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♰03 ノルア。



ノルア視点。



 オレ達は、想い合っていた。

 身分のせいで、それを口にすることは許されなかったが、それでも愛していたのだ。

 心の底から、オレはお慕いしていた。


 ヴィオレン姫様も、オレのことを愛してくれた。

 自惚れなんかじゃない。

 オレに注ぐ眼差し。オレを呼ぶ声。オレに触れる指先。

 全てから、愛を感じていた。


 愛おしい。愛おしい。愛おしい。

 オレの。オレの姫。オレだけの姫。


 それなのにオレは、守れなかった。

 守ると誓いを立てたと言うのに。

 伸ばした手は届かず、彼女はーーーー落ちた。

 

 この身が引き裂かれればよかったのに。

 なのに、オレだけが生き残った。

 陽が昇ると、ヴァンパイアは灰になっていたのだ。


「ひめっ」


 オレは、探した。


「ヴィオレンっ」


 軋むような痛みがする身体を引きずりながら、塔を降りればーーーー。

 いつもは華やかな甘い香りがする薔薇の庭園に、その血の香りが満ちていた。

 何度、訪れただろうか。数えきれないほど、オレと姫はここにいた。

 姫がここを気に入り、毎日のようにいた場所。

 オレと過ごしてくれた場所だ。

 オレの手を取り、戯れるように踊ったことがある。

 幸せな時間だった。

 この庭園にいる時だけ、世界には二人だけに思えた至福の時。

 それがーーーー絶望の赤に塗り替えられた。

 彼女と踊ったその場に、血を散らして横たわっていた。

 声が出ない。彼女の名前を、口に出来なかった。

 酷く渇きを覚えた喉は、握り潰されるような痛みを感じる。


「っ……ううっ」


 姫の名を呼べもしない喉なんて、自分で引き裂いてしまいたかった。

 でも、今は、ただ。

 冷たくなった姫を抱いて、泣くことしか出来なかった。


「うあぁああっ!」


 世界で唯一愛した人を、守れなかった。

 失ってしまった。

 もうオレを、呼んでくれない。

 もうオレを、見つめてくれない。

 オレは失ったんだ。

 オレは姫を死なせた。

 何日も、躯を抱いて、泣いていた。


「頼む、ノルア。娘を放してくれ……きちんと埋葬してやりたい」


 国王陛下のその言葉がなければ、きっとオレは永遠に泣いていただろう。


「……オレを、殺してください。陛下」


 かすれた声で、オレは頼んだ。

 頼むべき立場にいないが、それでも、言わずにはいられなかった。


「姫を守れなかったオレを、どうか……」


 もう痛みは感じない。何も、感じなくなった。

 涙なんてとっくに枯れていて、腕の中にある身体はもう……。


「……娘の分まで、生きてくれ」


 肩に手を置いて、涙を落とす国王陛下は、それを言うことが精一杯の様子だった。

 ーーもう、いないのに。

 姫のいない世界を、どうして。

 どうして生きなければいけないんだーー。


 たった二人きりだった庭園にいるのは、もうオレ一人。

 オレだけが、世界に取り残された。


 ヴァンパイアは、オレの最愛の人を奪っておきながら、オレに永遠の命を与えたことを、そのあとになって知った。

 闇の怪物。生き血を啜る、不死身のヴァンパイア。獣のように血を求める怪物。

 噛まれた人間は、病に感染するかのように、ヴァンパイアに変わる。

 ただ、噛まれて生き延びたものは、自我を保ったままヴァンパイアになることがわかった。

 襲ってきたヴァンパイアは、一度死んだ者達だったそうだ。

 厄介なことに、生き延びてヴァンパイアとなった者達は、死ねなかった。

 太陽の陽射しに、灰にはならない。

 怪我をしても、治る。何日も飲まず食わずでも、生きていられるが、血を飲みたい欲求にかられるのだ。

 オレが自害してしまわないよう、ヴィリアム殿下とともにヴァンパイアとして生きることを模索するようにと国王陛下は命じた。

 血を飲むことは、酷いものだ。人間としての部分が、拒絶する。

 血を見る度に、彼女の血の香りが過った。

 嫌悪が吐き気を込み上がらせる。何度も何度も、吐いたのだ。

 ヴィリアム殿下は、支えてくれていた。

 だから、ヴィリアム殿下が、ヴィリアム陛下になった時も、オレは仕えることにしたのだ。

 どうせ、死ねない。生きるしかないオレが出来ることが、それだった。

 一つ、頼んだ。

 庭園の封鎖。

 幾度も訪れるそこに、誰かの匂いが染みついたり残ったりするのは、嫌だった。

 手入れだけは続けてもらって、オレは事実上、その庭園をもらったのだ。

 大事な、場所だからーーーー。


 ある日、その庭園にいたのは、見覚えのある少女。

 オレと姫の思い出の場所に、誰かがいることに、怒りが沸き上がった。

 すぐにでも怒りのままに怒鳴ってしまいたかったが、覚えがある理由を思い出す。

 三ヶ月ほど前のことだ。

 彼女はオレに話しかけてきて、いきなり泣き崩れた。

 言い寄られることは珍しくはないが、まだ何も言っていないのに泣かれたことは初めてで、流石に記憶に残っていたのだ。

 名前は覚えていない。そもそも、聞いてもいない。

 そんな彼女は、真っ赤な髪をしていた。毛先は桃色に艶めくが、赤色は血を連想してしまう。

 気分が悪い。

 早く追い出したかったが、その少女が薔薇の匂いを嗅いだ姿を見て、姫を思い出した。

 全然、似ていないと言うのに、姿が重なる。

 懐かしそうに、微笑む顔が。

 優しげな、眼差しが。

 昔よく見ていた姫と同じーーーー。


 ーーーーいや、違う。


 同じなものか。たまたま偶然、記憶が蘇っただけだ。

 すると、少女は薔薇を撫でた。

 花を軽く触れる仕草。姫もよくそうやって、触れていた。


 ーーーーああ、違う。


 そんな行動は、よくあることで。本当に偶然だ。


 ーーーーオレは、一体。


 いつから、思い出を振り返らなくなったのだろうか。

 愛に満ちたあの時間を。愛しくてたまらない姫の仕草を。

 思い出さずに、いた。

 ただ、抱いた亡骸を思い出していただけーー。


 少女は、顔を上げた。

 忌々しい塔を見上げたあと、踊り場の中心でしゃがんだ。

 そこに手を当てた姿を見て、耐えきれなくなった。


「そこで何をしている」


 驚いて見開かれた瞳は、橙色。

 幼さ故の大きな瞳は、やがて戸惑ったように逸らされた。


「陛下に許可をいただいています」

「何?」


 オレは、怪訝に顔を歪ませる。

 嘘をつくほど愚かなわけがない。なら、事実か。

 なんで……こんな少女に、立ち入りの許可をしたのだろう。


「……」


 緊張したように強張って、息を飲み込む音がした。

 ヴァンパイアの耳が、それを聞き取る。

 少女は思い悩んだような表情をして、立ち尽くしていた。


「何故、ここに入った?」

「陛下に、許可を……」

「理由を聞いている」

「理由は……」


 俯いたまま、少女が自分の顎に、軽く握った拳を当てる。

 姫も、そんな仕草をして、考えていた。

 なんで。

 この少女を見ていると。

 姫のことを思い出してしまうのだ。

 虫唾が走った。


「もういい。消えろ」


 オレは、吐き捨てる。

 オレから目を背けた瞳は、潤んだ。

 また泣き崩れるつもりなら、引っ張ってでもここから追い出すつもりだった。


「……はい」


 少女が頷く。

 そして、スッと背を伸ばしては、オレを横切っては、歩き去っていった。

 本当に。気分が悪い。

 振り返ると、少女もこちらを振り返った。

 慌てたように顔を背け、足早に今度こそ去っていく。

 薔薇のような真っ赤な髪を揺らしていった。


「……ヴィオレン」


 一人残ったオレは、その名を口にする。

 この庭園を封鎖してもらったのは、オレが一人だと言うことを実感するためだったかもしれない。

 愛する人はどこにもいないと、思い知るために、ここに足を運び続けたのかもしれない。

 亡骸を抱いた時の、あの苦しみを再び味わって、自分を罰し続けていたのかもしれない。


 せめて、口にすればよかった。

 たった一度だけでも。

 愛しているのだと、伝えたかった。

 それは自分の自己満足でしかないとは理解している。

 でも、聞きたかった。

 彼女の声で、愛している。そう言い返してほしかったのだ。


「……っ」


 オレはもうーーーー姫の声が思い出せないでいた。



 

20211023

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