カウントダウン
第1章の終わりが見えて来ました。
ヘザー達を、空き家まで騎士達を連れて来ていたソニアに引き渡し、ヴェロニカはルイゼを連れてカラルナの元へ向かった。
モニカに捉まった琴音は、ヴァルキュリアへの勧誘をされている。その場には他の面々も同席していた。キャラメルが用意した紅茶を飲みながら、遺跡の話をしている。
式神の案内があったからこそ、ファタモルガナがいない通路を通ってこれたが、巣になっていると言っても過言ではない数があそこにいる。
「ソニアちゃんの話だと、あの空き家はヘザーが家主から買い取って使ってたみたい。まさか、遺跡への通路が隠されているなんで誰も知らなかったって」
「つーかさ、民家に遺跡への隠し通路っておかしくないか?」
「あー、それなんだけどね。あの隠し通路の入り口。多分後から設置したんだと思う。何らかの原因で穴が開いて、階段とかを後からつけたんじゃないかな?」
「あ~、確かに。あの階段、新しい感じしました~」
今回はルイゼやヘザー達の事があったために調査できなかったが、改めて遺跡を調べることになるかもしれない。恐らくは他にも出入口があるはず。何故なら、――ヘザー達が街から出ていったのを騎士が確認していて、戻ってきたならば、絶対に門番が気が付くからだ。
空き家は、最初の頃はヘザーが利用していたが、あの穴が出来てから使わなくなったのではないかと推測される。そうでなければ、あの埃や蜘蛛の巣は考えにくい。
「――これは、なんと美しい!」
モニカの声に、全員顔を向ける。琴音が手にしている短い刀。その刃の美しさにモニカがうっとりとしていた。
「桜霞といいます。恐らく、この子のおかげでファタモルガナから身を守れたんじゃないかと。あ、触ると危ないですよ」
刀に触れようとした瞬間、バチッと音を立てて静電気が発生した。モニカはその痛みに短い悲鳴をあげる。静電気、しかも明るい場所なのに光がはっきりと見えたことに、全員驚く。
「だ、大丈夫ですか!?」
「う、うむ……痺れている感じはあるが、大丈夫じゃ」
「すみません。この子、私以外には触らせないんです」
「触らせないって、武器が意思を持ってるってことか?」
面白しろーと言いながら、ダリアは身を乗り出して刀を見るが、どう見ても普通の武器にしか見えない。
「うーん、守り刀だからかもしれないです」
琴音のために作られた守り刀――桜霞は、昔からそうだった。恐らく、ファタモルガナから襲われなかった理由が守り刀ではないかと琴音は言う。
モニカはまだ痺れる手を振りながら、刀がファタモルガナに有効なのか興味深いと瞳を輝かせていた。
その答えは次のファタモルガナとの戦闘で明らかになるだろう。琴音はヴァルキュリアに加わることにした。
キャラメルの案内で、琴音は部屋へと向かう。色々案内しなくちゃね、と嬉しそうにアプリコットがその後を付いていった。
「……ところでさ、なんか城の方が慌ただしくなかったか?」
カラルナが知らせに来た時、ソニア達にも伝えた方が良いと判断し、城に寄った。その時、騎士団が慌ただしく準備をしているのが目に入っていた。
「ああ、なんでも応援要請があったとか。どこかの貴族が殺されたらしい。その犯人が護送中に逃走したと聞いたぞ」
「げっ。何やってんだよ。犯人逃がすとかマジありえねえ」
「貴族殺しねぇ……。まあ、よく聞くけど、暗殺じゃないっていうのは珍しいかも。大体、証拠掴めないように暗殺じゃない?」
前にエスメラルダが立ち寄った国では、王妃が暗殺されて騒ぎになっていた。貴族同士の争いはよく聞く話であるが、その大半は暗殺か事故に見せかけた殺人だったりする。
「貴族ってのはマジでめんどくさいな。で、その逃げた犯人がジャクリーヌに逃げ込む可能性がある……ってわけか。自警団が無くなった途端に事件が起きなきゃいいけど」
逃げ込むどころか、ジャクリーヌに向かって来ていることを知るはずもない。
場合によっては、我々も出動することになるだろうとモニカは言った。例えそうなったとしても、ヴァルキュリアなら対処できる。
「……街の人が巻き込まれなければいいけど……」
空になったティーカップを片付けようとしたエスメラルダは、立ち上がろうとして動きを止める。
「おかえりさい。エクレール」
椅子に座り直したエスメラルダから、エクレールが現れた。
「ただいま~。マスター、厄介な人かも~」
「厄介? 香りの主がわかったの?」
「香り?」
首を傾げるダリアとモニカに、遺跡でタバコの臭いに混じって、別の香りがしたことを伝える。
「主は暗殺者だったわ。マスターも名前は知ってる有名人――夜来香」
緊張が走る。ダリアもモニカも知っている暗殺者「夜来香」。魔王と恐れられている暗殺者の弟子であることで有名だ。
「なるほど。ヘザーは夜来香と繋がっていたということか……ならば、毒はそこから手に入れた可能性が高いな。問題は、それを自白するかじゃ」
手に入りやすい毒を使っていた理由は、そのカモフラージュのためということだろう。
「喋ったら殺されるかもしんないし、難しそうだな。しっかし、よく気が付いたな。タバコ臭くて最悪だったじゃん」
鼻をつまむダリアに、エスメラルダは頷いた。
「だからよ。その中にちょっと違う香りが混じってたの。前に、立ち寄った異国の雑貨屋さんで嗅いだことがあったから気が付いただけよ」
「いや、十分凄くね? それ思い出したってことだろ?」
「ふふ、あたしのマスターだもの。当然~」
嬉しそうにエスメラルダに抱き着くエクレールは、話を続ける。
「あ、それと、追ってる途中で変な人見かけたわ。人……うん。人みたいな人。遺跡の中でファタモルガナと一緒にいたけど、襲われてなかったし……なんか、人なのに人じゃない感じがしたの。幻獣でもないし、悪魔でもないし……うーん、よくわかんない~」
へー、そうなんだ。――では済まされない。遺跡の中にいて、ファタモルガナと一緒。しかもおそらく、多分――人。どうすればいいのかとモニカが混乱し始めた。
「落ち着けって! と、とりあえず、全員集まったらエクレールに案内してもらって救出……いや、救出する必要ないのか?」
ダリアも混乱している。どうすればいいのかわからない。エスメラルダもうーんと考え込んでしまった。
「とりあえず、様子見でいいんじゃない~? ファタモルガナに敵意なさそうだったし」
「……う、うむ。全員集まった時に、改めて話し合うとするかの」
しかし、事態は大きく動くことになるのだ――――。
第1章というより、前編中編後編にするべきではないかと、今更ながらに思ってます……。