INT.12 おにいたんはせっかち。
ウルカヌスとのリンクはありませんが、このおにいたんは本編シリーズ内では結構重要なキーパーソンだったりします。
「……剣舞、ですか? 私がですか?」
「話を聞いてろ。二度も言わせんな」
スズシロがセリの額にデコピンを飛ばす。
あまりの痛みに額を押さえながら、それでもセリは続けて疑問を兄弟子にぶつけた。
「本当に私が踊るんですか? 愛想がなくて色気がなくて人前に出せる代物じゃないっていつも兄さま言ってるじゃないですか」
「それでも使うしかねえから言ってるんだろが。
ソロ担当だったやつがこないだ死んじまっただろ? そのせいで衣装チェンジの場繋ぎがいねえんだよ。途中で間が開くとしらけるだろ。そこでお前だ」
眠そうな顔で説明しながら、スズシロはセリを面倒くさそうに指さした。さされた方のセリは半泣きだ。
「ソロなんて無理です!! 人前で披露できるような演目も何もないです!」
「んなこた知ってる。だから俺とのペア剣舞ってわけだ」
「…………に、兄さまと、ペ……ペア……? ……ですか?」
「へーえ……なんだよ、そのすっげえ嫌そうな顔は。じゃあいい、わかった。お前ソロ決定。
もうお前完全放置な。俺とやるのがそんなに嫌ならしょうがねえよなあ。俺とやるくらいなら一人で恥かいた方がマシなんだもんなあ。一人で演目考えて一人で練習して一人で恥かいてこいな。指さして笑って真っ先にヤジ飛ばしてやるから。そんでお前はキャラバンの恥さらしとして飯抜きの刑確定な」
薄い笑みを浮かべながら、次第に圧を増し始めるスズシロに、セリは必死でご機嫌取りを開始した。
「違います!! 嫌そうな顔なんてしてないですよ!? 放置しないで下さい!! 光栄です!! むしろ光栄すぎて恐縮です!! 兄さまと二人でそんな、ペア演目だなんて……! 感激で言葉もなくて……っ、ホントですから!! ただものすごくおそろし……じゃなくてっ!! 緊張が半端ないというだけで! 身体がさっきから異様に震えてしまってるだけで!
今からこんなのじゃ、剣舞でろくに動けるか……それが兄さまの御足を引っ張ってしまうのではと、心配で……っ!!」
汗をダラダラ垂らしながら必死でまくしたてるセリを、スズシロが冷ややかな視線で眺めている。
「じゃあとりあえずそういうことにしといてやろう。
心配いらねえよ。緊張する隙なんか、お前にはやらねえからなあ……」
にやり、とスズシロが微笑んだので、セリは反射的に背筋が強張った。スズシロが笑うということは、自分にろくでもないことが起きる可能性が極めて高いということだ。
聞きたくない。でも知らないままも恐ろしい。
「そ、それは、どういう意味ですか?」
観念してセリは尋ねた。
「演目のネタはまあ、ざっとこんな感じだから聞いとけよ。
恋人を殺された女が、殺し屋の男に復讐するために、あとを追いかけ、行動を共にするようになる。
いつか隙を見て殺すためにな。
しかし女は殺し屋と長い月日を共にするうちに、殺意以外の複雑な感情に目覚める。
いざ身分を明かし、敵討ちとなったとき、女は殺し屋を殺せるのか、とまあシナリオはこんな感じだな」
「複雑な感情? 複雑な感情ってどんな感情ですか? 殺すためにずっと旅してたのに殺さないなんて選択があるんですか?」
セリの質問にスズシロは大げさに大きなため息をついた。
「お前にそういう機微が分かるなんて期待はしてねえから、そこは気にすんな。ま、スルーしてろ。
お前はただ必死こいて俺を殺す気で斬りに来い。
で、俺はお前を返り討ちにするから。
お前の目標はとりあえず、曲の序盤でいきなり殺されんなよってことな。
曲が終わるまで耐えろとは言わねえ。せめてみんなの着替えが終わるまでは死ぬなよ」
「え? 私が殺されて終わりなんですか?」
「は? お前、俺に勝てる気でいたのか?」
お互い真顔で見つめあい、恐ろしくなってセリの方が先に視線をそらした。
余裕顔のスズシロが鼻を鳴らした。
「苦楽を共にした連れ合いの女を斬った男の複雑な心理描写は、俺が色気たっぷりに演じて締めてやるから任せろ。お前は安心して死体になってりゃいい。
じゃ、始めっかな」
おもむろに立ち上がったスズシロの腰元で刀の鞘が鳴った。
セリはすっごく、すっごく嫌な予感がした。
「兄さま? その刀は本物じゃあ、ないですよね?」
「…………ん?」
「一般の人が見る演目だから、斬ったら血が出る本物の刀なんか、危ないし、使ったりしないですよね。
あは、ごめんなさい。何言ってるんでしょうね私、なんかそんな気がしちゃったり、しちゃったり、え? あれ? 兄さま? なんで……そんな顔、するんですか……?」
セリの言葉の最後の方はスズシロに浮かんでいる表情によって、ほぼ消えそうなくらい小さくなった。
ニッコリと微笑んだスズシロが、セリと顔が接触するギリギリの距離まで瞬時に間合いを詰めた。
「セリ? 本物なら避けて、偽物なら避けねえとかほざくんじゃあねえだろうなあ、セリ。
セリ? お前はそんなクオリティのやつじゃあ、ねえだろう?
なあ、セリ? 俺がペアで出てやるんだぞ? 本気出さないつもりだったのか? ん? セリ? そんなわけ、ねえよなあ?
なあ、セリ? 愛想も色気も演技力もないお前に期待できるのは、とりあえずなんかすげえと思わせる剣技くらいだもんなあ? まあそれもそんなすごくないけどなあ。
なあ、セリ? つまり俺が言いたいこと、分かるよなあ?
セリ、お前は全力を出す以外、選択肢はないんだよ。
まあ、そんなこと、お前なら分かってるよなあ?
ほらすぐに立て。やるぞ。かかってこい」
セリは立ち上がったスズシロを見上げ、震える声で尋ねた。
「兄さま? 音合わせは? 剣舞の申し合わせ的なものは? 尺とかは……」
「うるっせえなあ。そんなの俺とお前の阿吽の呼吸でなんとでもなるだろ? 平和ボケした聴衆どもに、よりリアルな殺し合いを魅せて釘付けにしてやろうぜ? ほら……早くこいよ」
スズシロがセリを手招きする。とりあえずセリも立ち上がってみたはいいが――、
――無理だ……。
どうシミュレーションしても瞬殺返り討ちコース直行なイメージしか湧かない。つまり、セリは動けない。
「ああ、俺に隙がなさすぎてどこから攻めればいいか分からないか。じゃあ俺から行くからなー、いきなり死ぬなよー」
剥き身の刀をクルクル回しながらスズシロが構えをとった。
「ま、待って兄さま!! 心の準備が……っ!!」
目にも止まらぬ速さで間合いが詰まる。
目に写るスズシロはすでに突きを打つ構えだ。
一方のセリはまだ刀を抜いてもいない。
セリの頭の中に後悔の念が怒涛の勢いで押し寄せてきた。
ソロで恥をかいた方がマシだった。
恥をかくのと、命があるのと、普通に天秤にかけたら答えは一目瞭然だった。
しかしもはや手遅れだ。
一度決めたことをやっぱりやめるだなんて、恐ろしくて口が裂けても言えるわけがない。
もう、どう転んでも地獄しかない。
せめて刺されるのであれば、どうにかして急所だけは避けなければ!!
どうか、死にませんように!!
・・・・・・・
「おーい、セリ? 戻ってこーい! 大丈夫かー?」
気がつくとセリはテーブルに突っ伏して体を縮こめていた。セリを呼ぶのはボルターの声だ。
「ボルター…………、ホント……ホントにお願い。黙って一服盛るのなし……次やったら……ホント……怒るから」
「一服盛るなんて人聞きの悪いこと言うなよ。
新作カクテルの味見してくれってだけだろ?」
「そこにガランタの水を入れたってことは絶対に確実に事前に申告して。ホント、死ぬから私。恐怖に支配されたまま、思い出に殺されるから……」
真っ青な顔でセリはボルターを睨んだ。
「なんだよ。大げさだな。
思い出に殺されるって、なんかお前、意外と詩人だな。ははは。ん? 笑い事じゃねえ感じだな。
それにしても本当に量の加減が難しいな。ガランタの水は。なあ、味は? お前的にはどうだった?」
「……味なんか、もう……分かるわけがない。
だいたい急に何で新作カクテルなんか」
未だに机から体を起こすことができずに、セリはぶつぶつと文句を言う。
「ん? いや、最近塔の上階の方をライトアップするようになったろ? あれががカップルのデートスポットとして評判になってきたんだ。盛りのついたバカップルどもが毎夜毎夜塔の周りに群がりやがってよ。イチャコラしてんだわ。ホントムカつくよな。
ああ、話がズレちまった。まあそんなでよ、いろんな意味で宿泊客とかご休憩客とかで宿屋も繁盛してるし、泊り客が増えるってことで酒場関係も盛り上がっててさ。
せっかくだしこのブームに便乗して、塔にからめた限定メニューを増やそうと思ってよ」
セリは細身のグラスに淡い水色のグラデーションになっているカクテルへ視線を移す。
塔からこぼれ出る青い光を表現したのは一目でわかる。スリムなカクテルグラスが塔に見えなくもない。
急にこんなおしゃれなカクテルを出してこられたので、不覚にもちょっとボルターにドキッとしてしまったのは秘密だ。
セリも遠目から光のグラデーションで輝く塔を見たことがある。不思議と目を奪われ、いつまでも見ていたくなるような魅惑的な光だった。思い出すだけで、今も少し胸が苦しくなるような気がする。
「ねえ、あの塔ってどうやって光らせてるの? あの光、何が光ってるの?」
「ん? そりゃあ企業秘密だ。……ただ、悪いことは言わねえから、あんまりあの光は見過ぎんなよ」
ボルターはそう言って人差し指を口に当てる。
セリは今のでだいたいの事情を察した。
ああ、このおっさん。また独断で何か悪いことをし始めたのだろう。きっとまた、他のギルドの偉い人たちが怒って訪ねてくるかもしれない。
「なあ、それよりお前、いつまでその格好なんだ?
まさかさっきの一瞬で寝違えたなんて言うんじゃねえだろうな?」
ボルターはさっきから肩を押さえたままの姿勢で前傾体勢を崩さないセリが気になってしょうがなかったようだ。
刀がキレイに肩を貫通した痛みだけが、いまだに余韻で残ってる。まるでたった今刺されたばかりのようなフレッシュな激痛だ。血が出てないから、恐怖が引き起こした錯覚なのだろうが。
「……なんか、思い出が痛くて……」
「なんだよ。そのフレーズやっぱ気に入ってんじゃねえか、ははは。あ、やっぱり笑い事じゃねえみたいだな。悪いけど、俺の手当ては幻覚痛には効かねえぞ? そういうのは他のギルドの分野だな。朝まで痛むようなら連れてってやろうか?」
さすがに痛そうにしているセリを、ボルターが少しだけ心配そうにうかがう。
「あ、そうそう。ちなみにこのカクテルのコンセプトはな、カップルが付き合い始めたばかりの甘酸っぱい記憶がほんのり蘇るようなイメージで作ってみたんだ。実際どうだ? 初恋とか胸キュンの記憶とか出てきたか?」
ボルターの言葉で触発されて思い出すのは、刀を持った兄弟子と対峙する恐怖と、片腕が使えない状態でもしごかれまくった剣舞の苦しさや、化膿した傷口に塗られた薬の激痛や、飲まされた薬のクソマズさとか、そんなのばかりだ。
あと、苦しむ自分を見て、嗜虐の愉悦に浸る、恐ろしい悪魔の笑顔だ。
甘酸っぱいどころか苦々しいことこの上ない。
胸キュンどころか肩ザシュッ! である。
「私の思い出がどれだけ苦くて痛いか、あんたにも味あわせてやりたいわ……」
セリは小さくつぶやいたが、しっかりボルターにも聞こえていた。
「お? お前の初恋は苦くて痛い感じか? やっぱお前って大人だな! まあそうやって、酸いも甘いも苦いも噛み分けて、人は大人に成長していくんだ。ははは。
……なんだよ、相変わらず笑いごとじゃなさそうな顔だな。
なあ、おかわり飲むか? 今度はもうちょっと刺激少なめな比率で作ってやるからさ」
「お願い。ホントやめて。でないと私ほんとに……」
「『思い出に殺される』だろ。ほんとに好きだな、そのフレーズ。新しいメニュー名に加えてやろうか? ははは」
セリはもう、何を言っても無駄だと悟り、机に突っ伏したのであった。




