか旦那。そのデコ、どしたのそれ……」
「邪眼の力をなめるなよ!!」
ボルターがいきなり一喝した。
意味が分からず、ロキは口を半開きにしたまま固まった。
そもそもロキは、セリが修行しているディマーズの本拠地、リリーパスには近づいてなどいないのだ。
セリがこの町を出て、まだひと月あまりしか経っていない。いくらなんでも、まだディマーズの一員として仕事に出ているということはないだろう。
ロキはボルターの質問の意図がよく分からなかった。
あと、ボルターの額に書かれているラクガキも謎だ。よくよく見ると、なんだか眼のようにも見えてきた。
「はあ!? なにジャガンって……。新作メニューの名前?」
ポカンとしたロキの質問には答えず、ボルターは舌打ちをした。そしてグラスに酒を注ぎだす。ロキに振舞うものではなく、自分が飲む用だ。
「何が『安くて早くて安心ね♪ のロキ』だ。ふざけやがって……」
ボルターは毒づきながら、グラスをあおった。
「え? ちょっと待って旦那! なにそれ、めちゃくちゃ語呂がいいじゃん!
ね、ね、ね! そのキャッチフレーズ、俺が使ってもいいの? わー、なんかすっげえいい感じ!
よーし……やあど~も〜! 安くて早くて安心ね♪ のロキさんで〜す!」
「『イクのが早くて残念ね♡』の間違いじゃない?」
キメポーズをしたロキの横から、メフェナが口を挟む。
「姐サン! そりゃヒドイ!! いくら俺が速攻キャラでも、そこは! そこだけは! というよりそれだけは! しっかりやらせてもらいますって!」
「え〜、そぉ? あ、ねぇねぇ……そういえばロキはぁ、お昼……食・べ・て・く?」
メフェナに甘くねっとりとした声で囁かれ、ロキの顔が輝いた。
「ああ! あれっすね! やった! じゃあいただきます!」
「うふ♡ 待っててね♡」
割とすぐに出てきたオムライスの膨らみを目にして、ロキは中のライスの体勢を想像する。
表面には『oh! yes!』とケチャップで書かれている。
「くぱあ、だな……」
ボルターがグラスに口をつけながら、ボソッとつぶやいた。
「へ? クパー? なにそれ旦那。なんの調味料?」
ペロッと卵の掛け布団をはがして現れた中身の姿に、ロキは息を飲む。
「ぶっほぉ! 旦那!! なんでわかったんすか!? すげえ! つーかこれヤバい!!」
「ふっ……邪眼の力をなめるなよ……」
ボルターはまんざらでもない様子で、不敵な笑みを浮かべる。
ロキがさっそく足の方からライスを攻めていると、もう一度ボルターがぼそりとつぶやいた。
「……で。セリは元気だったか?」
またそれか。ロキは小さくため息をついた。
ボルターという男は、意外なことにどうやら過保護らしい。
そんなにセリのことが心配なら、ディマーズなんかに預けないで、エヌセッズの正規メンバーとしてちゃんと育ててやればよかったのに。
そんなことをロキは思うが、口には出さない。
そしてロキは、セリに一瞬たりとも会っていない。
「いやだからさ旦那〜。何度も言うけど、俺はリリーパス方面には出かけてないんだってば……」
「邪眼の力をなめるなよ!!」
ボルターはまた一喝すると、カウンター越しにロキの胸ぐらをつかんだ。
ロキはボルターの額に描かれたラクガキから目が離せなくなり、次第に頭がぼーっとしてくる。
(思い出せ……思い出せ……)
何か偉大な存在が、ロキの頭の中へ直接語りかけてくる。
(すべて……吐くのだ……)
ロキの視界は闇に落ち、意識が遠のいた……。
「……うわ、クラっとしたぁ……。
旦那〜、いきなり邪眼を発動すんのやめてくれよ〜。
悪いけど俺、そんなことされたって何も吐かないよ? 俺は安くて早くて安心ね♪ がモットーのロキさんだからね! 依頼関連の情報は死んでも口割らないからな! ギルド内での技のかけあい禁止!」
ボルターは眉をしかめながら、文句を言うロキから手を離す。
「ちっ! ちゃっかり本編出やがって、裏切りもんが……」
ロキはあわてて手をふる。
「いやいやいや! 俺はもともと本編用メンバーだったんだって!
思い出してよ旦那! 二部での俺の登場の仕方、けっこう雑だったよ? 『やべー、そろそろこいつ出しとこ。イントロンでちょっと使ったし、しれっと出しときゃいいっしょ?』的な感じで、雑に登場させられたからね。
俺的にはもうちょっとちゃんと初登場を演出してほしかったよ?
だいたい人のことを裏切りもん呼ばわりするくせに、しれっと旦那だって本編出る気なんでしょ?」
ボルターはにやりと笑みを深めた。額の第3の眼もうっすら細くなる。
「ああ、ラスボス枠でな」
「ま~ったまった~! それ、本気で言ってんの?」
スプーンをくわえながら、ロキはボルターへ問う。ボルターの言うことは冗談が8割だが、たまにその冗談を、本気で実行することがあるので注意が必要だ。
「ロキ……俺のラストシーン・プランを聞くか? 三部のラストはな、こんな感じでシナリオが進行するんだ。
セリがラスボスである俺を倒しにこの町に戻ってくる。俺は塔の最上階でセリを待ち受けてるわけさ。
そして、こう言うのさ。
『よく来た勇者セリよ。俺がラスボスのボルターだ。もし俺の嫁になれば、世界の半分と俺の人生の半分をお前にやろう。どうだ?』ってな」
「あ。すっげーそれ聞いたことあるセリフだ」
オムライスを食べながらロキがぼやいた。エヌセッズでは知らないものがいないほどの名言だ。
「ボルターが前の奥さんにプロポーズしたときのネタでしょお? さすがに使い回しはバレるからやめた方がいいと思うわぁ。みーんな知ってるし。
あれでしょぉ? マイホームのドアプレートに『世界の半分』って書いて下げておくんでしょぉ?」
ちゃっかり聞いていたメフェナが、首を横に振りながら口を挟んでくる。メフェナは仕事中のようで、さっきから紙にいろいろと書きこんでいる。珍しく真剣な表情だ。
「ダメか。じゃあ、やっぱプロポーズはシンプルに『お前のオムライスが毎日食べたい』か?」
「ボルターそれ、3日に1回セリちゃんに言ってて、うるさいって怒鳴られてたわよぉ、覚えてないのぉ」
口を挟んでくるメフェナを、ボルターが睨む。
「お前はちゃんと俺が頼んだ仕事をしてろ。だいたいな、あれはあいつのツンデレだ。ちゃんと次の日は『もお♡ しょうがないなあ♡』って言いながらオムライス作ってくれんだぞ。愛だろ?」
「セリリンってやっぱ優しいね。たぶんハートはついてなかったと思うけど」
ロキがオムライスの局部を崩しながら、返事をする。
たまに食べるのは好きだが、毎日食べたら飽きる。ロキとしては毎日オムライスは無理だ。
「やめなさいよぉ。ボルターがラスボスなんて、誰も勝てっこないんだしぃ。ヘタすると元奥さんが本気で討伐に来ちゃうわよぉ」
ボルターが小さく舌打ちした音がロキには聞こえた。
「さすがに千日戦争が起きちまうな」
最強対最強がぶつかりあったとき、長期間の膠着状態になってしまうか、もしくは双方が消滅してしまうという伝説がある。千日戦争とは、膠着状態に陥った場合の状況を指す。
「消滅じゃなくて」
ロキはぼそっとつぶやいた。というより、声を出すつもりはなく、心の声がそのまま出てしまっただけだった。
「ロキ、減給な」
そして、ばっちりボルターに聞こえていた。
「あ。ごめん旦那マジごめん。超尊敬してる。超兄貴。旦那最高。色男モテ男。マジ抱かれたい」
「棒読みねぇ……」
仕事の手を止めたメフェナが苦笑しながら、ロキに食後のお茶を出す。そしてまた自分の仕事に戻る。
「まあラスボスが俺なのかどうかは置いといて、だな。俺の本命は袋とじの方だ」
ボルターの発した『袋とじ』という言葉に、ロキは飲みかけのお茶を吹いた。
「ふ、袋……? え……? どうやって綴じるつもりなの旦那? ガバガバのペラペラで誰でもアクセスフリーだけど?」
「もう1部の1話から袋とじ用の伏線は仕込み済みだ。
もはや一刻も早く本編完結後に袋とじをバーン! って公開すんのが待ち遠しくて、たまらねえんだ。
その袋とじからの二週目ルートでの伏線回収が楽しみだなぁ。完全に別の楽しみ方ができるぜ?」
「気ぃ早っ!! 完結まだ年単位先だけど!? しかもその袋とじって、完結後に? え? 本編の方で? イントロンじゃなくて?」
「当たり前だろ。イントロンなら綴じる必要がない。普通にやれる。それじゃ面白くない。本編でやりたい。
それもシリアスの世界がぶっ壊れるほどエグいやつを……」
ボルターの第三の眼が、不気味な赤い光を宿し始める。
「やめようよー旦那ー。セリリンが真面目にシリアスがんばってるんだしさ〜。怒られるよ〜。台無しになるよ〜」
「無駄よロキ。ボルターがやるって言ったら誰も止められないの。今までそうだったでしょ?
だから今エヌセッズが考えなきゃいけない議題は、どうやったらネット小説で袋とじコンテンツが作れるかってことと、センセーショナルな見出しをどうするかなの……。ボルター、これはどう?」
キリッとした表情のメフェナの手には、さっきまで黙々と作業して仕上げた紙が――。
そこには『セリ、ついにバストトップ解禁!?』と文字が書かれ、セリの背中越しのラフ画が描かれている。
「お! いいセンスだ! 第一回エヌセッズ・袋とじサブタイトル選考会で優勝したら賞金出してやる!」
不敵な笑みで見つめ合い、うなづきあうボルターとメフェナを眺めながら、ロキは残ったお茶をすすった。
「絶対、無理じゃね……?」




