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23.締結された契約と納得の乙女


「ティタ、回れ右。シャル、測って」


 サキを見て瞬いた二色ふたいろの青が、互いの青を見合わせて即座に反転した。大きな手が双方の頭をがしりと抑え込んで一層深い青色を注ぐ。


「……指二本分弱、ティタの方がデカイ」


 竜公爵の頭に手刀を落として差を見た騎士殿の言葉に、サキは自分の小指と薬指を揃え――騎士殿と同じ太さな訳あるかい、と人差し指と中指に変える。約三センチ。騎士殿の指がどう頑張っても五センチは無理だろう。

 大差ではないが、だからこそ歯痒さを齎す絶妙な差。


「なんでだ!?」

「いえ、あの、伸びたので……」

「十八過ぎて伸びるのか!?」

「……伸びました」


 引き籠り以前は竜公爵の方が高かったようだ。お兄ちゃんとしては譲れないところなのか。


「竜公爵が引き籠って髪を伸ばしている間、王太子サマは王城で働きながら背を伸ばしていた、と」


 サキは独りごちて頷き、沸騰した湯を急須ティーポットに注ぐ。五人分ってこの急須じゃ賄えない気が今更してきた。


「サキが酷い……」


 独り言を拾ったらしい竜公爵が鳥の巣と成り果てた金の頭をがっくりと落す。

 覚えた違和感にサキは首を傾げ、しかし正体を掴めないまま別の感想を返した。


「酷いとは心外です」

「容赦がないでも可」

「正直者なだけです」

「物は言いようだね」


 とりあえずの一番茶を抱え、もそもそと髪を解き出した竜公爵を横目にカップに注ぎ分けて行く。思った通り足りない、が、四杯は満たせたので良しとする。


「はい、三兄弟でどうぞ。おじいちゃん、熱いから火傷すればいいよ」

「三兄弟って……」


 口元を引き攣らせた騎士殿に構わず、竜公爵側の椅子の前にみっつ並べ、老爺の前にもうひとつを置いて竈に戻る。王太子が老爺の向かいに、まだ髪を弄っている竜公爵を挟んで反対隣りに騎士殿が座った。


「サキ、サキ。儂への一言がおかしくなかった?」

「なんのことでしょうかジジイ改めおとーさま?」

「しっかりばっちり根に持たれちゃったねぇ……」


 背中を追いかけてきた老爺の嘆きを軽くスルーして急須にお湯を足す。

 サキが最後のカップに二番茶を注いで老爺の隣――竜公爵の正面に腰を下ろしたところで、最初に口を開いたのは騎士殿だった。


「……で、お嬢ちゃん。説明して貰えるか?」

「面倒臭いです」

「うぉい!!」


 きりっ、と返事をしたら騎士殿が大袈裟に嘆いた。

 結い直すのは諦めたのか右肩に全体の髪を流した竜公爵が、笑って説明を引き受けてくれる。


「あ――……、お嬢ちゃんの物臭ぶりが酷い」

「今更ですね」

「さっきは心外っつったくせに」

「物臭は事実なので」


 きりっ、再び。

 なんとも言えない風に表情を歪めた騎士殿が「そこは否定しろ?!」と言い募るが、紛う方なき事実である。


「わたしが真面目で忠実な性格してたら、開かずの扉がが喋る扉に進化した次の瞬間に沈黙の扉に退化してたと思います」


 そんな性格をしていたら、騎士殿に対して惰性で「ご覧の通り」なんぞという状況報告を繰り返していた訳がなく、竜公爵と会話が成立した時点で報告を上げ、結果、ひと騒動になっていた筈なのだ。


 怪訝な表情を見せた騎士殿と王太子に竜公爵が苦笑しつつ、遡ってサキと初めて言葉を交わした辺りから説明を始めた。



「シャルがいつも『どうよ?』なんてザルな確認をするから、私が黙っている限りお前には(・・・・)変化なしと取れた訳だ」

「おぉぅ……お嬢ちゃぁん……」

「シャルナク。お前、任務中に同じような真似をしてくれるなよ?」

「あ、ここへのお遣いって、完全に私用プライベート扱いだったんですね」



「この雨が降り出す前日、ってまだ十日も経ってないよね、サキ」

「それで何故そこまで兄上に馴れ馴れしいんだ、お前は」

「お喋りな扉とはその前一ヶ月ばかしお茶し続けてましたから」

「扉とお茶……」

「独り言よりよっぽどマシだと思いましたけど、今考えると果てしなく痛々しい光景ですね」

「……ごめんって」

「謝罪は三年以上も沈黙の扉を相手にし続けた兄弟さんにどうぞ」

「…………」

「黙るんかーい(裏手突っ込み)」



「え、ディオネ様に台所仕事させたの?」

「うん。お芋様のお弔いが大変だった」

「芋の弔い?」

「サキ!!」

「皮剥きをお願いした筈なのに皮つきの乱切り芋が量産されました。騎士さん基準で任せたわたしが悪かった」

「あー、俺は見習い時代の料理当番で散々やったからなぁ。ティタも立太子するまでは騎士団所属だったから、多少は扱えるぞ?」

「ほほぅ。竜公爵、弟君に勝てる要素は年齢と髪の長さ以外になにがおありで?」

「サキ、もう勘弁して……」

「やっぱり容赦ないよねぇ」



 一通り種明かしを終え、向かいに座る兄弟は三者三様に頭を抱えていた。老爺だけが早々に自分のペースを取り戻し、サキと竜公爵のほのぼの交流譚を、時折混ぜっ返しながら楽しんでいた。


 サキは老爺と自分のお茶を淹れ直してから、虚ろな笑みを浮かべている竜公爵に向き直った。


「ところで竜公爵」

「――うん?」


 弱々しいながらも光を湛えた瑠璃色がサキを見た。

 お茶の準備中に覚えた違和感の正体を、種明かしの途中でようやく捕まえた。話の腰を折るまいと待ったが、それにしても些細なことで随分と落ち着かない気分にさせられるものだと思う。


「竜公爵の、わたしの呼び方がおかしいんですが」


 略称サキでいい、と言ったのに無視してずっと「サツキ」と呼んでいた竜公爵が、ここに来てなぜか「サキ」呼びになっている。


 舌を噛まずに発音できるようになってからも微かにあった訛りは、漢字を教えて以降、随分解消されていた。もう少し音と文字がきちんと結びつけば、あちら(・・・)で呼ばれていたのと同じように聞こえるだろうかと、そう思っていた。

 ――無意識にもそれを期待していたことを知る。奇しくも、今更ながらに「サキ」と呼ばれたことで。


「名前?」


 竜公爵ではなく、王太子と騎士殿が首を傾げる。老爺は笑みを引っ込め、僅かに眉を上げてサキの方を見た。

 サキの表情はいつも通りの怠そうなものを見せているはずだ、表情筋まで物臭を自称している。だというのに竜公爵はなにかを読み取ったらしかった。眉尻を下げて苦笑を浮かべる。


「気に障ったならごめんね? ただ、シャルもティタもサキの本名を知らないようだったから、教えてやるのも勿体ないなって」


 謝罪は素直に受け取って、だがしかし『勿体ない』とはなんぞや。


 はて、と瞬いたサキの耳に、隣から押し殺した笑い声が届く。首を回せば老爺が口元を拳で塞ぎつつ笑っていた。


「……おじいちゃん?」


 どの辺りに笑うところがあったのか。見詰めてみても答えはなさそうなので首を戻して正面に向き合う。


「竜公爵? 意味が解らないです」

「……分からなくていいよ」


 今度は竜公爵が顔を真横に向ける。サキからは輝ける金髪しか見えなくなったが、竜公爵の顔が向いた方向には騎士殿が座っていて、竜公爵の顔を見たあと一拍置いて噴き出した。


「――っぶ、ディオ、お前その表情カオ……っ! って、痛ぇよ踏むな!」

「うるさい黙れ笑うなリリィに愛想尽かされてろ」

「ちょっと待て最後おかしい、おかしいから!!」


 げしげしとテーブルの下で攻防を始めた仲良し乳兄弟を怪訝な眼差しで一瞥したところで、サキは堪えきれずに欠伸を零した。話し込んでいる間に普段ならとっくに布団にくるまっている時間になっている。竜公爵への追及は諦めるので話を纏めて欲しいと促せば、お兄ちゃんズによる子供の喧嘩を半眼で眺めていた王太子が場を収めてくれた。お見事である。


 表情を硬く改めた王太子は、竜公爵の顔を覗き込むように身を乗り出して言葉を紡いだ。


「兄上。王城にお戻りください、夏至祭の間だけでも」

「あ、戻るよ。いつから大丈夫かな?」


 竜公爵は至極あっさりと反射の速さで応じた。幼稚な喧嘩の余韻に苦笑いをしていた騎士殿が、その微妙な表情のまま固まる。王太子は真顔で固まった。二体の彫像に挟まれた竜公爵は首を傾げた。


「あれ? おかしなこと言ったかな。ティタ、シャル?」

「……竜公爵、軽過ぎです」


 硬直の解けない左右に替わってサキが正面から突っ込んでみた。きょとんと瞬く瑠璃色があどけない。


「竜公爵の中では既に決定事項になってても、王太子サマにとってはこれから全身全霊で説得を、って覚悟だったと思うんですけど」

「あ、そうか」


 てへ、とでも言いそうな笑みを落とした竜公爵は、とりあえず王太子の頭を軽く叩いて硬直を解いた。――意外と雑なやりようである。


「夏至祭の賓客が帰るまでは王城に詰めるよ」

「……その期間だけ、ですか?」

「それ以上はサキが頷かなかったから」

「なんでお嬢ちゃんが基準なんだ、ディオ……」

「サキが居ないと魔力をここまで抑えるのは無理だから。できなくはないけど負荷が凄いし、いつ箍が外れるか知れないのでは危険過ぎるだろう?」


 戸惑い気味の左右の問いに、なにを当たり前な、とばかりに応じる竜公爵。サキが言うのもなんだが説明不足だ。わざとか、天然か。


「サキ、ディオネ様になにかしたの?」

「なんも。強いてあげるなら遠慮会釈なく家事労働をさせたくらいかな」


 老爺の問いに即答する。


「それを『なにもしてない』って言えるサキが素敵だね。――まあ、サキに魔力や魔術関連で関われることってないか……」

「――師匠せんせい?」


 細い目を更に細めて小さく笑った老爺に、竜公爵がきょとん再びで呼びかけた。


「師匠はご承知の上でサキを寄越してくださったのかと」

「ん?」

「サキは魔力を一切持ちませんが、周囲に在る魔力を安定させます。小精霊が懐くのは、彼らが自身の魔力を安定させ馴染ませるのにサキの傍が適しているからでしょう。私もサキの傍では完全に魔力を隠蔽できます」

「…………隠蔽出来ちゃうんだー……」

「でなければ、さすがに師匠やティタには気付かれたでしょう?」


 そう言って竜公爵は手袋に包まれた長い指を立てる。示されるのはサキたちの背後、竜公爵が盗み聞きをしていた階段上の暗がり。


「ああ、まぁ、奥にいらっしゃるという思い込みもあったけど……」

「……というか兄上。奥にも兄上の魔力が在るのですが、あれは?」


 どこか引き攣った顔で王太子が話に混じって来た。


「身代わりに魔力を纏わせた花瓶を執務机の椅子に置いてきたんだ」


 自慢げに返されたその言葉に、サキは思わず遠い目をした。

 

 天岩戸が解放されてからも、あの扉から向こうは竜公爵の私的空間としてサキは立ち入らないようにしている。

 だが、かつて一度だけ通り抜けた際の記憶はきちんと残っている。


 ――落ち着いた雰囲気の執務室。どっしりと構えたデスク。重厚な造りの椅子、に鎮座する高価な花瓶。うん、シュール。


「サキの『めがね』にヒントを得てね、簡易な探索魔術をかなりの魔力を込めて施したんだ。ふたりを誤魔化せているなら目晦ましとして相当いい線いってるよね」


 にっこりとご満悦な笑みを見せた竜公爵は、ふと顔を横に向けた。


「シャルナクは気配を察知して見せろよ、大丈夫か近衛騎士」

「やかましい、真顔で言うな! あと無駄にお嬢ちゃんの影響を受けるな!!」


 ――他人わたしのせいにするでない。


 思わず半眼になったサキは悪くない。多分。

 そんなサキの肩を老爺が突いた。


「それでサキ、王城滞在に頷いたの? 面倒って断らずに?」

「うん。面倒だけど労働として対価があるならいいか、って」

「……労働?」


 サキがこっくりと頷けば、騎士殿とのじゃれ合いを強制終了して竜公爵がこちらの話に戻ってきた。


「師匠に条件を検めていただいてから、正式に契約を結ぶことになっていまして。ご確認いただけますか」


 懐から紙を取り出し老爺に渡す。……持ち歩いていたらしい。

 老爺は糸目を瞬かせてから内容を読み上げた。


「――職種:付き人。

 職務内容:雇用主の傍近くに控え、出歩く際には同行すること。

 契約期間:雇用主の王城復帰から夏至祭のため訪れた賓客がすべて帰るまで。

 勤務時間:朝食の時間から就寝前まで。休憩および休日は適宜、随時応相談。

 報酬および待遇:衣食住の提供、お茶とおやつと昼寝は状況次第、風呂は時間が許す限り入り放題」


 一瞬の沈黙ののち、


「うん、問題なし。竜公爵、オッケーです」

「よかったよ。よろしくね、サキ」


 成立した契約に頷くふたりと。


「え、これ、マジで契約書か?」

「これはまた随分と緩いねぇ」

「おやつと昼寝……風呂?」


 首を傾げる三人がいた。



この話より前に竜公爵が「サキ」呼びしてたら誤字です脱字ですご指摘ください。

以前に一ヶ所発見して修正した前科持ちです…。



◆身長一覧◆

 サキ160、竜公爵183、王太子186、騎士殿195

 おじいちゃんは現在173くらい、最盛時は178くらいあったかと。


ジルニトラの成人の平均身長は日本人+10cm強想定なので、竜公爵がほぼ平均値。(日本人男性20代で171前後)

ちょいちょい話に出てきてる騎士殿の従姉なリリィさんは170あるかな~169かな~、な感じでちょうど平均値。(日本人女性20代で158前後)

よってサキは日本における150cm女性の感覚。小柄・ちっさいって言うな・ミニマム、な扱い。


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